第132話 ボス連戦はあるある
エドガー達がレッサーデーモンと戦端を開いていた頃、キャサリンは空の宝箱の前でガックリと肩を落としていた。
「やっぱりないか……」
呟くキャサリンの言う通り、今までの宝箱も全部空だったのだ。キャサリンが唯一覚えていた隠し通路の先にある宝箱も空だという事実に、嫌でもここが現実だと思い知らされている。
ゲームでは残っている宝箱も、現実だと先行した騎士団が全て開けていて当然だ。
「魔導書も、下手すりゃ〝ナントカ〟の石も、どっちも騎士団が入手済みの可能性が高いな」
うなだれるキャサリンの横で、ランディが呟いた。
「〝ナントカ〟の石じゃなくて、【月光の石】と【陽光の石】ですよ」
眉を寄せるリズに、「そう、それ」とランディがポンと手を鳴らした。
「石の方は……アタシが貰ってもどうしようもないんだけど」
肩をすくめたキャサリンが、ここに来るにはエドガーを伴わないと無理だと告げた。流石に王国が管理している以上、その関係者がいて初めて無理を通せるのだ。
諦めのため息をついたキャサリンが、部隊を振り返って「やっぱ空っぽ」と大きくバッテンを作ってみせた。通路の先から覗き込んでいた生徒達も、ガックリと肩を落としている。
分かりきっていたとは言え、隠し通路を見つけたのだ。彼らもその先にある宝箱に少しだけ期待していたのだろう。
「まあ、とりあえずボスを倒して六階層の入口でも――」
ランディが急に口をつぐんだ理由は、遠くから響く何かの咆哮だ。顔を見合わせたランディとリズが、キャサリンとともに急ぎ通路を駆け抜け第二班と合流した。
「何の声だ?」
「あっちからだ!」
「急ぐぞ!」
浮足立つ生徒達に、バルク教官から「待て」と冷静な言葉がかけられた。
「恐らく最奥にいるボスだろう。第一班が遭遇したと考えるべきだ」
先を越された事実こそあれど、幾つもの通路を超えて届く咆哮など、並大抵の相手ではない。
「ひとまずボス戦に加わることも考えて、出来るだけ早く、かつ温存して行くわよ!」
キャサリンの号令で第二班も、再び聞こえてきた咆哮に向けて早足で進み始めた。
「こんな声、絶対二段階目じゃない。何でこんな時だけゲーム仕様なのよ……」
呟くキャサリンの声をかき消しながら。
☆☆☆
時はしばし戻り……
キャサリン達が隠し通路を発見した頃、レッサーデーモンと戦端を開いた第一班の生徒達は、危なげない立ち回りを見せていた。レオナードの不安などどこ吹く風、ここに来てエドガーの采配が、完全に第一班にハマっているのだ。
強敵相手でも冷静に指示を出すエドガーのお陰で、第一班は一つの生命のように完全に統制された動きを見せていた。
「問題なさそうね」
ため息をつくセリナの言う通り、既にレッサーデーモンは片腕を失い、全身傷だらけだ。肩で息をするレッサーデーモンに比べ、第一班の生徒達は軽症者が数名と、どう考えても負ける要素がない。
それでも最後の力を振り絞り、レッサーデーモンが炎を吐き出した。
「ダリオ!」
ダリオの放つ炎が、それを相殺し、
「アーサー!」
「おうよ!」
エドガーとアーサーの剣が、レッサーデーモンの胸を貫いた。
断末魔を残して膝から崩れるレッサーデーモンに、アーサーとエドガーの二人がガッツポーズを見せて、第一班を振り返った。
エドガー達二人を迎え入れた第一班が、喜びを噛み締め全員で肩を叩きあった時、崩れた落ちたはずのレッサーデーモンが浮かび上がった。
「全員、警戒態勢!」
響き渡ったガルド教官の声に、第一班の生徒達も慌ててレッサーデーモンの死体から距離を取った。
『チカラ ヲ シメセ――』
空間に声が響いたかと思えば、レッサーデーモンの死体が弾け飛び、それらがまた中央に集まっていく。グニャグニャと歪んだ黒い物体が、少しずつ形を帯びてくる。
鋭く尖った立派な角。
巨大なコウモリの翼と鋭い爪。
身体には赤黒い模様が刻まれ
ヤギ頭に輝く眼は真紅に染まり
レッサーデーモンよりスマートな身体は、それでも動きやすさを重視した形に見える。
「インフェリオル・ロードだ……」
誰かが呟いた言葉に応えるように、インフェリオル・ロードが咆哮を上げた。レッサーデーモンとは比べ物にならないくらいの圧力が、生徒達にのしかかる。
