第134話 これ以上は流石に国の案件です+オマケ
歓喜に湧いた大部屋であったが、ようやく目的を思い出したランディが、「ちっと通してくれ」と生徒達の輪を抜け、教官二人のもとへ。
「扉の向こうは、間違いなく最初の回廊でした」
ランディの報告に、全員が分かりやすくザワついた。五階層までというより、五階層までしか行けないが正しかったのかもしれない。五階層を超えたら、また一からやり直し。しかも魔獣の格が上がった状態で。
そんな声に、教官二人が下見のため騎士団と五階層まで潜った時の事を話した。その時は五階層のボスを倒し、通路の前に現れた転移水晶で入口へと戻ったという。
「まさか奥にこんな物があったとはな」
未だ鎮座する扉を見上げたバルク教官の言葉に、ガルド教官も黙って頷いた。つまり騎士団が攻略に時間がかかっているのは、このループにハマっているから、と言ってもいい。
「となると考えられるのは――」
ランディが視線を向けるのは、扉にポッカリと空いた二つの穴だ。ランディの脳内にあの言葉が蘇る。
――日蝕の祭壇
あまりいい響きではない上に、今手元にあるのはエドガーの持つ金色の玉だけなのだが……
「これ以上の探索は許可出来んぞ」
首を振るバルクの言う通り、先程扉を開けただけであの襲撃だ。金色の玉を使えば、何が起こるかわからない。確実にこれより先は、学園ではなく国が責任を持って調査する案件だ。
そうでなくとも、先程からエドガーの様子がおかしいのだ。目の端に映るエドガーは、努めて平静を装って見えるが、明らかに顔色が優れない。
加えてエドガーが持っている金色の玉も、どうもおかしい気がしている。最初に見た時は、もっと輝いて見えていたのだが、今は空元気のエドガーに呼応しているように、輝きが鈍い。
教官達もチラチラとエドガーを伺う素振りを見せている以上、彼の様子がおかしいことに気づいているのだろう。
生徒とは言え王太子の様子がおかしいのに、無理な探索など出来るはずもない。
「今日のところは、全員帰還するぞ!」
ランディの想像通り、ガルドの合図で、今回の研修はここまでとなった。
研修が終了したことで、全員が転移水晶で入口へと戻る運びとなった。【鋼翼の鷲】がまずは転移水晶に触れる。あんな事があった以上、仮に別の場所へ転移させられたとしても問題ないよう、護衛を先に送り込むのだ。
その後、第一班の生徒達とガルド教官が。
そして、第二班の生徒達とバルク教官が、それぞれ転移し、殿を務めるランディ達が、思わず扉を振り返った。
本当はこの隙にもう一度扉を……と思わないわけでは無いが、本当に扉と空間が捻れて繋がっている場合、先に飛んだ生徒達にどんな影響があるか分からない。それにあまり待たせては、教官に何を言われるかも分からない。
ランディとリズが顔を見合わせ、どちらともなく仕方がないとため息をついて、ほぼ同時に転移水晶へと手を乗せた。
わずかな浮遊感の後、ランディとリズは見覚えのある棺の並ぶ大部屋へと戻ってきた。
「扉は――」
「ありますね」
リズの言う通り、振り返る先には巨大な扉が鎮座している。しかも、ランディが吹き飛ばしたインフェリオル・ロードの血がこびりついた状態で。これで五階層の先がまたこの扉へ続いている事が確定した。
「しっかし、不思議な扉だな」
扉を見上げるランディの背後からルークが声をかけた。
「お前らが戻って来るまでは、ここは普通の壁だったんだぜ?」
眉を寄せるルークの言葉に、セシリアが黙って頷いた。
「五階層の壁と入れ替わってた……と考えるのが自然か」
ランディが呟いた時、「生徒は集合!」とガルド教官の声が響き渡った。その声に「また後で」とセシリアが駆け出し、ルークもそれについていく。点呼や負傷者の最終確認が始まる中、ランディはもう一度扉を見た。
