第131話 私はエリ◯サーを最後まで大事にとって使わない派です
日蝕の祭壇。その意味深なワードがランディとリズの脳内から離れない中、二日目の探索が幕を開けていた。
相変わらずキャサリン達の第二班は順調そのもので、リーダーがキャサリンから変わった今も、その行軍速度に陰りは見えない。唐突なリーダーの変更は、別にキャサリンの体調が悪いわけでも、彼らが遊んでいるわけでもない。
――四階層以降は、リーダーをローテーションすること。
出発前に通達された新ルールに則り、こうして時間を決めてリーダーのローテーションをしているのだ。
この強制ルールだが、教官達の優しさでもある。五階層奥には、階層ボスがいるらしく、そこに向けてのシミュレーションも込みでの行軍だ。万が一ボス戦でリーダーが戦線を離脱する必要が出た場合、一気にチームが瓦解するのを防ぐ目的でもある。
第二班はそのあたりも顧慮していたようで、リーダーが変わっても、事前に作られたシステムが上手く機能している。何度も検証を重ね、全員で作り上げた事がよく分かるシステムだ。
しかもそれだけではない。
「ウェイン、エッジ!」
掛け声とほぼ同時に、男子二人が真っ黒な狼型魔獣の前に躍り出た。
「セシリア嬢!」
こちらもほぼ合図と同時に、セシリアが霧状の人型魔獣、グリムシャドウへ魔法を叩き込み霧散させた。
「よし、全員で――」
「シャドウスパイダーだ」
伏兵の報告に、リーダーの生徒がアビスハウンドを抑える生徒を振り返った。
「ウェイン!」
「こっちは余裕だ!」
返ってきた言葉に、「目標シャドウスパイダー!」と標的を即座に切り替えて、殲滅の後にアビスハウンドを片付けていた。
通路で見せたシステマチックな行軍だけでなく、今見せたような開けた空間で群れと相対する場合も非常にスムーズだ。一から十まで指示せずとも、伝わるくらい自分達の戦略を理解しているのだろう。
そのうえでリーダーが割り振りと戦術を考え、後は指示された者が戦術に沿って動く形だ。
「手慣れてますね」
「ああ。倒す魔獣の優先順位が明確だな」
複数種類の魔獣、それらが群れで襲いかかってくる場合は、どの敵から倒すかが重要になってくる。
触れた者の体力を奪うグリムシャドウ。
毒や麻痺といった状態異常から、糸による拘束が厄介なシャドウスパイダー。
俊敏さや攻撃力ではアビスハウンドに軍配があがるが、この状況での状態異常はチームの瓦解に繋がりかねない。伏兵に気が付き即座に報告を上げた生徒も、それを知ってアビスハウンドを抑え続けた生徒も、そして即座に判断を下したリーダーも。全員が同じ認識を共有しているからこその芸当だろう。
「ランディならどうしてました?」
「さあな。多分キャサリンにバフの指示とか……かもだが――」
装備の損耗率を報告する前衛二人は、まだまだ余裕そうだ。
「無駄なバフになっちまったかもな」
ため息をついたランディに、「だろうな」とバルク教官も頷いている。彼らの強みは、全員の意識が共有されていることだけでなく、全員がお互いの実力を把握している点でもある。
そう。かなり正確に全員が把握出来ている。いや、把握する為の仕組みを作ったと言う方が早いか。
戦闘も終わり、皆が装備のチェックや周囲警戒をする中、リーダーの生徒が紙を片手に声を上げた。
「メアリーに、魔力回復薬を――」
その言葉で、リザーブで荷物を管理していた生徒が、後衛の女子生徒へ魔力回復薬を差し出した。
「相変わらず徹底したリソースの管理ですね」
「そういう戦略らしいからな」
昨日食事の時に彼らに聞いたのは、彼らの戦略である。端的に言えば安全第一のダンジョン攻略だ。その最たる物が、先ほど見せたリーダーによるアイテム管理だろう。
魔法の無駄打ちをしない、無謀な特攻はしない。そんな戦術的な話にも繋がる戦略だが、それよりも二人が驚いたのは、文字通り〝徹底的に管理された〟リソースだ。
「まさか各々の魔力を数値化するとは思いませんでした」
リズの言う通り、キャサリンはセリシア達と協力して、各自の魔力を数値化したのだ。
ゲームで言えばMP表記である。
