第130話 とりあえずRPGとして作り直しなさい
順調に進んだ行軍のお陰か、その日の終りにはキャサリン達第二班は第三層の終わりまでたどり着いていた。四層に向かう前の大部屋は、ダンジョンから脱出するための転移部屋でもある。
部屋の中央に鎮座する、謎の水晶に触れると戻る事が出来るのだ。ランディにはサッパリ仕組みが分からないが、〝そういうもの〟だと自身を納得させている。ただ一つだけ思うとしたら、ここまで広い空間が必要なのか、ということだろう。
キャンプの準備に取り掛かる第二班を眺めるランディが、もう一度部屋を見渡した。転移の水晶を置くには広すぎる空間は、見ようによっては〝ボス部屋〟に見えなくもない。
ただ何の気配もしない。探れど探れど、感じる気配はこの場にいる全員のものだけで、後は……部屋から伸びる通路の向こうに感じる、第一班の生徒達のものだ。
ランディのセンサー通り、キャサリン達がたどり着いてから凡そ一〇分ほど遅れる形で……
「なんだよ」
「第二班が先にいるんだけど」
……エドガー達第一班も三層終わりの大部屋にたどり着いた。二層攻略までは、わずかとは言えエドガー達第一班が先行していただけに、彼らの不満顔も無理はない。
ガルド教官が「ここまでは順調」という内容の激励を飛ばしているものの、不満顔の第一班にはあまり響いてないように見える。そんな彼らの視線を感じながら、ランディが口を開いた。
「にしても、毎回綺麗に階層最後まで会わないもんだな」
「元々ルートが二つに分かれているダンジョンらしいですね」
「太陽と月が関係してんのかね」
眉を寄せるランディに、「どうでしょう」とリズが首を傾げた。発見から今まで分かっていない壁画の謎。そして二つに分かれたルート。それらを解けば、色々な事が分かりそうだが、今はまだ仕事が最優先だ。
「俺らもキャンプの準備を――」
「【ランディ探検隊】調子はどうだ?」
かけられた声に振り返れば、その先には仏頂面のレオナードが立っていた。
「今のところ順調ですね。第二班のメンバーが想像以上に仕上がってるので」
チラリと第二班の生徒達を振り返ったランディに、「ふむ」とレオナードが彼らに視線を移した。テキパキとキャンプの準備をする生徒達は、ダンジョン探索の疲れをあまり感じさせない。
「一班の方も順調そうですが」
ランディが視線を向ける先には、こちらもキャンプの準備にかかる一班の生徒達だ。先程までの不満顔が完全に消えたわけでは無いが、彼らの行軍速度もかなりのものだろう。
「一応、歴代でも最速記録らしいがな」
頭を掻くレオナードが言うのは、ここに着く前にガルド教官から全員が鼓舞されていた内容だ。大体が三階層途中にある大部屋で休憩を取る事が多く、今までここまでたどり着いた生徒達も、もっと遅い時間ばかりなのだ。
「最速でたどり着いたと思いきや、先を越されていた……と」
「早さだけが偉さではないだろうが」
複雑な表情のレオナードが、「明日の探索に響かねば良いがな」とため息をもらした。第一班の生徒達にもプライドがある。高位貴族として今まで高い教育を受けてきたプライドが。それを変に刺激しないかを、レオナードは気にしているのだ。
やるせなさをかき消すように、レオナードがため息とともに首を振った。
「お互い気を引き締めるぞ。四階層からが本番だ」
肩を叩かれたランディが「うす」と答えてその背中を見送る。レオナードの言う通り、四階層からは手強い魔獣も出てくる。今のところシステマチックに進んできたキャサリン探検隊だが、ここからはより密な連携が必要になってくるのは間違いない。
「リズ、俺達もひとまず飯にしようか」
「そうですね。休める時に休みましょう」
頷いたリズとともに、ランディはキャンプの準備をする第二班のもとへ歩いていくのであった。
☆☆☆
焚き火が放つパチパチという音が、静かな大部屋に響いている。
各々が持ち込んだ薪や燃料、それらを上手く使って今晩の明かりを確保する焚き火は、見張り役の暖を取る目的でもある。ダンジョンの中は、動いている分にはちょうど良い温度だが、じっとしているには少々肌寒いのだ。
少しだけ小さくなった火に、ランディは残り少なくなった薪から一本を放り込んだ。
――カタン
と乾いた木の音が部屋に響いた。
大部屋は訪れた時と比べると、非常に静かだ。焚き火の音、小さな話し声、それらに混じる生徒達の寝息。スー、スー。と聞こえる穏やかな寝息から、誰も彼もが今日の探索に疲れているのだろう事だけは分かる。
「ランドルフ、俺達はそろそろ交代するぞ」
