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【書籍1巻発売中】モブの俺が悪役令嬢を拾ったんだが〜ゲーム本編無視で、好き勝手楽しみます〜(旧サブタイトル:ゲーム本編とか知らないし、好き勝手やります)  作者: キー太郎
断章 冬のヴィクトール

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第150話 それぞれが居ない夜

 ルキウス学園長に壁画の〝詩〟を預けたランディは、そのまま家へと帰っていた。いつも通りの帰り道のはずだが、やけに広く感じる歩道と、肌寒く感じる左側。そんないつもと違う感覚に、ランディの足は自然と速くなっていた。


 家にたどり着いた頃には日も暮れ、辺りの家々に明かりがポツポツと灯りだしている。


 これもいつも通りの光景だが、ポツンと真っ暗なままの家は、いつもと違う。


「そうか。今日は誰も小言を言うやつがいねーのか」


 普段ならリズもリタもハリスンも、ソースをかけすぎだとか、好き嫌いをするなだとか、色々言ってくるのだが、今日は誰も居ないのだ。


「外で思い切りジャンクな飯でも食うか!」


 独りごちたランディが、門の前で踵を返して、大通りにある大衆食堂へと繰り出した。スキップ気味のランディが選んだのは、ひときわ賑やかな店舗だ。以前【鋼翼の鷲】のリーダー、レオナルドに聞いていた店である。


 ボリューム満点、味もそこそこ。そして何よりガツンと来るコッテリな味付けらしい。普段なら来ることのない店。まだ日も暮れたばかりだというのに、店外に漏れる出来上がった大人達の賑やかな声。


 身を包む非日常に、ランディは思わず口角を上げた。


 扉をくぐったランディを、賑やかな喧騒と酒精の香りが包み込む。


「オヤっさん。今日のおすすめを――」


 デカデカと張り出された、日替わりプレートの文字。それを顎でシャクったランディが、親指で硬貨を弾いた。


 それを受け取った中年の親父が、無言のままカウンターを顎でしゃくる。どうやら空いてる席に座れという事らしい。


 カウンターに座ったランディは、賑やかさを背中に感じていた。どこかフワフワとした非日常感に、始めこそワクワクしていたランディだが、今は何だか物足りなさを感じている。


 非日常を持て余し、手持ち無沙汰なランディの前に料理が届いた。『ドン』と擬音すら見えそうな、大皿に鎮座する肉の塊たち。


 一口かじれば口の中に、ガツンと味の暴力が広がる。確かに量も味も申し分ない。流石にこの時間から賑わっているだけある。そんな料理だが、ランディはそれを楽しむ事なく一気に平らげ店を後にした。


 相変わらずスースーする左側を引きずり、ランディが家にたどり着いた頃には、既に太陽がその役目を月へと手渡していた。


 現代日本であれば一家団欒の時間(ゴールデンタイム)とも呼ばれる時間帯だ。本来であれば、ランディもリズやハリスンリタとともに楽しく食卓を囲んでいる時間だが、門の向こうに見える家は相変わらず暗いままだ。


「お、もう結果が出てる」


 郵便受けに挟まっていた学園からの通知を手に、ランディが門を開く。「キィ」と甲高い金属音が、やたら静かな通りに響いた。いつもは何とも感じない音が、やけにうるさい。


 門を閉じる時も同じ音が響き、ランディが思わず「うるせーな」と苦笑いを浮かべた時、隣の家から笑い声がもれてきた。窓も開けないこの時期に、ここまで笑い声が聞こえるのは、盛り上がっているからか、それともランディの周りがいやに静かだからか。


 どちらかなど考えずとも分かるそれを、ランディがわざとらしい大きなため息でかき消した。


 小さい庭も、今日だけは広く感じる。そんなランディが、大股で正面玄関まで歩き、勢いよく扉を開いた。


「ただいまー」


 なんとなく口に出してみたものの、もちろん返事があるはずもなく……。


 小さくため息をついたランディが、玄関脇のスイッチを押してホールの明かりを灯した。明るくなったホールに、ランディは手に持っていた手紙の封を切った。


 リビングへ歩きながら、中から手紙を出すと……そこに書かれていたのは、まあ予想通りの内容である。


「ですよねー」


 分かっていたとは言え、幾つも並ぶ『不合格』の文字に、ランディは苦笑いを浮かべた。それもいつも通り……だが、何故か今日はその三文字がやたらと重く両肩にのしかかっている気がしている。


