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【書籍1巻発売中】モブの俺が悪役令嬢を拾ったんだが〜ゲーム本編無視で、好き勝手楽しみます〜(旧サブタイトル:ゲーム本編とか知らないし、好き勝手やります)  作者: キー太郎
断章 冬のヴィクトール

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第125話 リーダーとは孤独なもの(インテリジェンスモード)

 授業が終わった後も、キャサリン達第二班――用があると言うセシリアを除く――は旧校舎前から誰も動かないでいた。先程の授業では、全く力が出せず、四班中最下位と散々な結果だったのだ。


 旧校舎前で発表された、探索深度と魔獣討伐数。どちらも他三班と比べるとお粗末過ぎる内容は、数人の失笑を買うまでに。特に研修に同行する第一班との差は、もはや同じ授業を選択しているとさえ言えない程であった。


 教官達の手前、大多数の生徒たちは笑いはしないが、内心笑いを堪えるのに必至だった事だろう。なんせ第二班の全員が旧校舎を見上げる姿を、他の生徒たちは嘲るような顔で、一瞥して帰っていったのだ。


 散々な結果。

 投げつけられる嘲りの視線。


 そんな事実は、第二班の中に小さな炎を宿していた。


 傍目にはただ打ちひしがれるように見える第二班の生徒達だが、実際は少し違う。彼らの瞳に映るのは、悔しさと情けなさだけではない。


 彼らの瞳には、少しだけだが光が映っている。先程少しだけうっすら見えた、光の軌跡が。


 その軌跡を何とか掴めないか、と見つめ続け……もう教官すら居なくなった旧校舎前で、誰かがポツリと呟いた。


「なんかさ……もっと話し合いたくない?」


 小さく響いたその声に、「お、俺も」とまた誰かが手を挙げた。そうして小波さざなみのように広がる声に、同じ様に残っていたランディがやれやれといった具合にため息をついた。


「どうするんだ、リーダーさん?」

「ぅ゙ぇぇええ? あたし?」


 素っ頓狂な声を上げるキャサリンに、ランディがジト目を向ける。


「お前以外誰がいるんだよ」


 ため息混じりのランディに、「で、でも……」とキャサリンがもじもじと呟き、レオンの背後に隠れるようにわずかに下がった。そんなキャサリンを見たレオンが、小さくため息をつき、キャサリンを前に出すように半歩下がった。


「ちょ、レオ――」

「シャキッとしろ」


 ピシャリと言い放たれたランディの言葉に、現場に緊張が走る。


「俺はやるからには負けたくねーぞ」


 まさかの発言に、全員がランディに視線を集め……


「ランディ。私達は見学者で当事者ではないですよ」


 ……リズの呆れた声で、「あ、そうか」とランディが思い出したように苦笑いを浮かべた。何だかんだで肩入れしている事に、ランディ自身気付いたわけだが、結局はそんなものだ。


 多少の縁があった人間が、変わろうと努力する姿に、後方で腕組して見ていられるほどランディは大人ではない。関わらないほうが楽だと知っていても、その選択肢を取れるほど賢くない。


 それでもランディの発言とリズのツッコミで、和らいだ旧校舎前の雰囲気に、誰かが「わたしも!」と上ずった声を上げた。


「私も、やるなら負けたくない」


 三つ編みとメガネという、見るからに大人しそうな女子が発した言葉に、「俺も」と男子生徒が頷いた。


「で、でも……あたしほら、目を付けられてるから――」


 あまり深く関わると、他の貴族の反感を買う。そう言いたげなキャサリンの瞳に、全員が顔を見合わせた。確かに旧校舎の中でミーティングする分には、人目もなく授業という大義名分もあるので問題ない。


 だが課外で、しかもこの時間から集まるなら必然的に学外だ。そんな人目の多い場所でミーティングなどしようものなら、確実に目立つ。


 再び沈みかけた空気を、ランディのため息が吹き飛ばした。


「そんなもん大丈夫だろ。さっきの視線覚えてるか? ……ありゃ確実に馬鹿にしてるそれだ」


 ランディの言葉に、全員が黙ったまま表情を固くした。


「俺達が集まってるのを見て、連中が何を思うか言ってやろうか?」


 再び当事者っぽい発言をするランディだが、リズは小さくため息をつくだけで何も言わない。


「奴ら、こう思うだろうよ……『負け犬が傷を舐めあってら』ってな」


 悪い顔のランディに、生徒たちの眉がピクリと動く。怒りに鼻腔が広がる生徒たちを前に、「負け犬上等、いいじゃねーか」とランディがニヤリと笑った。


「こっからひっくり返せたら、面白いよな? こっからぶち抜いたら、気持ちいいよな?」


 ランディの発破に、怒りに染まっていた生徒たちの瞳が別の熱を帯びていく。


「言いたいやつには言わせとけ。挑戦者ってーのは、笑われるもんだ」


 完全に火がついた生徒たちが、「やるぞ」「ああ」「俺達が」と顔を見合わせ頷きあった。


「決まりだな。下馬評を覆して一発逆転だ」


 良く分からない発破だが、火がついた生徒たちには効果てきめんだったようで、全員が覚悟が決まった顔で拳を振り上げた。


「よっし、お前らついてこい! レオン、お前もだ!」

「ええー? 俺は関係なくないすか?」


 やる気がなさそうに呟くレオンだが、言葉とは裏腹に少しだけ楽しそうだ。そんなレオンを伴い先導するランディに、全員が「よっしゃー」だとか「やってやる」だとか「頑張ろう」だとか、口々に前向きな言葉を上げながらついていく。


