第127話 始まる前が一番緊張する
ランディ達がアルカンタに到着した翌朝。まだ日も昇らぬうちから、学生たちは郊外にある湖の前に集まっていた。エドガー達王太子御一行に、キャサリン達の第二班。そしてキャサリンとセシリアそれぞれの従者、レオンとルークもだ。
……フィネス湖。大河へと水を供給する水瓶の役割でもある湖の岸辺に集まった理由はただ一つ。フィネス湖のほぼ中央にある小島に、目的の遺跡があるからだ。
少し高台にあるせいか、遮るもののない真冬のフィネス湖は冷える。湖の一部が凍る程なので、寒さが厳しいことが分かるだろう。
陽光の加護もなく、周囲を護る木々もない湖岸に厳しい北風が吹き付ける。静まり返っていた湖面が波立つのに合わせて、数人の生徒が「さむぅ」と己を抱きしめた悲鳴が、ランディ達のもとまで届いていた。
生徒達と合流する前に、ランディ達もそれぞれが装備やアイテムの最終確認中なのだ。もちろん、この場に来て「アレがない」などという馬鹿はいない。それでも備品の動作チェックや、アイテムの確認を怠る事はない。
手慣れた様子で、装備のチェックをしていく【鋼翼の鷲】のメンバーは、ランディから見ても格好良さがある。場慣れた感じは熟練の職人のそれだ。
いわばルーティーンだ。普段と同じ行動は、どんな場所、どんな時間帯でも心を落ち着け脳を仕事モードに切り替える重要な儀式に近いのかもしれない。
対象的にそんなルーティーンなどないランディとリズは、彼らに倣って一応の確認を済ませたものの、その慣れない行動のせいで逆に緊張が増してしまうというオチだ。冒険者として、初めてかもしれない長期の任務。しかも同級生の護衛という、特殊極まりない任務に、流石のランディも緊張してしまう。
わずかに感じる足元の浮遊感。それを振り払うように、ランディが【鋼翼の鷲】から視線を逸らした。
目の前に広がる広大な湖。その先に目的地である島影がぼんやりと浮かんでいる。
「……変な場所に墓を作ったもんだな」
白い息を吐いたランディの目の前には、明け始めた空を反射して揺れる湖面が映っている。ユラユラと揺れる湖面が、再び静まっていく中、教官による最後の確認が始まっていた。
体調の確認に装備の確認。
これから小島へ向かうのだ。向こうについてから、「やっぱりアレが……」となってももう遅い。研修自体はダンジョンに入ってからだが、引き返すなら今しかないのである。
とは言え自主的にここまで来た生徒達だ。誰も引き返すなどと言う人間はいない。
形式的な確認を済ませた教官が、ランディ達へ向けて手を挙げた。それを見たレオナードが「行くぞ」とランディの肩を叩いた。
「よっし」
両頬を叩いたランディが、レオナード達【鋼翼の鷲】に続く。結局緊張がとける事はなかった。
もちろんそれはリズもだ。ランディの横を歩くリズは、杖を握りしめる手がわずかに震えている。自分達の安全だけでなく、学友の安全も双肩に乗っている。そう思えば、緊張するなという方が無理だろう。
加えてランディとリズに気がついた生徒達が、ざわざわと騒がしくなるから、緊張に拍車がかかる。そんなリズを見たランディが、先ほど変に【鋼翼の鷲】のメンバーを真似た事を後悔していた。
(ルーティーン……か。俺達のルーティーン――)
少し考えたランディが、近くなってきた生徒達から視線を逸らして「リズ……」と小さく呟いた。
「な、なんです?」
真っ直ぐ前を見たままのリズは声が上ずっている。完全に雰囲気に飲まれている彼女に、ランディは囁いた。
「緊張して吐きそうだ」
何とも情けない吐露に、リズが「ええ゙?」と目を白黒させて、ランディを見上げた。
「朝飯を食いすぎたかもしれん」
「しっかりして下さい」
慌てて背中をさするリズに、「あー。ちょっと良くなって来たかも」とランディがにこやかに笑いながら、生徒達の前に立った。
「……何をしてるのだ?」
呆れ顔のバルク教官に、「朝飯食べすぎまして」とランディが舌を出してみせた。
「あんなに沢山食べるからですよ」
頬を膨らませるリズに、「いつも通り腹十分目だぞ?」とランディが眉を寄せた。おちゃらけるランディに、リズが「お腹いっぱいじゃないですか」と口を尖らせるのだが、その先に続くだろう小言を飲み込んだ。
気がついたのだ。緊張が和らいでいる事に。
ランディが、振った話題のせいで、いつの間にかいつも通りになっていたことに気がついたリズが、少しだけ恥ずかしそうな顔でランディを見た。
上手く乗せられた事に。
緊張を見透かされた事に。
ランディとて緊張していたにもかかわらず、気を使われた事にリズは嬉しさと恥ずかしさが半々なのだ。
