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【書籍1巻発売中】モブの俺が悪役令嬢を拾ったんだが〜ゲーム本編無視で、好き勝手楽しみます〜(旧サブタイトル:ゲーム本編とか知らないし、好き勝手やります)  作者: キー太郎
断章 冬のヴィクトール

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第160話 井戸の底を目指して足掻く蛙

 通りすがりの騎士だと語ったルークに、リヴィアは興味津々と言った具合に、門の鉄格子を掴んで顔を近づけた。


「おいこら、門から離れろ――」


 リヴィアを引き剥がそうとする門番だが、リヴィアはピクリとも動かない。ただルークを眺めてその瞳を輝かせるだけだ。


「お兄さん、強いね……それもすっごく。でも、リヴィアの方が強いかな」


 キラキラと笑顔を弾けさせるリヴィアに、ルークは「そうだろうな。俺はレディには負ける主義でな」と肩をすくめて背を見せた。


「ふーん。逃げるんだ」


 ニヤリと笑うリヴィアに「ああ。逃げる逃げる」とルークが背を向けたままおどけて笑った。


「俺が追いかけたいほど、イイ男ってのは自他ともに認める事実だが」


 振り返ったルークが一瞬だけニヤリと笑い、またリヴィアに背を向けた。


「悪いがもう大事な人がいるんでな。良く分からんレディに追いかけられたら、困っちまうだろ」


 ヘラヘラと笑ったルークの背中に、リヴィアが舌なめずりをする。


「逃げてもいいけどさー。お兄さん面白そうだし、追いかけちゃうよー」


 殺気混じりの獰猛な笑みを浮かべたリヴィアが続ける。


「それこそ、リヴィアを見てくれるように、その〝大事な人〟を傷つけちゃったりしてー」


 完全に安い挑発だが、聞き捨てならないその言葉にルークが立ち止まって振り返った。その瞳は先程まで見せていた優しいそれではない。射抜くような、凍えるような視線にリヴィアが笑顔で目を見開いた。


「お転婆は嫌いじゃねえが。あまりおいたが過ぎるなら躾るぞ……」


 ルークが見せる本気の殺気に、リヴィアはその身をブルリと震わせた。


「へぇ。やっぱりお兄さん、強そうじゃん。しかもとっても。……決めた。リヴィア、お兄さんと戦うよ」


 そう言ったかと思えば、リヴィアが姿を消してルークの眼の前に現れた。気がつけば門を飛び越えられていた事実に、門番の二人が慌てて「こら、勝手に入るな」と門の外から叫ぶが、リヴィアには届いていない。


 それどころか問答無用で腰の剣を抜いてルークに突きつけた。


「リヴィア・フォルステリア」


 名乗ったリヴィアに、ルークも仕方がないと頭を掻いたまま口を開いた。まさか実力差を分からせようと、本気の殺気を向けて尚、喜んで向かってくるとは思わなかったのだ。


「ルーカス・ハイランド」


 ルークの名乗りに眉を寄せたリヴィアが「聞いたことないなー」と頬を膨らませた。


「田舎の出身でな。最近こうして大きな世界に飛び立ったばかりなんだ」


 肩を竦めるルークに、「ふぅん」とリヴィアが剣を一度肩に預けた。


「じゃあアレだね……井の中の蛙、ってやつかなー? 田舎じゃ負けなしでしょ?」


「どうかな……。大海に出たは良いが、〝井の中〟の異常さに驚くばかりでよ……」


 剣を抜かず、ただ柄頭に左手を乗せたままのルークが笑う。


「お前は俺に、大海の広さを教えてくれるのかな……」


 ルークの余裕そうな態度に、「いいねー。嫌いじゃないよ」と獰猛な笑みを見せたリヴィアは、開始の合図も待たずに一気に斬り掛かった。


 ルークの脳天を狙う一撃。

 迫る切っ先にルークが右に体を開く(左足を引く)