 ……そんな彼らの背中を見ながら、キャサリンがため息混じりに呟いた。


「あいつ……全然関係ないはずなんだけど」


 言葉とは裏腹に少しだけ嬉しそうなキャサリンに、「お人好しですから」とリズが苦笑いでランディの背中を見ている。


「……そんな所に惚れたのかしら?」

「どうでしょう」


 微笑むリズに、「あら? 否定しないのね」と驚いたようにキャサリンが目を見開いた。


「否定しませんよ。この気持ちだけは絶対……」


 真っ直ぐにランディを見ていたリズが「だから――」と呟いてキャサリンを見た。


「彼は絶対渡しませんよ?」


 ニコリと微笑むリズのブラックジョークに、キャサリンが小さく笑って首を振った。


「要らないわよ。あたしが好きなのは、白馬の似合う王子様だもの。アイツは……」


 少し遠くなったランディを見るキャサリンが「アイツは」と繰り返して、苦笑いでリズに視線を戻した。


「黒くてデカい馬に乗ってそうじゃない。肩にトゲトゲとか付けて」


 キャサリンの例えに、リズが一瞬考え込んで……「白馬、似合いそうですけど?」と首を傾げてみせた。リズの脳内では、歯を輝かせ白馬に跨るランディが再生されていることだろう。


 だが同じような想像をしたキャサリンが、ブルリと身を震わせた。


「うっそ。アンタ、男の趣味大丈夫?」

「キャサリン様こそ。エドガー殿下はその――」

「あー。それはストップ。まだ少し引きずってるから」


 苦笑いのキャサリンに、リズが少し申し訳なさそうな顔を返し、また小さくなったランディに視線を移した。


「今はランディにどの馬が似合うかより――」

「あたし達も行かないとね」


 頷いた二人が一歩を踏み出した時、前を歩いていた集団が止まり彼らを割ってランディが二人の元に駆けてきた。


 困惑したようなランディの表情に、二人が顔を見合わせ歩調を速めてランディと合流する。


「どうしました?」


 首を傾げるリズに、「どうもこうも……」とランディが苦笑いで口を開いた。


「行くぞ……っつったのは良いんだけどさ。どこに行きゃいいのかな……って」


 バツの悪そうなランディに、リズとキャサリンが顔を見合わせ、どちらともなく吹き出した。


「今なら、多分合わせられると思うわ」

「そうですね」

「せーの」

「「ロバです(でしょ)」」


 夕陽に映える二人の笑い声に、ランディは「ロバ?」と眉を寄せていた。




 ☆☆☆



「結局何で見学に来たんだろうな」

「さあな」


 生徒会室で、書類仕事に勤しむエドガーは、窓から運動場を眺めた。先程まで残っていた第二班の生徒たちも、いつの間にか帰宅したようだ。


 エリザベスが見学に来ると聞いて、少しだけ気合をいれたエドガーだが、あの程度で何かが変わるとは思っていない。思っていないが、それでも何か行動しないと落ち着かないのだ。


(隣の男……楽しそうだったな)


 思わず湧き上がった思いに頭を振ったエドガーが、「それにしても、忙しいな」と積み上がった書類を見てため息をついた。


「そろそろ新しい書紀と会計を入れないと」


 眉を寄せるアーサーの言う通り、五人いた生徒会役員は、今や三人になっているのだ。教官達からは、早めに臨時役員を入れるという話があったが、本来役員は選挙で選ばれた生徒がする決まりだ。


 教官達の一存で、誰かを入れる事に反発が無いとも言えない。その調整で難航しているため、未だ生徒会は三人のままである。


「会計か……出来れば頭の良い人間がいいな」

「そうなるとやっぱりトップじゃね?」

「トップか……」


 思い出されるのは、学年トップの才女であるエリザベスだ。だが彼女を生徒会に迎え入れるには、ハードルが高いことも理解している。


「せめて気軽に謝れれば良かったのだが」

「まあ立場上無理でしょうね」


 書類の向こうから顔を見せたダリオは、まるでエドガーに釘を刺したかのようだ。事実エドガーも「分かっている」と少し不機嫌に答えてまた書類に向き直ったのだ。


 聖女が洗脳されていたこと。それによって、侯爵令嬢を陥れたこと。それでも、全てが全て聖女の企みと断定されたわけでは無い。実際は聖女の企みとほぼ確定しているが、国としてもそれを簡単に「そうでした」と認められないのだ。


 事情はどうあれ、国外追放に処した。つまりは冤罪だ。それを認めると言うことは、それ即ち侯爵家との関係にも影響が出てくる。ただでさえ勢いのある侯爵家に、借りを作るのは、王家としては何としても避けたいところだ。


