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第119話 プロローグ〜休みの終わり、新たな始まり〜

 発熱インナー。地中熱利用の暖房器具開発。シャドラー家と公国政府との会談。


 そして、王都での生誕祭参加と、様々なイベントで忙しかった冬休みだが、後半は静かな冬の日々が続いていた。


 政府とシャドラーからの正式な謝罪と、魔鉱石の安定供給のお陰もあり、遅れを見せていた港湾都市の建設もかなりの勢いで挽回しているという。


 ランディもリズも、修行や仕事の合間に、ルーンの研究に勤しむ穏やかな日常を過ごしていた……屋敷の一部を燃やし、アランから大目玉を食らった事もあったが。


 とにかく、穏やかな冬の日々はあっと言う間に過ぎ、年も開け、もう間もなく学園も始まろうかという頃。ランディとリズは王都へ向かうために準備に奔走していた。


「やべえ。学用品の類が全っ然ねー」

「何で事前に準備してなかったんですか」


 ジト目のリズが、「ちゃんと年末には連絡が来てましたよ?」と怒っている。リズが言っているのは、年明け前に届いた学園からの手紙のことだ。


『三学期は予定通り開校します』


 その内容に従い、ランディとリズの二人は、今日の午後には王都へと帰るのだが、いざその段になって、ランディが筆記用具やノートといった必要な品が無いと言い出したのである。


「年明けに行商の方が来たときに、『学用品は大丈夫ですか?』と聞きましたよね?」

「はい」

「その時、何と?」

「…………さあ?」

「『大丈夫。そんなに子どもじゃねーよ』です」


 完全に叱られる子どもと母親の構図の二人に、近くでそれを見ていたクラリスが「はぁ」と盛大なため息をついた。何とも成長しない兄に呆れているのだろう。


「あー。仕方ねーな。ちょっと早めに戻って、コリーん所で買い足すか」

「それしかありませんね」


 どうやら出発が早まってしまいそうなバタバタした状況に、「皆を呼んできますわ」とクラリスがため息混じりに声をかけた。




 そうしてクラリスが声をかけた人々が、見送りのために屋敷の前に集まり……


「忘れ物はない?」


 ……グレースがランディ、リズ、ハリスン、リタの四人に声をかけた。


「はい」

「バッチリっす」

「私も大丈夫です!」

「分からん! 多分ある!」


 何故か一番自信満々に、「忘れ物がある」と言うランディに、見送りの全員が頭を抱えている。


「……ランドルフ。三学期は、しっかりと学園生活を送りなさい」


 ランディの肩をがっしり掴むアランの顔には「頼むぞ」と書いてあるようだ。無理もない。ランディとリズには、学園の勉強よりも興味が惹かれる〝ルーン〟という誘惑まである。やらかしで退学……と言う冗談が現実に成りかねないのだ。


 冬の間口酸っぱく「学園でルーンの研究は禁止」と伝えているが、既に屋敷の一部を燃やしているだけに、アランとしては心配で仕方がないのだろう。


「大丈夫だ。そのくらいの分別はある」


 鼻を鳴らすランディだが、全く説得力がない。なんせ疑似ドラゴンブレス、超反発トランポリンと続き、食堂暖炉ボヤ事件とこの冬休みだけでも三回はやらかしているのだ。


 信用などそれこそ、地中熱暖房器具よりも地面深くにめり込んでいる。誰も彼もが向ける疑いの眼差しに、ランディが顔をしかめた。


「大丈夫だって。学園での研究はしねー。研究は、ちゃんと場所を選ぶさ」

「本当だからな」


 何とか声を絞り出したアランだが、その手綱を握るリズの中にも、とんでもない魔物が巣食っているのだ。もはや血の涙すら流しそうなアランに、ハリスンとリタが「我々が」と暴走機関車のストッパー役に手を挙げた。


「ガキじゃねーんだ。安心しろ」


 そう口を尖らせるランディだが、子どもじゃないからタチが悪い。だがそれを口にする者はいない。ただ不信感たっぷりの視線を注ぐだけで……自業自得とは言え、ランディとしては何とも居心地が悪い。


 そんな視線から逃れるように、「そ、そろそろ出発するぞ」早々に見送りの面々に手を振って、リズを促して王都へと転移した。


「大丈夫かしら?」

「大丈夫……だと思おう。やる時はやる子だ」


 自分に言い聞かせるようなアランに、グレースが「そうね」と頷いて、しばらくランディ達が立っていた場所を眺めていた。


 その数時間後に……


「制服忘れたわ」


 ……特大の忘れ物を取りに帰ったランディに、両親が頭を抱えたのはまた別の話。





 ☆☆☆




 ランディが王都へ向かうために、準備にバタバタとしていた頃、その王都アレクサンドリアの王城では……


 朝から木剣が激しく打ち合う音が、中庭に響いていた。


 木剣を握りしめ、模擬戦に勤しむのは王太子エドガーとその従者であり、騎士団長の息子でもあるアーサーの二人である。


 冬の朝だと言うのに、玉のような汗を額に浮かべた二人の攻防は互角に見える。


「よし、そこまで!」


 立ち会っていた鎧姿の偉丈夫が、満足そうに頷いた。


「殿下。この休みでだいぶ腕を上げられましたな」


「騎士団長直々に手ほどきを受けたのだ。成長せねば困るだろう」


 メイドからタオルを受け取ったエドガーが、爽やかな笑顔を見せた。


「愚息共々、聖女殿に入れ込んでいた時はどうなるかと思っておりましたが」


 豪快に笑う騎士団長に「よせ」とエドガーがバツの悪そうな顔を見せた。


「少々自分を見失っていただけだ」


 自嘲気味に笑ったエドガーが、汗に濡れたシャツを脱いだ。引き締まった肉体に、着替えを持参していたメイドが思わず顔を赤くするが、エドガーはそれを気にせず着替えを手に取った。


