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第145話 一番の敵はブラウン管とアナログ信号。あれマジで文字が滲むんだよ!

 学園長室を飛び出したランディが、リズを促しつつ大股で廊下を歩く。大柄なランディの大股速歩きは、普通サイズのリズからしたら小走りに近い。あまりにもらしくないランディの行動に、「どこに行くんです?」とリズも怪訝な表情だ。


 だがランディも「どこに」とは言えない。正確には、どこに居るか分からないのだ。それでも数ある気配の中から、彼女のそれを探し当て……廊下を歩く見知ったピンクの髪をついに見つけたのだ。


「キャサリン嬢――」


 呼び止めたランディに、キャサリンがビクリと肩を震わせ、「なんでしょうかぁ?」といつかの猫なで声を上げ振り返った。


「……お前、まだそれやってんのかよ」

「なんだ。アンタなのね」


 お互いげんなりした表情を見せたのは一瞬、ランディが先程の紙をキャサリンに突きつけた。


「……ナニコレ? ローマ字?」

「やっぱり……だよな」


 眉を寄せるキャサリンと頷くランディの言う通り、ランディは学園長が文節など無視して書き記したそれで、ローマ字だと気づいたのだ。


 エリーやルキウスをしても解読できなくても仕方がない。なんせ、古代語である日本語を、アルファベットで表現する体系なのだ。


 しかもご丁寧に分かりにくく、単語のように妙な区切りまで入れて。


 だが区切りがなくなったことで、ランディは規則性のある母音からローマ字の可能性に思い当たった。そんな自分の思いつきを、同じく元日本人のキャサリンに確認したかったのだ。


 そしてランディと同じ様に、キャサリンもローマ字だと認識した。そうなれば、あとは読みやすく変換するだけである。


「ちっと時間があるか? これを仮名に直すのに協力してくれ」


 ランディの頼みに、「仕方ないわね」とキャサリンが肩をすくめて、近くのベンチを指さした。


 そこに陣取った二人が、それぞれが仮名に直してその後で間違いがないかを確認する事にした。


「読みにくいわね。誰よ、これ書いたの」

「学園長だ」

「……すっごい読みやすいわ」

「お前……」


 ランディのジト目から顔を逸らせたキャサリンだが、それでもペンを動かす手は止まることはない。


 そうして二人がペンを走らせる事しばらく……


「何とか、できたわ……」

「俺も……」


 神妙な面持ちの二人が、これまた同時に口を開く……


「「ふっかつのじゅもん、が」」


 ……そうして二人同じ様に床に手をつき、今までの苦労を嘆いた。


「ふっかつの……?」


 眉を寄せたリズが、キャサリンが落とした紙を手に取った。そこに書かれていたのは……


『まわこおうかそねあをそときふぞさのけふよふいまかおうたこうぬこうくろこほのおのつめろそぬこけけらさぜほるかへしんえんのそだやしかくよなよふくらこつきふけしのてとてんふほけろいえなゆうせたをへやみふぬほれへほれけをわ』


