第124話 完全な持論です
実戦訓練の見学――と言う名の下見は、二班全てに同行するという特殊な形を取る事になった。非難の声を最小限に抑えるために、見学という建前を使ってしまった以上、全てを満遍なく見学する羽目になったとも言えるだろう。
辞退組はじめ、不参加生徒で作られた班は見なくてもいい、と喜ぶべきか。それとも特に興味のないもう一つも見なければいけない、と嘆くべきか。
とにかく、不公平感が出ないように二班を見ることをランディもリズも了承した。
王太子御一行である第一班十四名。
そしてキャサリンのいる第二班十名。
それぞれ前半と後半に別れて、旧校舎の中を探索するという事で、早速第一班に随行しているのだが……
「魔法部隊!」
……やたらと気合の入っているエドガーの様子に、「王太子ってあんなキャラ?」とランディの苦笑いが止まらない。
「ガルド教官が引率……だからじゃないですか?」
首を傾げるリズの言う通り、熱血ガルドが「良い指揮だ!」だとか「お前なら出来る!」だとか大声で叫ぶのだから、全員のテンションがちょっとハイなのだ。
「……本番もあのテンションなら、最後まで保たねーんじゃね?」
「そこは……まあ――」
言葉を濁すリズの言う通り、エドガーの指揮にも超絶熱が入っている。短い授業で、最大の効果を得るため、とも見える行動だが、もちろんそんな高尚なものではない。
単純に思春期男子の暴走に近い。
近くに気になる女の子がいると、声が大きくなってしまうアレだ。だがそんな事など完全に忘れたランディからしたら、「気合入ってんな」という月並みな感想に収まってしまう。
加えてリズに至っては……
「そうだ、今のうちに。発熱肌着の量産体制なんですが――」
……と器用に視線だけは見学を装いつつ、ランディに今開発中の発熱インナーに関する提案を投げてくる程だ。エドガーの空回りにすら気が付かない。いや、単純に何の興味もわかない。
とにかく器用に話しかけるリズに、同じように応えるのがランディだ。
「確かミシンがあるんだよな?」
「はい。少々値が張りますが……」
既製品のドレスなどがある世界だ。食だけでなく〝衣〟の面でもある程度の進歩があるのはランディとしてはありがたい。
「ミシンを揃えりゃ――」
「よし! 良いぞ!」
「殿下、流石の指揮です!」
ランディは思考を遮る大声に、「チッ」と思わず舌打ちをもらした。
「……やたらと元気だな。後衛に届けるには声がデカすぎるだろうに」
眉を寄せるランディに、「全体の大きさが見えていないのでは?」とリズが辛辣な評価を返している。戦列の長さを把握できていないから、不必要に大声を出して、体力を消耗しているのではないか。
そんな辛辣な意見に、「そこまで馬鹿じゃねーだろ」とランディが肩をすくめた。何度となく研修で潜ってる旧校舎だ。声の反響やチームの状態くらい、把握しているだろう、と。
「じゃあ、他に何か理由があるんです?」
……実際はリズへのアピールなのだが、そんな物が分かる二人ではない。
「暗いし、怖いんじゃね?」
「流石にそれは……」
「あ、それはリズか」
悪い顔のランディに、リズが頬を膨らませてそっぽを向いた。悪い悪いと機嫌を取るランディと、知らないとそっぽを向くリズ。エドガーもまさか自分のアピールを切っ掛けに、後ろの方で二人がイチャついているとは思わないだろう。
そうしてエドガーが空振り続け、リズとランディが会話に花を咲かせている間に、第一班の実戦訓練が終了した。ランディ達が旧校舎入口へと戻ったのとほぼ同時、別のルートからは研修不参加組の一部もちょうど帰ってきたところだ。
「……なんつーか大人しくね?」
ヒソヒソと声を落とすランディに、「バルク教官だからでは?」とリズが冷静沈着な教官の影響だと言うが、実際はこのくらいのテンションが普通だ。エドガー達が張り切りすぎていたせいで、至って普通の彼らが大人しく見えるというおかしな現象が起きている。
とは言えランディ達がそう思うのも無理はない。王太子御一行は戻ってきた今も、「このくらいは楽勝だな」だとか「もっと行けます」だとか、賑やかなのだから。
「元気なのは良いことだが」
ランディのため息を消すように、バルク教官が手を叩いて注目を集めた。
「反省は後でやれ」
「よし! 第二陣いくぞ!」
盛り上がっていたエドガー達よりも大きな声は、ガルド教官だ。またあの賑やかさは勘弁だと思うランディだが、幸運なことに、今回ガルド教官は不参加の生徒達を引き連れて奥へと向かっていく。