 両肩に重くのしかかる気配。それを手紙ごとクシャクシャに丸め、ランディはリビングの扉を開いた。ランディを迎え入れたのは……明るいリズの笑顔ではなく、真っ暗なリビングだ。


 もれそうになるため息を押し殺し、明かりを灯したランディが、ドサリと音を立ててソファに腰を下ろした。


 ランディは丸めた手紙を、目の端に映ったゴミ箱へ放り投げる。いつもなら百発百中で入るそれが、ゴミ箱の淵に当たって……床に落ちた。


 ――カサッ


 手紙が床に落ちた間抜けな音すら、このリビングではうるさいくらいだ。


 しばし床に落ちた手紙を眺めていたランディだが、「とりあえず風呂に入るか」と立ち上がった。


 いつも通り風呂の準備をし、離れに通じる廊下の前まで来たランディが、ピタリと止まった。廊下の先には小さな扉。それをくぐれば離れに通じる渡り廊下がある。毎日毎日、リズと語らいながら歩くその廊下に立ち、離れの方をしばし見ていたランディは、「一人か……」と呟いた。


「よし。誰もいねーし月見酒と洒落込むか」


 笑顔のランディが、軽い足取りで廊下を抜け……たどり着いた離れで呆然と湯船を見下ろしていた。


「張ってねえ! お湯が!」


 当たり前である。家には誰も居ないのだ。先程まで外出していたので、お湯が張っていないなど当たり前なのだが、完全に失念していたランディがガックリと肩を落とした。


「しゃーねーな。家の風呂にするか」


 独りごちるランディが、備え付けの冷蔵庫からランディ用の果実水を一本取り出し……たランディだが、しばし瓶を眺めて、ため息とともに冷蔵庫に戻した。


 ランディは下がったテンションのまま、いつもと比べると狭い風呂場へたどり着いた。さっさとシャワーで風呂を済ませたランディが、「さみぃな」と震える肩を抱きながらリビングへ現れた。


 リビングは先ほどと何一つ変わっていない。何もないテーブルも、ゴミ箱の脇に落ちたままの丸まった手紙も。


「ったく、誰だよ……俺だよ――」


 わけの分からないツッコミとともに、丸まった手紙を掴んだランディが、ゴミ箱へそれを放ろうと……して、ピタリと止まった。


 手から滑り落ちそうなそれを握り直し、ランディがソファへまたドサリと音を立てて腰を下ろした。


 シンと静まり返った部屋のなか、ランディはクシャクシャになった手紙をもう一度開いた。何度見ても結果は変わらない。


「あ゙ーあ」


 何とも情けない声を上げたランディが、天井を仰いだ。


「どうすっかなー」


 天井を仰いだまま呟くランディは、心底迷っている。ルキウスに「延長するとダレるから」と啖呵を切ったのだが、正直ここまでボコボコの結果だと、明日の再々試験もかなり怪しい。


 だから今から勉強を……という所なのだが、どうもやる気がでないのだ。


 やる気が出ないのは、勉強が難しいからというだけではない。何だかんだ、この家の雰囲気があってこそ、ランディは苦手な勉強を頑張ってこれたと思っている。


 つきっきりで教えてくれるリズとエリー。

 結果が悪ければ、思いきり馬鹿にしてくるハリスン。

 ハリスンを注意しながらも、夜食を作ってくれるリタ。


 彼らがいるから、嫌なことでも頑張ってこれた事実を、ランディは痛感している。


「五分だけ――」


 呟くランディが目を閉じた。まぶた越しに届くやたらと明るい光に「眩しいな」とランディが手紙を顔に乗せた。


 今のまま臨んでも再々試験も玉砕必至だ。しかもリズがランディを迎えに来るのは、少なく見積もっても一〇日は先である。ならばその間に合格していればいいのでは……。そう思えば、今の重たい身体を持ち上げる気力も湧いてこない。


 ――再試、頑張って下さいね

 ――何回で受かるかの?