 形を変えた謎の文字列であった。


 ちなみにランディの方もキャサリンと全く同じ、謎の文字列だ。


 一先ず項垂れていた二人も、紙を突き合わせて間違いがないかのチェックをしていく。


「……意外。アンタ字、綺麗なのね」

「当たり前だ」


 鼻を鳴らしたランディが、キャサリンに平仮名は綺麗に書く事が基本だと力説している。


「いいか。正確に書かねーと、次回泣きを見るのは自分だ」

「……はあ?」


 眉を寄せたキャサリンが、助けを求めるようにリズへ視線を向けるが……リズも何が何だか分からないと首を振るだけだ。


「それとツレ(友達)に書かせるのも駄目だ。読めなくて喧嘩になる。あとアイツら平気で呪文の紙にジュースをこぼす。だからジュースも出すな」

「何の話よ」

「ふっかつのじゅもんだ」


 大きく頷いたランディが「それとチラシの裏も駄目だ」とその言葉に力を込めた。


「オカンに捨てられるからな」


 完全に置いてけぼりのリズ、キャサリン、レオンを他所に、ランディは今も「専用のノートが……」と力説が止まらない。


「ごめんだけど、アタシ〝ぼうけんのしょ〟世代なの。ハードディスクの」


 ため息混じりのキャサリンに、「ぼうけんのしょ、だと……」とランディの目の色が変わった。


「カセットは絶対に落とすな。それとツレに借りるな。兄ちゃんの〝ぼうけんのしょ〟が――」


 ふたたび始まるランディの力説に、キャサリンが「レオン、聞いてあげて」とレオンを生贄にリズと二人少しだけ距離を取った。


「……ランディ、どうしたんでしょうか?」

「トラウマを呼び起こしたんでしょ」


 肩をすくめるキャサリンだが、昭和世代の伝説はそれこそ聞いたことがあるだけだ。実際に経験してきた人間の、大いなるトラウマを目の当たりにするのは初めてである。


「放っといて、照合しちゃいましょうか」

「ですね」


 今もレオンに「いいか。〝ぼうけんのしょ〟は――」と力説の止まらないランディを他所に、リズとキャサリンが二枚の紙を突き合わせて文字列に間違いがないかをチェックしてしばらく……


「やっぱり意味はわかりませんね」


 ……失意のため息をつくリズの言う通り、結局分かった事は、ランディとキャサリンのジェネレーションギャップくらいで、あとは振り出しと変わらない。


 ちなみに文字列のチェックが終わる頃には、ランディのトラウマも全て吐き出され、困り顔のレオンと満足したランディもリズ達に合流済みだ。


「普通に考えりゃ暗号なんだろうが」


 紙に視線を落とすランディが、「普通に考えりゃ……」ともう一度繰り返した。この世界の元がゲームかつ開発者《創造神》は変な遊び心を入れてきた人間だ。それを思えば、ただ意味のない文字列の可能性も否定できない。


 そうだとしたら、これ以上この謎の文字列に時間をかけるのは無意味だ。


 そんな葛藤がランディの表情にありありと浮かび、リズが残念そうな顔で紙とランディを見比べた。


「意味がない可能性もありますか?」

「なんとも言えん――」


 歯切れの悪いランディだが、自分の勘が言っている。


 この文字列には何か意味がある、と。


 転移する巨大な扉。

 施された謎の術式。

 変化した壁画。


 そのどれもが、意味があるとしたら、この文字列にも意味があるはずなのだ。


(繰り返される扉……螺旋のように続くダンジョン)


 扉をくぐるたびに難易度が上がるとしたら、ダンジョン自体が既に大きなトラップだ。つまりは正しい方法で扉を開けねば、延々とダンジョンが繰り返されるという。


 そうまでして隠したいもの。

 そうまでして遠ざけたいもの。


 どちらかは分からない。だが、この文字列が何かのヒントなのは間違いない、とランディの勘が言っている。


「意味がわからない文字の羅列……暗号……どっかに鍵があるはずだが」


 もう一度紙に視線を落としたランディが、文字列をゆっくりと読み始めた。


「まわこおうかそねあをそときふぞ――っ!」


 何かに気がついたランディが、「リズ、メモをくれ」と紙に視線を落としたままリズに手を差し出した。


「何か分かったの?」


 覗き込むキャサリンに「わからん……が――」と言いながらも、ランディが〝じゅもん〟と自分達が一番最初に読み取ったメモを見比べた。


(やっぱり……全部対応する単語が――)


