第157話 悪いヤツって大体暗い部屋にいがち
「あれ、お前だろ?」
翌日開口一番、悪い顔で近づいてきたルークに、「何の話だ?」とランディが盛大に眉を寄せた。
「黒尽くめの爆発犯。全身黒タイツで、やたら逃げ足が速いって噂になってるぞ」
悪い顔で肩を叩くルークに「ゴキ◯リかよ」とランディがまた眉を寄せた。ランディの反応にケラケラ笑うルークの話によると、昨日の爆発騒ぎの時点で、ランディとコンタクトを取ろうとしていたらしい。家にも居らず、街のどこにもいなかったランディに、ルークが心配……することなどなく。
「何かをやらかしたな、と思ってたら夜の騒動だ。煩えから外に出てみりゃ、見知ったフォルムの怪しい黒尽くめときたもんだ」
悪い顔のルークが、「ストレスでも溜まってんのか?」ともう一度ランディの肩を叩いた。
「うるせーな。色々と事情があったんだよ」
口を尖らせるランディが、周囲の気配を伺ってルークとセシリアを近くのベンチへと促した。ベンチに腰を下ろしたランディが語るのは、昨日の一日で起きた色々だ。家に侵入され、罠で――実際には寝落ちだが――眠らされ、そして森の小屋での尋問である。
「んで、色々あって全部ぶっ殺して帰ってきたんだよ」
「なるほど。……そんな事がありましたの」
神妙な面持ちで呟くセシリアの横で、ルークは「馬鹿だ。馬鹿がいるぞ」と呆れ顔が止まらない。なんせ面倒だからと相手にワザと拉致られ、その結果が〝夜の王都で鬼ごっこ〟である。ルークでなくとも馬鹿だと言いたくなるものだろう。
「そもそもその状況で、なんで全身黒タイツで帰って――」
言葉を切ったルークが、思いついたと言わんばかりに「お前……」と残念な物を見るような顔でランディを見た。
「もしかして、プライベートは全身タイツなのか?」
「ンなわけあるか。ぶっ殺すぞ」
盛大に眉を寄せたランディが、尋問途中の魔法で制服がほとんど焼け落ちたことや、殺した敵から追い剥ぎよろしく服を奪って作り直した事を話した。
「ランドルフ様……何と言いますか……」
「お嬢様。こういうのはハッキリ〝馬鹿だ〟と申し上げるのが優しさです」
頭を抱えるセシリアの横で、ルークは「馬鹿だ。馬鹿がいるぞ」とまた繰り返している。なんせ相手を煽り倒して服を駄目にされ、半裸で相手をミンチにしその結果が〝布足りなすぎて全身タイツ〟である。流石のセシリアとて「馬鹿」の一言が喉元まで出かかってしまうものだろう。
「それで? 連中の目的は何だったんだ?」
大きくため息をついたルークに「さあな」とランディが肩をすくめた。
「お前……まさか情報を貰う前に――」
「ンなわけあるか。ちゃんとある程度は話してもらったわ」
口を尖らせたランディに、ルークが「だよな……。流石にそこまでは」とホッと胸をなでおろしている。ワザと拉致られた上に、何の情報も得られず暗部に追いかけられるなど、完全に馬鹿以外のなにものでもない。
だが安心した様子のルークに「テメーはウチの親父か」とランディの悪態は止まらない。
「攫われて、情報を聞いたものの、話せる程の事はなかった……そう捉えればよろしくて?」
「よろしくてよ」
肩をすくめておどけるランディに、セシリアが「あなたという男は……」と肩をガックリと落とした。一見するとふざけるランディに呆れたように見えるが、セシリアの表情を見るにそうではないだろう。
セシリアとて、先の発言が彼女をからかっているわけでは無いと理解している。そう理解できるほどには、セシリアもランディと付き合いが長いのだ。つまり彼女の呆れた表情と態度は、この期に及んで見せる、ランディなりの優しさへ向けてだろう。
そう。おどけた態度は、ランディなりの優しさだ。神妙な話の途中でふざけることで、他人に心配させない。そんなランディなりの優しさに、セシリアも慣れてきたからこそ、言えることがある。
「あなたの心配などしていませんわ」
鼻で笑うようなセシリアに、「知ってるわ」とランディも笑顔を返した。辛辣ともとれるセシリアの発言だが、それが彼女なりの優しさだとランディも分かる程度には付き合いが長い。
「とはいえ、何かあった時は我が家も協力を惜しみませんわ」
「そりゃ心強い」
笑顔を見せたランディが、「お前のお嬢様も、大人になったな」と悪い顔でルークを振り返った。
「馬鹿か。お嬢様は最初からお優しいお方だ」
眉を寄せるルークに、「へーへー」とランディが面白くない、と顔をしかめてまたセシリアに向き直った。
「まあ冗談抜きでよ。聞く所によると相手は色々と調べてるだろうから……」
「分かっていますわ。ルークの傍から離れないように、ですわよね」
真剣な表情のセシリアに、ランディが黙って頷いた。
「ルーク、テメーの心配はしちゃいねーが――」
「言われなくても分かってるぜ。誰がお守りしてると思ってんだよ」
鼻を鳴らしたルークに「上等だ」とランディが頷いた。相手が色々と調べていた事に加え、ランディの拉致を失敗したのだ。次にどんな手を打ってくるか分からない。それこそ、ランディと親交のある人間をターゲットにする可能性はゼロではない。
「私にはルークがいますし、問題はありませんが……」
言い淀むセシリアの瞳には、リズを心配するような色が浮かんでいる。いつもなら護衛兼主人という謎の立場のランディが傍にいるが、今は離れ離れなのだ。
「心配すんな。リズの方にはハリスンがいる」