やけに存在感のある扉は、初めこそ気が付かなかったが、わずかに魔力を帯びているように感じる。
「これって……」
「最初は本当にただの金属でしたよ」
リズも気がついたようで、扉をじっと見つめている。
「分析できそうか?」
「分かりませんが――」
そう言ってランディの影に隠れたリズが、そっと扉に手を触れた。
「かなり高度な術式が刻まれてるみたいです……それこそ、エリーですら分からないほどの」
その報告だけで、ランディが驚くには十分だった。エリーですら解明できない術式が施せるとなると、その存在は限られてくるだろう。
「お前の親友か?」
「恐らくは……」
頷くエリーだが、あまり自信があるようには見えない。
「何か気になるのか?」
「少し……の。術式が二つ、複雑に絡み合っておる」
「それって――」
「もともとの術式に、誰かが手を加えたのじゃろう」
エリーの表情を見るに、どの誰かが誰なのかは言わずとも分かった。
「そんな凄い奴に見えなかったが?」
「阿呆。全盛期の妾が、疲れていたとは言え遅れを取る相手じゃぞ」
エリーの言うことはもっともで、大魔法使いを名乗り、自身の身体であった全盛期のエリーを捕らえた男だ。もちろん他にも兵士などの力を借りただろうが、エリーは単純に人を増やせば御せる存在ではない。
有象無象など増やした所で、エリーの範囲魔法で終わりだからだ。
つまりは男がエリーの魔法に対抗出来るほどの、実力を持っていたといえる。そんな男が何の目的で、この扉へ干渉したのか。
今は全くわからない。
「分からん事ばかりだな」
振り返ったランディが、相変わらず意味の分からない壁画へと視線を向けた。
玉座のようなものに座る男。
その背後に見える巨大な円形の図。
渦巻く黒い炎。
炎の中に浮かぶ何かの文字と球体。
巨大な黒い月と神殿。
「あれ?」
壁画を眺めていたランディが、思わず眉を寄せた。何か違和感を覚えたのだ。初めに見た時と、どこか違うような……ランディがもう一度壁画を注視した時、隣でリズが口を開いた。
「炎の中に球体が増えてます。来た時は文字だけでしたから」
「良く覚えてるな」
呟くリズにランディが目を丸くするが、そこまで驚かれるとリズも自信がなくなったのだろう。「確か……」と自信なさげに、虚空からこっそりと写真を取り出した。
そこに映っていたのは、リズの言う通り黒い炎の中で踊る不思議な文字だけだ。球体など映っていない。
「つまり、この扉が覚醒したことと、あの壁画とが連動してるのか」
もうランディには何が何だかである。だがランディの野生の勘が言っている。この壁画の変化は、良くない兆候だ、と。
実際ランディが思い出すのは、先程転移する前の微妙な違和感だ。
ランディを一瞥したエドガーが持っていた金色の玉。その玉の中心に、わずかだが黒いモヤのようなものが見えた気がしたのだ。
見間違えであってほしいと思う所だが、今それを確認する術はない。
点呼も終わり、各班に分かれて最終的な総括を話し合う生徒達の中に、普段通りに振る舞うエドガーがいる。だがすでに金色の玉は彼の手元にはない。
マジックバッグの中か、それとも教官に預けたか。
行方は分からないが、唯一わかるのは、その行方を聞いてもエドガーが教えてくれない事だけだ。
ひとまず変わった壁画をもう一度カメラに収め、総括の時間を利用して棺の中を調べまくったものの……結局収穫はゼロだった。
徒労に終わったランディの調査が一段落した頃、生徒達の総括も終了して全員が遺跡を後にする為の準備に取り掛かり始めた。
危険こそあったが、結果として軽傷者だけで済んだダンジョン探索は大成功と言えよう。教官達から「後日レポートの提出を忘れずに」そんな言葉が、一番のダメージになるくらいには。