 それらを確認したランディが、「ここじゃ何だな」と周囲を行き交う人々に視線を向けた。


「なら近くの空き教室を借りますか?」





 リズが指さした教室へと移動した四人は、階段状に設置された長机の前後に座り、〝じゅもん〟とメモを机に広げた。


「これと、これ……そして、これも――」


 ランディがメモに書かれていた、漢字やルーンが示す単語を、〝じゅもん〟の中から選んで丸をつけていく。そうして、丸をつけた単語を全て漢字に書き換えた。


『まわこ王かそねあをそ時ふぞさのけふよふいまかおうたこうぬこう黒こ炎のつめろそぬこけけらさぜほるかへ深淵のそだや資格よなよふ昏こ月ふけしのてと天ふほけろいえなゆうせたをへ闇ふぬほれへほれけをわ』


 出来上がった文を眺めるキャサリンとリズが、顔を見合わせもう一度文に視線を落とした。


「……謎のままですね」

「〝まわこ王〟って何よ」


 二人してランディに怪訝な表情を向けてくるのだが、ランディは黙ったまま文章を睨みつけている。


 漢字とルーンが表す単語が、暗号を解く鍵だと思って入力したのだが、結局謎の文字列が変わるわけでは無い。


(なんか、この辺まで出かかってるんだが……)


 あと一歩な気がするが、これ以上の鍵が見つからない。脳をフル回転させるランディの意識の端で、キャサリンがリズに話しかけた。


「それにしても、アンタ古代語読めるのね」

「はい。エリーが教えてくれるのもありますが、勉強してるので」


 笑顔のリズが、五十音表を取り出した。ランディがアーロンに送った時に一緒に作ったものだ。


「懐かしい。五十音表じゃん」


 そんな二人の会話に、ランディの意識が一瞬引き寄せられ


(五十音表――)


 とリズが手に持っている平仮名の表に焦点が合い、その瞳が大きく見開かれた。


「五十音、順番か!」


 急に叫んだランディに、キャサリンとリズがビクリと肩を震わせ、舟を漕ぎ始めていたレオンも思わず立ち上がった。


「……分かったんです?」


 リズの言葉も届かない程集中するランディは、文章の中から鍵になりそうな物を探し出している。


「あった……これが鍵だ――」


 ランディが丸をつけたのは、『黒こ炎』、『昏こ月』という二つの単語だ。


「後ろに名詞がきてるって事は、『黒こ』も『昏こ』も形容詞だ」


「なら、本来は『黒い』『昏い』って事でしょうか?」


「多分……」


 呟いたランディが、リズから五十音表を借りて、『こ』を『い』に置き換える順番で、残りの言葉も戻してみる。


「〝ぬやい王〟……ンだそりゃ」


 肩を落としたランディが、「あー」と頭を掻いて再び鍵と思しき単語に焦点を合わせた。


「黒い炎……昏い月……黒、昏――黒き炎! 昏き月!」


 手を打ったランディが、『こ』を『き』に置き換える順番でもう一度トライする。


「ふるき王――」


 そのワードに全員が顔を見合わせた。そうしてランディとリズ、そしてキャサリンも交えて、三人で残りの平仮名を元に戻していく。


 そうして導き出され、読みやすく区切った文が……


『ふるき王 うしなわれし時のじくに かのものをふういんす

 きんとぎん 黒き炎にそまりしとき かがやくざひょうは深淵にしずむ

 資格もつもの 昏き月のかげにたち 天のひかりをあつめん

 さすれば闇のとびらはひらかれる』


 その文字列を前に、三人が顔を見合わせた。


「ふるき王って――」

「うしなわれし時のじく」

「闇のとびらって何よ」


 解読した結果、謎めいた詩が出現したわけだが、その詳細は今のところ分からない。ただランディとリズには一つだけ思い当たる事がある。


「これって、あのヤローの事だよな……」

「わかりません。そもそも封印したのか、されたのかすら――」


 首を振るリズだが、その表情からエリーも困惑していることだけは間違いない。一人だけ――いやレオンもだが――分かっていないキャサリンだが、ランディ達の雰囲気に「何のこと」などと口に出来ないようで、黙ったまま二人を見比べている。


 ――日蝕の祭壇


 あの日聞いたキャサリンの言葉が、三人の頭の中でいつまでも響いていた。

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