同じ焚き火を囲んでいた生徒の言葉に、「ああ」とランディが手を挙げて答えた。立ち上がり、別の人間を起こしに行く生徒を見送り、ランディはもう一度炎に視線を戻した。
時刻は既に、明け方に差し掛かろうかというタイミング。
真夜中から見張りを担当しているランディは、このまま朝までコースである。ちなみに生徒達の見張りも次が最後だ。生徒達の眠る場所から聞こえてきた、「あと五分」だとかいう情けない声に、ランディは苦笑いを浮かべて小さめの薪を火にくべた。
火が少しだけ勢いを取り戻す。
「おはようございます、ランディ……」
起きてきたのはリズだ。リズは本来護衛役だが、見張りだけは生徒達の人数にカウントさせてもらっている。本来なら護衛が真夜中までと真夜中からの二つに分かれるのだが……前半はルークが護衛としての見張りを担当していた。
「眠れたか?」
「はい。おかげさまで」
椅子に腰を下ろしたリズが、思わずと言った具合に笑い声をもらした。
「なんだ? 急に……」
「いえ。まさか寝袋で熟睡出来るとは。しかもダンジョンの奥で」
自分が寝ていた場所を振り返ったリズが、「ヴィクトールに染まりましたね」と微笑んでランディを振り返った。
あまりにも可憐なその微笑みに、ランディは染まる頬を隠すために「そうだな」と頷いて笑った。焚き火に輝くリズの笑顔は遠く、一班の焚き火側からも視線を集めている。
流石に彼らにリズの笑顔を見せるつもりはない、とランディは椅子の位置をわずかにズラした。
視線からリズを遮るように。
「……見せつけてくれるわね」
あくびを噛み殺しながら起きてきたのはキャサリンだ。
「おはようございます」
「おはよう」
リズと挨拶を交わし、椅子に座ったキャサリンが、もう一度あくびを噛み殺した。
「あと五分、寝てなくて良かったのか?」
悪い顔で笑うランディに、「うっさいわね」とキャサリンが口を尖らせた。しばし流れる沈黙に、キャサリンがため息をついてランディを見た。
「それで? アタシとエリザベスを一緒のタイミングにしたのは、どんな理由?」
眉を寄せるキャサリンに、「へぇ」とランディが声をもらした。無駄な説明が省けたのは助かる、とランディがわざわざリズをこの時間にねじ込んだ理由を口にした。
「キャサリン……お前、この世界のもとになったゲームを知ってるって言ってたな?」
ランディの疑問に、黙ったままキャサリンが頷いた。
「なら聞きたい。ここは一体なんだ?」
真剣な表情のランディが、床を指さした。いつになく真剣なランディだが、無理もない。ダンジョンの上に広がる生を感じない森。そこに現れる謎の神殿。そして地下に広がっていた謎の空間と、意味深な壁画。
極めつけは、扉に施されたレリーフとこれ見よがしな穴だ。
確実に何かが隠されているのは間違いない。
ランディとしては、あまり先入観を持ちたくないが、この場に知っていそうな人間がいるなら参考程度に聞いてみるのも有りだと思ったのだ。
そんなランディの真剣な瞳を、キャサリンがしばらく見つめ返し……「ハァ」ともう一度ため息をついて下を向いた。
「……知らない」
首を振るキャサリンに、「はぁ?」と思わずランディの声がもれた。
「ランディ……」
少し大きくなってしまった声をリズに注意されて、口に手を当てたランディが声を落とした。
「知らないって……お前――」
「知らないのよ。本当に。敢えて言うなら、レベリングの場所ってことくらい」
そう言ってキャサリンが続けるのは、このダンジョンのゲームでの立ち位置だ。
学園のイベントで訪れるダンジョンであり、五階層までしか行けないこと。六階層へ行こうとすると、その時点で必ずタイムアップを告げられること。
ダンジョンには二つのルートがあるが、最終的に手に入れられるアイテムが違うくらいで大きな違いは無いこと。
本来このキャンプで、攻略対象と同じ見張り時間を選ぶことで絆を深められること。
五階層の最奥にボスがおり、それを倒すことでイベントが起きること。
一つは神聖魔法が記された古代の魔法書が手に入り、もう一つには……
「エドガーのイベントがあるのよ。王家に関する誕生秘話で、大した事ないフレーバーテキストなんだけど」
大きくため息をついたキャサリンが、エドガー達アレクサンドリアの王族は、かつて禁忌の存在が振りまいた大病を打ち払った一族らしいことを語った。つまり聖女とともに、厄災の魔女を打ち倒すのは、先祖の偉業をもう一度再現することにもなる。
「ちょっと待て……話が噛み合わねーぞ」
ランディが話を遮る為に挙げた手と声に、「何が?」とキャサリンが眉を寄せた。
「ちっと、整理させてくれ……」
考え込むランディの脳内は絶賛混乱中だ。
(禁忌の存在は……エリーで間違いねーだろ)