とは言えランディも、リズのためだけに一芝居打ったわけでは無い。リズの緊張が解ければ、自分の緊張も幾分かマシになるだろう、という打算的な行動だ。それが見事に嵌まって、いつも通りの二人になったわけだが……
「……何で?」
……誰かが呟いた言葉の通り、生徒達はぽかんと口を開けたままである。ランディとリズなりのルーティーンなどより、二人がこの場にいることの方が驚きなのだ。呆けたままの生徒を前に、ガルド教官が声を張り上げた。
「今回、お前たちの研修の護衛として同行してくれる冒険者の方々だ!」
湖面を波立たせる程の声に続き、レオナードが一歩前に出た。
「【鋼翼の鷲】だ。二日間よろしくお願いする」
流石に名前が通っているだけあって、呆けていた生徒達もざわざわと活気を見せ始めた。王国でも有数、高位貴族から依頼を受ける事も多いパーティだけに、学園の本気度が見える。
だがそれも束の間……
「えーっと……【ランディ探検隊】だ。よろしく」
パーティ名など考えていなかった故に、咄嗟に出てきたのがこの恥ずかしいネーミングである。リズは恥ずかしさのあまり顔を覆って、セシリアは呆れた顔で、そしてルークは馬鹿を見るような目でランディを見ていた。
とは言え、ふざけた名前でも失笑を買うという事はない。この場にいる生徒達は知っている。ランディが冬休みに何をしたのか……その噂は聞いている。
それがどの程度本当かは知らないが、少なくとも学園がこの場に護衛として派遣させる程度には、冒険者としての腕を買われている事を、全員が理解しているのだ。
……一部、悔しそうな視線を感じるが、それでもこの期に及んでストライキ紛いの馬鹿な行動をする生徒は一人もいない。それが何の意味もないことを知っているからだ。
「それでは、各班船に乗り込め」
バルク教官の合図で、第一班が【鋼翼の鷲】と。第二班が【ランディ探検隊】と一緒にそれぞれの船に乗り込んだ。
東の空がわずかに色を帯びる中、研修に向けて船が湖面を滑り出す――
船に乗って一時間程で、一行は巨大な湖の中程にある小島にたどり着いた。小島とはいっても、巨大な湖に浮かぶ島は、ちょっとした無人島並の大きさだ。
不思議な樹木が全体を覆う島を、わずかに見える陽光がキラキラと照らす。時折吹く北風が、木々を揺らす度、まるで鈴がなるかのような葉擦れの音が島全体に響き渡っている。
「なんつーか。厳かだな」
「〝厳か〟って言葉を知ってる事に驚いてるわ」
島を覆う森を見つめるランディとルーク。馬鹿な事を口走る二人の横では、第二班のメンバーが整列して点呼の真っ最中だ。
再び北風が、あたりに鈴の音を響かせる。
「銀鈴樹……と呼ばれる木ですね。王たちの魂を称えているだとか、鎮魂の歌だとか言われる音です。ちなみに墓荒らしへの警告の音だとも言われています」
木々を見上げるリズの言葉に、ランディとルークが「へぇ」と同時に声をもらした。
「歓迎ムードだな」
「ポジティブか。完全に鳴子だって言われたろ」
ルークが呆れ顔を見せた時、ちょうど点呼も終わったようでバルク教官を先頭に、第二班も森の奥へと進み始めた。
時折聞こえる鈴の音をBGMに進む生徒達の後方にランディとリズ、そしてルークとレオンが控えている。
揺れる木々が奏でる音。それ以外は静かな森は、合間から差し込む朝日を銀鈴樹がキラキラと反射させて幻想的だ。
滅多に見られない光景に、生徒の誰もが頬を綻ばせて周囲をキョロキョロと見渡している。もちろんリズやレオンも同様に。
そんな幻想的な光景の中、ランディとルークだけは少し表情が優れない。
「どうしましたか?」
二人の様子に気付いたリズに、「いえ……」とルークが肩をすくめて口を開いた。
「船でもいいましたけど、【探検隊】って……馬鹿すぎだな、って――」
「うっせ。咄嗟にそれっぽい名前なんて出るかよ」
ランディが口を尖らせた。
「だからって、【探検隊】はねえだろ」
鼻を鳴らすルークに、ランディが舌打ちをもらした。
「なら、なんか案があんのかよ?」
眉を寄せたランディに、「そうだな」とルークがしばし考え込み、思いついたと手を打った。
「【焔月の双影】とかどうよ?」
満足そうに頷くルークに「えんげつぅ?」とランディが素っ頓狂な声を上げて首を傾げた。
「お前の目立つ頭と、エリザベス嬢の綺麗なプラチナブロンド。それを炎と月に見立てて――」
「なんだそれ。格好いいじゃねーか」
真剣な表情のランディが、「よし。それにしよう」とリズを振り返った。
「た、探検隊じゃなければ……」