「第二班も行くか」
ようやく第二班が出発するという事で、ランディとリズも気持ちを切り替えて、バルク教官が率いる第二班の後に続く。
部隊を率いるのは、どうやらキャサリンのようだ。周囲への警戒指示から、隊列の確認まで忙しなく顔を動かしているのがよく分かる。よく分かるのだが……
「ちと気張りすぎかな」
呟くランディに「そうなんです?」とリズが首を傾げた。いくらリズの頭が良いと言っても、チームプレイでの立ち回りなど経験がないだろう。
「これは完全に持論だが――」
「ストップ!」
猫かぶりを辞めたキャサリンの声に、部隊が止まる。アナベルが休みの間で矯正に成功したのか、それとも猫をかぶる暇すらないのか。とにかく真剣な表情のキャサリンだが、やはりエドガーに比べれば指示がお粗末だ。
「えと……魔法で迎撃」
現れたゴースト二体に、後衛から魔法が飛ぶがどう考えてもオーバーキルな結果は、魔力の無駄遣いに見えなくもない。
実際、バルク教官からも「エヴァンス。今の敵くらいなら――」とアドバイスが飛ぶ始末だ。とは言えこれはキャサリンが悪いわけではない。
会敵した魔獣の強さ。
それに見合う正確な攻撃方法。
部隊の状況。
様々な事を瞬時に判断し、的確な指示を飛ばす事は、容易ではない。キャサリンの話を聞くに、彼女はこの世界に来る前はただの女子高生だったと聞く。前世というアドバンテージも、この状況では活かす事など出来はしない。
「リーダーは難しそうですね」
「俺も上手く出来る自信はねーな」
苦笑いのランディだが、「でも持論があると?」首を傾げるリズの瞳は興味に満ちている。期待の眼差しを向けるリズに、大したことではないのだが……とランディが口を開いた。
「リーダーの一番の役目は、土壌を作る事だと思うんだよな」
ランディが、拙い指示を出すキャサリンを見ながら続けるのは、ランディ達が進めている事業などを例にした話だ。
リーダーであるランディやリズが、新たな方針を立て、それに見合う環境を整えて人を入れる。後はランディ達が作った仕組みと土壌の範囲で、人々が考えつつ行動する。どうしても上手くいかない時などは、またリーダーの出番だ。
仕組みを変えるのか、突発的な対応で済ますのか。その判断は、リーダーの仕事だ。
「つまり、キャサリン様はチームを動かす仕組みが出来ていない、と」
「それ以前に、何も知らなすぎ……かな?」
首を傾げるランディの瞳には、拙い指示の元、部隊はノロノロと探索を続けるキャサリンの班が映っているのだが……目に見えて全員にフラストレーションが溜まっている。
上手く出来ない事への苛立ち。
指示の曖昧さへの苛立ち。
お互いのフラストレーションが、今にも爆発しそうな時、バルク教官が盛大なため息で部隊をストップさせた。
「ヴィクトール!」
最前列からランディを呼ぶ声に、「はい」とランディが一歩進んで手を挙げた。先程の第一班よりも人数が少ない上に、ランディ達も近い位置で見ていたので、声を張り上げずともお互いの声は届く距離だ。
「……第一班と比べて、意見を聞きたい」
敢えて第一班を強調したのは、バルク教官なりの気遣いだろう。本来は護衛として……と言いたいところだろうが、それをしない事で、無用な混乱を避けているのだ。
「そうですね……」
考える素振りを見せるランディだが、正直一番言うべきことは決まっている。
「……まずは、一度全員でミーティングでもしてみたらどうでしょう?」
首を傾げるランディに、「は?」と部隊の中から疑問符が飛ぶ。キャサリンも他の面子も呆けているが、バルク教官とセシリアだけは黙ったままランディを見ている。
「もちろん時間が押している事は重々承知ですが……エヴァンス嬢も、他の皆も、寄せ集めで横の人間のことすらまともに知らなそうなので」
ランディの言葉に、全員が顔を見合わせた。
「何言ってるんだ? 俺達はこれでも授業を共にしてるんだ。しかも班を組む前に、色々と情報交換もしてるぞ」
飛んできた声の言う通り、彼らだって班を組むにあたって、お互いの情報交換くらいしているだろう。加えてメンバー同士、仲の良い知り合いもいるだろう。だがランディに言わせれば、その程度だ。
「言い分は良く分かりますが――」
ランディが口を開いた時、ちょうど廊下の先にレイスが現れた。
「レイスだ!」
「前衛は防御の構え――」
「あー、要らない要らない」