生徒達のブーイングだけを残し、ガルドと【鋼翼の鷲】を先頭に、生徒達が遺跡を後にした。この先はまた生命の息吹を感じないあの森だ。少々隊列が長くなるが、二列縦隊で進む生徒達は、班の区別なく楽しげでやりきった顔を見せている。
そんな生徒達の殿を務めるのは、バルクと【ランディ探検隊】だ。
「……【ランディ探検隊】。今回は助かったぞ」
不意に口を開いたバルクに「いえいえ」とランディが首を振った。
「教官達でも問題ない相手でしょう」
ランディの言葉に「まあな」とバルクが頷いた。ガルドとバルク、そして【鋼翼の鷲】の四人がいれば、インフェリオル・ロード三体くらい難なく倒せるのは事実だ。
だがそれでも、生徒達を庇いながらとなると話が変わってくる。場合によっては恐怖で錯乱した生徒が、大部屋から逃げ出さないとも限らない。そうなれば、その生徒の安全確保の必要になってくるのだ。
全員が絶望を認識するより早く、たった一撃で場を収めたランディには、やはり感謝しかないとバルクがまた口を開いた。
「お前が戦闘教練を選択しない理由がよくわかった」
初めて見せた苦笑いのバルクが「我々から学ぶ事などないからな」と納得したように頷くが、それに首を振るのはランディだ。
「学べない、なんて思った事はないですよ。教官達の経験は、私の経験とはまた別ですから。ただ――」
「ただ?」
「ほら、手加減をミスすると――」
苦笑いのランディに、バルクも「なるほど。困るな」と心底楽しそうに笑ってみせた。
「何はともあれ、私も兄貴も、お前への認識を今回で大きく改めさせられた」
頷いたバルクが続けるのは、何も戦闘だけの話ではない。街にたどり着くまでの間に、付け焼き刃とは言え、【鋼翼の鷲】から護衛のイロハを学んできたこと。それをもとに、しっかりと前日の打ち合わせでも話ができたこと。
「勉強嫌いだとばかり思っていたが」
感慨深そうに頷くバルクが「そのくらい普段の勉学も励めよ」とランディの背中を叩いた。
「ゼ、ゼンショシマス」
声が上ずるランディに、「ランディ」とリズがジト目を向けて、三人がまた笑い声を上げた。
様々な謎をはらみ、不完全燃焼に近い形だが、同級生たちとの距離、教官からの信頼とランディにとっては悪いことばかりではなかった。
そんな余韻に浸りながら、ランディは皆とともに帰路へ着くのであった。
☆☆☆
「来る時も思ったけど、ここの魚ってやたら船に近くねえか?」
船の上から湖面を見つめるルークに、「結構デカいな」とランディも同じ様に湖面へと視線を落とした。
「お。あれあれ。アルカンタで食った魚に似てるぞ」
「ホントだ。……あれ結構美味かったよな」
魚を前にランディとルークが顔を見合わせた。今回はダンジョン探索という事で、道中の食事は質素なものばかりだったため、腹の虫の主張がかなり激しい。
「よし、釣ろうぜ」
ランディが見せる悪い顔に、「いや、要らねえだろ」とルークが眉を寄せる。既に時刻は夕方に差し掛かろうかという頃合いだ。これからアルカンタへ戻り、また一泊するのだ。腹の虫にはその時に満足してもらえ、と言いたげなルークにランディが首を振った。
「馬鹿だな。こいつを持って帰って、料理して貰えば大満足だろ」
じっと魚を見ろ下ろすランディに、「いやいや。無理だろ」とルークが呆れた顔を見せた。
「時間も竿もねえのに、どうやって釣るんだよ」
ルークの言う通り、まだ出発したてとは言え、一時間もないクルーズで、釣り竿も餌もない状態で釣れるはずもない。のだが……そこはランディ。
クラフトでサクサク釣り竿を作り……「おお」というルークの感嘆符に悪い笑顔を返した。
「餌は……これでいいか」
回収した魔獣の素材を餌代わりに、「ポチャン」と湖に糸を垂らし……
「教ー官! ランドルフくんが湖に釣り糸垂らしてます!」
「なぁにぃ! ヴィクトール! 神聖な湖で釣りなど――」
……女子の密告により、ランディが説教を食らったのはまた別の話。




