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第144話 誰に助言してもらうかより、どう受け取るか

 セドリックの協力が得られたことで、ランディ達は早速北へと向かう準備に取り掛かっていた。具体的には、残す所半分を過ぎた三学期をたたみにかかるという行動なのだが……


「最悪だ……ついこの前中間考査したばっかなのに」


 頭を抱えるランディの言う通り、学園から出された条件は、年度末に行われる予定の最終考査――同等レベルの試験――への合格が条件であった。


 授業を休んで北へ向かっても、諸々が終わって帰る頃には、年度末考査に間に合わないだろう。という学園の判断故である。


 もちろんリズとエリーの転移があるので、年度末考査に間に合わないという事はない。だが転移の事をおいそれと口に出来るはずもなく。


 結果ランディは……


「ランディ……間違ってますよ」


 ……再びリズが教鞭をとる、デスマーチの真っ只中なのだ。


 北へ向かうメンバーは、ランディとリズ、そしてキャサリンとお供のレオンである。四人の中で、レオンはそもそも学籍従者ではないのでテストは関係ない。成績優秀なリズも全く問題はない。そして――ランディからしたら納得がいかないが――キャサリンもかなり優秀なので問題はない。


 だがランディだけはそうもいかない。中間考査も成績こそ上がれど、まだまだ下から数えたほうが早い位置だったのだ。


 これが学年全範囲の年度末考査ともなれば、難易度は今までのテストの比ではない。


 通常の授業も終わり、午後の授業までの優雅なティータイムだというのに、いつものテラスで参考書を片手にペンを走らせるランディ。明日に迫る試験のため、つきっきりで勉強を教えるリズと、頭を抱えながらも必死なランディに、仲間たちは気を遣って別のテーブルで静かに昼を楽しんでいる。


「……これで、どうだ――」

「……はい。正解です」

「ふー」


 一段落した、と椅子に大きく身体を預けたランディが、そのままズルズルと下がっていく。


「頭から湯気でも出そうだぜ」


 ボヤいたランディが、目の前のコップを掴んで果実水をストローですする。頭を酷使しすぎて火照った身体に冷たい果実水が染み渡っていく。


「頭から湯気ですか……少し分かる気がします」


 苦笑いを浮かべたリズが、「結局解けずじまいですし」と謎の壁画の写真を取り出した。リズの横から写真を覗き込んだランディが、ストローを上下に揺らしながら、「ホント、謎だよな」と呟いた。


 あの後、折を見て何度か解読を試みたものの、結局大した成果は得られなかった。


 いや、正確には書いてある文言自体は書き出せたのだが、結局それが何を意味するのか全く分からなかったのだ。


『maw akoo k a son eaos oto kifuz osanoke f uyofui makao utakou n ukouku ro koh onoonot umeros on u kokeker asazeh orukae shiinne n noso dayash ikakuyo nayofu k u rakotsu kifukeshi not etoten fuhoke roiena yuse taoheyami funuhor ehor ekewowa』


 意味不明な単語と文字の羅列。それを解読するのは骨が折れる、と問題を棚上げにして今のところ目の前で出来そうな事に取り組んでいるわけだが……この問題にもそろそろ進展が欲しいのも事実だ。


「どうしたもんかな――」


 頭の後ろで手を組むランディが、口に加えたままのストローをゆらゆらと揺らす。


「行儀が悪いですよ」


 ジト目のリズに、「へいへい」と気のない返事をしつつ、ランディは晴れ渡った青空を見上げている。


 視線の先でゆっくりと流れる白い雲……それを眺めていたランディが、近づく気配に身体を起こして振り返った。


「……流石だなヴィクトール」


「こんな場所に珍しいですね。バルク教官」


 怪訝な表情を見せるランディに、「学園長がお呼びだ」と学園長室がある方角を顎でシャクって見せた。バルク教官が呼びに来る。しかも学園長絡みで……。その事に思い至ったランディが、「あー」と頷いてストローをコップへと戻して立ち上がった。