基本的な魔法をベースに、それが何回放てるか。
基本的な魔法をベースに、より強い魔法はどの程度の魔力が必要か。
二週間の殆どを費やして、各自が持つ魔力量と魔法の魔力消費量。それらを数値化して纏めたものが、あのリーダーの持つ紙だ。一度の戦闘で誰がどのくらい魔法を使ったか。
それにより、必要な人間に必要なだけ魔力回復薬を渡す。
個人個人が管理する場合と違い、全体で管理されてるからこそ全員が安心してリーダーの指示に従える。いや、リーダーが自信を持って指示が出来る。
魔法を……と指示した相手が「今ガス欠」などという馬鹿な事態を避ける事が出来るわけだ。
そんなキャサリン達の戦略を聞いたランディの感想は……(ゲーマーだな)……である。
ゲームでおなじみの数値を、現実に引っ張ってくるあたり、ステータスウィンドウを持っているキャサリンだからこその着眼点だろう。もちろん、ここは現実だ。同じファイアーボールでも、力めば魔力の消費は多くなる。
だがそれらも考慮して、安全マージンを取ったリソース管理をしているあたり、キャサリンは店で薬草を大量に買うタイプのゲーマーだ。そしてそれを全部使わずに、クリアするタイプでもある。
「現実に上手く順応させてるようで」
呆れ顔だが、悪い気はしていない。そんなランディの肩をルークが叩いた。
「お嬢様もキャサリン嬢も、毎日全員で詰めてきたからな」
ため息混じりのルークが「だからやる事がねえ」と口調とは裏腹に嬉しそうな顔を見せた。護衛が護衛の役目を果たさなくていいのは、喜ばしい事に違いない。
第二班の危なげない探索に、ランディは折角ならとバルク教官へ視線を向けた。
「教官、聞いた話だと今まで五階層より先に行った生徒はいないとか?」
「まあそうだな」
頷いたバルクが続けるのは、このダンジョンが研修に使われ始めたのは最近で、今まで最高でも五階層途中ということだ。
「階層奥まで行った方が早い……そんな年もあったが、五階層の転移装置前にはボスがいるからな」
苦い顔のバルクを見るに、ボスを倒して転移するには体力も装備も何もかもが足りなかったことが分かる。
「今回の第二班の仕上がりなら、六階層を目指せるんじゃないですか?」
首を傾げるランディに、「どうだろうな」とバルクが相変わらず渋い顔を見せている。
「何か気になることでも?」
ランディ同様首を傾げるリズに、バルクが小さくため息をついて口を開いた。
「六階層以降は、まだ騎士団による攻略途中でな。学園と王国からの許可が降りていないのだ」
何ともそれらしい理由に、ランディもリズもガックリと肩を落とした。キャサリンすら知らぬ五階層よりも下の空間。そこにたどり着けるなら、もしかしたら何か分かるかも、と思っただけに許可が降りていないとは。
「でも、おかしな話だな」
急に割って入ってきたルークに、「何が?」とランディが眉を寄せた。
「だって、ここが研修先に選ばれたのって数年前からだろ?」
その言葉でランディも、ルークの言わんとしていることに気がついた。
「確かに。攻略に時間がかかりすぎてんな」
数年前から研修先に選ばれている、つまり発見自体はそれより前だ。加えて五階層の途中までたどり着いた生徒達がいるなら、その時点では五階層が攻略されていた事になる。
いくら完全に一からの探索だといっても、学生が二日でたどり着く距離を数年かけてというのはおかしい。つまり五階層自体は発見から然程時間も立たずに攻略されているはずである。
「それだけ六階層の魔獣やトラップが厳しいのでしょうか?」
首を傾げるリズに、バルクが首を振った。
「我々にも知らされていない。ただ、五階層最奥までしか駄目だとしか」
バルクがため息をついた頃、第二班はちょうど四階層の終わりまでたどり着いていた。だが開かれた五階層への扉を見るに、第一班はすでに下へと向かったのだろう。
「ま、着いてみりゃ分かるか」
ランディの視線の先には、一班に先を越され少し浮足立った二班の生徒達が映っていた。
☆☆☆
