第122話 はい、じゃあ二人組みを作って下さい
ダンジョン研修へ潜り込む為に、ギルドへ赴いてから三日後……ランディとリズは、学園長室に呼び出されていた。
フカフカの応接ソファーの真向かいには、学園の理事長であるルキウス・エルダーウッド。柔和な笑みの老いたエルフは、王国に請われてこの学園で昔から教鞭を取っていた男でもある。
「さて、二人とも……」
ゆっくりと落ち着いた声は、ランディからしたら「一線を退いてくれて助かった」と思える心地よさだ。こんな声で授業などされようものなら、どの時間でも間違いなく上瞼と下瞼が抱き合って離れなかった事だろう。
「急に呼び出しなどして、すまなかったな」
微笑んだまま「ちなみに心当たりは?」と続ける学園長ルキウスに、ランディとリズが顔を見合わせた。
「順当に考えれば、依頼を受けた事についてでしょうけど……」
ランディが思い当たるのは、ギルドから護衛として推薦する旨が学園へと行っている事くらいである。それに関して呼び出された、としか思えない。なんせ、まだ学園では何もやらかしていないのだ。
今も「テストはまだだし……」と呟くランディに、学園長とリズが顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「ん、ンン――」
リズの咳払いで、ランディが「すみません」と話題を戻すために、ルキウスへと視線を向けた。
「そうだな。君たちを呼び出した理由は二つ――」
二本指を立てたルキウスが「まず」と中指を折った。
「――遅くなってしまったが。年末の騒動について、学園から正式な謝罪をと思ってな」
頭を下げたルキウスが語るのは、彼の耳にも真実が届いていたという内容だ。クリスや教皇が暗躍し、そして王国の転覆を謀った事件。そしてそんな事件の中心にいたのは、他でもないリズとランディだ。
手違いで王太子が襲われる事になったのだが、その手違いを利用して、王国が真実に蓋をした事。それを知っていて尚、学園も作られた真実に異を唱えなかった事を、ルキウスは謝罪すると言うのだ。
「君たち子どもを、汚い大人の政治に巻き込んだこと、本当にすまないと思っている」
ため息混じりのルキウスは、「追放にしても」と苦々しげに口にした。どちらも学園で起きた事件だと言うのに、
追放は関与する事ができず。
暗殺未遂は、民衆の混乱や平穏から真実に蓋をした。
どちらも、ルキウスからしたら何とも情けない結果だったのだろう。
「構いません。どちらももう済んだことです」
首を振るリズに、「寛大な言葉、感謝するよ」とルキウスがもう一度頭を下げた。そんなルキウスに、何とか頭を上げてもらい話題をもう一つの理由へと進めた。
「もう一つの理由だな。先程ヴィクトール君が言った通りだ」
微笑むルキウスが、是非とも護衛としてお願いしたいと二つ返事でOKが出た……のだが……
「少々トラブルがあってな。かなりハードな依頼になるかもしれないが」
「それはまた。穏やかじゃない理由を聞いても?」
……ダンジョン探索とは言え、学園が主催し国の管理する遺跡だ。学生の引率は精神的にはハードだろうが、学園長が言葉を濁す程ハードになる理由が分からない。
「事情が複雑でな」
そう言ってルキウスが切り出したのは、今回のダンジョン研修への参加者の顔ぶれだ。王太子エドガーやそのお供はもちろんだが、聖女キャサリンも前々から参加を表明している。
学園のダンジョン研修は、十人から十五人程度の大規模パーティで行われる。故に二人が抜けたとて、人数的には問題ないと、接触禁止令が出ている両名へ、やんわりと参加の辞退を迫ったのだが、どちらも了承してくれなかったのだ。
学園としては、王家と教会にお願いして無理にでも辞退にさせても良いのだが、学びの機会を喪失させてしまうのは学府としての存在意義にも関わる。
そこで出された案が、キャサリンとエドガーとを別々の班に分け直すというものだ。もともと数ヶ月前から決まっていた幾つかの班を一度解体して、教官で割り振りし直した。
更に入口こそ一つだが、探索ルートを全くの別にすることにした。ダンジョンに行くまでの移動から、ダンジョン内の探索まで極力両者がかち合わないようにする措置だ。