「場所は分かるな?」

「ええ。ありがとうございます」


 バルクに頭を下げて、ランディはリズと二人で校舎奥にある学園長室へと向かうことにした。


 バルクが学園長からの呼び出しを伝える。つまりあの護衛依頼に関する話で間違いない。思えば帰りの道すがら、バルクやガルドから「十分過ぎる働き」だとか「学園に追加の報酬を申請しておく」だとか言われていた事を思い出したのだ。




 ☆☆☆



「さて、また呼び出してすまなかったな」


 前回同様、フカフカのソファーに座る二人に、これまた前回同様ルキウス学園長がゆったりとした口調とともに微笑んだ。


「まあ飲みなさい」


 差し出された紅茶に、ランディとリズが会釈を返して口をつけた。広がる芳醇な香りは、間違いなく超高級品だとランディですら分かるほどだ。


 一介の学生に出すレベルの紅茶ではない。ルキウスの最大限の感謝が、この一杯に表されているといえるだろう。


「さて、まずは礼が遅くなった事を詫びようか。この時期は少々忙しくてな」


 頭を下げようとするルキウスを、リズとランディが慌てて止めた。そもそも依頼を受けて、それを遂行したにすぎない。仮に期待以上の活躍があったと言えど、二人からしたらやはり仕事の延長線上でしかないのだ。


「ガルド、バルク両教官からの報告書は読んだ。もちろん生徒のレポートもだ。それを踏まえて、学園としてもやはり君たち二人には何かお礼を……と思ってな」


 髭をさするルキウスが、「年末の騒動の謝罪も込めて」と微笑んだ。


「あれは学園も被害者でしょうに……」


 苦笑いをするランディに、ルキウスが小さく首を振った。安全管理上の問題として、学園にも少なくない責任があると。


 ランディとしては同じ被害者だとしか思えないが、これ以上は水掛け論にしかならない。責任の感じ方など、その人その人で違うのだ。ならば学園側の後ろめたさが少しでもなくなるなら、と礼を受け取ることを承諾した。


「とは言え、君たちはお金に困ってるわけではないだろう?」


「ええ。あって困るものではないですが、今のところは……」


 頷くランディに、「そうじゃな」とルキウスが顎髭をさすって視線を彷徨わせた。


「ならば、このルキウス・エルダーウッドが君たちの願いを一つ聞こう。無論、儂が叶えられる範囲でじゃが」


 大盤振る舞いが過ぎないか。そんな気持ちが隠せないランディの表情に、「それだけの事じゃ」とルキウスが大きく頷いた。


 あんな事件があった後の校外学習で、しかもインフェリオル・ロードの出現だ。ランディがいなければ、パニックを起こした生徒が最悪の事態に陥った可能性もある。


 王太子をはじめ、高位貴族の生徒だけではない。あの研修に参加した全員が、大した怪我もなく無事に帰還できたのも、ひとえにあのランディの瞬殺があってこそだ。


「儂に叶えられる願い……。何でもいいぞ?」


 ルキウスの瞳には、「年度末考査」とありありと書いてある。もちろん試験のパスは無理でも、少しくらいの融通を利かせて貰うことは出来る。例えば赤点のラインを少し下げるなど。


 そして隣のリズも、それしか無いと言わんばかりにランディの脇を突いているのだが……


「一つお聞きしていいですか?」


 ……ランディは二人の顔色を無視して、真剣な表情を浮かべた。雰囲気の変わったランディに、ルキウスも居住まいを直して「なんじゃ?」とその顔を引き締めた。


「学園長は、数百年を生きている……んですよね?」


 ランディの問にルキウスが黙ったまま頷いた。


「リズ。写真を出してくれ」

「え?」

「壁画の――」


 それだけでランディがルキウスに求めた報酬を理解したリズだが、「でも……」と言葉を詰まらせた。


「良いんだ」


 首を振ったランディに、リズが渋々ながらも写真を手渡した。


 その写真を何度かめくったランディが、「説教は後で聞きます」とルキウスへと写真を差し出した。許可なく国の遺跡を写真に収めたこと。褒められた事ではないそれの説教は、後にしろ。そんなランディの言葉と視線に、ルキウスが黙って写真を受け取った。


