第136話 上手くいかない時は一旦離れる。これ真理
中間考査も終わり、まったりとした時間が流れるある日の午後……。ランディはルークとともに、運動場の片隅でボンヤリとスコート姿の女子たちを眺めていた。いや、正確には、スコートとポロシャツを身に纏ったリズとセシリアを、である。
「スゲー。ラクロスって思ってた以上に激しいのな」
「そうだな」
二人が眺める先では、リズとセシリアが楽しそうにボールを追いかけている。ポジション的には、リズがディフェンスでセシリアがど真ん中のセンターだ。どちらも花形のアタッカーではないが、非常に楽しそうにプレーする姿は眩しい。
「にしても、二人共運動神経もいいよな」
「お嬢様は知ってたが、エリザベス嬢は結構意外だったよ」
二人の視線の先では、リズ達が自陣ゴール前での攻防を繰り広げている。いつもと違い、大きな声を出して他のチームメイトと協力するリズは、アタッカーを抑えようと走り回っているのだが……想像以上に機敏な動きなのだ。
「足も速えし、フットワーク軽い……」
ランディが呟いた瞬間、相手がディフェンスの圧に押されて堪らずパスを出した。そこに駆け込むのがリズだ。
片手で伸ばしたクロスで、相手のパスをカット。
「セシリー!」
叫んだリズが、器用に手元に一度戻したクロスを駆けながら振る。
弾丸のようなボールを、キャッチしたセシリアが、相手を引き離し前線へ。
インターセプトからのカウンターで、相手ゴール前はゴーリーとディフェンス一人。対するセシリアはセシリアの前にアタッカーが二人。
完全な数的優位の中、うまく相手を引き付けたセシリアが、アタッカーへパス――。
「ああ。惜しいな」
惜しいシュートに、ランディが思わず声を漏らした。折角のチャンスだったが、相手ゴーリーのスーパーセーブが光った。
再び攻守が入れ替わる目まぐるしい展開に、あの可愛らしいユニフォームからは想像できない激しさ。想像以上にハードでタフなスポーツだが、それでもフィールドで声を掛け合い、走り回る女子達の姿は眩しく輝いている。
「リズは……フットワークもだが、俯瞰して見れる視野に、嗅覚もヤバいな」
苦笑いのランディの視線の先で、再び相手の攻撃をリズが防いでいた。ボールを持つ相手のクロスを、自分のクロスで弾く。チェックと呼ばれるディフェンス技術で、弾かれたボールが、味方のクロスへ。
軽いフットワークに、フィールド全体を見る広い視野。ここぞで見せる嗅覚の鋭いディフェンスは、およそブランクがあった人間の動きには見えない。
「ランディ、俺には見えるぞ。将来お前があのクロスで上手く転がされてる姿が」
ニヤリと笑ったルークに、「そっくりそのまま返してやるよ」とランディが鼻を鳴らした。
完全に学園を満喫するリズとランディ。二人がそうしているのには理由がある。
端的に言えば、ちょっとした息抜きと気分転換だ。
もう三学期も半分が終わったのだが、
エリーの身体探し
発熱肌着の量産体制
地中熱利用型の新暖房設備の試作
そのどれもが全て中途半端なままで頓挫しているのだ。発熱肌着はミシンの導入を予定しているのだが、いかんせん人手が足りない。折角ミシンを導入するならば、発熱肌着だけでなく、クラリスを筆頭にした、ドレスのリメイクサービスも視野に入れたい。
そうなってくると、今のヴィクトールでは人を用意することは無理だ。領民の多くが、農作業や狩りの傍らで美容品の加工業に精を出している。既に一大産業になりつつある美容品から、人手を割くわけには行かない。
あと一歩の案件が行き詰まっているという事実は、新型暖房設備など夢のまた夢という現実を突きつけている。今でこそ人手が足りていないのに、試作に割けるリソースがない。
後はエリーの身体探しであるが……それのヒントになればと、ランディとリズはダンジョンから持ち帰った情報を精査することにした。
あの意味深な壁画の解読だ。
