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第116話 人は簡単に変われない。それでも藻掻いて足掻いて――

 聖女キャサリンが行方不明……は、一瞬で解決した。


「ったく……相変わらず迷惑な野郎だな」

「う、うるさいわね! 誰のせいだと思ってるのよ!」


 半泣きの聖女キャサリンと、「すみません」と頭を下げる年若い教会騎士。大聖堂の地下ダンジョン最奥で、立ち尽くすキャサリンと呆れ顔の教会騎士の二人をランディが見つけるに至った切っ掛けは、今から一時間程前に遡る……。



 ―――――


「実は……聖女キャサリン様が行方不明なんです」


 そう切り出したアナベルが言うには、つい一時間程前からキャサリンの姿が見えないのだという。


「〝聖女の行進(パレード)〟のリハーサルを大聖堂内で終えてから、姿が見えないんです」


 俯くアナベルに、「便所じゃね?」とランディが眉を寄せ、ルークがその脇を肘で突いた。流石に相手があのキャサリンと言えど、一時間も行方が分からない理由を〝便所〟に求めるのは、可哀想だというルークの無言の抗議だ。


「い、一応色々な場所を探したんですが……」


 そう言ってアナベルが取り出したのは、一枚の紙切れだ。


『明日の本番には帰ります』


 そう書かれた紙は、間違いなくキャサリンの置き手紙なのだろう。


「帰って来るならいいじゃねーか」

「馬鹿ですわね。誘拐の可能性もあるんですわよ」

「そりゃまあ……そうだが」


 眉を寄せるセシリアの言う通り、誘拐犯が時間を稼ぐために置いていった可能性はゼロではない。だがあのキャサリンが、大人しく誘拐される姿は想像できない。ランディ相手にも、あれだけ喚き散らして暴れたのだ。そんじょそこらの誘拐犯相手なら、騒ぎが大きくなって誰かが駆けつけそうなものだが。


「大聖堂の中は探したんですよね?」

「はい」


 頷いたアナベルは、既に教会騎士達と手分けをして、大聖堂内部を隈なく探したらしい。


「そ、外に出たという目撃は無かったのですが……一応と思って外に出た所――」

「俺達が……っつーかランディが見えたってわけか」


 ルークの溜息にアナベルが頷いた。


「大聖堂の中から出てねーなら、地下にあったダンジョンはどうなんだ?」

「警備の騎士は見ていない、と」


 首を傾げるランディに、アナベルが首を振った。


「とは言え、外に出たら出たで騒ぎにはなるだろ」


 ルークの言う通り、いま大聖堂前に詰めかけている信者の多くが、キャサリン推しの人々ばかりだ。彼らがキャサリンを見かけたら、何かしらのリアクションがあって然りだろう。


「ならとりあえず中だな……。ダンジョンも入口が一つとは限らねーだろ」


 そう言って各々が捜索を開始したのが、今から一時間程前。そして……



 ――――




「なーんで、大事な本番前にダンジョンなんか行くかな」


 ため息混じりのランディに「仕方ないでしょ」とキャサリンが口を尖らせた。既にダンジョンからは退避して、今はキャサリンのために充てがわれた一室での説教だ。お供の教会騎士とキャサリンの二人を、アナベル含む全員で囲んでいる。


