第151話 まあ沈黙してたしね。何かしらあるんでしょう
「それで? 再試の合否を賭けにした結果、見事に負けたと――」
ジト目のルークの横で、「いやぁ。ただ飯は旨い」とウェインが学食のハンバーグを頬張っている。
「負けたんじゃねーよ。敢えて落ちてやっただけだ」
鼻を鳴らしたランディに、「負け惜しみ言うなって」とウェインがフォークを突き出した。
「馬鹿か。負け惜しみじゃねーって。飯はまあ賭けだが……折角ならゆっくり話が聞きたくてな」
腕を組むランディに、「はなしぃ?」とウェインが眉を寄せた。
「ああ。お前、北のお嬢様と仲良しなんだろ?」
「な、なかよしって――」
喉にハンバーグを詰まらせたのか、ウェインが胸を数回叩き、水を一気に飲み干した。
「北のお嬢様……ですと、ヴァルトナー侯爵令嬢のことですわよね?」
首を傾げたセシリアが、「何番目のでしょう?」と続けるとウェインが胸を叩きながら指を二本立ててみせた。
「二番目……ですとアイリーン様ですわね」
セシリアの言葉に、「知ってんのか?」とランディが振り返った。
「ええ。と言っても、お名前とお顔くらいですが……」
セシリアが続けるのは、ヴァルトナー侯爵令嬢、アイリーンはセシリアやリズより三つ上、つまりセドリックやミランダ世代ということだ。
「へぇ。じゃあセドリック様達の方が詳しいかな」
「どうでしょうか。確か学園に通っておいででしたから、交流はあったかと思いますが」
それ以上は流石に分からない、と肩をすくめるセシリアに「どうなんだ?」とランディがウェインを振り返った。
「俺が知るわけねえだろ。一介の兵士の倅だぞ?」
眉を寄せるウェインが言うには、彼の父はヴァルトナー侯爵が有する領軍の兵士だそうだ。普段は領都を守るために騎士たちに同行して、様々な任務にあたっているという。若い兵士たちを取りまとめるベテラン……そう言えば聞こえがいいが、結局は騎士どころか従騎士ですらない、一般兵士なのだ。
本来雲上の存在たる、ヴァルトナー侯爵令嬢と触れ合うことの方が珍しい。
だがヴァルトナー侯爵は、〝一般兵こそ重要である〟というような御仁らしく、よく一般兵士の訓練にも顔を出して稽古をつけるらしい。そんな訓練に幼い頃から顔を出していたウェインと、たまたま父親であるヴァルトナー侯爵にくっついてきたアイリーン嬢が、顔を合わせた形だ。
「年が近くてよ。まあお嬢様の方が上なんだが……とにかく訓練に来る度、終わったら遊び相手にって引きずり回されたんだ」
懐かしむウェインだが、ランディもルークもいまいちピンと来ていない。なんせウェインである。真っ直ぐな性格だとしても、お貴族様のご令嬢の遊び相手が務まるとは思えないのだ。
疑いの眼差しを向けるランディに、「ホントだって」とウェインが口を尖らせた。
「いや、お前が貴族令嬢の遊び相手って……」
「あれじゃねえか? ワガママ姫様のポニー役とか」
肩をすくめたルークに、「そんなワケないですよ」とウェインが顔をしかめた。ルークにだけ敬語なのは、研修に参加するまでの間、第二班の生徒の多くがルークに稽古をつけられたからだ。
ウェインやエッジからしたら、ルークはある意味で師匠のようなものなのだ。
そんなルークに、「普通にかくれんぼとかですよ」と答えるウェインだが、
「かくれんぼぉ? 貴族のご令嬢が?」
今度はランディが盛大に眉を寄せて参戦した。ランディからしたら貴族の令嬢イコール、リズやセシリアなのだ。もちろんキャサリンも令嬢なのだろうが、ランディの中ではアレはノーカンだ。
しかもヴァルトナー侯爵令嬢は、リズたちと同じ由緒正しき領地貴族のご令嬢だ。どうしてもリズやセシリアのイメージが抜けないのだが……
「あら? アイリーン様なら、納得できますわ」
……まさかの令嬢仲間から、太鼓判である。どういう事か、視線を向けたランディに、セシリアは優雅にティーカップを戻して口を開いた。
「アイリーン様は、かの【北壁】と名高いヴァルトナー侯爵閣下の娘ですわよ? 御本人も、【氷の舞姫】と呼ばれる凄腕の戦士ですもの。幼少期からお転婆でも驚きませんわ」
再びカップを手に取ったセシリアに、ランディとルークが顔を見合わせた。
「【氷の舞姫】?」
「そりゃまた、大層な……」
顔を見合わせていた二人が、ほぼ同時にウェインに向き直った。
「な、なんだよ」
声を上ずらせたウェインに、ランディがため息をついた。
「お前……そんなお嬢様なら間違いなく元気だろ」