壁画の中にポツポツと描かれていた文字を解読することにしたのだが……それすらも今のところ殆ど分からなかったのだ。ランディにとって馴染みのある漢字は問題なかった。ところどころに混じるルーンも、辞書があるので問題はない。
だがそれらはただ壁画の途中に浮かぶ断片的な情報というだけで、全く意味が分からないのだ。
そうなってくると、残りの大部分を占める言語の解読が必要になってくる。それらは漢字やルーンと違い、文章を表すようにひとつづきで描かれていた。その文字列を読み解ければ、意味深な壁画も分かるかもしれない。
そう思い解読に取り掛かったのだが……その文字列が曲者も曲者であった。
パッと見た段階では「古代の魔法言語」っぽく見えた言葉達だが、よくよく見るとそれらは、古代魔法言語っぽい〝何か〟だったのだ。
そのまま読んでも全く意味が分からない。というか、どれも単語の体をなしていない。もしかしたらアナグラムかも……と、エリーとリズが数日かけて全ての文字を書き出して、色々と組み合わせたものの、意味のある文章が出来る事は無かった。
完全にお手上げモードのランディとリズ、そしてエリーの三人は、一旦これらの解読も諦めることにした。
それが今朝のことであり、数日謎の言語とにらめっこしていたリズは、今まさにストレス発散中と言っていいだろう。
発熱肌着の量産体制への目処
新型暖房器具の試作の目処
エリーの身体へ通じる……かどうか不明だが、謎の壁画の解読。
そのどれもが頓挫した今、ランディとしてもお手上げ状態なのだ。初めて陥ったそんな状況だが、ランディは別に悪い気はしないでいた。
今までリズにはヴィクトールの発展のために、様々な施策に付き合ってきてもらった。それこそ馬車のスプリング、美容液、カメラと文官の範疇を超えた商品開発まで、である。
ここらでしばらく学生らしい青春を、送ってもらうのも良いかもしれない。
それに、上手くいかない時は、思い切り離れてみるのも一つの手だ。行き詰まったのなら、一度手を離して別の視点を持つようにする。案外切っ掛けは、自分達が気づかないだけで至る所に転がっているものだ。
それらに気付くため、凝り固まった視点を手放す勇気も必要だ。
そんな思いでボンヤリとリズ達を眺めるランディが、ふと何かに気がつき後ろを振り返った。ルークとほぼ同時に。
二人の視線の先には、見知った女子二人が歩いている。運動場にほど近い渡り廊下を、楽しそうに歩くのは……
「アナベル嬢!」
ランディが笑顔で手を挙げると、声をかけられたアナベルが肩をビクリと跳ねさせ、ランディに気がついた。
「ラ、ランドルフ様、ご無沙汰しております」
頭を下げ笑顔を見せたアナベルが、隣の女性――キャサリン――に気を使うようにその顔を覗き込んだ。
アナベルとランディを見比べたキャサリンが、気持ちを汲んだように肩をすくめて見せた。まるで「どうぞ」と言わんばかりの行動に、アナベルがキャサリンに一礼して、ランディとルークのもとへトテトテと駆ける。
駆け寄っていたアナベルに笑顔を見せていたランディだが、キャサリンにも視線を向けて、「お前も来いよ」とばかりに小さく手招きをした。
まさか呼ばれるとは思ってなかったのか、キャサリンが少しだけ困惑した表情で、「しかたないわね」とボヤきながらランディ達のもとへ……
「珍しい組み合わせだな」
二人に話しかけるランディに、「そうでもないわよ」とキャサリンがアナベルに視線を向けた。
「そ、そうですね。教会でも一緒ですし」
同じ様にキャサリンを見るアナベルに、ランディは何とも言えない複雑な気持ちだ。
リズとキャサリン、セシリアとキャサリンもだが、アナベルとキャサリンも、いわゆる婚約者を巡った難しい間柄のはずだ。それなのに、女子同士はかなり打ち解け、まるで彼女たちの婚約者など居なかったかのようですらある。
(そんだけ男どもがクソだったのかね……)
同じ男として、何とも情けない気持ちでいっぱいである。他の女にうつつを抜かし、自分の婚約者をほっぽり出した。そのせいで婚約が流れるのは、まあ自業自得だ。現代社会でも似たような話はあるだろう。
