第141話 作った本人が気づかない事ってよくあるよね
「さて、場も暖まったし本題に入ろうか」
セドリックの見せる不敵な笑みに、ランディも思わず顔を引き締めた。前世で幾度となく見てきた、取引先のお偉いさんの顔なのだ。
「率直に聞こう。聖女様のアイデアだが……上手く行くと思ってるのかい?」
前のめりになるセドリックの視線は、どこか探るようなそれだ。一挙手一投足を観察される……そんな状況にランディはわずかに気圧されつつ小さく頷いた。
「勝算がないわけではありません」
ランディの言葉に「へぇ」とセドリックが笑って再びソファーに深く座り直した。完全に受け身の、聞かせてもらおうかスタイルに、ランディが大きく深呼吸をして頭の中を整理する。
まだセドリックには、キャサリンと共同で新たな暖房器具の開発と販売を目指している、としか伝えていない。
何から言うべきか。
様々な言葉がランディの脳内で浮かんでは消え……結局、ランディが下したのは
「セドリック様、魔石ストーブを消しても?」
実演という一番分かりやすい方法だ。自分より賢い相手に、アレコレ言葉を並べた所で、それが響く可能性は低い。ならば、思い切って体験してもらうほうが早い。
ランディの意図に気がついたセドリックが「いいだろう」と魔石ストーブのスイッチを切って、ランディを振り返った。まるで次はどうする、とでも言いたげなセドリックの表情に、ランディが立ち上がって執務室の窓を全開にした。
流れ込んでくる冬の空気が、一気に室内の気温を下げていく。
「カメラも、美容液も……そう言えば車軸も実演販売だったね」
「相手を納得させるだけの、話術を持ち合わせていないんですよ」
ため息混じりのランディが、「それと百聞は一見にしかず、ってやつです」と下がった部屋の温度に、マジックバッグから試作器と布を取り出した。
念の為と思って、キャサリンやリズに断りを入れて一組確保していたものだ。まだ固定する為の台もなければ、布を取り付ける為の器具もない。それでもクラフト頼みの突貫工事で、セドリックの執務机の下に、試作器が取り付けられた。
「あとはスイッチを入れて――」
ランディが動作を確認して、セドリックに椅子に座るように促す。セットしただけで何となくの使用方法を理解したセドリックだけに、スムーズに事が進む。
「なるほど……これは中々面白い感覚だね」
セドリックが微笑んで足元を覗き込んだ。布で覆われた小さな空間が、じんわりと暖かい。ストーブを切り空気を入れ替えた事で、上半身が幾分涼しいからこそ、より足元の暖かさが分かるというものだ。
その感覚をしばらく堪能したセドリックが、「面白い……が」と微妙な表情で立ち上がった。
「確かにコンパクトかつ、足元の冷えをピンポイントで解消出来る点は認めよう。騎士の詰め所や、国境の砦など、一定の需要があることも分かる」
そう言いながら、セドリックが足元の布を取り払って試作器のスイッチを切った……時、「おや?」と何かに気がついて固まった。
「これは……」
試作器を引っ張り出し、それをまじまじと見つめるセドリックの姿に、ランディは「流石」と呟いた。
「分解できるかい?」
「ええ。冷めたら分解しましょうか」
興味を抑えられないセドリックが、少しでも早く試作器が冷えるようまた窓を全開にした。流れ込んでくる冬の空気が、机の上の書類とセドリックの髪を靡かせる。
「……リザはこの仕組みを知ってるのかい?」
「ええ。流石に図面をパッと見ただけでは気付きませんでしたが、試作をしてますから」
「なるほど。リザと君が後押しするだけの価値はあると……」
セドリックの言葉にランディが黙って頷いた。実際昨夜はリズと二人でこの装置の仕組みについて盛り上がったばかりだ。まだ現物しか見ていないセドリックからしたら、この銅のグリルがどうやって発熱しているか不思議でしかないだろう。
