第133話 男の嫉妬はみっともない
インフェリオル・ロード
ロードと付いているが、それは低級のである。
悪魔になれぬレッサーデーモンや、下位のデーモンたちを束ねる故、ロードの名を冠した中位の悪魔たちだ。
だが低級だと侮る事なかれ。鋭い爪と俊敏な肉体。そして魔法を駆使する戦闘スタイルは、たった一体でもパーティが全滅する可能性がある。
器用貧乏に見えがちだが、ロードの名に恥じぬ十分な強さは侮ってはいけない。
出典:『魔獣図鑑(鋭意制作中)』 著者:コリー・モンドレイ
☆☆☆
ランディに襲いかかるインフェリオル・ロード。三位一体の攻撃を前に、ランディが両拳を握りしめた。
真正面のインフェリオル・ロードが爪を振り下ろす瞬間、ランディの拳が唸りを上げた。
左右のワンツー・スリー。
目にも止まらぬ拳が、ほぼ同時に三体のインフェリオル・ロードを捉えた。
パァン
と、けたたましい破裂音を響かせ、三体の上半身が弾け飛んだ。
そう。文字通り弾け飛んだのだ。
弾けた血と臓物が前面の壁と扉を染め
駆けていた下半身だけが慣性に従い、ランディの足元を過ぎるように滑っていった。
ゴロゴロゴロ……と鈍い音を立てて転がった下半身に、誰かが「は?」と間の抜けた声を上げるだけで、部屋全体は静寂に包まれた。
紫黒に染まった扉や壁を一瞥したランディだが、頬に返り血が付いた事に小さくため息をついた。まだまだ力一辺倒で、技の部分が疎かだとキースに怒られる気がしたのだ。
それでも昔に比べればマシだ、とその返り血を拭いながら生徒達を振り返った。……正確には発破をかけてきたルークを、だが。
「ま、こんなもんだろ」
ルークに向けて言った言葉だ。自分の現在地をライバルへと示したわけだが、ルークもルークでランディが更に強くなっている事に苦笑いだ。忙しかったはずの冬の間も、鍛錬をサボらず研鑽を積んでいた事がハッキリと分かるのだ。
その苦笑いで、ルークに一泡吹かせたと満足できたランディだが、生徒達にそれが通じるわけもなく。
「え?」
「なんで?」
と困惑した声が聞こえるだけだ。これに何と説明してよいか、迷うランディの耳に聞こえてきたのは、ルークの声だ。
「それぞれパンチ一発。当にゴリラの所業、だな」
「誰がゴリラだ」
ランディが眉を寄せた時、「カラン」と乾いた金属音が響いた……かと思えば、それを押し流す程の大歓声だ。生徒達が我先にと、ランディへと駆けてくる。
「お前すげーな!」
「ランドルフ君ありがとう!」
「何でそんなに強いんだよ!」
「ホントにパンチ一発なの?」
方々から聞こえる声に、「お、おおう」とランディが気圧されるように頭を掻いた。まさかこんなに歓迎されると思っていなかったのだ。
困り果てるランディを助けてくれたのはリズだ。リズが駆け寄ってくると、自然と生徒が脇にそれ、ランディへの道を作ってくれる。そうしてたどり着いたリズが、「大丈夫です?」と首を傾げた。
「余裕だ」
力こぶを作ったランディに、「よかった」と微笑むリズ。そんな二人を取り囲む生徒達が「おお」と感心した声を上げる中、ランディはわずかに感じる視線を追っていた。輪の外からランディに敵意を持った眼差しを向けるのは……
アーサーとダリオに支えられたエドガーだった。
☆☆☆
扉から現れた三体のインフェリオル・ロード。生徒達は既に疲労困憊な上、アイテムも底をつきかけている。先程全員で何とか倒したという存在が、この状況で三体も現れたのだ。
そんな絶望的な状況に、誰もが顔を青くしていた。
それはもちろんエドガーもだ。
恐怖と焦り、全身を包みこむそれらを打ち払おうと、剣を握る手に何とか力を込めていた。だが今はどうだ……今のエドガーの心境を表すとしたら……屈辱と嫉妬だ。