 半身になったルークの横を通過する剣、が翻った。

 勢いよく跳ねた刃が、ルークの首元へ。

 その一撃にルークが屈む……と同時に右回転。

 地面を這うルークの左足がリヴィアの両足へ。


 足払いにリヴィアが飛び上がった……そこには既に右足で飛んだルークの蹴りがあった。

 飛ぶ足と蹴り足が同じという変則的な蹴りに、リヴィアが左腕を身体に引き寄せた。


 宙でぶつかる足と腕。体重差と勢いも相まって、衝撃で飛んだリヴィアだが、クルクルと回転して地面に降り立った。

 開いた間合いに、リヴィアが蹴りを受け止めた腕を、何度か曲げ伸ばししてダメージを確認する。


「アハハ! すっごいねー」


 笑顔のリヴィアは、今の攻防でルークの実力をまた上方修正していた。


「レディに褒められると、悪い気はしねえな」


 剣の柄に左手を預けたまま、右手で手招きするルークにリヴィアが腰を落とす。


「剣を抜かないの?」

「抜かせてみな、お嬢さん(フロイライン)


 笑ったルークの眼前に、リヴィアが現れた。息もつかせぬ高速の突き。顔を逸らすだけで躱すルークだが、リヴィアの猛攻は止まらない。

 連続して繰り出される突きが、ルークの顔面を、身体を、何度も襲う。

 それらを全て紙一重で躱すルークが、わずかに乱れたリヴィアの突きを見逃さない。

 剣を持つリヴィアの手をルークの左手が掴んで、引っ張った。

 突きの勢いと、引かれた腕にリヴィアがつんのめる。

 その体重の乗ったリヴィアの右足を、ルークの右手が掬い上げた。


 放り投げられたリヴィアが、再び宙でクルクルと回転して着地。


 再びルークを振り返って、口を尖らせた。


「お兄さん……本気出してよー」


 剣を肩に預けたリヴィアが、「これじゃリヴィア、噛ませみたいじゃん」と頬を思い切り膨らませた。


「そりゃ無理だろ。本気を出してねえレディ相手に、俺が本気を出すわけにはいかねえだろ」


 肩をすくめたルークに、「へぇ」とリヴィアがニヤリと笑った。


「そんな事まで分かるんだ」


 リヴィアの身体を薄っすらと黒い闘気が覆った頃、ようやく暗部が一人現れた。


「お前たち、ここで何をしている」


 腰を落とす暗部だが、リヴィアは暗部など眼中にないと言わんばかりに、ルークを見つめたままだ。


「お前たち――」

「悪いが大人しく王子様でも守っててくれ……。それが仕事だろ」


 一歩踏み出したルークの言う通り、彼らはリヴィアの気配を察知して今の今までエドガーを警護しつつ安全な場所へと退避させていた。だがルークとリヴィアの戦いが始まったので、一人が様子を見に来たのだ。


「しかし……」


 暗部の声を待たずに、リヴィアが一瞬でルークの前に現れた。それは先程までとは比べ物にならない速度だ。

 ルークの目を狙う横薙ぎ一閃。

 かろうじてスウェイで躱すルーク。鼻先で前髪が数本舞った。


 体勢の崩れたルークをリヴィアが逃さない。

 更に一歩踏込、切り返しの袈裟斬り。

 ルークが大きくバックステップ。

 振り下ろされた切っ先が、地面の上を描くように滑り、勢いよく振り上げられた。

 舞い上がった土埃がルークの視界を奪う。

「チッ!」

「アハハハハ!」

 響く対象的な感嘆符。

 土埃の中からルークめがけて影が伸びる。

 首を傾けてルークが躱す……が、影の正体にルークが眉を寄せた。


 伸びてきたのは切っ先ではなく、腕……その事実にルークが大きく飛び退いた。

 ルークの立っていた場所に、真上から回転して振ってくる剣。


 地面に突き刺さったそれを、土埃から現れたリヴィアが掴んだ。


「あれも避けるんだー」

「ビックリしたがな」

「じゃあ次は、もっとビックリさせてあげる!」


 楽しげに笑ったリヴィアがまた姿を消す。だが今度はルークの間合いより一歩外で急ブレーキ。かと思えば、ルークの周囲を付かず離れず周りだす。


 リヴィアがルークの周りを回るたび、少しずつルークを霧が包んでいく。


「……魔法か」


 呟くルークの言う通り、霧の中には既に幾つものリヴィアの影があった。ただの目眩ましなら、ルークには脅威ではない。だがどうやらそういった類の魔法らしく、霧の中には幾つも気配を感じるのだ。


