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第121話 噂と子どもは目を離すと一人歩きする

 セシリア達と別れたランディとリズは、久しぶりの冒険者ギルド王都支部へと顔を出していた。


 まだ昼日中ということもあり、ギルド内はそこまで人が多くない。それでも賑やかだったギルドは、ランディが現れた途端一瞬静まり返った。そうして全員が一斉に声を落として話し出すのは、カインとの決闘だ。学園よりも露骨なそれは、やはり冒険者達にとって、Sランク打倒のニュースは大きいのだろう。


「注目されてますね」

「流石にギルドには、正確な情報が回ってるだろうからな」


 ため息をつくランディだが、思った以上の反響は正直面倒でしかない。実家のヴィクトールにあるギルドで、冒険者の皆が盛大に迎え入れてくれたのはやはりホームだったのだと今なら分かる。


 例えSランクを倒したと言っても、その一部始終を見ていない者からしたら、噂がどの程度か……と勘ぐりたくなるのは普通のことなのだろう。


 ただ少しだけ気になるのは、視線に混じるのが興味よりも怯えに似た色だという事だ。感じる視線にふり返れば、分かりやすいくらいに顔を背けられる。もう少しこう、「なんぼのもんじゃい」的な挑戦的な態度があると思っていただけに、肩透かしと言えば肩透かしである。


「気にしても仕方ねーし、さっさと話を通そうぜ」


 視線を振り払うランディが、受付を見た。いつも応対してくれていた、ベテランのマダムの姿はない。とは言え別段彼女が担当というわけでもない、と一番真正面に見える若い受付嬢のもとへ……。迷いなく歩いてくるランディの姿に、何故か受付嬢が「ヒッ」と小さな悲鳴をもらした。


「Dランク、ランドルフ――あれ? どうしました?」


 首を傾げるランディの目の前で、若い受付嬢が顔を青くしたまま固まっている。


「な、何でもありません。ごごごご要件をお伺いします」


 青い顔のまま応対する受付嬢に、ランディが首を傾げたまま学園で開催されるダンジョン研修への護衛依頼が来ていないか尋ねた。


「すっすすす、すみません。私では分かりかねますので、し、支部長へ取り次ぎますね」


 そそくさと席を立った受付嬢が、まるでランディから逃げるように奥へと消えていった。


「……なんだ、あれ?」

「さあ?」


 首を傾げるリズにも良く分かっていない。どうもランディに怯えているような事だけは分かるのだが、その理由に皆目検討がつかないのだ。


 怯える受付嬢。

 同じ様に目を合わせない冒険者。


 良く分からないまま、支部長を待つランディ達の前に、いつぞやの支部長が現れた。アーマーリザードをぶっ飛ばした時以来の再会に、ランディが軽く頭を下げた。


「や、やあ。ランドルフ君。私に話があると……」


 こちらも若干怯えたような態度の支部長に、ランディが眉を寄せながらも「実は……」と学園の研修で訪れるダンジョン探索への護衛依頼が来ていないか、を尋ねた。


「その件か……。奥で話せるかい?」


 なぜかホッとしたような支部長に促され、ランディは説教以来二度目となるギルドの奥へと通された。






「さて……職員ともども、少々取り乱してすまないね」


 頭を掻いた支部長が、ランディをまじまじと見て……「怒ってはない?」と微妙な笑顔で質問を紡いだ。


「怒る? なぜ私が?」


 首を傾げたランディに、「いや、なら良いんだよ」と支部長がホッと息をついた。


「いやいや。良くないですよ。何なんです? 皆さん……」


 眉を寄せるランディに、支部長が苦笑いを返す。


「〝煉獄の饗宴〟、〝紅蓮の祝祭〟……それをなし得た【紅い戦鬼】が、噂通りギルドに乗り込んで来たんだ」


 そう切り出した支部長の話は、あのカインとの決闘騒ぎが公国のギルドを介して大陸中の冒険者ギルドへと広がっているらしい。しかも、Sランクをブチのめしたのが、貴族の嫡男であると同時に、Dランク冒険者だというのだ。


 ――Dランクの冒険者? そいつが活動してる支部は、ランクの認定すら出来ないのか?


