第126話 準備が大事。何事も
大聖堂の一画で行われたミーティングから、凡そ二週間後……ランディとリズは、冬空の下、乗合馬車に揺られていた。エルデンベルグに向かう時以来の乗合馬車の目的地は、王都から一日ほどの位置にある小さな街だ。
アルカンタと呼ばれる小さな街だが、近くにある王家の墓を護る由緒正しい墓守の街でもある。……そう。学園の研修で訪れるダンジョンは、代々の王達が眠る墓の近くにある遺跡と、その地下に広がる迷宮だ。
王家の墓ではないが、それに付随する遺跡という事で、普通は冒険者が入る事など出来ない。つまり今回を逃せば、次に入れるのはいつになるか分からない、貴重な機会である。
そんな街へ向かうランディ達だが、学生たちは既に昨日の時点で出発し、今日はダンジョン探索前の、最終ミーティングや周辺調査にあたっているらしい。このあたりもより実戦を意識した形だろうか。
実際のダンジョン攻略と同じように、自分達で調べ、自分達で計画を立てる。マッピングすら自分達で行う必要がある研修は、準備が一番大事かもしれない。
周辺への聞き込みから、場合によっては簡易的な地図の入手など、本番に必要な準備の日が今日である。
そんな準備の日に、ノンビリと馬車に揺られているのには理由があるのだが……その前に、ランディはどうしても気になった事を口走っていた。
「そもそも王家の墓の下に迷宮って……それは大丈夫なのか?」
苦笑いのランディだが、「正確には王墓の下ではありませんけど」とリズが、近くの遺跡の下だと修正している。王家の墓の近くにある、謎の遺跡。
忠臣達が眠ると言われる霊廟。
王家の始まりを伝える神殿。
単純に古代文明の名残。
更には王家の謎を記した封印の神殿。
などなど、様々な説が囁かれるが、今のところ正確な事は分かっていない。
「霊廟なら結局墓の下に広がってるって事になるよな」
「それはまあ……」
頬を掻くリズだが、「とにかく、昔からあるんです」とその話題を断ち切った。なんせこれはプライベートではなく、乗合馬車だ。一緒に乗っているのが、同じ冒険者とは言え、あまり滅多なことは言うものではない。
ランディ達と一緒に、馬車に揺られる冒険者が、今回学園の研修に同行するAランクパーティだ。
【鋼翼の鷲】。通称アイアン・ウィングと呼ばれる、実力も実績も申し分ない、正真正銘の凄腕冒険者達である。
リーダーのレオナードを始め、全員が個人でもAランクの猛者であり、王国でも有数のパーティと言って差し支えない。にも関わらず、本人たちは穏やかで偉ぶったりしないのだから、出来た人達だとランディも驚いたものだ。
(Sランクの認定方法がマジで間違えてるだろ)
実際ランディの目の端に映るレオナードの実力は、中々のものだ。寡黙だが、パーティメンバーからの信頼もあつい彼は、まさしく冒険者のリーダーと言った貫禄だ。
(そーいや、もう一人タイプが違うけどリーダーがいたな)
思い出すのは【鋼鉄の獅子】のリーダーであるイアンだ。レオナードとは違うタイプだが、彼もまた人を惹きつける何かを持っている男だ。
どこか名前も似た二つのパーティは、構成人員も似ているから不思議だ。
リーダーでタンクのイアンとレオナード。
狩人のセリナと盗賊のサラ。
魔法使いのイリオスとエマ。
僧侶のライラとショーン。
サブリーダーの役職こそ違うが、似たりよったりの構成は、やはりこの形が一番落ち着くのだろう。
思わず「似てんな」と呟いてしまったランディに、脳天気な僧侶ライラが「誰にー?」と反応した。
「あ、いえ。知り合いの冒険者パーティに似てまして」
頬を掻いたランディに、「へぇ」とセリナが興味を示した。
「ランドルフ様って、あの魔の森近くの領地なんですよね?」