落としてしまった剣を拾うことなく、エドガーの拳が更に強く握りしめられていく。
(そこは……私がいるはずの場所だったのに)
拳を握りしめ、奥歯を鳴らして睨みつける先には、生徒達に囲まれエリザベスから微笑みかけられる男の姿があった。
ランドルフ・ヴィクトール。
同じ学年の有名人、駄目でやる気がないと専ら噂される男だが、最近ではその評価は真っ二つに分かれていた。
相変わらず駄目だという評価。
実は凄い男かもしれないという評価。
評価が分かれた原因は、二学期が始まる前だ。国外追放に遭ったエリザベス・フォン・ブラウベルグを従え、学園に堂々たる振る舞いで手続きに現れた。
最初は学園も、エリザベスが戻ってきた事が専らの話題だった。隣の男は、ただエリザベスに媚を売るだけの木っ端だと思われていた。だがそんな噂は、あの【氷の美姫】とまで呼ばれていたエリザベスが、楽しそうに笑う姿で吹き飛んだ。
話題はすぐ、その隣の男へと集まりだしたのだ。
エリザベスを射止めた男。
エリザベスを無理やり従える男。
好き勝手に噂する生徒達だったが、当の本人はそれを気にする素振りもなく、今まで通りやる気のない学園生活を送っていた。
変わった様子もないランドルフに、生徒達の興味も段々と薄れていった。実際定期テストが終わる頃には、評価が真っ二つに分かれこそしたが、誰も積極的に話題になどしなくなっていた。
どちらの噂が本当でも、そのうちエリザベスが愛想をつかすのは間違いないという結論に至る形で。
だがそんなランドルフが、つい最近再び話題になった。何でも公国でSランク冒険者と戦い勝利したというのだ。
噂にしては出来が悪い。
それがエドガーの最初の感想だ。学園では戦闘教練に参加せず、授業中もボンヤリとしているだけ。テストの点数は推して知るべしのランドルフ・ヴィクトールが、よりにもよってSランク相手に勝利する。
学園の誰もが信じないだろう。
だがそんな噂はどうやら真実らしい。様々な情報筋からもたらされる、噂の真実性に、エドガーも当初はただただ驚きを隠せなかった。だが気がついてみればエドガーも噂に触発されて、冬の間は鍛錬に励んでいた。あの男が出来るなら、自分にも高みを目指せるだろう、という魂胆で。
いや……もっと言えば、あの男より強くなりたいと思ったのだ。あの全てが駄目な男が、それ一本でエリザベスからの興味をひいていると思ったのだ。だから、それより上に行こう。エリザベスの横で、いつも彼女の笑顔を向けられている男より上に。
単純な対抗心だ。誰にも知らせることのない、子供っぽい対抗心だ。だがそれは、対抗心と呼ぶには傲慢が過ぎたものだったが。
簡単だと思っていた。普段のランドルフを知っているから。
自分なら可能だと思っていた。今まで出来なかった事などなかったから。
実際に上手く行っていた。
ダンジョン探索も。
部隊の指揮も。
最後の強敵にはヒヤッとしたが、皆の助けを借りて強大な敵を倒すことも出来た。反省点はもちろんあるが、それを含めても学生でインフェリオル・ロードを倒したのは、十分過ぎる結果だ。
だから全員が歓喜にわき、あの時だけは貴賤の差もなく肩を叩きあった。そして輪の中で褒めそやされたエドガーを、ダンジョンすら認めてくれたかのような、この宝玉だ。
……だが今はこの宝玉がただの滑稽なアイテムにしか見えない。
なぜなら――先ほど全員に絶望を植え付けた三体のインフェリオル・ロードは、ランドルフに襲いかかった瞬間弾け飛んだのだ。
エドガーには何が起きたのかすら分からなかった。
インフェリオル・ロードが三体、ランドルフへ向けて襲いかかったのだけは分かった。だが次の瞬間、インフェリオル・ロードの上半身が弾けたのだ。それも三体同時に。