 不満顔のキャサリンがポツポツと話すのは、〝聖女の行進(パレード)〟を何としても成功させたいという事だ。


「教会の上層部があんな事になって、信者に不安が広がってるの」


 だからこそ、当時を再現する行進で、聖女としての存在感を示して、信者を安心させたかったのだ、とキャサリンが視線を逸らしたまま口を尖らせた。


 そんな彼女の言い分に、ランディはアナベルを振り返る。


 おずおずと頷くアナベルが説明してくれたのは、確かにキャサリンが人一倍リハに力を入れていた事だ。だが、その頑張りと教会の暫定的な上層部との折り合いがついていない。


 ただ暫定的な上層部も、キャサリン同様今回の行進についてはかなり力を入れたい思いはある。だがそれが出来るほど今の教会に余裕があるわけではない。


 正確に言えば、〝聖女の行進(パレード)〟を派手にするくらいの資金はあるのだが、心情的にそれが許されないのだ。


「派手にしたら駄目だって……。流石にそれがマズい事くらいアタシでも分かるわよ」


 口を尖らせるキャサリンの言う通り、あまり派手にしすぎると、「教会、金持ってんな」という風に見られる恐れもある。豪華な山車を作成し、雇った舞台俳優達でも使い、演劇仕立てにでもしたらそれは盛り上がるだろう。


 だがそんな馬鹿な事など出来るはずがない。いかに聖女の存在を知らしめると言っても、それはやり過ぎなのだ。


 今教会が恐れるべきは、金遣いの粗さから〝あの時と変わっていない〟そう思われることなのだ。


「だから……皆のためにアタシが少しでも力をつければ……」


 ポツポツと呟くキャサリンが語るのは、彼女がダンジョンに出かけていた理由だ。


 お金をかけるわけにはいかないが、キャサリンの地力が少しでも上がれば、沿道の人々に見せる神聖魔法の規模が上がる。つまり人の手を借りずに、伝承にある聖女の姿に近づくことが出来るというわけだ。


 それに協力したのが、今もキャサリンの隣に控えるレオンという年若い教会騎士である。以前の調査で、別の入口を発見していた二人は、レベリングとともに、もう一度【聖女の杖】を探しにダンジョンへと潜った。


 強行軍で最奥まで辿り着いたものの、結局杖が都合よく現れたりすることはなく……呆然と立ち尽くすキャサリンを、ランディが保護したのが冒頭の話だ。


 皆に……主にアナベルに心配をかけた事は褒められないが、それでもキャサリンなりに考えての行動だ。それを聞いた全員が、顔を見合わせて小さくため息をついた。


 確かにキャサリンの言う通り、彼女が力をつけて大規模神聖魔法が連発できるようになれば、派手さとは違う盛り上がりを見せてくれるだろう。


 それこそ、真の意味での神聖な〝聖女の行進(パレード)〟として、非常に盛り上がる事は間違いない。


 自分なりに聖女に向き合うキャサリンに、皆がどうしたものかと顔を見合わせるのだが……


「キャサリン嬢よ。〝聖女の行進(パレード)〟を成功させたい……そりゃ結構だが、その本心は?」


 眉を寄せるランディに、「は、はぁ? 言ったんだけど」とキャサリンの声が上ずっている。信者の心を和らげたい。そう言ったはずだと今もキャサリンが眉を寄せてランディを見ているのだが、ランディはそれに首を振った。


「隠すな。お前が俗物の生グサ聖女だってことは、皆が知ってるんだ」


 鼻を鳴らすランディに、「誰が生グサよ!」とキャサリンが眉を吊り上げる。


「取り繕うなって。大方このパレードを大成功させれば、信者からの信頼が鰻上り、同時に教会内での発言権も上がるってところだろ」


「うっ……」


 言葉に詰まったキャサリンに「やっぱりか」、とランディが呆れた声をもらした。


「い、いいじゃない! だって上に行かないと、このままずっと【聖女】だなんて役目に縛られて……。それを誰かに引き継いでも、それが誰かを縛り続ける事になるじゃない。例え後ろ指さされても、打算だとしても、信者の信頼を勝ち取って、皆の信頼を勝ち取って上に立たないと、アタシの……キャサリン・エヴァンスとしての道は拓かないわ」


