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【書籍1巻発売中】モブの俺が悪役令嬢を拾ったんだが〜ゲーム本編無視で、好き勝手楽しみます〜(旧サブタイトル:ゲーム本編とか知らないし、好き勝手やります)  作者: キー太郎
断章 冬のヴィクトール

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第158話 床に敷くなら段ボールがオススメです

 ランディが襲われてから数日後……あれから特に変わったこともなく――結局あの日の試験は駄目だったが――ランディは週も明けた頃、ようやく全ての試験に合格していた。予定では明後日にはリズが迎えに来るはずなので、結構ギリギリだ。


 それでも試験合格、進級が決まったランディは、久しぶりに自由な学園生活を、と出席の必要もないのに学園に顔を出していた。端的に言えば、一人ですることがなかったのだ。学園ならルークやセシリア、他にもウェインや第二班の生徒達。学年が変わればアナベルにコリーと意外と増えた友人たちがいる。


 彼らとしばし自由な学園生活でも、と思っていたランディだが……


「失敗したな。来るんじゃなかった」


 ……今は学園に来た事を後悔していた。なんせ学園全体が学年末考査に向けて、試験勉強モードに入っていたのだ。こうなってはあまり派手に自由を満喫出来ない。


 いつもはキラキラとした学園だが、これから二週間くらいは殺伐とした空気になる。全員がいたるところで勉学に励み、クラブ活動やサークル活動さえも自粛される。


 テラスで魔法理論を暗記するもの。

 教室で問題を出し合うもの。

 ベンチでサンドイッチ片手に参考書を読むもの。


 誰も彼もが勉強一辺倒の中、ランディだけが余裕なのだ。まるで一人推薦で受かった入試前のような雰囲気である。


 なんせ前から来るウェインですら、ブツブツと魔法理論を呟いているのだ。


 ランディの目がウェインの目と合った。一瞬だけ立ち止まった両者の視線は


 ――お前、頑張ったんだな。

 ――お前も頑張れよ。


 とでも言いたげなものだ。エールを受け取ったのだろうウェインが、「フッ」と小さく笑うと、また若干俯いてブツブツ魔法理論を呟きながら去っていった。


「うーん。はたから見るとゾンビだな……」


 呟くものの、自分も人からああ見えていたと思えば、流石のランディも知り合いの邪魔をする気にはなれない。それでなくとも、皆ランディが合格するまで応援してくれたのだ。


(どうすっかな。家に帰っても良いんだが、昼飯がなー)


 ランディが迷う理由は、昼を学食で済まそうと思っていたからだ。なんなら既に口が学食のハンバーグの口になっているのだ。


(しゃーねーな。どっかで時間でも潰すか)


 本来なら試験のないルークと駄弁って時間を潰してもいいのだが、ルークはセシリアと行動を共にしている。そうなってくるとセシリアの手を止める可能性が高い。いくらセシリアが才女と言えど、今まで色々と協力してくれた彼女に迷惑をかけるのはやはり論外である。


 何とか人目のつかない場所で、ノンビリと過ごそうと、校舎を徘徊する事しばらく。


「そーいや、あそこがあったな」


 ランディが思い出したのは、以前ずっとサボるために使用していた渡り廊下の縁だ。学園の裏庭に面した渡り廊下は、普段から人通りも少なく、しかも覗き込まなければ縁に気づかれることもない。下からも死角となっており、サボるには最適な場所なのだ。


 そうと決まればランディの行動は速かった。学生課の事務局に顔を出してレンタルブランケットを調達し、身体の大きさを理由に二枚借りたブランケットを小脇に抱えて、早足で北校舎へと向かった。




 ここ最近はずっとリズと一緒にいたため、行くこともなかった場所は、あの日と変わらず静かなままであった。もちろん渡り廊下を人が通るし、階下も――同じく渡り廊下なので――生徒が通り過ぎることがある。だが誰もが足早に過ぎていくだけで、ランディのお気に入りの場所に気づくことはない。