 霧の中の影が一斉にルークへ剣を向け、一斉に飛びかかった。


 周囲に甲高い金属音が響き渡った。


 霧が晴れたそこには、リヴィアの一撃を剣で受け止めるルークの姿があった。


「うっそー。これも止めるの?」


 大きく距離を取ったリヴィアが、「すごい! すごい!」と瞳をキラキラとさせているが、ルークはと言うと苦い顔だ。


「まさかレディ相手に剣を抜かされるとはな」

「そのくらい、リヴィアが強いってことでしょ」


 笑顔のリヴィアが、「ルーカスも強いよ」とその瞳を更にキラキラと輝かせた。


「だって、リヴィアのあれ止めたのって、ユリウス以外で初めてだもん」


 喜ぶリヴィアにルークは「そりゃどうも」と大きくため息を返した。


「多分とある田舎には、ゴロゴロいるだろうけどな。お前の攻撃を止める奴らが」


 鼻を鳴らしたルークに、「なにそれ」とリヴィアが瞳を細めた。


「まだその冗談続けるの?」

「それが本当なんだな。仕方ねえから教えてやるよ。井の中の底が見えない深さってのをな」


 腰を落とした二人が、それぞれ闘気を纏い……


「双方剣を収めよ――」


 暗部と騎士を引き連れたルキウス学園長が現れた。完全に邪魔をされた形に、リヴィアから殺気が溢れるが、今度はリヴィアの後ろに影が現れた。


「リ、リヴィア様……ユリウス様の顔に泥を塗ることになりますぞ」


 おっかなびっくりの影の声に、リヴィアが「はぁ」と大きくため息をついて剣を鞘に戻して両手を挙げた。


 完全に降伏ポーズのリヴィアへ、ルキウスがゆっくりと近づいて話しかけた。


「まずは名前を伺おうか」

「リヴィアだよ。リヴィア・フォルステリア」


 リヴィアの名乗りに、ルーク以外の全員がざわついた。


「……最近帝国で有名な二代目【剣聖】殿か」


 頭を抱えるルキウスに、「みたいだねー」とリヴィアは自分の二つ名に他人事のように無関心だ。反対にリヴィアに興味を抱いたのはルークだ。


「へえ。【剣聖】ね……」


 探るようなルークの視線に、「勝手に呼ばれてるだけだし」とリヴィアが口を尖らせた。


「話を戻そうか。此度は学園に何用じゃったかな?」


「用? 用事? ……ああ、【紅い戦鬼】に会いに来たんだった」


 思い出したように手を打ったリヴィアが、「まあ、今はルーカスの方に興味があるけど」とルークに視線を移した。


「ハートフィールド嬢の従者じゃな……。侵入者を防いでくれて感謝しよう」


 頭を下げるルキウスだが、ルークは自分のせいで入られた部分もある、と首を振った。ルークが安い挑発に乗らねば、リヴィアも無理に入らなかったかもしれない。結果論なので何とも言えないが、挑発に乗ったことは事実だ。


「双方怪我もない上に……ユリウス、と言うたの」


 リヴィアの背後に控える影に視線を移したルキウスが、分かりやすく大きなため息をついた。


「今回の件は、儂から先方への苦言だけで鉾を収めよう」


 ルキウスの決定に、周囲がまたザワつくが、ルークとしては納得だ。相手は【剣聖】が護衛につく程の人物である。被害もないなら、学園側としては穏便に済ませるのがベターなのは間違いない。


 ルークとしては相手の背景も、話し合いにも興味はないが、ルキウスなら今後セシリアを始めとした学生が巻き込まれるような交渉はしないだろう。


(お役御免かな……)