苦笑いのリズに、「なら、やり直させてもらおうぜ」とランディがニヤリと笑って、先頭歩くバルク教官へ視線を向けた。
「や、やりなおすって――」
リズの言葉を待たずに、ランディは先頭を歩くバルク教官の元へと駆け出した。
「馬鹿だ。馬鹿が居るぞ」
ルークの声も置き去りに。
そうしてバルク教官のもとに駆けていったランディだが……しばし教官と何かを会話したかと思えば、トボトボと項垂れながら戻って来る。
「あ、駄目だったな」
「みたいです」
「逆に、行けると思ってたんすかね」
辛辣な言葉を呟かれるランディが、「駄目だって」と分かりきった言葉とため息を持って帰ってきた。
「当たり前だろ」
「ですよ」
「そうすね」
これまた分かりきった反応を貰ったランディは、「ちぇ」と舌打ちをもらして、黙り込んでしまった。
そうしてしばらく、鈴の音と生徒達の話し声、そして足音だけが森に響き……リズがレオンと会話する隙を見計らって、ルークが声を落としながら口を開いた。
「で? どうだった?」
「これが普通なんだと」
肩をすくめるランディに、「まじかよ」とルークが一瞬目を見開いた。ランディが先ほど教官のもとに駆けたのは、何も自己紹介のやり直しを直談判しに行ったわけではない……半分くらいは、その可能性にかけていたが。
とにかく、本当の目的はこの森の異常さを教官に尋ねるためだ。
ランディもルークもこの森に入ってから、直ぐにその異常さに気がついた。。然程深くない森だろうが、生命の息吹を感じないここは二人にとっては不気味な空間でしかない。
故に表情が優れなかったのだが、それをこの場で皆に共有する必要性を探していたわけだ。学生が研修に訪れるならば、危険はないのが当たり前だ。仮にこれが正常ならば、無闇矢鱈と皆を怖がらせる必要などない。
故に軽口でごまかしつつ、周囲を警戒していたのだが、結局は分からなかった。そこでランディがバルク教官のもとへ直接聞きに行ったわけだが、これが普通なのだという。
(アルカンタでは、静かな森って聞いてたが)
静かどころか、この静寂は耳が痛くなる程だ。生物の気配がしない〝死の森〟と、その真下に続くダンジョン。
「あり得ると思うか?」
ランディの問いに、「さあな」とルークが首を振った。地上に息吹がないのに、地下のダンジョンに魔獣が巣食っている。もちろんダンジョン内での食物連鎖のお陰かもしれないが、ならばその魔獣はどこから来たのか。
「考えられるとしたら、別の場所につながってる……ってーのが一番だが」
「【時の塔】があったくらいだからな。別次元に通じてても驚かねえぞ」
ルークが苦笑いを見せた時、一行の前には巨大な神殿が現れた。
森の中に差し込んでくる朝日。それを受けて白く輝く石造りの神殿。ところどころ苔むす神殿だが、周囲に彫られた不思議な模様が、朝日に照らされる度怪しく輝いて見える。
目の前に広がるのは、幻想的な光景……異世界の中にあっても別世界と言いたくなる光景だが、どこか寒気を覚える雰囲気に、ランディとルークは二人して人知れず息をのんでいた。
《お知らせと宣伝》
この先は、お知らせになります。本編に全く関係ありませんので、興味のない方はスルーして下さい。(カクヨムコンに出す旧作の宣伝です)
本日11/29日12時より、カクヨムコン10が開催されます。
私はこの作品で……と思っていたのですが、少し前にカドカワ長編ファンタジーコンテストに応募し、皆様のお陰で中間選考を突破いたしました。
で……運営に問い合わせた結果、中間を通過した作品は、結果が出るまで他のどのコンテストにも応募できないとの事でして。
しかたがないので、私は前作の『終末の歌姫と滅びの子』という作品でエントリーさせていただこうかと思ってます。(最終選考駄目だったら、これも突っ込みますが)
そこで、この場を借りて、少しだけ作品の宣伝をさせて頂きたく。
ランディ味のある主人公、ユーリが仲間たちと紡ぐ、壮大な物語。
未来の地球を舞台に、突如として現れたモンスターと、滅びの危機に瀕した人類が生き残りをかけて戦う世界で、主人公のユーリは、モンスターを狩り日銭を稼いでいた。
学なし常識なし金無しのユーリが、とある女性と出会ったことで運命の歯車が回りだし……
モンスターという存在。
世界を牛耳る国家の陰謀。
暗躍する組織。
ユーリの過去。
それら全てが絡み合う時、隠されていた世界の秘密が明らかになる……。突きつけられる真実と選択に、彼らが何を思い、どう行動するか。笑いあり、バトルあり、涙ありの壮大な(当社比)物語をぜひご一読いただければと。
ハッピーエンドで完結済みですので、週末のお供に。