「なるほど。穏やかじゃないですね」
苦笑いのランディに、ルキウスが申し訳無さそうな顔を見せた。
有り体に言えば、修学旅行の班分けがリセットされて、教師によって勝手に組み直された形だろうか。元々気の合う面々での探索に、あまり仲が良くない面子も混じる可能性がある。
パーティの不和は、危険に直結する。しかもルートまで違うのだ。もしもの時の援軍は期待できないと思ったほうがいい。
「もちろん、学園側も最大限の安全を配慮するが……いかんせん未知数が多くてな」
ため息をつくルキウスを見るに、様々な調整を頑張ったのだろう。
「今回のダンジョン探索は、本来であれば危険と呼べるポイントは数える程しかない」
「逆に少なすぎるせいで危ない……という事ですか」
ため息混じりのランディに、「左様」とルキウスが頷いた。コミュニケーションの取れない大人数のパーティ。危険の少ない道中。そうなると間違いなく誰かの気が緩む。それは瞬く間に伝播して、本当に危険な場所でパーティに牙を剥く。
その時気がついてももう遅い。
気が緩み、元々コミュニケーションが取れていない大人数のパーティなど、魔獣からしたらデカい的でしかないからだ。
ならばパーティを小分けにして、コミュニケーションが取れる人間だけにすればいいのではないか。と思いたい所だが、それは本末転倒である。
ここは王国の学園で、冒険者の育成機関ではない。ダンジョン探索研修は、あくまでも組織だった大人数での探索と、その経験が目的なのだ。例えば騎士隊がダンジョンを探索する……そんなシチュエーションを想定しての研修だ。
伸びる戦列への対応。
リザーブとメインの振り分け。
交代のタイミング。
大部屋での立ち回り。
そしてもちろん、それを指揮するリーダーとしての経験。どれもこれもが、実戦でしか得られない貴重な経験だ。
だからこそ、護衛の冒険者も凄腕かつ少数の予定だったのだ。
前列と後列で、学生たちをフォローしつつ手を出しすぎないよう配慮する。それが護衛に求められる能力である。
「それで? ハードな理由はそれだけじゃないのですよね?」
苦笑いのランディに、ルキウスが少し驚いた表情を見せた。とは言えその表情にランディからしたら「このくらい分かる」と言いたい。研修の護衛自体、子守りに近いと思っていたからだ。なんせ国が管理するダンジョンに、学園の教官も同行するのだ。
そんな状況にギルドがAランクパーティを派遣する。その状況だけで、何となく子守りの予感はしていた。もちろん、不仲のパーティは予想外であったが。
せいぜい目立ちたがりの連中に目を光らせる……修学旅行で羽目を外す生徒に注意を払うくらいだと思っていた。
だからわざわざ学園長が呼び出し、「ハードになる」と言うには、まだ足りないのだと思っているわけだ。
ランディが「その程度分かる」と言外に含ませた表情に、驚いていたルキウスが「不思議な子だ」と表情を和らげ頷いた。
「すまない。真実は今話したものより、ディープでな」
ルキウスが更に語るのは、班を分け直したこと、その振り分け内容を発表した時の反応である。
「本来参加予定の生徒は全部で三十六名。同行従者が五名。だが、班の振り直しを発表後、参加辞退が相次いだ……」
言いにくそうなルキウスに、ランディは全てを察した。
「皆、エヴァンス嬢と一緒の班は嫌だと」
「唯一、ハートフィールド嬢だけが手を挙げてくれているが」
苦笑いで頷くルキウスの仕草が、全てを物語っている。あの騒動以降、キャサリンは完全にボッチなのだ。そもそも王太子達を籠絡し、好き勝手やってきたツケでもあるのだが、あからさまな対応はランディをしてもため息ものだ。
「辞退者が出たため、その場で班分けをやり直した時も、少なくない不満がもれたと聞く」
「不和どころか、敵対してるくらいの状況、というわけですね」
頭を抱えるランディの横で、リズが心配そうに口を開いた。
「……もしかして授業のほうも?」
おずおずと尋ねたリズの言葉に、ルキウスが黙って頷いた。既に始まった戦闘教練の授業でもキャサリンは完全に浮いていたのは間違いない。魔法教練はまだセシリアがいるが、戦闘教練には参加していない。
