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【書籍1巻発売中】モブの俺が悪役令嬢を拾ったんだが〜ゲーム本編無視で、好き勝手楽しみます〜(旧サブタイトル:ゲーム本編とか知らないし、好き勝手やります)  作者: キー太郎
断章 冬のヴィクトール

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第135話 閑話 インテリジェンスモード

 ダンジョンでの実地研修も終わり、ランディ達は再び穏やかな学園生活に戻って……などいなかった。


 なぜなら、明日から中間考査が始まるのだ。


 ダンジョン研修から帰ってきたのが、日曜の朝で、中間考査が木曜スタート。テストまでたった三日しかないという時間的に余裕のない事実は、ランディに最悪を思い出させていた。


 あの徹夜で課題に取り組んだ地獄の日々を。


 拒否権など存在しない。再びデスマーチへの強制参加が決まったランディは、月曜には死人のような顔で、参考書を片手に学園をトボトボと歩いていた。


 もちろんその隣には、同じ参考書を持つリズもいた。


 テラスで。

 教室の机で。

 途中のベンチで。


 いたるところで参考書を片手に、ランディへ講義を行うリズの姿が散見されていた。


 そんな月曜を乗り越えたランディだが、火曜には土気色を通り越し、ゾンビのように緑を帯びた顔色になっていた。相変わらず場所を問わず始まる講義に、虚ろな目で取り組むランディ。たった二日死人のようになったランディの様子に、「明日にはエリザベス嬢が棺桶を引いてるのでは?」と噂される程であった。


 そしてデスマーチ二日を乗り切った今日、水曜の朝に学園に現れたのは……大方の予想を覆す、血色の戻った健康的な顔と、背筋をピンと伸ばしたランディの姿であった。


 普段のランディよりも元気ハツラツに見える彼は、こころなしか制服まで糊が効いたように、パリッと見えるから不思議だ。昨日一昨日のように、参考書を片手に歩く姿もどこか様になっているのだ。


 昨日、一昨日同様、ベンチで参考書を開くランディの横には、これまたいつも通りのリズがいる。


「では問一から行きましょうか。これはかなり簡単ですね」


 微笑むリズが、参考書の問一を指して笑顔を向ける先では、「ふむ」とエアーでメガネを押し上げたランディが問題文に視線を落とした。


『問一 魔道具に流れる魔力を測る実験を行っている。

 この魔道具では、時間tにおける魔力流M(t)が以下の関数で与えられる。


 M(t)=5t×2e^(-t)


(1) 最大の魔力流が発生する時間を求めろ。』


「ヒントは、M(t)の導関数を計算して、極値を判定したら……」


 にこやかにランディを見上げるリズだが……


「多項式関数と指数関数の積の形……つまり積の微分法で――」


 ……既にトランス状態に入っているランディが、ブツブツと計算を始めだした。急に地面にチョークでガリガリと数式を書き出す様は、確実に狂人のそれだ。


「答えは2だ」

「正解です!」


 顔を輝かせるリズと、「見える、見えるぞ! 数式が!」と血走った瞳のランディ。確実にイッちゃってる二人を、生徒達が遠巻きに眺めていた。


「全く……二人して何をしているんですの?」


 そんな二人を見かねたセシリアが、呆れ顔で現れた。その後ろにはこちらも呆れ顔のルークだ。だが二人の心配などどこ吹く風、嬉しそうなリズが「セシリー、聞いて下さい」とセシリアの手を取って目を輝かせている。


「ランディがついに覚醒したんです」


 嬉しそうな顔で振り返るリズの瞳には、「見える……見えるぞ」とわずかに血走った目のランディがいる。


「セシリア嬢……ルーク……お前達の頭頂部を頂点とした、負の係数を持つ二次関数が――」


 ブツブツと呟いたランディが、「ハッ! 問題が降ってきた」とガリガリと地面に自分で問題文を書き出した。


『以下の2つの二次関数 f(x) と g(x) を考える


 f(x) = -2x^2 + 4x + 1, g(x) = -x^2 + 2x + 3


(1) 2つの放物線 f(x) と g(x) の交点の座標を求めろ。


(2) 2つの放物線の交点で囲まれる領域の面積を求めろ。


(3) f(x) と g(x) のうち、最大値が高い方の関数を求め、その最大値を計算しろ。』


「見える、見えるぞ!」


 そう呟いたランディが、「交わるということは f(x) = g(x) だ」と再びチョークで床にガリガリと計算式を書いていく。


「答えは(1 + √3, 4 + 2√3), (1 - √3, 4 - 2√3)だ」

「わぁあああ! 正解です」


 エアでメガネを押し上げるランディと、ピョンピョンと飛び跳ねるリズ。完全に二人してトランス状態である。


「ランドルフ様、どうしたんですの?」

「さあ?」


 呆れ顔で振り返るセシリアに、ルークも肩をすくめるしか出来ない。ランディとは今まで長い付き合いだが、こんな姿は見たことがないのだ。


「ルーク……僻むな。俺はお前とは違って、ネクストステージに進んだんだ」


 エアメガネのランディに、「それをやめろ」とルークが鼻を鳴らした。


「何が〝ネクストステージ〟だ、馬鹿が」


 顔をしかめるルークに、「僻むな」とランディが悪い笑顔でその両肩に手を置いた。


「阿呆なお前に良いことを教えてやろう」

「要らねえ」

「遠慮するな。sinθ を微分すると cosθ になるんだ。すげーだろ?」

「知ってるわ!」


 ルークから飛び出たまさかの「知ってる」発言に、ランディが「は?」と思わず眉を寄せた。


「馬鹿にしてんのか! そのくらい知ってるわ」

「おいおい無理すんな。お前は俺と違って、授業中に口を開けて天井を眺めてたタイプだろ?」


 顔を歪ませるランディに、「そりゃお前のことだ」とルークがその手を振り払った。


「俺にマウント取りたきゃ、ガウス積分の証明くらいしてみろ」


 鼻を鳴らしたルークに「ガウ? ガウ……は?」と眉を寄せたランディの肩からシュウシュウと湯気のような物体が立ち昇る。その湯気に混じって、まるで数式のような何かが見える。