その瞬間は本当に静かだった。
半身が吹きとんだインフェリオル・ロード……だったものが、地面に転がった鈍い音が、フロアに響いたほどに。
そんな静寂を破ったのは、ランドルフが発した言葉だった。
「ま、こんなもんだろ」
頬についた返り血を拭ったランドルフが、足元に転がったインフェリオル・ロードだったものを一瞥することもなく、エドガーたちの方に歩いてきた。
それでもまだ、誰も何が起きたのか理解できていなかった。
「え?」
「何で?」
誰かが発した声は、エドガーの心の声でもあった。それに答えたのが、セシリアの護衛騎士の男だ。
「それぞれパンチ一発。当にゴリラの所業、だな」
呆れ顔の騎士に「誰がゴリラだ」とランドルフが眉を寄せてみせたのだ。
全員がその言葉を飲み込めたのか分からない。少なくともエドガーは認めたく無かった。自分の目で追えない早さの拳も、それを見抜いた騎士の実力も、そしてそれが現実だと教えてくれる、三体の死骸も。
大きすぎる隔たりに、エドガーの手からスルリと剣が落ちた。
――カラン
そんな乾いた音が、静寂を破り……その後に訪れた波のような歓声は、間違いなくランドルフに向けられたものだ。
フロアが割れんばかりの歓声と、班の区別なく駆け寄る生徒達。先程まであの輪の中心にいたのはエドガーのはずだったのに、その場所を一瞬で奪われた。
しかもそれだけじゃない。
「ランディ、大丈夫です?」
「余裕だ」
力こぶを作ったランドルフに、エリザベスが「よかった」と大輪の華を思わせる笑顔を見せていた。輪の中心にあって、誰も彼ら二人の間に入ることが出来ない。二人だけの空間。その事実がエドガーの胸を焦がす。
その空間で、エリザベスが幸せそうにランドルフの顔を見上げている。見たことがない表情に、エドガーが思わず胸を抑えて蹲った。
「殿下?」
「どした?」
心配してくれる友人二人に、「なんでもない」と言うことくらいしか出来ない。
何とか取り繕い、嫉妬と屈辱が渦巻く心を鎮めようと、エドガーは顔を上げた。
そこにはエドガーを見ているランドルフの姿があった。
(挑発……しているつもりか?)
良く見れば、そこにはキャサリンと話すエリザベスの姿まであった。ずっと不思議だったのだ。キャサリンとエリザベスは犬猿の仲であったはずなのに、三学期に入ってしばらくしてから、普通に接しているような気がしていた。
だから……自分も許されると思っていたのに。
「アンタ、ホントにぶっ壊れね」
「あのな。これでもまだ成長途中だ」
キャサリンと普通に会話をするランドルフを見て、エドガーの心にある疑念が生まれた。
――なぜキャサリン嬢は、『国外追放』だなどと。
――なぜ魔の森に。
それらがランドルフに結びついてく……もしかしてあの二人は、エドガーからエリザベスを取り上げるために、一芝居打ったのではないか、と。
妄想ここに極まれりだが、完全に嫉妬と屈辱で頭がおかしくなったエドガーに自制心はない。
(取り戻さねば……あるべき姿に。あるべき場所に――)
敵意をむき出しにするエドガーの視線は、未だ歓声の中にいるランドルフへ注がれていた。
エドガーがランディを敵として認識した瞬間であり、拗れた恋心からくるこの勘違いが後々世界を揺るがす事態を引き起こす事をまだ誰も知らない。
【モブの俺が悪役令嬢を拾ったんだが】書籍第一巻本日発売です!
ぜひ手にとって御覧ください!
Amazonは、こちら→https://www.amazon.co.jp/dp/4040761243/
カドカワBOOKSはこちら→https://kadokawabooks.jp/product/mobunoore/322506000715.html