「……これは」


 呟いたルキウスにランディは、遺跡の壁画でそこに書いてある内容が分かるかを尋ねた。


「その内容を教えて頂くことが、今回の報酬で――」


「良いのかね?」


 眉を寄せるルキウスが言うのは、彼をしても解読できる内容ではないという話だ。その言葉はほとんど答えだ。ルキウスでも読めないから、やめておけという。


「構いません。もしかしたら、私達が気づかなかった別の視点があるかもしれないので」


 ランディの真剣な表情に、ルキウスはもう一度「良いのかね?」と尋ねた。彼の瞳にありありと浮かんでいるのは〝試験は良いのか〟という言葉だ。


「はい。試験は己を高めれば何とでもなりますが、数百年を生きる方の知識は、私では無理ですから」


 笑顔を見せたランディに「分かった」とルキウスが頷いて、写真に視線を落とした。


 しばらく写真を眺めていたルキウスが、「ふむ」と呟いて、異空間から紙とペンを取り出した。


「済まないが儂に分かるのは、この程度だ――」


 そう言ってルキウスが書き出したのは、ランディ達が解読した内容とほとんど一緒だ。


 例えば漢字の「王」や「黒」。そしてルーンが表す「炎」や「闇」などに加えて、あとは謎のアルファベットの羅列だ。


 ただ唯一違うとしたら……


『mawakookasoneaosotokifuzosanokefuyofuimakaoutakounukoukurokohonoonotumerosonukokekerasazehorukaeshiinnennosodayashikakuyonayofukurakotsukifukeshinotetotenfuhokeroienayusetaoheyamifunuhorehorekewowa』


 ……文字を全てつなげて書いたという事か。


「少し良いですか?」


 それを手に取ったランディとリズが、自分達の読み取った事を記した紙と見比べた。


『maw akoo k a son eaos oto kifuz osanoke f uyofui makao utakou n ukouku ro koh onoonot umeros on u kokeker asazeh orukae shiinne n noso dayash ikakuyo nayofu k u rakotsu kifukeshi not etoten fuhoke roiena yuse taoheyami funuhor ehor ekewowa』


 ランディ達が書き記した物と、ルキウスが書き記した物は、一言一句同じだ。ただ文節というか、書いてある通りに書き写したランディ達と違い、ルキウスは何の区切りもなく書き写した形だが。


 その結果にリズが分かりやすく失意のため息をついた。数百年を生きる学園長ですら、書いてある文字列が分かるだけで意味は分からないのだ。そもそも古代の叡智であるエリーに分からないのだ。学園長に分かる道理はないのだが……


 それを見比べていたランディは、とある事に気がついていた。


「……こんな事で良かったのかな? 君たちも既に同じ物を持っているようにしか見えないが?」


 眉を寄せた学園長に、「全然違いますよ」とランディが首を振った。


「まず私達の書き写しに見間違いがなかったこと。これだけでも価値があります。そして――」


 嬉しそうに顔を上げたランディが、ニヤリと笑った。


「視点を変えた甲斐がありました。感謝します」


 ルキウスのお陰でランディには見えたものがある。その事実にルキウスも興味深そうにしているが、ランディがソワソワと「では、報酬も頂きましたし」と席を立った。


 流石にこれ以上は引き止められない、とルキウスが小さくため息をついた。


「もし解読できたなら、儂にも教えて欲しい」


 心の底から……といった具合のルキウスに「分かりました」と頷いたランディが、リズを伴って駆けるように学園長室を飛び出した。



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