 ルークの感想通り、ルキウスはもう一度ルークに頭を下げ、暗部や騎士とともにリヴィアを連れて正門側に歩き始めた。途中ルークを振り返ったリヴィアが、「またねー」と手を振る。


 そんな背中にルークはため息混じりに「おい」と声をかけた。


 リヴィアが振り返り止まったことで、集団も止まる。少々迷惑をかけている気はするが、そもそも学園の警備をカバーしたのだ。その程度のワガママは許して欲しい、とルークが口を開いた。


「リヴィアっつったな。お前……良かったな。【紅い戦鬼】がここにいなくてよ」


 頭をかくルークに、「どういう……?」とリヴィアが眉を寄せた。


「アイツがいたら、お前今頃跡形も残ってねえぞ」


 鼻で笑うルークに「嘘だー」とリヴィアが盛大に顔をしかめた。


「嘘じゃねえよ……その証拠にな――」


 ルークが本気で闘気を纏う。ビリビリと震える空気に、数人の騎士がカタカタと奥歯を鳴らし、真正面からそれを浴びるリヴィアも、驚きで目を見開いている。


「ちなみにアイツの圧は、こんなもんじゃねえぞ。本気で俺が向かったとして……本気のアイツ相手じゃ、勝つビジョンが全く見えねえ」


 恐ろしいほどの闘気を放つルークが言う言葉ではない。だがリヴィアだけはそれが嘘ではない事を本能で悟っている。


「俺も。お前も。アイツを超えるにはまだまだ足りねえ」


 大きくため息をついて闘気を霧散させたルークだが、その瞳に諦めの色など一切ない。


 ランディを追いかけるルークだが、本当に目指している場所はその背中ではない。ルークの本当の目的は、あの深い深い井戸の底に住まう一人の男を超えることなのだ。井戸の底、深淵に座す男は、今のルークでは到底たどり着ける存在ではない。


 それはランディもハリスンも同じだ。二人も、いやヴィクトールの騎士たちがずっとその姿を追い続けている。


 今まではランディと同じ走り方でその姿を追い続けていた。だがその方法だと、ルークの歩幅ではいつまでも追いつけない。それこそランディとの差も広がるばかりだ。


 だがここに来て、ルークにも光が差した。眼の前に現れた【剣聖】の名を継ぐ女だ。ルークに剣を抜かせ、しかもまだ底が見えない実力。 


「だからよ。お前がその気があるなら――」


 【剣聖】の名と、その剣技に活路を見出す。歩幅を変える。そうしてランディに並び、追い越しあの深淵にたどり着くために。


「――またかかってこい」


 鼻を鳴らしたルークに「いいの?」とリヴィアがその瞳を輝かせた。


「良いも何も、お前まだ本気じゃねえし、お互い不完全燃焼だろ」

「えー。結構マジだったんだけどー」


 むくれるリヴィアだが、首を振ったルークにはリヴィアが未だ力を温存していると確信している。剣を交えたからこそ分かる、ルークの勘だ。まだ何かを隠している、という。


 ならばそれを引き出せれば、ルークにも次のステージが見えるかもしれない。新たな剣技と、それを本気でぶつけられる相手。お互いにとっていい刺激なのは間違いない。


 そんなルークの決意を感じ取ったのか、「わかった」とリヴィアが頷いて笑顔を見せた。


「じゃあまた遊びにいくねー」

「おう。そん時ゃ、本気で来い」


 ルークの言葉に手を振って応えたリヴィアが、今度こそルキウスたちに連れられ校庭の向こうへ消えていった。


「……それにしても【剣聖】か。いいなぁ格好良くて――」


 ルークが見上げた空は、雲一つない鮮やかな茜色に染まっていた。



 ☆☆☆



 一方その頃ランディは……


「リドリー大司教。この人面白い冗談を言いますね。うん、凄いよ君。立派なコメディアンになると思う。俺が保証しよう。うんうん、頑張るんだよ。じゃあ――」


「本当に面白い男だ」


「いやいや。俺より君の方が面白いって、だから見逃してーーー!」


 ……何とかして逃げようと、必死に口八丁であらがっていた。

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