流石に冒険者だけあって、その辺りには詳しいようだ。頷くランディに、「なら……」とセリナが一瞬だけ考える仕草を見せ、ニコリと笑って口を開いた。
「【鋼鉄の獅子】ですかね?」
ピンポイントで当てられた事に、「正解です」とランディが驚きつつも、笑顔を浮かべた。
「良く分かりましたね」
「昔から良く比べられてたんです。いやってほどに」
苦笑いで答えてくれたのは、魔法使いのイリオスだ。不良僧侶のショーンや、能天気僧侶のライラと比べても、一番僧侶っぽい雰囲気のイリオスは、冒険者としては非常に珍しい、温厚が服を着て歩いているような男だ。
「僕達は、冒険者になったのも、そこからAランクまで上がったのも、殆ど一緒なんです」
笑顔のイリオスが語るのは、公国と王国とで切磋琢磨し続けた彼らの話だ。片方がランクを上げれば、次はもう片方が追い抜く。そうして彼らはどちらもその国を代表する程の冒険者パーティまで登りつめた。
「模擬戦をしても引き分け……酒の飲み比べも引き分け。中々勝負がつかなくて」
肩をすくめるイリオスに、何とも冒険者らしい勝負だと、ランディが思わず笑みを浮かべた。
【鋼鉄の獅子】で魔法使いをしているエマは、普段は無口だが大酒飲みだとヴィクトールでは有名だ。あのエマとためを張る人間が【鋼翼の鷲】にもいるという事実に、ランディは思わずレオナードに視線を向けてしまった。
寡黙だが、どっしりした大男。身長こそランディに軍配が上がるが、分厚さではレオナードに軍配が上がる。そんな偉丈夫ならば納得だ、とランディが数回頷いた時、
「うちで一番飲むのは、セリナさんですよ」
まさかの発言に、「うそー」と線の細いセリナを振り返ると、ドヤ顔で髪を掻き上げるセリナの姿があった。
「人は見かけによらねーのな」
「まあエマさんもそうですし」
苦笑いの二人に、「ちなみにレオナードは下戸だよー」とライラがニヤニヤと笑って、レオナードの脇を突いている。
「一杯くらいは飲める」
それだけ言ったレオナードが、全員を見回して続ける。
「打ち解けたようだし、そろそろ本題に入るぞ」
その言葉に、【鋼翼の鷲】だけでなく、ランディとリズも真剣な表情で頷いた。
学生たちが準備に奔走する大事な日。準備であれば、ランディ達護衛にとっても重要な日であるが、それを飛ばした最大の理由は、学生達に聞かせたくない話があるからだ。
「まずは、地図だ――」
「ありがとうございます」
レオナードが、懐から研修で向かう先の地図を手渡してきた。学生たちが持っていない地図を、護衛は持っている。予め地図を頼りに自分なりに警戒すべきポイントと地形を把握しておく必要があるのだ。
もちろん地図は教官も持っているし、警戒も同じ様にする。だがランディやリズにとって護衛という任務は初めてだ。
そのため移動の時間を利用して、経験豊富な【鋼翼の鷲】から色々と手ほどきを受ける形をとったのだ。
「まさか、Sランクをぶっ倒す人に、『教えて欲しい』と言われるとは思いませんでしたけど」
「腕っぷしだけで出来るほど、護衛任務って甘くないでしょう?」
「まあねー」
肩をすくめたライラが言う通り、護衛任務はそう簡単なものではない。しかも今回は集団を護るという任務だ。
いくら護衛対象に戦闘経験があるとは言え、一〇人を超える集団を一組で護衛するというのは、異常と言ってもいい任務である。
体調管理から不測の事態への対応。もちろん基本的には学生たちに任せる事になるが、いざという時の対応を考えておく必要はある。ここで様々な事を学び、ようやく今晩の事前ミーティングで、教官達を交えた話に参加できる資格を、持つことが出来るだろう。
つまりこれから始まるミーティングは、今晩のそれに参加するための下準備とも言える。