インフェリオル・ロード。下位の悪魔たちを従える存在。魔獣のランクで言えば、Aランクでも真ん中辺りに来る、学生が相手にするには荷が重すぎる存在だ。
それでも悪魔達の上位存在であるアークデーモンや、ネームドの悪魔に比べると遥かに劣る存在ではある。だがそんな事は、生徒達には気休めにしかならない。
目の前でプレッシャーを放っている存在は、今まで彼らが相対した魔獣の中でも群を抜いているのだ。
流石にこれは学生の手に余る、とレオナードが仲間たちと前に出ようとしたその時、
「行くぞ!」
飛んできたエドガーの声に、レオナードが眉を寄せて「駄目です」と口を開くが、生徒達は武器を手にインフェリオル・ロードへ飛びかかっていた。
「くそったれ、全員護衛対象を守れ!」
声を張り上げるレオナードに、【鋼翼の鷲】のメンバーとガルドが無言で生徒たちのフォローへ回る。
彼らの任務は生徒に危険が迫った時、彼らに代わって対処するというものだ。
今まさに危険だと思うのだが、彼らが退いてくれない以上、レオナード達も全力が出せない。いくら優秀とは言え、十四もの生徒が周りをウロチョロするのは、ハッキリ言って足手まとい以外の何物でもないのだ。
レオナードが動きにくそうにする中、生徒達はそれを構わずインフェリオル・ロードへと突っ込んでいく。
「ライラ! 彼らに補助だ!」
「だと思ったよー」
突っ込む生徒達へ、ライラが補助魔法をかける。筋力のアップや、俊敏性のアップ。いわゆるバフを得た生徒達が、インフェリオル・ロードと戦端を開いた。
ライラのバフのお陰もあってか、生徒達は悪くない攻防を見せている。だがここに来て、レオナードの不安が的中する事になった。
「ヤバい、魔力回復薬が――」
誰かが叫んだ声に、部隊の思考が一瞬止まった。誰の魔力回復薬が切れたかによって、戦術が大きく変わるのだ。それを確認しようと、エドガーが思わず振り返ってしまった。
「前だ!」
レオナードが叫ぶがもう遅い。インフェリオル・ロードの爪がエドガーに襲いかかった。
来たるべき痛みと衝撃に、エドガーが思わず目を瞑るが……いつまでも襲ってこないそれに、エドガーが恐る恐る目を開けた。そこにあったのは、エドガーをかばい、肩に爪を受けるレオナードの姿だった。
「レオナードさん――」
「止まるな!」
ガルドが声を響かせて、インフェリオル・ロードへ飛び蹴りを食らわせた。インフェリオル・ロードが吹き飛び、間合いが切れたことで数人がレオナードを後ろへと下げた。
「かすり傷だ」
鼻を鳴らすレオナードの言う通り、傷は浅い。だがこの土壇場で襲いかかったリソース不足は、第一班を確実に混乱に陥れていた。
「魔法で牽制を……」
「無理です。これ以上無駄打ち出来るほど――」
「なら、前衛が――」
「こっちも回復薬が心もとない」
上がる声に、エドガーが唇を噛み締めた。まさかボスが連戦になるなど想定していなかった。こんな事を想定出来る方が異常だ。
だがそんな泣き言など言っていられない。これは彼らが招いたツケでもあるのだ。
順調過ぎたツケが、今ここで噴出しているのだ。リソースの確認という、初歩を怠るほど前のめりになっていた彼らは、躓いて転がる寸前である。ここで踏ん張らねば、全員が仲良く地面に転がることになるのは間違いない。
歯を食いしばるエドガー達だが、残酷な現実は待ってくれない。混乱から復帰するより前に、容赦なくインフェリオル・ロードが襲いかかった。
完全に崩れた隊列。
襲い来るパニック。
通らない指示。
ガルドやセリナが最悪を防ぐために前に出た……その時、インフェリオル・ロードの蟀谷に、炎がぶち当たった。
横合いからの攻撃に、インフェリオル・ロードがたたらを踏み、そちらを睨みつけた。
「間に合ったわね! 魔法部隊、二番で引き付けて!」
キャサリンの号令で、魔法部隊が指定された魔法を叩き込む。その間に、リザーブに回っていた生徒が第一班のもとへかけより、状況の確認を始めた。
「キャサリン嬢、この馬鹿たち完全なリソース不足だ!」
しれっとディスりが入る報告に、キャサリンが頭に叩き込んだ残りのリソースから割けるものを、第一班へと割り振っていく。その判断に誰も文句は言わない。