三階層を出発したエドガー達は、破竹の勢いで四階層を踏破していた。リーダーローテーションで、たたらを踏むと思われていた第一班だが、三階層までの間で、少しずつ最適化されてきたとも言えるエドガーの指示を全員が踏襲したのだ。
彼らの身体に染み込んできた指示が、プライドを刺激された事によって急激に形になったと言える。
元々高度な教育を受けてきた子女なだけに、一人ひとりの能力は第二班のそれを超えている。エドガー一辺倒に見えた第一班の生徒達だが、何だかんだで人の上に立つ者として教育を受けていた賜物だ。
リーダーローテーションのサイクルも早く、今は再びエドガーの指示の元、すでに五階層も中程まで踏破していた。
他の生徒も優秀だが、やはりエドガーが指揮を取ると全体の士気が上がる。だが少々力押しに見える探索に、レオナードは人知れずため息をついていた。
「リソースの管理は、大丈夫なのだろうか」
ポツリと呟いたレオナードに、「そこまで――」馬鹿じゃないでしょ、との言葉をセリナが飲み込んだ。アイテムを含めリソースの管理は冒険者にとって、ダンジョンを探索するうえで最も重要な事項だ。
ランクに関わらず、全員が自分の体調から持っているアイテムの数、そして今のペースで何処まで保つか、は把握していて当たり前だ。
あまりにも基本的な事ゆえ、それを呟いたレオナードにセリナがジト目を向ける。
「優秀な生徒達よ?」
「分かっているが、少々走りすぎな気がしてな」
ため息をついたレオナードが見つめる先で、また一人生徒が自分のマジックバッグから魔力回復薬を取り出していた。
「貴族様だし、十分過ぎるほど持ち込んでるでしょ」
セリナの言うことはもっともだ。極貧の冒険者とは違い、彼らは恵まれた者たちでもある。
「ま、走りすぎ……ってのは同意だけど」
ため息をついたセリナが「ほんと、嫌になるくらい優秀だわ」と肩をすくめている。
(優秀だ。非常に。だが優秀過ぎるな)
レオナードの見立てでは、エドガーは恐らく挫折を知らない。いわゆる天才肌で、様々な事をそつなくこなして来た事は、初対面のレオナードですら分かる。
指示も的確。あふれるカリスマ。エドガー自身も、腕が立つときている。
少々走りすぎて見える指示すら、優秀な生徒達からしたら丁度なタイミングなのかもしれない。だが、だからこそ恐ろしい。
ひとたび何かに躓けば、このチームが一気に瓦解する未来しか見えないのだ。
「大丈夫だと思いますがね」
レオナードの隣で同じ様にため息をつくのはイリオスだ。
「魔獣の強さ、罠の難易度、どれもこれも、彼らを脅かすには少々物足りないですし」
「でも五階層にはボスがいるって言ってたよー?」
間延びしたライラの声に、セリナが「大丈夫よ」と首を振った。
「五階層のボス程度じゃ、王太子殿下とチームの相手にならないわ」
セリナの言う通りで、五階層最奥にいるボスはレッサーデーモンと呼ばれるBランクの魔獣だ。確かに学生相手では厳しい魔獣だが、優秀な学生がこれだけ集まれば問題を探すほうが難しい。
「それでもレオが気になるって言うなら、気にしといた方が良いけどね」
肩をすくめたセリナに、「すまんな」とレオナードが頷いた。
「もしかしたら、挫折を味わって欲しいという願望かもしれんが……」
苦笑いのレオナードが続けるのは、このまま彼らが進む未来の話だ。
「このチームは、ともすればこの国の未来だ。少々走り過ぎの王が転べば、国全体がひっくり返るからな」
レオナードとしてはそれまでに挫折の一つでも味わって欲しい所だが、このダンジョンの様子だとそれは無理だろう。実際にトントン拍子で進むエドガー達は、もう間もなくボスのいる最奥にたどり着きそうなのだ。
「歴代最速。しかも誰もたどり着かなかった五階層のボスか……」
レオナードが呟いた時、薄暗かった通路の先にひときわ明るい光が見えた。通路まで感じるプレッシャーは、間違いなくボスが放つそれで間違いないだろう。
ほぼ駆け足で通路を抜けた第一班の目の前には、ヤギ頭でコウモリの羽をつけた巨大な人が立っていた。
レッサーデーモンが上げる咆哮が、部屋中に響き渡る。
「全員戦闘態勢、行くぞ!」
エドガーの号令で、ボス対第一班の戦端が開かれた。




