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第146話 一人で悩まない。迷ったらすぐに相談。これ大事

 西日が差し込む教室の中で、四人は黙り込んだまま解読した詩を見つめていた。


 時折廊下から聞こえる生徒達の楽しげな声が、どこか遠い世界の事に思えてならない。そのくらい目の前に記された詩というのは、陰鬱な雰囲気を放っているのだ。


「……これ、どうするつもり?」


 キャサリンの言葉にランディが「考えさせてくれ」と片手で顔を覆った。気になることが多すぎるのだ。


 あの男のこともだが、何よりランディの気を引いているのは


 〝うしなわれし時のじく〟


 という文節だ。失われた時の軸。文字通りとらえれば、忘れられた時間軸とでも言えるだろうか。その時間軸に思い当たりのあるランディからしたら、この文節は魅力的だ。


(失われた……今は誰もたどり着けない時間の軸。これがあの世界線を意味するなら――)


 不意にリズと目が合った……いや、彼女の瞳の奥に見えるエリーと、である。


 恐らく【時の塔】のどこかにあるだろう、彼女の身体。無理やり次元の壁をこじ開けて、また【時の塔】にそっぽを向かれては、探せるものも探せない。だからこそ、こうして回り道をしていたのだが、今ようやく手がかりになりそうな文言が手に入ったのだ。


 ただ余計なものも、くっついてきそうだが。


 それでもエリーの身体を見つけるという約束だ。この詩を見た以上あの扉は是が非でも調べたい。


「ランディ、どうします?」


 リズも恐らく同じ気持ちなのだろう。あの扉を今すぐにでも調べに行きたい……が、それと同じくらいランディとリズにはやらねばならぬ事がある。


「一先ず保留だ。明日のテストに、キャサリン嬢のプレゼンもある」


 ため息をついたランディに、「別にアタシのは……」とキャサリンが首を振った。


 キャサリンからしてみたら、解読した詩の意味もランディ達が何を話しているかも分かってはいない。分かっていないが、二人の雰囲気的にそれどころじゃない事も理解している。


 しかもそれだけではない。


 ゲームですら語られなかった、あの壁画の内容と〝日蝕の祭壇〟。二人がそれを調べている事だけは分かっている。キャサリンとてゲーマーの一人だ。加えて自分がやり込んでいたゲームの裏設定だ。


 気にするなという方が無理だろう。


 キャサリンをしても気になりすぎる案件、それを放りだしてまで自分が提案したコタツに突き合わせるのは悪い気もしている。そもそもセドリックとの渡りもつけてもらえたし、キャサリン達と時を同じくして、セドリックも北へ入る事を聞いている。ランディやリズが居なくとも、商談に問題はないのだ。


「アタシの方は大丈夫だし、アンタ達はそっちを――」


 口を開いたキャサリンに、「そりゃ無理だ」とランディが食い気味に首を振った。


「気になるのは事実だが、乗りかかった船を飛び降りるってのは好きじゃねーんだよ」


 ランディの言葉にリズが頷いて口を開いた。


「エリーも、『今更数日伸びた所で問題ない』って言ってますし」


 笑顔のリズが続けるのは、そもそもあの扉自体、国の管理下にある遺跡の中なのだ。誰にも見られずに扉を調査する目処すら立っていないので、そもそも調査に向かうことも難しいという話だ。


「それもそっか」


 頷くキャサリンが、「でもそうすると、どうやって――?」調査をするのか。そんな顔で二人を見た。


 国が厳重に管理する遺跡。そこのメインとも言える巨大な扉は、研究機関の調査だけでなく、その先のダンジョンを騎士団も調査している。誰かがいないタイミングを探すほうが難しいほどである。


「深夜とか、明け方とか……人のいなそうな時間を狙って、でしょうか」


 自信なさげなリズに、キャサリンとレオンが顔を見合わせた。実際にそのくらいしか案が浮かばないのは、キャサリン達も変わらない。


 ただランディだけは


「方法に心当たりが無いわけじゃねーんだが」


 ため息混じりに頭を掻くランディに、全員が「え?」と声を重ねて視線を集めた。


「ゴーストの時みたく、敢えて国に情報を上げてみたらどうかなって……」


 肩をすくめたランディが続けるのは、国に人払いをさせる方法だ。解読した内容はどう考えても危ない封印の詩であり、国がまともなら、調査より封印を維持する事に重きを置くはずである。


 封印に、闇の扉。そんなものを、喜んで解き放つ馬鹿はいない。国に情報を上げ、遺跡の目的を彼らに知らしめれば、封印に触らない、触れないようにするだろう。


「そんなに上手くいくの?」

「さあな……ただ、可能性は高いと思うぞ」


 ニヤリと笑ったランディが、詩を読みやすく直した物を持ち上げた。


『古き王 失われし時の軸に 彼の者を封印す

 金と銀 黒き炎に染まりし時 輝く座標は深淵に沈む

 資格もつ者 昏き月の影に立ち 天の光を集めん

 さすれば闇の扉は開かれる』


「『古き王』〝が〟封印したのか、『古き王』〝を〟封印したのか……どっちでも取れるだろ」


 ランディが続けるのは、あのダンジョンでキャサリンが語った王家の成り立ちだ。禁忌の存在が振りまいた大病を打ち払ったという、あのマッチポンプである。


 エドガーは知らずとも、現国王がそういった逸話を知らないはずがない。


「つまり、王家に厄災が伝わっているならば――」

「連中、『古き王』〝が〟封印した、と思うだろうな。この扉の先に……厄災を」


 王家に伝わる話と、解読された詩。その二つがつながれば、裏付けの調査の後に、早々に遺跡を立ち入り禁止にする可能性が高い。それこそあの島ごと立入禁止にしても良いくらいだ。そうなればエリーとリズの転移でいつでも自由に調査が出来る。