 不意に響いたのは二人の声だ。その声に押されたランディが、シワシワの手紙を持ち上げて目を開いた。


 逆光で影になった手紙は、先程よりなぜか良く見える。


「あ、一個合格になってる」


 気がついたのは、一つだけ合格になった教科だ。〝魔法理論〟。魔法実践などの選択科目と違い、立派な必須科目である。そんな中で、数学についでランディが苦手とする科目であるが、何と赤点ギリギリではあるもののそれが合格してるのだ。


「そーいや、昨日エリーとリズが代わる代わる教えてくれたっけ」


 思い出すのは、昨晩問題を解いた時に、見せてくれた二人の顔だ。「出来て当然じゃ」と笑うエリーと、「正解です」と自分のことのように喜んでくれたリズ。その二人の顔を思い出したランディが「フッ」と笑って、視線を前に戻した。


 もう一度丸めた手紙をゴミ箱へ――


 今度は綺麗にゴミ箱に入った手紙に、「っし。やるか」とランディが頬を叩いて勢いよく立ち上がった。


 リビングの明かりを消し、ホールの明かりも消したランディが向かうのは自室だ。大股で階段を上り、部屋にたどり着いたランディは、すぐさま机に向かい一心不乱にペンを走らせた。



 ……その日、夜も更け、周囲の家々が眠りについた時間になっても、ランディの部屋の明かりだけは煌々と灯っていた。




 ☆☆☆



 時はしばし戻り、ランディが家に帰り着いたちょうどその頃……リズ達もその日の宿へとたどり着いていた。


 セドリックとミランダは、街一番の高級宿へ。キャサリンとレオン。そしてリズにリタ、ハリスンという一行は、中堅クラスの宿を取っていた。セドリック程の有名人となれば、安宿に泊まる事すら出来ない。防犯上の理由もだが、やはりブラウベルグの広告塔としての仕事もある。


 だからこそ、リズも高級宿に……と願ったセドリックだが、リズは自分たちでお金を出す以上、あまり贅沢はしたくないと断ったのだ。


 三人一部屋で、リズ達女子メンバーが泊まり。その隣の二人一部屋にハリスンとレオンが泊まる形である。もちろん女子部屋の前ではハリスンとレオンが交互で番をする。


 そんなこんなで、今は護衛などの打ち合わせの為に、全員が女子部屋にいるのだが……浮かない顔をするリズに、リタとキャサリンが声をかけた。


「どうしたのよ。元気ないけど?」

「そうですね。どこか具合が悪いんですか?」


 首を傾げるリタに、「ありがとうございます」とリズが微笑んで、特に問題がないことを告げた。


「ならどうしたのよ。そんな暗い顔して」


 ため息混じりのキャサリンに、「少し、ランディが気になって」とリズが苦笑いで頬を掻いた。


 再試がうまく行ったのだろうか。

 駄目だった場合は、ちゃんと勉強できるのだろうか。


 そんな心配を紡ぐリズに「呆れた」とキャサリンが眉を寄せた。


「そんなに心配なら、会いに行きゃいいじゃない。転移でパっと」


 呆れ顔のキャサリンに、「い、良いんでしょうか? 会いに行っても?」と顔を綻ばせた。


「いいわよ。アイツも待って――」

「駄目っすよ」


 不意に会話に割り込んできたハリスンに、全員の視線が集まった。


「駄目っす。会いに行っちゃ」


 首を振るハリスンに、「なんでですか?」とキャサリンが口を尖らせた。


「会いに行きたいなら行けば良いじゃないですか。しかも勉強も教えられるし」


 口を尖らせるキャサリンの言う事はもっともで、再試験が駄目だった場合の勉強の心配もあるのだ。それでもハリスンは首を縦に振ることはない。


「駄目っす。皆さん、若を……ランドルフ・ヴィクトールを侮ってるっす」


 いつになく真剣な表情のハリスンが続けるのは、ランディなら絶対に一人でやり遂げるという事だ。


「確かに若は勉強嫌いですが、根性だけは誰よりもあるっす。多分今頃エリザベス嬢が居ない寂しさに打ちひしがれてるだろうっすけど、絶対に自分で立ち上がって追いついてくるっす。そういうひとなんすよ」


 笑顔を見せたハリスンの、「信じてやって下さい」という言葉に、全員がリズを振り返った。


 しばし流れる沈黙に、リズが「分かりました」と小さく頷いた。


「私も……ランディに甘えてばかり居られませんし、この数日の旅で少しでも強くなります」


 拳を握りしめたリズに、「若をビックリさせましょう」とハリスンも笑顔を見せた。


「それじゃあ、あっしらは扉の前で待機してるんで」


 ヒラヒラと手を振り、レオンを促して外に出るハリスンに、リズが頭を下げた。静かに閉まった扉をしばし見ていたリズだが、ふと思い立ったように窓の向こうに視線を向けた。


「ランディ……頑張ってくださいね」






 ☆☆☆



「あ、解答欄ズレてる……ま、まあ。練習だし正解にしておこう」


 夜はまだまだ長い。

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