「なんだ。ガウス積分すら知らねえのか」


 小馬鹿にするようなルークだが、「あなたも名前しか知りませんわよね」とセシリアが呆れ顔を浮かべた。


「化けの皮が剥がれたな、ルーク……」


 ニヤリと笑うランディに、先程までの知性の欠片は見えない。


「馬鹿か。そりゃお前だ。俺はな、お嬢様の騎士として恥じぬよう、毎日一緒に勉学に励んでんだよ」

「与太を飛ばすな。お前に出来るのは、女の尻を追いかけることと、厨二っぽい技名を考えることくらいだけだ」


 悪い笑顔は、何処からどう見ても、いつものランディだ。


「ぶっ殺されてえのか、ゴリランディ」

「誰がゴリラだ。ぶっ殺すぞ」


 睨み合う二人。この世界でも有数の実力者である二人を、止められる者など殆どいない……が、幸運なことにこの場にはその希少な存在が二人もいる。


「ルーク、おやめなさい」

「ランディも、です」


 それぞれが後ろから声をかけられ、「チッ」と舌打ちをもらしてお互いを睨みつけながら一歩下がった。


「せっかくですから、数式の計算で勝負なさってはどうです? 今ならランドルフ様も、相手になるのではなくて?」


 挑発するようなセシリアに、「今なら、じゃなくてずっと俺のほうが上だ」とランディが指をポキポキと鳴らした。完全に数式を解くような体勢ではないが、誰もそれには突っ込まない。


「なら、先程ランディが書いた問題の2番を、どちらが早く解けるかでよいのでは?」


 リズの提案に、「いいですわね」とセシリアも頷いて、ルークにペンと紙を手渡した。ちなみにランディは、「え? 俺が書いたの?」といまいち分かっていないが、全員がスルーだ。


「では『関数 f(x) = -2x^2 + 4x + 1, g(x) = -x^2 + 2x + 3において

(2) 2つの放物線の交点で囲まれる領域の面積を求めなさい。』よーい、スタートですわ」


 セシリアの合図でルークが紙に、ランディが地面にそれぞれ向かい合った。のだが……


「ンだこれ。何書いてあるか全然分からん。本当に俺が書いたのか? ……日本語でOKだろ」


 ……インテリジェンスモードが解けたランディには、少々ハードルが高かったようだ。なんせ自分が問題を書いたことすら分からないという体たらくだ。


 そんなランディに「ハッハー。馬鹿め」と軽快にペンを動かすのはルークだ。淀みなく動くペンには自信が満ち溢れ、ランディを一瞥して「雑魚め」と挑発する余裕すらある。


「カッチーン」


 青筋を浮かべたランディが、もう一度問題文に向き直った。


「これは俺が考えた問題……俺の中に答えはあるはず」


 集中して目を閉じたランディに、ルークが「諦めたか」と悪い笑顔を見せる。そうしてルークのペンが止まった。


「出来ました」


 自信満々で掲げられたルークの紙を、セシリアとリズが精査する。


「ルーク様……」

「残念ですが、計算を間違ってますわ」


 苦い表情の二人に、ルークが「え?」と声を漏らして紙の上に視線を走らせた。


「ばーか、ばーか!」


 そんなルークを小馬鹿にするランディだが、ランディの方は真っ白ならぬ、真っ黒な床のままだ。


「お前は式すら書いてねえだろ!」

「馬鹿め。俺クラスになると、途中式など要らんのだ」


 ふんぞり返ったランディが、「フンス」と鼻息を一つ。


「答えは……(4√3)/3だ」


 自信満々に答えたランディに「……あってますわ」「はい」とセシリアとリズが驚いた表情で顔を見合わせた。


 本当に途中式などなく解いたランディに、三人が驚き固まるのだが……


「え? マジで?」


 ……一番驚いていたのがランディというオチだ。


「勘じゃねえか」

「勘でも正解は正解だろ」


 再び睨み合う二人に、セシリアとリズが待ったをかけた。


「とりあえず今回は引き分けですわね」

「ですね」


 納得のいっていない二人を他所に、リズ達の間では引き分けという結果に落ち着いていた。二人が早々に結論をつけたのには理由がある。


「ルーク。ケアレスミスは気をつけるように言いましたわよね」

「ランディ。もう一度、基本から勉強し直しましょうか。大丈夫です。また付き合いますから」


 微笑む女子二人だが、その笑顔が放つ圧に「「ウッ」」とランディ達が声を詰まらせた。


「お、お嬢様。今日は訓練の日じゃ――」

「リズさんや……ワシはもう数字は見とうない」


 二人の願いは聞き入れられず……ランディもルークも引きずられるように、空き教室へと連れ込まれるのであった。




 翌日……テスト当日に、戦士の顔をしたルークが、エアメガネを押し上げながら、同じくエアメガネのランディにサムズアップを見せていた。

 ※文中の数式で間違いがあった場合でも、そっと目を逸らしておいて下さい。雰囲気を楽しむ物だと思って。

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