 ランディの語る逆転の発想とも言える内容に、全員が「確かに」と頷いた。


「あとは、国に情報を上げりゃ、連中がバタバタしてる間に堂々と北の協力が得られる……って利点もあるな」


 セドリックが両手を上げて喜びそうな提案に、キャサリンは「アンタ……」と目を丸くしている。


「馬鹿っぽいのに、馬鹿じゃないのね」


「うるせーな。俺がいつ馬鹿っぽい一面を見せたんだよ」


 眉を寄せるランディから、三人がそっと視線を逸らした。


「とは言え……俺達だけで判断するのは無理だ」


 ため息混じりのランディが言うのは、先程の案も希望論でしかない事だ。


 王家に逸話が伝わっている可能性。

 国がランディの想像通りのリアクションをしてくれる可能性。


 結局相手任せの希望的推論にすぎない。


 確信の持てない状況で渡すには、この情報はランディやリズの手に余る。


「困った時の――」

「お兄様ですね」


 微笑むリズに、ランディが苦笑いで頷いた。


「セドリック様、手が空いてるといいけど」


 ランディは面会したばかりのセドリックを思いながら、結論を出した。今日のところは一旦解散で、明日のテスト後にでもセドリックにもう一度面会を――という形での決断を。



一応の方針も決まったことで、ランディは三人を促し教室の外へと歩きだした。これ以上ここでランディ達が悩んだ所で、時間の無駄なのだ。


 皆それを理解しているようで、特に新たな意見が出ることもなく、レオン、キャサリン、そしてリズの順に教室を出て、ランディも教室から一歩踏み出した……その時、ふと何かが気になってランディは教室を振り返った。


 四人がいた先程までの教室は、今はとても静かだ。唯一注ぎ込んでいた西日も、既に大きく傾き教室に入った時と比べるとかなり薄暗くなっている。


「ランディ? 行きますよ」


 廊下かから聞こえてきたリズの声に、「ああ。今行く」とランディが教室をあとにして、扉を静かに閉じた。


 それからしばらく……教室は西日の加護も消え、静かな闇に包まれるのであった。





 ☆☆☆




 時はしばし戻り、ランディ達が空き教室で暗号解読に精を出している頃……王太子エドガーは学園の生徒会室で、一人ため息をついていた。


 原因はもちろん、あの実習で見せつけられた彼我の実力差だ。今からどれだけ努力したとしても、到底追いつける気がしない。そんな実力差を前に、エドガーは嫉妬の炎を内に静かに燃やしていた。


「なぜあんなやつが……」


 ギリギリとエドガーの奥歯が鳴る。しかも調べれば調べるほど、ランドルフの優秀さだけが耳に入ってくる。


 腕っぷしは言わずもがな。

 新型馬車、美容液、カメラ……とここ最近大陸を席巻している様々な技術が、ランドルフ発信だというのだ。


 学園ではやる気のない生徒。スクールカーストで言えば、間違いなく底辺の持たざるものでしかないはずの、田舎の木っ端貴族。そんな男が、実は王太子である自分よりも優れているという。


 今まで人の上に立って当たり前だったエドガーからしたら、直視できない残酷な現実だ。


 そしてエリザベスと仲の良さそうな雰囲気も、である。


 その事が一番エドガーの胸を焦がす。エドガーとて元々自分がエリザベスを遠ざけた事くらい百も承知だ。だが、あんなに楽しそうに笑う姿を知っていたら、馬鹿な真似などしなかった。そんな責任転嫁を繰り返している。


 エリザベスがもっと笑っていたら。

 もっと楽しそうに話してくれたら。


 それが出来なかったのは、己の失態だ。失態だと分かっていても、もう少し歩み寄ってくれてもよかったじゃないか、とまた責任転嫁が止まらない。


「僕は……私は――」


 何とか嫉妬の炎を押さえつけようとするエドガーが、マジックバッグから金色の玉を取り出した。自分が認められた筈の勲章。この玉は間違いなく、あの遺跡がエドガーを認めた証だ。


「これを持つ私こそ――」


 怪しく輝く玉を手に、今日もまた玉に映る自分に語りかける……そんなエドガーが、「おや?」と眉を寄せた。


「少しくすんでる……か?」


 勘違いな気もするが、昨日より微妙に輝きが鈍い玉に、エドガーが顔を寄せた。だが結局いつものように玉の放つ怪しい輝きに、エドガーはその心に宿った黒い感情を、少しずつ少しずつ育んでいくのであった。

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