「つまり我々には、エヴァンス嬢とセシリア嬢がいるガタガタのチームを引率して欲しい、と」
「そこまで分かるのか」
何故か嬉しそうなルキウスに「分かりますよ」とランディが肩をすくめた。
いくらランディがSランクを倒したという事実があれど、王太子のいるチームの護衛を、同じ学生がするというのは外聞が悪い。それこそエドガーがそんな事を認めないだろう。
――それなら、自分達だけでいい。
そんな事を言いそうな予感がしている。能力以上にプライドは高いと聞いているから。
更に、学園側が今回の班分けを実施したという事実だ。王太子の周りを固めるのは貴族の生徒が多いのは明白。いくら学園が先の暗殺疑惑の真相を知っているとて、それを知らない一般生徒に対して「暗殺未遂の対応は完璧」というアクションを見せねばならないのだ。
クリスという大貴族の跡取りが引き起こした事件だが、それでも貴族という立場は平民よりも信頼されているのは事実である。故にエドガーの周りは、彼の太鼓持ちで固められる事が必然。
高位貴族で固め、エドガーというトップがいることで纏まりやすいエドガー班。
あぶれた者で構成され、そもそも旗印に不満しかないキャサリン班。
そこにランディとリズが加わるとなると、話が余計に拗れてくる。
教会の事件のお陰で、キャサリンの行動は洗脳のせいになっているが、それでも構図的には被害者と加害者が同席する形だ。好奇の視線が向けられるのは間違いないだろう。
護衛よりも面倒な噂話の方が気が重い。
「一つだけ朗報があるといえば、第二班……エヴァンス嬢の班のメンバーは、最初に辞退した子達と違い、不満こそ言えど辞退する程ではない事か」
「エヴァンス嬢は意外に嫌われていない、とか?」
期待を込めて眉を寄せるランディに、「分からん」とルキウスが首を振った。
「第二班の者たちが平民の子たちばかり……なのも関係しているかもしれんが」
盛大なため息のルキウスは、彼らに無理をさせているのでは、という部分を気にしているのかもしれない。
「ただ……聖誕祭での活躍で、王都の平民たちからの覚えは悪くないと聞くし、同行メンバーはそんな子達が大半を占めている」
キャサリンが見せたガッツは、少なからず彼女を照らしているかもしれない。その事実にランディとリズが顔を見合わせた。
「問題ばかりの班を押し付ける形になるが、大丈夫かね?」
「問題でしょうが、こちらも事情があって依頼を受けたので」
笑顔のランディに「そうか」とルキウスは頷いて、それ以上何も言わない。ただランディとリズを見比べてもう一度頷くだけだ。
「確か授業は既に、研修に向けたグループワークでしたね?」
「ああ」
「そちらを見学する事は可能でしょうか?」
「……許可しよう」
頷いたルキウスに、ランディも満足げに頷いた。当日いきなり問題が見えるより、今からある程度把握出来ていたほうが何かと都合がいい。
「見学の件は、教官へ伝えておこう。それでは当日はよろしく頼むよ」
手を差し出してきたルキウスに、ランディも笑顔で「お任せ下さい」と手を握り返した。ランディと握手を交わしたルキウスが、リズへと視線を向けた。
「ブラウベルグ嬢……おっと、今はエリザベス嬢と呼ぶべきだな」
大きく頷いたルキウスに、リズも「はい」と頷いた。
「数奇な縁に恵まれたようだな」
ルキウスの見せた意味深な笑みに、一瞬だけ眉を寄せたリズだが……
「はい。お陰様で」
……満面の笑みを返した。その笑顔に含まれるリズの思いを汲み取ったのか、ルキウスはそれ以上何も言わない。今度こそ話は終わりとばかりに、「長々と済まなかった」とランディ達を学長室の外へと促した。
「では、よろしく頼む」
「はい。全力を尽くします」
扉の前でルキウスと握手を交わしたランディが、部屋を後にした。
二人が立ち去った後の扉を、ルキウスがしばし眺めてまた大きく安堵のため息をついた。
「禁忌の魔女とそれを封じるはずの聖女。……私も知らない失われた時代の因縁か。運命とは、数奇なものだな」
言葉とは裏腹に、ルキウスの表情は明るい。それは自分達の道を歩き始めた若者への期待と喜びの色だ。