チラリとリズを見ると、リズも同様に考え込んでいる。それもそうだ。エリーが禁忌の存在として堕ちるよりも前に、大陸には奇病が蔓延していた。そもそもそれを打ち払う為に、エリーが骨を折っていたのだ。
その奇病すらエリーのせいにされて、しかもそれを打ち払ったのが王家の始まりだと言うのだ。それが意味する事に、ランディが「まさか……」と呟いた。
「恐らくその〝まさか〟であろうな」
呟くのは、現れたエリーだ。
「あの男の考えそうな、陳腐な筋書きじゃ」
鼻を鳴らすエリーが続けるのは、あの【時の塔】で見た、エリーを断頭台に送った男の事だ。エリーの想像になるが、あの後エリーの怒りにより、都市が壊滅したが、男は運良く生き残り、話を書き換えたのだ。
「相変わらずクソ野郎だな」
ため息混じりのランディは、ひとまずこの話題を断ち切った。本当は色々と気になる部分が無いわけではない。あの男がどうやってエリーの友人から手柄を奪ったのか。そして王家は本当に血を引いているのか。
アレクサンドリアは元々小国が乱立していたこの地を、今の王家が領地貴族達が治めていた国の助けを借りてまとめ上げた国だ。エリー達が生きていた時代の古代文明が、小国まで落ちぶれるとも思えない。……エリーが全て破壊した可能性もゼロではないが。
気になることが無いわけではない。いやむしろ気になる事が多すぎる。だが、今はこの国の成り立ちや、あの男の行く末よりもエリーの身体探しのヒントが最重要だ。
もう一度ため息をついて、「クソ野郎め」と吐き捨てたランディが、キャサリンに視線を向けた。
「全然話が分からないんだけど」
キャサリンの不満顔が語るのは、ゲームでも語られていないという事だ。
「俺も分かってねーよ……ただ、今はそれより重要な事がある」
首を振ったランディが、懐から数枚の写真を取り出してキャサリンに手渡した。
「何これ? 写真――」
写真を眺めていたキャサリンが、「壁画の写真?」と首を傾げてそれをランディに返した。
「これが何を意味するか……知ってるか?」
「知らないわよ。あの壁画も、ゲームでは『擦り切れていて読めない』ってログが出るだけで」
口を尖らせたキャサリンが、膝の上で頬杖をついた。
「攻略スレでも、一時期このダンジョンって話題になってたの」
そう言って再びキャサリンが語るのは、このダンジョンにまつわる様々な考察だ。
五階層までしかいけない理由。
ルート毎にもらえるアイテムの違い。
意味深な壁画。
そして扉の穴。
「さっき、レベリングの場所って言ったわよね? ルート毎にもらえるアイテムが違うんだけど、【月の石】と【太陽の石】ってのがもらえるのよ。それをあの穴に埋めると、それぞれ【月影の回廊】、【陽光の回廊】って名前の経験値と換金アイテム稼ぎのダンジョンになるのよ」
頬杖をついたままのキャサリンに、「なら……」と戻ってきたリズが口を開いた。
「両方入れたらどうなるんです?」
経験値や換金アイテムは分からないだろうに、それらを振り払ってリズが口にした疑問に、キャサリンは首を振った。
「無理なのよ。だって、どっちかしか手に入らないんだもの」
ゲームあるあるの、片方を手に入れたら片方が手に入らない。その現象に、ランディが「あー」と天井を仰いで頭を掻いた。
「でも……初期の頃、バグで両方手に入った人がいたらしいんだけど……」
声を更に落としたキャサリンが、それもあって一時期話題になっていた事を語った。
「話題になってたって事は、二つ使って中に入った野郎がいるって事か?」
頷いたキャサリンだが、その顔を残念そうな物に変えた。
「でも真っ暗で何もなかったらしいわよ……だから、バグだの未実装だの一時期話題になったってわけ。まあ直ぐに修正されて、絶対に手に入れられなくなったんだけど」
肩をすくめたキャサリンに、「何だそりゃ」とランディもため息が止まらない。何かのヒントになるかと思えば、まさかの部屋が真っ暗で、何も無いというバグオチだ。
あまりの肩透かしに、ランディがもう一度ため息をついた頃、時間も来たようで生徒達がもぞもぞと動き出した。
「収穫なしか」
「そうですね」
ランディとリズが顔を見合わせた時、キャサリンが「あ」と思い出したように手を打った。
「そう言えば、そのバグに遭った一人が、そこでメニューウインドウを開いたら、マップ名が書かれてたって書き込んでたわね」
「……なんて――?」
後ろで起き始めた生徒達に聞こえないように、キャサリンが更に声を落としてわずかに顔を近づけた。
「……【日蝕の祭壇】」
燃え尽きた薪が、「カタン」と立てた音が、やけに煩く部屋に響いていた。