 これはいいぞ、ゆっくり出来そうだ、とランディはマジックバッグからいつもの鉄塊を取り出し、クラフトを使って縁の上に簡易的な箱を作った。見ようによっては、鉄でできた棺桶だが、ランディからしたら風よけも兼ねている実用的なフォルムだ。


 棺桶の上にブランケットを一枚のせ、もう一枚を被って寝転がった。


「さすがにこれでも背中が冷てーな」


 無理もない。二月も終わりかけとは言え、まだまだ気温は上がらない日が続いている。加えてこちらは校舎の裏側、つまり日当たりが良くないのだ。冷え切った石造りの縁が、薄い鉄板越しに冷気を伝えてくる。それを防ぐためにブランケットサンドイッチで臨んだものの、背中側の底冷えは想像以上の強さである。


 とは言え、冷たかったのは最初だけだ。冬休みの間に開発した発熱肌着と、二枚のブランケットで暖まったランディの体温が、背中側もジワジワと温めていく。


「作ってよかった発熱インナーってな……」


 加えて棺桶が北風も防いでくれるので、想像以上に暖かい。ポカポカと暖かくなってきた事で、ランディに睡魔が微笑んでいる。


 連日の試験勉強の疲れからランディは、心地よいまどろみの中に落ちていく……そうしてどのくらい目を瞑っていたのだろうか。ふと気配を感じたランディは目を開けた。


 他の生徒とは違う、覚えのある気配に、ランディは上体を起こして視線を下に向けた。そこに居たのはコリーと仲睦まじげに歩くアナベルの姿だ。渡り廊下を通り抜けるならまだしも、そこから裏庭に向かう二人は、手を繋ぎそうな雰囲気すらある。


「おうおう。楽しそうなこって」


 流石に二人の逢引を覗くわけにはいかない、とランディがまた棺桶に寝転がろう、と思ったその時、ふと気がついた事があった。


(そういやあの日から、やたらと大聖堂周りの警備が厳重だよな)


 思い出すのは、街に出た時の騎士や衛兵の配置や暗部の気配である。それとなくと言った雰囲気だが、大聖堂周りの警備がいつも以上に厳重なのだ。始めこそたまたまかと思ったが、晩飯を食うために街へ出る度、警備の厳重さが増している。


 一般人には気づかないように、だが少しずつ警備の数が増えているのだ。飯屋でそれとなく聞いても、「爆発犯への警戒」だとしか伝わっていなかった。確かに普通に考えればそうなのだろうが、それにしても教会周辺だけやたらと厳重だ。


 捕まえるというより、ネズミ一匹入れない。そんな表現が近いほどに。


(北に行く目的……セドリック様のことを俺に聞きにきた――)


 下を見れば裏庭を楽しそうに散策するアナベルとコリー。聖女絡みでアナベルに何のアクションがないのは何故だろうか。あの厳重な警備は、もしかして一度アナベルにも連中の接近があったからという事はないか。


 そう思ったランディは、二人には悪いと思いつつも、棺桶を仕舞ブランケットを抱えてその場から飛び降りた。


「アナベル嬢、コリーも――」


 上から現れたランディに、二人が一瞬驚いた顔を見せるが、すぐにそれを笑顔に変えた。


「ランドルフ先輩、お久しぶりです」

「し、試験合格したとお聞きしました」


 迎え入れてくれる二人に少し悪い気がしながらも、ランディは手を挙げて近づいた。


「二人っきりのところ悪いな。ちょいと聞きたいことがあってな」


 真剣なランディに「聞きたいこと?」と二人が顔を見合わせて首を傾げた。反応を見る限りアナベルもコリーも、今のところ騒動の外側にいるようだ。つまりあの厳重な警備は二人とは無関係だ。


 そんな二人に、騒動の事を話すかランディは迷った。ランディの杞憂で、二人に要らぬストレスを与えるのではないか、と。


 アナベルもコリーも一緒に冒険した仲だが、今ランディやセドリックが巻き込まれている事とは、全くの無関係だ。そんな二人を渦中に引きずり込むような事を、ランディが紡げるわけもなく……


