第142話 休載のお知らせとオマケ
セドリックとランディが執務室で話し込んでいる間の、キャサリン達サイドのお話です。
「あ、ありがとうございます」
キャサリンは差し出されたカップに会釈を返した。周りに居並ぶメイド達の視線は、針の筵……と言うには優しすぎて微妙に拍子抜けしている。
キャサリンが通されたのは、ガラス張りのガーデンルームだ。上手く太陽光を取り込むことで、真冬の今でもじんわりと暖かな空気で居心地のいい空間である。
カップを傾け、ソワソワとするキャサリンとレオンに、リズが「フフフ」と微笑んだ。
「緊張しなくても、誰もとって食ったりしませんよ」
優雅なリズに「……でも」とキャサリンが声を落として続ける。
「アタシ、これでもアンタを陥れた張本人なんだけど」
何とも言えない吐露だが、事実なので仕方がない。この家の住人からしたら、キャサリンは敵以外の何者でもないはずだ。先程セドリックが見せたように、射抜くような視線や殺気が感じられる方が、正常だと思えるくらい今の状況は不思議なのだ。
「お客様に敵意なんて向けません」
微笑むリズの後ろで、ミランダが大きく頷いた。今この屋敷にルシアンはいない。つまりトップはセドリックで、そのセドリックが客人としてもてなすよう伝えたのだ。
この屋敷にいる人間にとって、その言葉だけでキャサリンをもてなすには正当な理由になり得る。
「……あの〝影〟とか言うのもそうだったけど、使用人全部のレベルが高すぎでしょ」
身震いしたキャサリンに、「恐縮です」とミランダが頭を下げた。その行為で再びミランダを見つめたキャサリンが、彼女の名前と只者ではない佇まいに、ミランダという女性のゲームでの立ち位置を思い出していた。
「ミランダ、さんって……もしかして【蒼月の剣姫】」
呟くキャサリンに、「……恥ずかしい名前ですが」とミランダがもう一度頭を下げた。
ゲームでは、反乱を起こした侯爵家のボスキャラの一人であり、リズの兄であるセドリックとともに現れる敵だ。ゲームもまだ中盤手前ということで、二人共パラメーター的には抑えられているので、あまり強い印象はなかったが……今目の前で微笑んでいる女性は、明らかにキャサリンが知るアーサーやエドガーでは歯が立たない。
先程のセドリックも然り、である。
ブルリと身震いしたキャサリンは、あのまま突き進めば間違いなく自分達は無惨に返り討ちにあっていた事を痛感している。
顔を青くするキャサリンだが、流石のリズもまさかゲームとそれをトレースしていた馬鹿な過去を思い出しているとは思うまい。ただただ先程のセドリックを思い出しているのかと、申し訳無さそうに目を伏せた。
「それにしても……すみませんでした」
頭こそ下げないが、目を伏せるリズに現実に戻ってきたキャサリンが「い、いいわよ」と首を振った。先程のセドリックの態度を言っていることくらい、キャサリンでも分かる。
「アンタのお兄様、すっごく素敵な人ね」
ため息混じりのキャサリンが、セドリックが向けてくれた敵意で改めて自分の仕出かしを認識したことを語りだした。
「アンタが気にしなくても、周りはそうじゃない……痛感したわ」
ため息混じりにカップを傾けるキャサリンに、リズは何とも言えない表情を返した。セドリックの思いが、キャサリンに通じている事は喜ばしい事である。だが同時にリズ自身も少々認識が甘かったことを再認識させられているからだ。
「この話題は止めましょ」
「そうですね。お互い様ということで」
苦笑いを浮かべた二人が、ほぼ同時にカップを傾けた。そんな二人を眺めるミランダは複雑な表情だ。セドリックの態度は当然と言えば当然の態度で、リズがこうしてテーブルを共にしている事のほうが異常なのだ。
だから学園の話や、持ち込んだ試作の話で盛り上がる二人を見るミランダの顔には、「良く分からない」と書いてあるかのようだ。
「ミランダさん……ご心配をおかけします」
振り返らないまま呟くリズに、「そんな……」とミランダが首を振った。ミランダの気持ちを察したかのような発言に、ミランダは思わず顔をペタペタと触ってしまった。
思わずと言った行動は、向かいに座るキャサリンの苦笑いで引っ込んだ。咳払いとともに姿勢を正したミランダが表情を引き締め口を開いた。
「リザ様、いつも申し上げてるいます。ミランダ〝さん〟ではなく、ミランダと呼ぶように、と」
ため息混じりのミランダに、リズが笑顔で振り返った。
「それだと、先々困りそうですから」
「それはどういう――?」
首を傾げるミランダとは対象的に、「へぇ」とキャサリンが嬉しそうな笑みを浮かべてミランダを見ていた。
「もしかして、そうなの?」
リズに話しかけるキャサリンに、「そう、とは?」とミランダが口を開くが、
「そうなんです」
笑顔のリズに遮られて届かない。困惑するミランダを他所に、二人が女子トークに華を咲かせるのだが……
「どういう事か、ご説明いただいても?」
「ヒェ」
……キャサリンに迫るミランダを、「ミランダさん。お客様ですよ」とリズがたしなめた。
渋々ながら下がるミランダだが、その表情には先程までの暗さは見えなかった。何処か吹っ切れた「これで良かったのかもしれない」という思いが、彼女の顔にありありと浮かんでいるのであった。