 そんな話にたどり着いてしまうのも無理はない。だが王都支部かららしても、「待ってくれ」と言いたい案件だ。確かにCランクのアーマーリザードの単独撃破こそあったものの、それ以外は至って普通にランクに見合った活動しかしていなかったのだ。


 ランディをしても、別にランクを上げたい訳ではなく、素材集めの傍らで小銭が稼げれば……というノリなので無理もない。元々宿代の日銭稼ぎから始まり、ハリスン達の給金を……という形だったが、それすらも最近の実入りのお陰でギルドに頼る必要がないのも大きい。


 故に積極的に依頼を受けていない。だからランクが上がっていない。


 だがそんな事は、事情を知らない連中からしたら知ったことではない。誰も彼もが、王都支部が力を見誤っていた、と噂する中で、恐ろしい噂まで流れてきたのだ。


 ――これは、王都支部に対して怒っているのでは?


「いやいや。意味がわかんないですよ。なんで私がギルドに怒るんです?」


 首を振るランディの言う通り、そんな馬鹿な話などあるわけがない。支部長とてそれが単なる噂で根拠もない事は重々承知だ。


 だが支部長が続けるのは、Sランクというギルドの看板を倒したランディが、ギルドのランク付けに不満をもらしていたという噂だ。


 支部が実力を見誤っていたかもしれない可能性。それに加えて、もう一つの情報が流れた……件のDランク冒険者が、ランク付けに不満を漏らす。そのせいでランディが、Dランクのままで止まっている事に、怒っているのでは……という噂が流れてしまったわけである。


 全くもって正確ではない情報に、ランディが顔を覆った。


 確かにあの決闘の後、アーロンに「これでSランクの認定方法が見直されるといいですね」的な事は言った。言ったが、それに他意はない。


 他意は無いというのに、いつのまにか……


「この程度でSなら、俺をD認定したままのギルドはクソだな……って嘯いた事になってたと」


 片手で顔を覆うランディに「まあ、そうだね」と支部長が苦笑いで頷いた。


「いくらなんでも、話がぶっ飛びすぎでしょう」


 いかにこの時代の伝達が伝言ゲームが主流とは言え、あまりにも話しがぶっ飛びすぎている。誰かが意図して改変したのでは、と疑うランディに支部長は黙って首を振る。


「〝煉獄の饗宴〟の時――」

「そもそも、それ何です? 煉獄の……とか」


 眉を寄せるランディに、支部長が「それも知らないのか?」と逆に眉を寄せた。


「〝煉獄の饗宴〟、または〝紅蓮の祝祭〟。君がカイン君を倒した決闘の名前なんだが?」


 知らぬ間に、物騒な名前がついてしまった決闘について、支部長が苦笑いで語りだした。


 曰く、魔剣を持つ相手に素手で戦った。

 曰く、二対一を余裕で覆した。

 曰く、殴っては回復させ、また殴るという鬼の所業であった。

 曰く、最後は「やめて」と言う相手を、笑顔で殴っていた。


 相手が何度も血を流し、その体質で傷を治しては新しい傷を負わされる。しかも途中に「回復してこい」と何度も痛めつける為に、インターバルまで取るという所業だ。


 何度も繰り返され殴られるカイン。繰り返される苦痛はまさに〝煉獄〟

 舞い散る鮮血とランディの笑顔。ランディの楽しそうな姿は〝饗宴〟


「それで、〝煉獄の饗宴〟ですか」


 どこでどう話が拗れたのか、これだから伝言ゲームは嫌だとランディが頭を抱えて天井を仰いだ。


「ちなみに、君の独壇場、聖誕祭前夜をかけて〝紅蓮の祝祭〟とも――」

「どっちでも良いわ」


 頭を抱えるランディからしたら、あの決闘の名前などどっちでもいい。どっちだとしても、良くないことには変わりないので、今更である。


「とにかく、その〝煉獄の饗宴〟の君の姿に、鬼気迫るものを感じた……と、公国の統括が話すものだから――」


 あの【剣鬼】アーロン・ナイトレイがそう言うのだ。それはとても凄惨な現場と、怒りだったのだろう、と噂が独り歩きしてこの結果だそうだ。


 「あの爺のせいかよ……」


 頭を抱えるランディの脳裏には、なぜかドヤ顔のアーロンが浮かんでいる。よほど大事にしたかったのだろう。Sランクの認定制度へ、一石を投じたつもりなのだろうが、その結果がこれではランディからしたら笑えない。