その言葉にルークも「だな」と頷いた。猛者揃いのヴィクトール領騎士隊で、あの若さにして副長を務めるのは伊達ではない。ヘラヘラといつもは頼りなく見えるが、やる時はやる男なのだ。
「そうでしたわね。ハリスン様にはウチもお世話になりましたし」
セシリアがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、「なら今はやはり……」とランディにまた向き直った。
「心配すべきはランドルフ様だけですわね」
セシリアが紡いだまさかの言葉に、ルークとランディが顔を見合わせた。ランディの心配など、最も要らないはずであるのにその言葉だ。意味がわからない、とランディとルークが眉を寄せた時、
「ランドルフ様。先程からの話しぶりで心配しておりましたが――」
セシリアがどこか呆れたような、何とも言えない表情を浮かべて続ける。
「あなた再々試験のこと、忘れておいでではありませんか?」
突きつけられた現実に、ハッとした表情を見せたランディが「あ゙ーーーー!」と声を上げた。なんせ今日も午後から試験の予定なのだ。本来なら昨日の夕方から夜にかけて勉強をし、万全の体勢を整えて挑む予定だったはずが、拉致られたせいで何も出来ていないのだ。……半分くらいは暗部と追いかけっこの自業自得だが。
とにかく完全丸裸で試験に挑む羽目になりそうなランディは、セシリアに「助かったぜ」と握手を求めて颯爽とその場を後にした。試験までのわずかな時間を勉強に充てるつもりなのだ。
慌てて駆けていくランディの背中を見つめる二人は、顔を見合わせてどちらともなく笑った。
「これ、相手には同情をしてしまいますわ」
「ですね。あの馬鹿の逆鱗に触れた上に、試験の邪魔ですからね……この世に影も形も残らないんじゃないでしょうか」
二人の見つめる先には、既にランディの背中はなかった。
☆☆☆
同時刻、大陸某所……締め切られたカーテンは、柔らかな陽の光を遮り、部屋を薄暗く覆っている。薄暗さで分かるのは、大きなベッドと幾つかのソファ、そして壁際の暖炉と言った、誰かのベッドルームだろう事だ。
そんな暗い部屋でベッドからのそのそと起き上がった男の人影が、ベッド脇にかけてあったガウンを羽織った。
年の頃は分からないが、スラリと伸びた肢体と淀みのない立ち振舞は、若々しい力強さを感じさせる。
ガウンを羽織った男が、スリッパのまま部屋の中をうろつきだした。目的はどうやら壁際にあるワインセラーか。まだ太陽が東にある最中から酒とは、あまり褒められたものではないが、どうやら男に小言を言う存在はいないらしい。
男が堂々とワインセラーを開けた時、男の真後ろにもう一つの人影が現れた。そんな影に気付いただろう男だが、気にすること無くワインを引き抜き、影を振り返らずに口を開いた。
「……首尾はどうだ?」
響いたのはやはり若々しい声だ。だが影が何かを言うことはない。しばしの沈黙に、コルクを開ける音と、「トクトクトク」とグラスにワインが注がれる音が響いていた。
その後再び訪れた沈黙に、男が小さくため息をついてグラスの中身を一気に呷った。
「うまく行かなかったのか」
ため息混じりの男に影がゆっくりと頷いて、抑揚のない声を発した。
「件の青年への接触部隊ですが……定時連絡が途絶えました」
「ほう?」
眉を寄せているであろう男に、影がまた淡々と言葉を紡ぐ。
「仮の拠点は壊滅。その場に飛び散った肉片や血を確認。まるで魔獣に食い散らされたかのようで、完全に確認がとれていませんが……恐らく――」
「全滅、か?」
鼻を鳴らした男に影が黙って頷いた。ため息をついた男がもう一度グラスにワインを注いだ。
「何と言ったかな……ヴィク――」
言い淀む男に影が「ヴィクトールです」と呟いた。
「ああ。そうだヴィクトールか」
小馬鹿にしたように笑う男が、グラス片手にまたベッドまで歩きながら、「ヴィクトール、ヴィクトール」と何度も呟き、公国の貴族であった情報も反芻している。
「田舎とは言え、流石は魔の森に面していると言えるな」
ベッド脇のサイドテーブルにワイングラスを置いた男が、そのままベッドに腰を下ろした。
「ひとまず協力者殿には、落ち着くように言い含めておけ……ああそうだ。それとリヴィアにも落ち着けと言っておけ。もう先方にもついてる頃だろう。ずっと戦いたがっていたからな、そのヴィクトール某と」
笑う男性だが、影が「それが……」と力なく首を振った。
「リヴィア様がちょうど向こうについた時、全滅の一報が入ったのですが……」
「もしかして――」
「はい。飛び出してしまいました」
抑揚こそないが、言葉自体には苦笑いが見えそうな影に、男も一瞬だけ驚いたような表情を浮かべていた、が、「フフッ」と呆れたようなため息混じりの笑みをもらした。
「全く……とんだお転婆だな。二代目剣聖殿は」
笑った男がワイングラスの中身を一気に飲み干した。
「連れ戻しましょうか? そろそろ王都に――」
「構わん。お前がここにいる以上、リヴィアの足に誰も追いつけまい。最悪ヤツの護衛とでも言わせれば良かろう。どう転んでも、計画に支障はない」
ワイングラスを置いた男に「御意」とだけ伝えて、影がその姿を闇に紛れさせた。
部屋に一人残った男が立ち上がり、今度こそカーテンを開いた。窓から差し込む陽光が、室内を明るく照らし出す――
「さて。そろそろアレも王都にたどり着くころだろう。盤面がどう転がるか……しばし高みの見物といこうか」
――光に照らされた男の鮮やかな金髪が輝いていた。




