第175話 ご、ごめんなさい。叩きのめすのは次話です。(敵の幹部を出し忘れてたとか言えない)
ランディとロルフが、件の商会へ乗り込むと決めてから、城は一気に静まり返った。先程までの騒ぎが嘘のように、落ち着いた城の雰囲気は、完全に普段通りとも言える。
急にガサ入れだカチコミだ何だと言う、ランディとロルフを前にしても、事情を理解した使用人や騎士達は粛々と己の全うすべき事に集中している。
このあたりの練度は流石の一言だ、とランディも唸っていた。
とは言えランディも、ヴァルトナーに感心ばかりしている程暇ではない。乗り込む前に、セドリック達に別れを告げる必要があるからだ。
「すまんな。リズ、エリー」
ランディの言葉に、「うちも無関係ではありませんから」とリズが首を振った。今からリズはセドリックやミランダを転移でブラウベルグまで送り届けるのだ。
流石に事態が事態なだけに、セドリックもルシアンと合流し、対策を決める必要がある。
ちなみに送り届けるのは、セドリック達だけではない。
「ハリスン。親父殿にこれを――」
ランディがハリスンに手渡したのは、メモに近い紙切れだ。それに【真理の巡礼者】についての色々が書かれている。
ヴィクトールの皆であれば、洗脳などで侵入を許す心配はないが一応の措置だ。そのための伝言係が、ハリスンとリタである。
「向こうについたら、親父殿の指示に従え。恐らくハートフィールドへの応援だろうが」
「了解っす」
頷いたハリスンに、「頼んだぞ」とランディがその肩を叩いた。
「コタツを作りに来たはずだったんだけど……」
苦笑いのキャサリンは、完全に一人置いてけぼりである。慌ただしくだが静かに進む準備を前に、キャサリンは呆けたままベッドに腰かけていた。
何をしていいか、何をしたら駄目なのか。それすら分からない。だがそんなキャサリンに、まさかの人物が声をかけた。
「聖女の小娘。一つ聞きたい」
ニヤリと笑ったエリーに、キャサリンが「な、なによ」と思わず身を震わせた。
「神聖魔法はどこまで使える?」
「どこまでって……一応中位くらいまでなら」
口を尖らせるキャサリンに、「中位……ホーリーブレスくらいか?」とエリーが首を傾げた。
「ホーリーブレスって……それ上位じゃない」
ジト目のキャサリンが「浄化系なら、まだディスペルくらいよ」とため息まじりに続けた。
「ディスペルか……」
若干眉を寄せたエリーだが「まあ良い」とキャサリンに悪い顔を見せた。
「小娘、仕事をやろう」
急に仕事だなんだと言われて、キャサリンが「え」と呆けた声を上げる。
「妾とリズが帰って来るまでの間に、病で倒れてるとか言う二人を治しておけ。大方病ではなく毒や呪いの類じゃ」
ニヤリと笑うエリーに「ちょっ――」とキャサリンが思わず立ち上がった。
「ディスペルなんて、既に司祭がかけてるでしょ? それなのに治せって――」
「阿呆め。お主は誰じゃ? 聖女ではないのか? その言葉の意味。お主の神聖魔法の真価。それを見せてみろと言うておるのじゃ」
それだけ言うと、エリーは「任せるぞ」とセドリックやハリスン達を伴って転移で姿を消してしまった。
残されたキャサリンがレオンを見て、そしてランディを見た。
「お前スゲーな。あのエリーが『任せる』なんて、中々ねーぞ」
ランディのその言葉に、「ああ、もう!」とキャサリンが振り上げ両拳を振り下ろした。
「やってやるわよ! アイリーン様、案内してくださるかしら?」
テンションがおかしくなって、まるでセシリアのような口調のキャサリンが、アイリーンに連れられ部屋を出ていった。
「聖女様チョロすぎでしょ……」
苦笑いのレオンだが、それでも口調とは裏腹にどこか嬉しそうだ。ランディに視線だけ向け、肩をすくめてみたレオンだが、キャサリンの護衛に行ってくると、その背中を追って駆けていった。
全員が全員、己のやらねばならぬ事に向けて駆け出した。そんな彼らの背中を送り出したランディも、「行くか……」と部屋を後にした。
廊下を抜け、階段を降り……たどり着いた城の入口ホールには、既に準備万端のロルフが立っていた。
「来たか……」
「お待たせしました」
「いや、こちらもちょうど手配が終わった所だ」