回復アイテムを得た第一班の生徒達も、最初は呆けていたが、キャサリンからの「火力不足なんで手伝って下さい」という言葉に顔を見合わせた。誰ともなく頷いて渡されたアイテムで回復したあとは、第二班と協力してインフェリオル・ロードを一気に追い詰めていく。
上向いてきた第一班に後押しされるように、エドガーの指揮も精細さを取り戻してきた。
完全に戦局が生徒達に傾いたのを確認し、ランディとリズはレオナードのもとへと駆けていた。
「面目ないな」
リズの治癒魔法を受けたレオナードが、苦笑いを浮かべた。
「大体予想は出来ますが」
それに苦笑いを返すランディが、生徒達の戦いを振り返る。
何とか立ち直ったエドガーの指揮。
キャサリンが第二班にかけるバフ。
ライラが第一班にかけ続けているバフ。
それぞれが出し惜しみ無しで、一気に畳み掛け、最後はエドガーの剣がインフェリオル・ロードを貫いた。
勝鬨を上げる生徒達に、「まあ及第点だな」とバルク教官が頷いたその時、エドガーの手の中に金色に輝く玉が舞い降りた。その現象に更に盛り上がる生徒達だったが、そのうちの一人が、「おい、あれ!」と、驚いた声を上げた。
その声に全員がそちらを振り向くと、先程まではただの壁だった場所に暗く、先の見えない通路と転移水晶が出現しているのだ。
それを見つけてしまったら、もう遅い。「待て」と制するバルクを振り切り、生徒達の数人が「索敵だ」と通路に突き進んでしまったのだ。
慌ててランディ達も彼らを追いかければ、短い通路の先には何故か見知った扉がぼんやりと浮かんでいた。
太陽と月のレリーフが施された巨大な扉が。
その扉を前に、呆ける数人の生徒達。彼らの一人が扉に触れた途端、通路は消え去り全員がボス部屋で扉を前に呆然と立ち尽くしていた。
急に戻ってきたランディ達と現れた扉というあり得ない現象に、全員が分かりやすく狼狽えている。
「一度調べます」
眉を寄せて扉に近づくランディが、護衛の特権として生徒達を一旦扉から遠ざけた。
「……どんな仕組みか分かるか?」
声を落とすランディに、エリーが「次元が捻れておったの」と同じ様に声を落として返した。
「つまり、あの通路は最奥と入口を繋げてたってことか?」
眉を寄せたランディに、エリーが「恐らく」と自信のない声を返した。エリーが分かるのは次元が捻れているという事だけで、この扉が本当に入口にあった物と同じかどうかは分からないのだ。
「教官、これ開けてみても……」
ランディの提案に、ガルドとバルクが同時に渋い顔を見せた。学園や国からの通達では、五階層までという決まりだったのだ。とは言え、こんな現象を前に「駄目だ」と言っても生徒達が納得するとは思えない。
「……ヴィクトール。安全確保のため、全員を下がらせてからだ」
らしくない声を絞り出したガルドに、ランディが頷いた。そうしてランディとエリーを残し、生徒達が壁際まで下がる。【鋼翼の鷲】が生徒達を護るように立つのを確認し、バルクが出した合図にランディがゆっくりと扉を開いた。
……その先に広がるのは、見覚えのある最初の階層だ。
(これ、扉をくぐって、また扉から出たらどうなるんだ?)
興味が湧いたランディだが、今それをして一番最初の大部屋に戻されるわけにはいかない。とりあえず浮かんだ興味を端に追いやり、扉を閉めようとしたその時、扉に高速で迫る気配に、ランディが思わず飛び退いた。
押し開きの扉はランディが離れるのと同時に自然と閉まった……が、そこから飛び出してきた存在を防ぐ程早くは閉まらなかった。
「インフェリオル・ロードだ……」
「しかも三体も――」
先ほど全員で何とか一体を倒したというのに、それが三体も同時に現れたのだ。生徒達が思わず顔を青くする中、ルークの「馬鹿ランディ」という場違いな声がフロアに響いた。。
「護衛がピンチを呼ぶなよ!」
ルークの苦笑いに、「不可抗力だろ」とランディが鼻を鳴らしてインフェリオル・ロードを睨みつけた。
「五階層まで……ね。それ以上は手に余るってか」
首を鳴らしたランディが、「しゃーねーな」と睨みつけるのと同時、インフェリオル・ロードが一斉に襲いかかかった。