「いや、ちっと事業のことでお父上に会いたくてな」


 ……頭を掻いてはぐらかせる事にした。とは言え、実際ランディがキャサリンに提案した教会の荘園からあぶれた人員の雇入れの話はしたい。


「い、いいですけど……」


 キョトンとしたアナベルが、今日はもう授業も終わったから案内しようかと提案する。


「いや、ありがてーんだが……」


 ランディが申し訳無さそうな顔をコリーに向けると、コリーがキョトンとした顔で首を傾げた。二人の時間を邪魔した、そんな居心地の悪さを感じるランディに、コリーは全く何とも思っていない、そんな様子だ。


「いいのか?」


 思わずコリーに聞いてしまったランディだが、「何がでしょう?」とコリーがさらに首を傾げた。


「いや、ほら……アナベル嬢と何か――」

「ああ。それですか。別に今日でなくとも大丈夫ですし。ね、アナ?」


 コリーに水を向けられたアナベルが「そうですね」と頷いた。それから二人が話すのは、今日はここに植物――クローバー――を採取しに来ただけだとか。流石乙女ゲーよろしく、クローバーを押し花にしたものが幸運のお守りとして有名らしく、それを二人で作ってキャサリンに送ろうというのだ。


(ま、眩しい……ちょっとでも下世話な事を考えた自分が恥ずかしい)


 人気のない裏庭に若い男女が二人……すわ乳繰り合いか、と少しでも思った事をランディが恥じて「いや、なんかゴメンな」と顔を覆った。


「よ、良く分かりませんが、早速行きましょうか?」


 苦笑いのアナベルとコリーに連れられ、ランディは裏庭を後にした。





 ☆☆☆



 ランディがアナベルやコリーとともに、正門から学園を後にしてからしばらく、学園へと向かう裏道側を一人の女が歩いていた。年の頃はランディ達と同じくらいか。


 リズよりも白く銀と呼んでいい髪は肩口で切り揃えられ、深い海の底のような紺碧の瞳は、キョロキョロと周囲を伺っている。無垢な笑顔で「わー」だとか「へー」だとか呟きながら紺碧の瞳を輝かせる彼女は、完全にお上りさん丸出しだ。


 旅装だろう真っ黒なローブの間から見える白銀の軽鎧と、腰から下げられた一本の剣から、すれ違う人々も彼女を田舎から出てきた冒険者だと疑っていない。


 学園の裏手は人通りが少なく穏やかな空気だが、それを楽しむように女はスキップ気味に通りを歩いていた。


「わー! 大きいなー。あれが学園か」


 見えてきたのは学園を取り囲む塀と、その向こうに見える校舎や寮だ。


「あそこに【紅い戦鬼】がいるのかー。楽しみ」


 ブルリと身を震わせた女が、両拳を握りしめた時、女の後ろから一人の影が現れた。


「リ、リヴィア様……」

「何? リヴィア今急いでるんだけどー」


 頬を膨らませ、リヴィアが影を振り返った。口調も仕草も小さな女の子のようなそれだが、瞳の奥に宿る殺気に影がわずかに後ずさった。


「す、すみません。手短に伝言を――」


 そう呟いた影が伝えるのは、まだ殺しては駄目だという事と、リヴィアはある人物の護衛だと話を通してある、という内容だ。加えて学園での用が済んだら、ある場所を尋ねて、護衛対象との合流も伝えられた。


「えー。リヴィア、護衛とか嫌なんだけど」


 口を尖らせるリヴィアだが「対象はユリウス様ですので」と影が一枚の紙をリヴィアに手渡した。


「なーんだ。それを早く言ってよ。ユリウスも【紅い戦鬼】に会いに来たのかな?」


 首を傾げたリヴィアに、影が黙って首を振った。


「ふーん。ま、良いや」


 手をヒラヒラと振ったリヴィアを残して、影がその姿を消した。


「よっし。じゃー鬼退治に行ってみよー」


 再びスキップを始めたリヴィアの瞳には、その鬼不在の学園の裏門が近づいていた。


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