「そろそろ良いですかね」
ソワソワするセドリックに後押しされるように、ランディが試作器の上部分を分解して取り外した。そこにあったのは、魔術回路に囲まれた銅の延べ棒とでも言うべき金属の塊だ。
全体を覆っているのも銅だが、この延べ棒だけは他と毛色が違う。正確には見慣れない回路が彫ってあるのだ。
延べ棒を持ち上げたセドリックが、「まだ熱いね」とそれを床に転がして、刻まれた魔導回路をまじまじと眺めた。
「雑な回路だ。いや、わざと……なのかな?」
延べ棒が置かれていた台座には、魔石からエネルギーを流す綺麗な回路が引かれているだけに、延べ棒に施された雑な回路に意図があるとセドリックは見抜いた。
「こんな事をすれば、魔力の流れが悪く――」
そこまで言って、セドリックはようやく試作器が発熱している理由に思い当たった。
「まさか阻害された魔力の流れが、熱に変わるのか?」
「魔法抵抗による、素材の自然発熱。そんなところですかね」
ランディの説明に、「そんな事があるのか」とセドリックが唸る。現代日本で電気抵抗を利用した、セラミックヒーターなどを知っているランディやキャサリンならではの着眼点だろう。
こちらの世界の常識は、魔力とは何かに変換するものであり、その流れは阻害してはならない、なのだ。
それは魔法であれ、魔道具であれ、何にせよ魔力は動力であり、それを阻害する事は即ちエネルギーロスでしかない。
生活を便利にするためには、いかに魔力の流れを阻害しないか。それこそが重要であり、そのために魔術回路が生まれたくらいだ。
故に必要なのは、この素材は魔力を通しやすいか通しにくいか、という判断だけで、魔力を通しにくい所謂抵抗の高い素材に、魔力を通し続けるとどうなるかなどの実験はほとんど行われてきていない。
行われたとしても、どの程度で魔力が流れるか、どの程度で破壊できるか、などの耐性実験くらいなものである。
そんな常識を無視ししたキャサリン印のコタツは、抵抗を上げ、その過程で生じる魔力と素材の摩擦とも呼べる熱を暖房として利用する。こっちの世界の人間からしたら、逆転の発想と言っても良い。
ちなみに銅の延べ棒だけを暖めるのも、エネルギー効率と安全の観点からだ。グリル全体の魔力抵抗を上げるより、延べ棒単体で温度調整するほうが、効率も安全面でも勝っているためだ。
「なるほど……これをキャサリン嬢が?」
「本人は、その真価に気づいて無いと思いますが」
肩をすくめたランディに、「偶然か……」とセドリックが苦笑いを浮かべた。確かに単なる偶然だろう。キャサリンは前世の知識を動員し、より効率の良い暖房器具を……と思ってコタツの開発に着手したにすぎない。
だがその結果、彼女が生み出したものは……
「面白い技術だ」
……セドリックをしても唸る新たな技術である。
魔石ストーブなどの暖房器具は、基本的に魔石から抽出される魔力を炎に変換する。その過程で――炎や風の大きさ調整など――どうしても複雑かつ高度な魔術回路が必要となる。毎年メーカーが小型化に成功しているものの、キャサリン印のコタツはそれを嘲笑うかのような小ささだ。
加えてエネルギー効率も断然にいい。
先ほど抵抗が上がれば魔力はロスすると言ったが、それは魔力を他の何かに変換する場合である。
例えば炎。
例えば風。
例えば光。
そういった物に変換する際に、抵抗が大きい素材だと魔力が上手く伝わらずに、エネルギーロスが起きる。そのロスしたエネルギーこそ、素材との摩擦で熱に変わって放出されるのだ。