「ようやく三学期が始まるな」


 着替えに袖を通したエドガーが、「ようやく」ともう一度呟いて、太陽を見上げた。


 懐かしむような、どこか遠い目をするエドガーに、アーサーがニヤリと悪い顔で笑いかけた。


「今、何考えてるか当ててやろうか?」


 悪い顔のアーサーに、「やめておけ。無理だ」とエドガーは言葉とは裏腹の満更でもなさそうな笑みを返した。


「エリザベス嬢に会える……そう思ってるんだろ?」


 そんなアーサーの言葉に、「フッ」と微笑んだエドガーがまた太陽を見上げる。


「謝りたいだけだ」


 柔らかな表情を見せるエドガーだが、アーサーはそれに黙って首を振る。


「嘘だな。顔に『会いたい』って書いてるぞ」


 ヘラヘラと笑ったアーサーに、「いい加減にしろ」と言いながらも、エドガーが笑顔を見せた。


「何の話です?」


 ちょうど現れたダリオも交え、「いや殿下が……」と再びアーサーによるエドガー弄りが始まるのだが……。


 彼らは知らない。女性の恋は上書き保存だということを。いや、そもそもがリズに至っては恋ですら無かったのだ。保存されるフォルダーすら違う事を。


 そんな事など知らない彼らが、妄想から覚めるのはもっと先の話。




 ☆☆☆



 同時刻、王都の大聖堂の一画では……


「あ、あれ? キャサリン様、何してるんですか?」


 ……机にかじりつくキャサリンに、アナベルが首を傾げていた。


「ま、まさか課題が終わってないんですか?」

「なわけないでしょ。コレよコレ」


 ため息混じりにキャサリンが見せたのは、とある図面だ。


「な、なんでしょう?」


 首を傾げるアナベルに「コタツよ」とキャサリンが自信満々に頷き、コタツの解説を始めた。


「お、面白そうな暖房器具ですね」


 感心した表情で頷くアナベルに「でしょ?」とキャサリンが満更でもない表情を見せた。


「アタシだって転生者だもの。こんな知識くらいあるわ」


 伸びる鼻に押されるように、キャサリンが腕を組みながら背もたれに身体を預けた。


「で、でも材料だとか、生産体制とか……」

「そうなのよね」


 現実的な問題に、キャサリンの伸びていた鼻が一気に縮こまる。こればかりは聖女の力ではどうにもならないのだ。


 考え込むキャサリンだが、思い出したように「そういえば」とアナベルに向き直った。


「アナベル様はどうしてここに?」


 至極当然の疑問に、「そ、そうでした」とアナベルもようやく自分の目的を思い出して、胸元から一通の手紙を取り出した。


「レオン様の従者申請が通りましたよ」


 アナベルが差し出した手紙を受け取ったキャサリンが、「ありがと」と手紙に視線を落とした。


 教会騎士レオン・カーディアス。王国主導の教会ダンジョン調査で、キャサリンに同行した年若い騎士であり、聖誕祭にてランディ達と協力したあの騎士だ。キャサリンの一つ下、つまりアナベル達と同年なのだが、今回教会からの要請で従者としてキャサリンに同行することが認められたのだ。


 教会の不祥事、加えて王太子とその取り巻きの籠絡疑惑で、学園におけるキャサリンの立場はこれ以上無いくらいに弱い。反面、聖誕祭の影響もあってか街中での評判は悪くない。……むしろここ最近では上り調子である。


 学園でのボッチ回避。

 街中でのファンの突撃回避。


 そんな二つの思惑で、レオンに白羽の矢が立ち、三学期からキャサリンに同行することとなったのだ。


「なら三学期は、レオンのお守りね」


 肩をすくめるキャサリンだが、その顔は満更ではない。何だかんだで気心の知れた人間が近くにいるのは安心なのだろう。


「アナベル様も、学園でお茶でもしましょ」

「は、はい。いつでもお誘い下さい」


 微笑むアナベルに、キャサリンが笑顔を返した。


 女の恋は上書き保存。もしかしたらエドガー達が、その事実を知るのはキャサリンによってかもしれない。




 若人たちの思惑が絡む三学期が、間もなく始まる――






 ☆☆☆




「課題……大丈夫ですかとお聞きしましたよね?」

「はい」

「その時、何と仰ったか覚えていますか?」

「…………さあ?」

「『大丈夫だ。問題ない』です」


 リズの圧を背中に受けながら、残り数日の休みにランディが追い込みをかけたのも、また別の話。




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