 今まさに王家と侯爵家とで、水面下でのやり取りが続いているというのに、エドガーが「ごめんなさい」でもしようものなら、その盤をひっくり返す事になる。


 流石にエドガーとて馬鹿ではない。それが出来ないことなど分かっている。


 分かっているから、無駄とも思えるアピールで、少しでもエリザベスの気を引き、エリザベスから話しかけてもらえる切っ掛けを作っているのだ。


(そう。俺がやってるのは、国家のため……為政者としての振る舞い。断じて色恋などでは)


 邪念を振り払うように、書類に向かうエドガーだが、実際は気がついている。己の中で大きくなるエリザベスへの思いに。


 なぜ、あんなに楽しそうに笑うのか。自分の時は笑いもしなかったのに。

 もし今自分が話しかけたら、笑ってくれるだろうか。


 そんな事ばかり考えるエドガーの書類は一向に進まない。


「ひとまず教官に頼んで、早めに臨時役員を入れてもらいましょう」


 そんなエドガーに、仕方がないという表情でダリオがため息をつくのであった。




 ☆☆☆



「やっぱり大聖堂でしたわね」


 ルークを連れたセシリアの目の前には、キャサリンを中心に大部屋で議論を交わす第二班の生徒達の姿があった。


 ここは大聖堂にある会議室の一つ。


 キャサリンの勧めで、大聖堂の一画にある会議室を利用したミーティングの真っ最中なのだが、ミーティングを予見していたセシリアが遅れて参加した形だ。まず間違いなく大聖堂でやると当たりを付け、大聖堂にたどり着いたセシリアは、その足でアナベルをつかまえて、場所を聞き出したと言うわけである。


 扉を開いたまま、議論を見つめるセシリアに、リズが気がついて駆け寄った。


「セシリー!」

「やっぱりリザもいましたわね」


 笑顔のセシリアが、ルークを振り返ると「ですね」とこれまた笑顔のルークがリズに袋を一つ差し出した。


「差し入れです」


 よく見る紙袋は、エリーの好きなアレだ。肩を震わせるリズは、今間違いなく飛び出してきそうなエリーを抑えるのに必死なのだろう。


「皆さんにも、差し入れですわ」


 セシリアの声に、全員が「わっ」と声を上げてルークへと駆け寄ってきた。口々に感謝を述べるメンバーに、セシリアも笑顔で応えつつリズと二人で部屋の隅へと避けていく。


「それで? ランドルフ様は何をしてらっしゃるの?」


 セシリアの視線の先には、部屋の隅で必死にペンを動かすランディの姿があった。


「課題の再提出……だそうです」

「ここでですの?」

「出来ることがないので」


 苦笑いのリズが言う通り、ランディの対魔獣戦闘は、「頭をぶん殴ればよくね?」とか「とりあえず、腹を蹴り上げれば」とか万人には理解しがたい内容だったのだ。そのため、「ランドルフ君にはまた聞きますね」とおさげ女子にやんわりと端へと追いやられ、今に至っている。


 そんなランディがセシリア達にようやく気づき、その手をピタリと止めた。


「セシリア嬢、ルークも遅いぞ」


 顔を上げたランディの表情は、何故か戦士のそれだ。


「端に追いやられてんのに、何でリーダー面してんだよ」


 差し入れを配り終えたルークが、ため息混じりにランディの顔を押し返した。


「馬鹿め。お前らにも見せてやりたかったぞ。俺の素晴らしいリーダーシップを……」

 そういったランディが、「あれは夕陽が落ちる前――」と語り始めた。


「どうしたんです? こいつ」

「課題のせいで、少しハイになってるのかと」


 苦笑いが止まらないリズだが、ランディはリズが手に持つ紙袋に気がついた。


「シュガースターパフか。気が利くな。ちょうど頭を使って脳が糖分を欲していたところだ」


 エアーでメガネを押し上げるランディが、呆れ顔の三人を無視してリズの紙袋に手を……


「ランディや。お主、まさか妾のシュークリームに手を出す気ではないじゃろうな?」


 ……不意に現れたエリーに、ランディがわずかにたじろぐ……が、ここで引かないのがランディ(インテリジェンス・モード)だ。


「馬鹿か。俺は頭脳労働をしてんだぞ? 今すぐ糖分が必要だろ」

「馬鹿は貴様じゃ。もし妾のものに手を出すと言うなら、対価が必要じゃぞ?」


 睨み合う二人だが、幸いにも議論が盛り上がる生徒達は気づいていない。


「仕方がない。今は脳が糖分を欲してるからな……応じてやろう。いくつだ?」

「五つ」


 掌を広げたエリーに、「話にならん」とランディが首を振った。


「二つだ」

「ならば、六つじゃ――」

「何で最初より増えてんだよ! そこはこう、四つから三つに落ち着く流れだろーが!」


 その日、大聖堂の会議室では夜遅くまで白熱した議論が交わされていた。




「五つで手を打ってやろう」

「仕方ね……っぶね! だから駄目だっつってんだろ」


 ただ二人を除いて……

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