「とにかく、私は別にギルドにどうこう言うつもりはないですよ」


 ため息混じりのランディに、支部長が「それは良かった」と分かりやすい安堵のため息をついた。


「なので、私の不名誉な噂をできる限り解消していただければ、と」


 頭を下げるランディに、「【紅い戦鬼】の頼みならば」と支部長が胸を叩いた。


「ちなみにその【紅い戦鬼】っていうのも……」

「ああ。君の戦いぶりについた二つ名だよ。他にも【紅蓮の修羅】とか【煉獄の紅鬼】とか……」


 他にも続く二つ名ラッシュに、「もう大丈夫です」とそれを遮った。男の子として二つ名は正直格好いいとは思うが、どれもこれもあまりにも殺伐としている。どう考えても、悪役だ。それもとびきりの。


 ため息の止まらないランディが、首を振ってやるせない思いを振り払った。


「何度も言いますが、私にはそんなつもりはないので、ギルド内に周知だけお願いします」

「約束しよう」


 頷く支部長だが、この調子だと学園にも変な噂が届いているかもしれない。ため息が止まらないランディだが、「まあ人よけにはなるか?」とリズを見た。


 学園でリズに視線が注がれていた事に気づいているだけに、自分の悪名がリズを守れるなら、それに甘んじるのも良いのかもしれない。


 考え込むランディに、支部長が「そう言えば」と、ランディ達がここに来た目的を思い出した。


「学園からの護衛依頼だろう? 来ているよ」


 笑顔の支部長が「いやあ。今回は条件が厳しくて」と言いながら一枚の紙を差し出した。そこに書かれていたのは、二週間後に迫る学園主催のダンジョン研修への護衛派遣の依頼だ。


 ただ依頼の条件として、『出自が確かかつ、腕の立つ者』という文字が大きく記されている。


「高ランク冒険者の中には、後ろ暗い仕事をしていた人間もいないわけじゃない」


 苦笑いの支部長が語るのは、冒険者になる前に人には言えない仕事をしていた連中がいるということだ。罪を償っているもの、逃げおおせたもの。様々あれど、彼らは彼らなりに自分の人生を変えるべく、ギルドの門を叩いた人間だ。


 生来の気性は中々変わるものではないが、冒険者として必要な腕というものは持っている。もちろん依頼における最低限のマナーを守るという、常識もある。


 依頼である以上、彼らが依頼人を傷つける事はないはずだが……やはり今回はあの暗殺疑惑があったばかりだ。学園側もかなり神経質になっているのだ。


「うちとしては、Aランクパーティを一つ推薦出来るくらいだと思っていたんだが……君が受けてくれるというなら、私の名で推薦することが出来る」


 何とも渡りに船の提案だが、「Dランクですけど、大丈夫ですか?」とその一点だけは気になる。


「ランクの記載はない上に、君の事は王国上層部も把握していることだろう。加えて君は学園の生徒かつ、公国とは言え貴族の嫡男だ。これ以上ない人選だと思うが」


 大きく頷いた支部長に、ランディとリズが顔を見合わせた。


「じゃあ……」

「こちらからお願いしたいくらいだよ」


 支部長の許可が降りた事で、ランディはリズとハイタッチを交わした。あの決闘の余波が、思わぬ形で助け船となるとは、ランディをしても予想すら出来なかったのだ。


「では、学園への通知とギルドへの周知をお願いします」

「心得た」


 頷く支部長に頭を下げて、ランディがリズを伴って扉を開き……「そうだ」思い出したように支部長を振り返った。


「ちなみに、普通二つ名を持つ冒険者って――」

「Sランク、もしくは一部のAランクだけだね」


 ランディの意図を汲んだ支部長に「ですよね」とランディが肩を落とした。Dランクにして二つ名持ち。事情を知っている人間ならいいだろうが、その字面だけだと、単純にイタイ人間だ。


「沢山依頼を受けて貰えれば、こちらとしてもスムーズにランクを上げられるかな」


 笑顔の支部長に、今度こそ別れを告げてランディは部屋を後にした。


 ……その足で依頼を受けたのは、言うまでもない。

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