だが浮気相手と浮気された女性が、意気投合するなど聞いたことがない。
何とも奇妙な現象だが、彼女たちの中で様々な決着が付いているのだ。今更ランディが蒸し返す話でもない、と微妙な気持ちをため息とともに吐き出した。
気持ちを切り替えたランディの背後で、女子たちの歓声が響く。その歓声にランディがふり返れば、笑顔のリズが仲間とハイタッチを交わしている。
ランディは楽しげな彼女から再び視線を前の二人に戻した。
「んで、二人して何してんだ?」
教会では珍しくないとは言え、学園では先輩後輩の間柄に加えて、クラブが一緒というわけでもない。二人で放課後の渡り廊下を歩くのは、どうしても珍しく映ってしまうのだ。
「今後の教会の行く末の話よ」
ため息混じりのキャサリンが語るのは、あの騒動の末、教会が下された審判の話だ。
端的に言えば、教会所有の土地を没収させられた、教会という組織が受けた罰の話である。
大陸に影響力を与える巨大組織として、教会は大陸各地に荘園を持っていた。それはこの王国でも同じだ。いや、同じどころか他国に比べれば、その面積も数も比べ物にならないくらいであった。
元々割り振られていた大きな荘園以外にも、寄進された土地がいくつもあったのだ。もちろんそれらの多くが、荒れた土地であったりしたわけだが……。それでも長い年月をかけ、多くの信者が切り拓いた教会の荘園の多くが、事ここに及んで国に没収されたわけである。
国からしたら、国家転覆への正当な賠償であるが、事件の裏側を知っているランディからしたら、「強かだな」という感想しか思い浮かばない。
確かに国家転覆の意思こそあれど、その目的のために狙われたのはリズとランディだ。確かに王国側も被害者ではあるし、この事実を広く知らしめる必要があるのは理解している。
だがそれを利用して、教会の力を確実に削ぎ、そして国の地力を上げるような一手に、ランディは国王ジェラルドの政治家としての強かさを見ていた。
「ンで? 土地を没収されて、税が徴収できない。つまりは金がねーと」
ため息混じりのランディに、「す、ストレートに言うなら……」とアナベルが苦笑いで頷いた。
「それでも幾つかは残ってるんだろ? 寄付とそこからの収入で運営できるように、スリム化したらいいんじゃねえか?」
眉を寄せるルークに、「それが出来たら苦労しないわ」とキャサリンがため息を返した。
「教会が抱えるのは、何もハコモノだけじゃないの。荘園からの税は、殆どが孤児院の運営に充てられてたのよ」
「つまり、そこを絞められた以上――」
ランディの言葉に、キャサリンとアナベルが黙って頷いた。
「で、それを打開するために二人で話してたのか」
大きくため息をついたランディが、「そんなもん、上の人間の仕事だろ」ともう一度ため息をついた。
「あのね。アタシ、これでも聖女なの。今の臨時上層部では、リドリー大司教と並ぶトップなのよ」
「わ、私も大司教の娘として……」
眉を寄せたキャサリンと、俯くアナベル。なるほど、今のは無神経すぎた、とランディが「悪い。そうだったな」と二人に頭を下げた。確かに彼女たちは、一学生でありながら、教会の次代を担う当事者でもある。
彼女たちの意見をすり合わせた上で、更に上層部と話し合う必要もあるのだろう。
ランディがリズとともに色々考え、アランの裁可を得るのに非常に似ている……まあ、ランディはほぼ全部事後承認だが。
「お金を稼ぐ必要がある、ってのは分かったが……結局アテがあるのか?」
首を傾げたルークに、キャサリンが「あるわ」と懐から一枚の図面を取り出した。それはランディにとっては見覚えしかないものだ。
「おま……これ――」
「そう、コタツよ!」
キャサリンが自信満々に頷いた時、ランディ達の背後でホイッスルと、ひときわ大きな歓声が響き渡った。
思わず振り返ったランディとルークの視線の先では、破顔したリズとセシリアがチームメイトとともに抱き合っていた。




