第152話 王家に伝わる話ってどこまで本当か分からない
アレクサンドリア王国王都の王城近く、広大な敷地にポツンと立つ塔がある。
【星詠の塔】。
古代の人々が、この塔で星を詠み様々な超常現象を顕現させたことに由来されたその塔は、いまの王国では研究機関として機能している。
古代魔術の研究からそれらを応用した魔道具の研究、そしてもちろん遺跡の調査発掘まで、様々な研究室が一体となった大陸でも有数の叡智の集合体だ。
研究に没頭する人間を内包する【星詠の塔】は、基本的には静かなもので、誰かがヒソヒソと声を交わす声さえ煩く感じるほどなのだが……
ちょうどランディが、テストに向かっていた頃、【星詠の塔】は、史上初と言る程の大騒ぎになっていた。
その原因は、午前中にもたらされたある資料だ。王立学園の長であるルキウス・エルダーウッドから提出されたそれは、国の重要な遺跡の謎を解くかもしれないものだからだ。
提出したのがルキウスという有名人かつ、詳細な解読方法までついていたのだ。たった半日しか経っていないというのに、〝限りなく真実らしい〟という結論のもと、既に国王ジェラルドへの報告まで済ませている。
それでも【星詠の塔】が大騒ぎなのは、忙しい合間を縫って来訪するジェラルドを迎え入れるためである。短い時間でジェラルドへ説明するために、資料を準備し、そしてより分かりやすくまとめる必要があるのだ。
大陸有数の叡智とも呼ばれるだけあって、塔の随所に様々な資料がある。それらを選別し、かつ上階から資料を引っ張り出すだけで一苦労だ。
今だけは遺跡研究室以外の研究者も、全員が一丸となって準備に奔走している。そのくらいあの壁画の謎が解けた事は大問題なのだ。
ようやく準備も終わりかけた頃、塔の真ん前にジェラルドが乗る馬車が現れた。馬車から転がるように飛び降りたジェラルドは、「お前も早く来い」と状況が分かっていないエドガーを促した。
エドガーはいつも通り学園で勉学に励んでいたのだが、暗部を通じてすぐに帰って来るよう言われたのだ。慌てて王城へ戻ったかと思えば、今度は「ついて来い」と【星詠の塔】へ連れてこられたのだ。流石にエドガーも何が何だか分かっていない。
「父上、一体なにが――」
首を傾げるエドガーに、「説明は後だ」とジェラルドが返した頃、塔から案内役の研究者が現れた。男に先導される形で、塔へと入ったジェラルドとエドガーの前には、既に準備万端の研究者たちの姿があった。
「遺跡の謎が解けたと――」
挨拶もそぞろに、ツカツカと歩くジェラルドに「ええ」と一人の老エルフが頷いた。
「今日の朝早くに、ルキウスから資料が届きまして」
苦虫を噛み潰したように切り出した老エルフが語るのは、朝一番に届けられた資料によって、遺跡の壁画に描かれていた謎の文字列が解明したかもしれない、という話だ。
解明したかもしれない。その言葉には事実以上に老エルフの心境が大いに反映されている。
ルキウス・エルダーウッド。現在でこそ王立学園の学園長であるが、元々はこの【星詠の塔】の研究者の一人であり、老エルフのライバルでもあったのだ。
ライバルが長い間謎と言われていた物を解いた。
そんな心境も相まって、『解明したかもしれない』という言葉を使ったわけだが、もちろんエドガーはそんな事は知らない。
「解明したかもしれない?」
眉を寄せるエドガーに、「まだ推論の域を出ませんので」と老エルフが恭しく頭を下げた。自分の心の内を話すわけにはいかない。だが実際老エルフの言う通りで、心境をなしにしてもまだ「解明した」とは言い切れないのだ。
いくら〝それらしい〟答えが出たとしても、多方面からの検証を経て初めて〝解明された〟と言えるからである。
本来検証を繰り返し、事実だと確認できてからの発表というプロセスをすっ飛ばし、〝真実らしい〟状態のまま国王にまで話を上げた。
そんな説明を聞くエドガーが「なら……」と思わず息を呑んだ。
通常のプロセスを無視した報告。しかも父であるジェラルドがこれほど慌てているということ。それ即ち〝真実らしい〟内容が、余程問題があるということだ。
事実、「これを――」と老エルフがジェラルドに資料を手渡し、それを見つめるジェラルドの顔が見る間に青くなっていくのだ。
「……まさか【年代記】に記された封印が――」
「そうでしょうな」
唇を震わせるジェラルドと、渋い顔で頷く老エルフの会話に、エドガーが眉を寄せた。そんな息子の様子をチラリと見たジェラルドが、「ラリエン星辰議長……」と老エルフもといラリエン議長に視線を移して頷いた。
エドガーにも教えてやってくれ。そう言わんばかりの仕草に、ラリエンと呼ばれた老エルフも「頃合いでしょうな」と頷いて部下を振り返った。
「【封環の年代記】を――」
ラリエンに声をかけられた女性が、黒くボロボロになった書物と手袋をエドガーに手渡した。慌てて手袋を嵌め、書物を受け取ったエドガーが、書物とジェラルド、ラリエンと視線を彷徨わせる。
書物にまた視線を落としたエドガーに「お読みなさい」とラリエンが、書物を開くことを勧めた。