キャサリンの指示を、ランディが笑顔でかき消した。その言葉に振り返るキャサリンだが、無理もない。先程レイスが現れた時は、前衛が何とか耐えて、後衛の魔法で倒したのだ。
だから今度もと指示を飛ばすのだが、ランディが防御は要らないと一蹴する。
近づいてくるレイスとランディを全員が見比べる中、ランディはセシリアへ視線を向けた。
「セシリア嬢、やっちゃって――」
「仕方ありませんわ」
ため息混じりのセシリアが、レイスに向けて手をかざす。セシリアの手から放たれた風の刃が、レイスを両断。
光の粒となって消えるレイスに、「い、一撃……」と誰かが呟いた。
「な? 結構知らない事って多いと思うぞ。自分が得意な魔法。それを何発、どのくらいの威力で打てるか……。誰か一人でも、横のやつの事を詳細に語れるか?」
ランディの言葉に全員がその場で顔を見合わせた。
「出来ること。出来ないこと。好きなこと。嫌いなこと。こんな事が好き。こう戦いたい」
ランディの言葉を、全員が黙ったまま聞き入っている。
「それとな……ダンジョンなんだ。大体出てくる魔獣は分かるだろ?」
ニヤリと笑ったランディに、「ヴィクトール。もういい」とバルク教官が慌てて手を振った。
教官に遮られ、ランディが口を噤んだのとほぼ同時、第二班のメンバーは「わ、私は――」だとか「俺が得意なのは」と小ミーティングを始めた。ダンジョン内で小ミーティングはどうなのか、と言いたい所だが、今は重要な事だろう。
「ヴィクトール。殆ど答えではないか」
顔をしかめるバルク教官に「大変なのはここからでしょう」とランディが首を振った。
ランディが彼らに教えたのは、そこまで難しい話ではない。
〝敵を知り己を知れば百戦危うからず〟
この言葉を、もとにした簡単なアドバイスだ。これを上手く活かす方がよほど難しい。
各々が出来ること、したいこと、それを理解した上で出てくる魔獣に合わせてリーダーが、いやこの場合は全員で仕組みを作る。
この魔獣の時はこう。
あの魔獣はこう。
何回魔法を使ったらリザーブと交代。
これだけで、無駄な指示が一気に減る。リーダーは、仕組みが上手く回るかの確認だけでいい。全体を見て、仕組みに穴がないか。不足の事態への対応だけを念頭に動けば良い。
「リーダーが霞みませんか?」
「んー。どうだろう。俺はこっちの方が好きだけどな」
肩をすくめるランディが、語るのは二種類のリーダーだ。
エドガーのように、全員を引っ張るタイプ。
ランディが言うように、全員が動きやすい土壌を作るタイプ。
同じリーダーでも、動き方が全く違ってくる。
「強いカリスマで引っ張るタイプは、下手すりゃワンマンになりがちだからな」
ため息混じりのランディが思い出すのは、先程までのエドガーの様子だ。確かに強いカリスマ性は持っているのだろう。あれだけ我の強そうな面子を纏め上げるのは、エドガーの資質と言って良い。
だが研修はあくまでも研修だ。
「指揮や立ち回りを学ぶのが目的なら、道中でリーダー変更なんて可能性もあると思うぞ」
ランディの発言に、バルク教官が一瞬だけ目を見開いたが、直ぐにその表情を隠した。
(当たり、かな? 学校だし、貴重な機会にたった一人しかリーダーは無いだろうと思ってたが)
嫌らしいカリキュラムだとランディは思っているが、学園側からしてもダンジョン内での不測の事態を想定した研修は必要不可欠だ。
道中でリーダーが倒れる事もあるだろう。そうなった場合を想定して、副官を決める事など当たり前なのだ。
「それにしても、ヴィクトール……中々詳しいな」
「聞きかじった程度の知識ですよ。実戦で使えるほどではないです」
首を振るランディの言葉は、謙遜ではなく本心だ。ランディとて前世でゲームは結構ハマった方だ。RPGなどで言えば、味方のスキル。モンスターの弱点。それらは基本中の基本だ。
つまり当時のアレを、そのまま現実にトレースしただけのアドバイスだが、それをランディが現実で上手く出来るかと言われたら、答えはノーだ。
「私はどっちかというと、一人で突っ込むタイプですから」
苦笑いのランディに、バルク教官とリズの「あー」という微妙な返事が重なった頃、キャサリン達第二班が動き出した。
「それじゃ行くわよ!」
元気に声を張り上げたキャサリンだが……
「済まないが、時間切れ……ここまでだ」
……バルク教官の言葉に、第二班の全員が肩を落とした。それでも先程までの陰鬱な雰囲気が消えた第二班に、ランディもリズと顔を見合わせ微笑むのであった。