呆れ顔のランディに、「それが分かんねえんだよ」とウェインが肩を落とした。
「あまりにも静かすぎるだろ?」
肩を落とすウェインが語るのは、キャサリンが学園で幅を効かせていた頃の話だ。セシリアにしろアナベルにしろ、婚約者との仲が冷え切っていたせいで気にも留めなかったが、アーサーとアイリーンとの仲はそこまで悪くはないらしい。
【氷の舞姫】とまで呼ばれる勇猛果敢なアイリーンと、脳筋気味なアーサーは波長があっていたのだろう。
「そう言えば、二学期始めくらいまではアイリーン様からアーサー様にお手紙が届いていた……と聞きましたわね」
思い出すように呟くセシリアは、恐らく当時のダリオから聞いていたのだろう。
「何でも、火遊びもいいがしっかりと鍛錬を続けるように……と」
「令嬢からの手紙じゃねーな」
苦笑いのセシリアに、ランディも苦笑いを返した。〝火遊びはいい〟とは何とも懐が広い令嬢だと思うが、それ以上に〝鍛錬しとけよ〟はぶっ飛び過ぎている。
「内容はともかく、始めはアーサーとか言う野郎に苦言を呈していた、と」
ため息混じりのルークに、「はい」とウェインが頷いた。どうやら彼らの婚約者が不満をもらしていたのは、学園では有名な話らしい。令嬢同士の横のつながりが噂となって、ウェインのような一般生徒にまで波及する……。そんなネットワークの中、
「マジか。知らなかったぜ」
一人置いてけぼりのランディに、ルークがもう一度ため息をついた。ルークのジト目から顔をそらしたランディが、咳払いとともにウェインに向き直った。
「なるほど。こんな状況で、【北壁】がずっと大人しい――」
「気になるだろ?」
眉を寄せるウェインに「確かにそうだが……」とランディがセシリアに視線を移した。急に向けられた視線に、一旦は首をかしげたセシリアであったが、「ああ、そういうことですの」と大きく頷いて、口を開いた。
「アイリーン様やヴァルトナー侯爵閣下に何かあった……そんな話は聞いていませんわ」
同じ領地貴族かつ古い一族同士なら、何か知っているのでは。というランディの意図に、セシリアが答えた形だ。
特に何も聞いていない、と首を振ったセシリアが「ただ――」と声を落として続ける。
「ヴァルトナー侯爵領は、帝国との国境を守る重要な場所。仮に何かあったとしても、外部に漏らす可能性は極めて低いですわ」
肩をすくめたセシリアに、「それも確かに」とランディがまた頷いた。
あの騒動の最中、ずっと沈黙を守っていたヴァルトナー侯爵。ランディにとっては、今の今まで商談予定の相手という認識だったのだが、新たに気になることが出来た。
沈黙を守っていた理由に、ランディとて幾つか思い当たることはある。
「帝国か……」
その中で最もらしい理由を考えると、ヴァルトナー侯爵の協力を得るのはかなり骨が折れそうな予感もしている。
国境を守る誇り高い貴族だ。国内のゴタゴタを助長させるような行動は、帝国に付け入る隙を与えかねない。
帝国を警戒し、沈黙を貫いてきたのか。もしかしたら既に国を見限り、帝国と手を結んでいる可能性もある。
セドリックなら何かしら掴んでいるかもしれない。いや掴みきれていないからこそ、ああして自らが出張ったと考えるべきだ。何があっても即座に対応出来るように。
(そう考えると……タフな交渉になりそうだな)
前途多難な状況に、ランディは思わずため息をついていた。
「ウェインなら、【北壁】の攻略につながる何かを知ってるかと思ったが」
ため息混じりのランディが、「奢り損だな」と悪い顔でウェインを見た。お前のせいで、なんか余計にややこしくなったぞ。そんな顔をするランディに、ウェインが冷めてしまったスープを一気に飲み干した。
「奢り損も何も、俺が勝ったんだからな」
口を尖らせるウェインが、そもそも北に行くなら、追試の合格が条件だということをランディに語っている。
「今日も昼からあるんだろ?」
「ああ。今日は二教科だけだ」
Vサインを見せたランディは、選択している科目や必須科目を今まで通り午前中に受け、午後からは少しずつテストの合格を目指す形に変更している。そもそも授業も受け、テストも受けだと時間が完全に足りないためだ。
他の学生同様、日によって数教科だけをこなすランディが、「じゃあそろそろ行くわ」と三人に手を挙げて、テラスを後にした。
気になる事は多けれど、ランディとて一人で苦手な勉強をやりきったのだ。その体験を糧に、ランディは自信に満ちた足取りでその場を後にした。