だがキャサリン印のコタツでは、阻害された魔力――本来ロスとしてカウントされるモノ――がダイレクトに熱の発生に繋がるという仕組みになっている。つまり理論上、〝熱〟という目的のための魔力ロスは零と言って差し支えない。……もちろん抵抗器にたどり着くまでのロスがあるので、あくまでも理論上だが。
「実に面白い……そして、実に汎用性が高い」
頷いたセドリックに、ランディはもう一度「流石」と呟いた。先程セドリックが、試作器に違和感を覚えた時から、この装置の応用が浮かんでいたのだろう。小型かつ、炎を使わない暖房器具としての応用が。
「この装置をもう少しコンパクトに出来れば……」
セドリックが語るのは、コタツ以外の使用方法だ。
北国のには、温めた石や炭を皮で包み、ベッドの中や懐に忍ばせる風習がある。もちろんそれだけでも暖かいが、時間とともに冷たくなっていく事がネックだ。
加えて熱くしすぎると火傷の危険や、場合によっては火災の原因にもなりかねない。
だがこの装置が一つあれば、コタツとしても使用できる上、ベッドに持ち込み湯たんぽ代わりに使うことも出来る。もちろん温石代わりにするには試作器は大きいが、小型化など朝飯前だ。なんせ抵抗器と魔石があれば発熱するのだから。
「なるほど……確かに勝算はあるね」
セドリックがもう一度、延べ棒を手に取りしげしげと眺めた。今は銅に無理やり抵抗を上げるような回路を施しているが、そもそも魔法抵抗が高い素材を使えば、その手間も一気に省ける。
生産性の高さは、商品の強みでもある。
「一つ問題があるとしたら……」
そう呟いたセドリックだが、「ああ。なるほど」と一人で納得して、ランディにため息混じりの笑みを向けた。
「冬がもう終わる。それがネックかと思ったが……終わる今だからこそ良いのか」
「そうですね」
頷くランディに、セドリックがもう一度ため息をついた。
「銅の供給依頼に北へ……そして試作器も片手に、か」
延べ棒を元に戻したセドリックが、「狙ってたわけじゃないよね?」とランディを探るような瞳で見つめている。
「偶然ですよ」
肩をすくめるランディだが、偶然なのは紛れもなく本心だ。
もう冬も終わる。なのに今更暖房器具……だがそれで良いのだ。なんせまだまだ生産体制も何も整っていない。だから必要なのは、そこに投資出来るかどうか、という判断だけでいい。
そして暖房器具を展開しているメーカーも、まさかこの時期から新型暖房器具の売り込みをする馬鹿がいるなどと夢にも思うまい。
つまり敵が油断している今、北の大貴族へのプレゼンの結果で、このプロジェクトを本気で走らせるかどうかを決められる。そして感触が良ければ、次の冬には大量の受注が待っている。
体制が整えば、帝国や異大陸への販路を開いても良い。今回はあくまでもプレゼンだけで、勝負は次の冬だと思えば時間はまだまだ沢山ある。
「……それで? 生産体制と、販路の開拓をどうするつもりかな?」
「それは……まだ――」
ランディはブラウベルグの力を借りられたら……と思わないわけでは無いが、流石にそれは虫が良すぎる。故に、歯切れの悪い言葉しか返せないのだが、そんなランディを見たセドリックがため息をついた。
「父上に話を通してみよう」
まさかの提案に「良いんですか?」とランディは思わず顔を上げた。
「良いも何も、リザが関わってるんだろう? ならブラウベルグの名前はついて回るだろう。それに――」
「それに?」
「――国に一泡吹かせるには、丁度良いと思うからね」
「国に一泡? 領地貴族の囲い込みですか?」
首を傾げるランディに、「まあそれもあるけどね」とセドリックが楽しそうに笑顔を見せた。
「聖女様が……いや教会が潤えば、国が奪った教会の荘園……その本当の目的が潰せるからさ」
キャサリンの開発したコタツ。それがなぜ、国への一矢になるのか。ランディが知るのはもう少し先の話だ。