メモを片手に準備万端のランディとリズに、レオナードが口を開いた。
「まず一番気をつけないと行けないのが、パニックだ」
レオナードの言葉に、リズがメモを取る。
「恐怖や不安は伝播する。特に薄暗いダンジョンでは、それが顕著だ」
レオナードが指すのは、曲がり角だ。通路が曲がる先、死角というのは、明るくても警戒しなければならないポイントだ。不意に現れる魔獣。しかも薄暗い先から、出てくるのだ。
普段使用している旧校舎のように、見知った場所ではない、完全に手探りの空間だ。恐怖も不安も、演習の比ではないだろう。
「教官がついているから大丈夫だと思うが、仮に不安や恐怖が伝播しそうなら、即座に前に出て魔獣を叩け」
レオナードの言葉にランディとリズが頷いた。護衛がいるから大丈夫だ、という視覚的安心感は、恐怖を和らげる最も重要な対策だ。
「他にも、定期的な声掛けとかも効果がありますよ」
イリオスの言葉に「なるほど」とランディも頷いて、リズと同様にメモを取った。
「結構馬鹿に出来ないんだけど、迷子の管理も大事だね」
言葉とは裏腹に、真剣な表情なのはセリナだ。
「大部屋で休憩とかして、いざ出発……って時に、ちゃんと点呼を取ること。もちろん普通は教官がするんだけど、場合によっては教官が先行して状況確認中なんてこともあるから」
人数が多く薄暗いからこそ起きる悲劇だろう。
「脱出計画もちゃんと立てといた方が良いよー」
人差し指を口元に……思い出すような仕草をしていたライラが「分岐ルートは絶対に覚えとかないと」と地図を指さした。大部屋から伸びる幾つかの道は、戻る時に間違えれば迷う元だ。
「戻る時って、場合によっては敗走もありえるからねー」
重傷者が出たり、体調不良者が出た場合は攻略を断念しなければならない。その場合でも魔獣が待ってくれるわけではない。最短距離を、少ない戦闘回数で駆け抜ける。そんなルートの選択も護衛には必須の能力だ。
「一応、護衛として基本的にはこんなところか」
まとめるレオナードが、他にも気をつける点を述べていくが、後は基本的に学生本人が対応すべき案件ばかりだ。
隊列の管理。
危険地帯の先行確認。
装備の管理。
トラップの警戒。
安全確認の徹底。
環境への適応。
基本的には学生本人が気をつけるべき事項だが、それらも頭に入れておかねばならない。準備をしすぎて困るという事はないからだ。
「まずは脱出経路の確認と――」
「一応予備の装備も準備しましょうか」
レオナード達の話が終わるや否や、二人でアレコレと会話を始めるランディ達に、レオナードが「不思議なものだ」と呟いた。
その呟きに、思わず顔を上げたランディとリズが、無言のまま首を傾げた。
「すまない。ただの独り言だ」
そう言って首を振ったレオナードだが、視線を後方……もう見えなくなった王都へと向けている。レオナードの視線を追いかけた二人が、しばし後方を見て、また首を傾げた。
「僕ら、本当はエリザベス様が国外追放される時に、『護衛に』って侯爵閣下に、請われていたんです」
イリオスの言葉にランディとリズが勢い良く振り返ると
「まー。なんか騎士崩れみたいなのが、充てがわれちゃったんだけど」
苦笑いのセリナと目があった。
「まさか護衛対象予定と、こうして護衛の仕事をするなんて……不思議な縁ですよねー」
微笑むライラに、「そうだったんですね」とリズが驚いた顔を見せた。ルシアン侯が派遣しようとしていた冒険者と、こうして肩を並べている事実に、リズが大きく深呼吸をして口を開いた。
「ではこの縁が、続くように……まずは任務を頑張ります」
拳を握りしめたリズに、「ああ」とレオナードが小さく笑って頷いた。
道の先には、小さな街が見えていた。