おずおずと書物を開くエドガーの瞳に飛び込んできたのは、古代語の羅列とページごとに挟まれた注釈だ。もちろんエドガーは古代語は読めない。だが、ページごとに挟まれた注釈は読むことが出来る。
ゆっくりと視線を動かすエドガーの顔が、少しずつ強張っていく。
そこに書かれていたのは、古の王と王家との関わり。そして彼の者を封印したという衝撃の事実。
「なぜ――」
顔を上げたエドガーがジェラルドとラリエンを交互に見た。
「なぜ、王家の始祖たる方を封印など――」
もっともな質問だが、ジェラルドもラリエンも顔を見合わせるだけで、明確な答えを出すことは出来ない。なぜなら【封環の年代記】自体がかなり風化しており、続く内容はほとんど読み取れないからだ。
「これはあくまでも予想ですが――」
それでも、とラリエンが語るのは所々に残った文字から読み取れる内容だ。
「『傲慢』、『横暴』、そういった文字が見られることから、古の王はどこかで道を誤ったのかもしれませんな」
言葉を選びながら説明するラリエンが、「ここに――」と【封環の年代記】に記された一文を指さした。
「『その大いなる力に溺れ』――。そして、ここは『狂気に走り』――。更にここには『――災を呼び寄せた』こう記されております」
ラリエンの説明を聞いたエドガーは、「つまり……」と言葉を詰まらせた。信じたくはないだろう。なぜなら自分の遠い祖先は道を誤り、その強大な力でもって人々から忌み嫌われ、ついには封印されたのだというのだ。
「つまり僕達は、忌み嫌われし存在の末裔というわけなのか?」
声を震わせたエドガーに「いいえ」とラリエンが首を振った。
「古の王と王家との血縁は示唆されておりますが、それ以上に貴方がた王家の遠い祖先は、彼の王を封印せしめし偉大な一族。そう我々は思っております」
恭しく頭を下げるラリエンが続けるのは、エドガー達アレクサンドロス家の役目の話だ。確かに【封環の年代記】には古の王との関係は書かれていたが、それ以上に封印を施しそれを代々守ってきたことも書かれている。
もちろんその封印の場所や詳細は風化しているわけだが、わかる範囲でも代々封印を受け継いできた事実は残っているのだ。
ラリエンの笑顔に、「すまない」とエドガーが短慮を恥じるように顔を背けた。
「つまり、今回父上まで呼び出した理由は――」
「その封印に関する内容だったからですな」
大きく頷いたラリエンが、「陛下、いかが致しましょう?」と判断を仰ぐように向き直った。
「まずはこの〝詩〟が本当に壁画に描かれていた文字列と同じか確認する必要があろう」
苦い顔をするジェラルドに「そうですな」とラリエンも頷いた。
「それが正しければ、遺跡は封鎖する……出来れば島ごと封鎖したほうがいいだろう」
「御意に」
また頷いたラリエンに、ジェラルドが大きくため息をついた。
「それと、〝詩〟の詳細も調べたほうがいいだろうな。抽象的すぎて分からん」
首を振ったジェラルドが、封印を施し直す場合や、弱まっていないかの確認をするにしても、詩の内容を完全に理解している必要があるだろう事を話した。
「あとは――」
そう呟いたジェラルドが、エドガーに向き直った。
「エドガー。お前が持って帰った光る玉だが――」
「……分かっております」
渋々ながらエドガーが懐から金の玉を差し出した。エドガーが玉を保管していたのは、エドガー自身がこの光る玉を研究するつもりだったからだ。
実は【星詠の塔】には既に〝銀の玉〟がある。初めて遺跡のダンジョンを攻略した際、騎士団が手に入れたのが〝銀の玉〟だったのだ。それの対となる玉として、帰ってきてそうそうラリエン達による調査が入ったのだが……結局のところ――銀の玉同様――何なのか分からなかった。
二つ揃った事で遺跡の扉に嵌め込むか、という話が出たところ、エドガーが「自分でも調べたい」と、ラリエンやジェラルドを押し切る形での許可をもらい、今日まで大切に保管してきたのだ。
だがその玉が、もしかしたら封印を解く鍵になるかもしれない。
詩に書かれた〝金と銀〟それに掛かる可能性があるなら、どちらも塔で厳重に保管する必要がある。
だからエドガーも渋々ながら、その玉をラリエンに差し出した。
「……確かに」
頷いたラリエンが、玉を箱に入れて厳重な封印魔法を施した。
自分の手を離れた勲章を、エドガーはいつまでも名残惜しそうに眺めていた。
「……ドガー」
「エドガー!」
「は、はい。なんでしょう」
呼ばれていることにすら気づかなかったエドガーは、肩を跳ねさせてジェラルドに向き直った。
「研究がしたければ、塔に来たら良い」
「ですな。いつでもお待ちしております」
頭を下げたラリエン始め研究者たちに別れを告げ、エドガーは何度か振り返りながら塔を後にした。降り掛かった真実に頭を悩ませながら。
☆☆☆
一方その頃、再々試を受けているランディはと言うと……
「おかしい。記号問題の答えが2ばかりなんだが……。これ、大丈夫? 大丈夫だよな」
……記号問題あるあるに頭を悩ませていた。