二人共それ以外は何も言わない。セドリック達が同行していない事へも、大将であるロルフが自ら出る事へも、城の警備へも。そして、どうやって連中を潰すのかも。
何もかも聞く必要がない事を理解しているのだ。
そうして黙ったままの二人は、ロルフが押し開いた扉から、吹雪はじめた夜の街へと繰り出すのであった。
☆☆☆
ブランクルフト郊外にある一際大きな建物に、その商会はあった。ヴェリタス商会。ここ数ヶ月で勢いを見せている新興の商会は、その日もいつも通り表向きの営業も終わり、何食わぬ顔で街に馴染んでいた。
この商会にいるのは、全て【真理の巡礼者】の正規メンバーばかりだ。その理由は単純で、洗脳で人を操れると言っても、結局それは思想をいじる程度だからだ。
普段の行動を操れないとなると、どこで商会の秘密が漏れるか分からない。だから送り込むだけで、この商会には【真理の巡礼者】しかいない。
加えて洗脳に使っている術が、高度な事も理由だ。使い手が少なく、そう何人も洗脳するには、ハードルが高いとも言える。
そんな【真理の巡礼者】の巣窟であるヴェリタス商会は、営業も終えた今、建物の中でメンバーたちが崇拝するものへの祈りを捧げている真っ最中だ。
いつも通りの光景。上からの情報で【銀嶺の貴公子】がヴァルトナー侯爵へ会いに来たことは伝わっているが、特にアクションを起こせとは言われていなかった。
だから今日もいつも通りの夜を迎えていた。
いつもと変わらない商会の建物の一番上、そこにはヴェリタス商会をまとめる商会長の部屋があった。
「それにしても【銀嶺の貴公子】かー。僕も一度会ってみたかったけどな」
商会長の椅子に座る男が、あくびを噛み殺しながら机の上に足を乗せた。
「【蒼翠の叡智】と呼ばれるエリオット様の足元にも及びますまい」
脇に控える老人の言葉に、「だろうけどさー」と男が笑いながら椅子を揺らす。
「【北壁】がてんで相手にならないから、つまんなくて」
口を尖らせる男に、老人が「仕方がありません」と首を振った。
「エリオット様は、我ら【真理の巡礼者】の中でも選ばれし存在、四聖の一翼ですからな」
不気味に笑う老人に、エリオットが「強くなりすぎるのもつまんないよね」とため息をついた。
「どうせなら、ブラウベルグの方が面白かったかなー」
ゆらゆら椅子を揺らすエリオットが、「王都もつまんなそうだし」とまた口を尖らせた。彼らの耳にも、王都に潜伏していた【真理の巡礼者】が全滅したことの一報は入っている。
「良くわかんない田舎者に手を出してやられるとか……組織の面汚しも良いところだよ」
先程までの雰囲気から一転、濃密な殺気に、老人が冷や汗をかいた。だがその雰囲気も一転、再びエリオットは呑気な顔で椅子を揺らしはじめた。
「【紅い戦鬼】だっけ? 上はちょっと興味を示してるみたいだけど……【北壁】と同じタイプなら、僕の相手にならないだろうなー」
椅子を揺らすエリオットが「あ」と思い出したように椅子を起こした。
「そうだ! 王都は今ユリウス君もいるんだっけ?」
「【麒麟児】ですな。あちらには二代目【剣聖】殿がついておられますから」
老人の言葉に、再びエリオットが口を尖らせ椅子を揺らす。
「【剣聖】ちゃんは、【真理の巡礼者】じゃないじゃん」
「それでも、うちとは協力関係にあります」
老人の言葉に、「ユリウス君とも通じてるけどね」とエリオットが鼻を鳴らした。
「あーあ。ホント。そろそろ面白い事ないかなー」
エリオットがそう呟いた時……建物全体が揺れるほどの轟音が鳴り響いた。
「お? おお。おお!」
驚いた表情のエリオットと、「何事だ!」と怒声を響かせる老人。対象的な二人のもとに、「敵襲です!」と伝令が転がり込んできたのは直ぐだった。
「敵襲? まさか【貴公子】かな? いやこんな直接的な行動は――」
「【北壁】です! あと見たことのない男が一人、たった二人でのカチコミです!」
想像通りの返答に、エリオットが「へぇ」と嬉しそうに笑った。
「盤面を崩しに来たのかな? ただキング自らが出張っちゃ駄目でしょ」
ヘラヘラと笑うエリオットが、「魔法部隊出して」と伝令の男へ伝えた。
「囲んで最大火力でドン……。やってみようか」
ニヤリと笑うエリオットの耳に、階下で始まった戦闘の音が響いていた。