 信念が見えるキャサリンの瞳から、ランディは視線を隣のレオンへ移した。


「アンタは、こんな聖女様でいいのか?」

「……まあ? 自己犠牲とか、そんな高尚な人よりは親しみやすいんで」


 ヘラヘラと笑うレオンに、「それもそうか」とランディが苦笑いを返した。


「それで? そんな無茶をして、力が得られたのか?」


 眉を寄せるランディにキャサリンが静かに首を振った。


「……せめて聖女の杖があれば、神聖魔法が強化されるはずだったのに」


 不意に顔を上げたキャサリンが、ランディを睨みつけた。


「アンタでしょ。デカ男。アタシの杖を返しなさい」


 噛みつきそうなキャサリンに、「何の話だ」とランディが鼻を鳴らした。


「俺が杖なんて使うと思うか?」


 すっとぼけるランディに、「ランディ」とリズが溜息とともに首を振った。


「キャサリン様、あのダンジョンの奥深くにあった杖ですが――」


 リズが空間から万象律の杖(エレクシオン)を取り出すと、キャサリンが「それー!」と声を上げて立ち上がった。


「やはりですか……ただ、申し訳ないのですが、今この杖は――」


 リズの気配が遠くなり、現れたのはエリーだ。


「久しいの。小娘よ」


 悪い顔で笑うエリーに、「ひぇええ」とキャサリンが悲鳴を上げて、レオンの背後に隠れた。


「お主がどんな意図を持って、この杖を求めたかは知らぬが、万象律の杖(エレクシオン)は元々妾の杖じゃ」


 ニヤリと笑ったエリーに、「そ、そうなんですね」とキャサリンがレオンの後ろで愛想笑いを浮かべている。


「どうした? 杖を返せと言わぬのか?」

「い、いえいえ。元々あなたの物なら……どうぞどうぞ」


 苦笑いのキャサリンに、エリーがわずかに眉を寄せた。恐らくリズに「虐めるな」とでも言われているのだろう。


「まあ確かに、杖がないのも不便じゃろう」


 怒られたからか、らしくない事を言ったかと思えば、エリーが空間から一つの棒を取り出し、キャサリンへ手渡した。


「これを使うと良い」


 エリーから渡された木の棒を手にしたキャサリンが、「あ、ありがとう」とそれを受け取り……


「って! ひ、の、き、の、棒!」


 ……思い切りそれを叩きつけた。流石ヒロイン。恐らく何かしら鑑定的な能力でもあるのだろう。


「こんなの、逆に良く見つけたわね」


 叩きつけた〝ひのきの棒〟を指さして、キーキーと喚くキャサリンの反応に満足したのか、エリーがケラケラと笑っている。恐らく中ではリズがまた怒っているのだろうが、エリーに変化はない。


 お腹を抱えて笑うエリーに、キャサリンが「何なの!」と眉を吊り上げた。気がつけばエリーにビビりまくっていたキャサリンはどこへやら、今の彼女はエリーに噛みつきそうな勢いだ。


「そのくらいの気概があれば、問題なかろう……ランディ――」


 呼びかけられたランディが、「チッ、しゃーねーな」と頭を掻いた。手伝ってやれ、そう言いたげなエリーの視線は、面白半分なのだろうが。


「おいキャサリン嬢――」

「何よ! 今のアタシは、〝ひのきの棒〟で魔王でも倒せるくらい怒ってるわよ!」


 眉を吊り上げたキャサリンに、「そりゃ良い」とランディが笑顔で頷いた。ビビりまくって尻込みされるより、怒り狂っている方が上手く行くことがある。


 ……強い怒りは緊張も恐怖も吹き飛ばせるからだ。


「〝聖女の行進(パレード)〟、成功させたいんだろ?」


「当たり前でしょ! 大成功させて、『接触禁止』だとか言ってアタシを捨てた男どもにも、アンタたちにも吠え面かかせてやるんだから!」


 目的が変わっている気がしないでもない発言に、ランディが思わず彼女の隣のレオンを見た。呆れた笑顔で首を振るレオンだが、別に嫌悪感は感じられない。


(まあ、らしいっちゃらしいか)


 人は簡単に変わらない。今までの物を簡単に捨てられる人間など居やしない。だからキャサリンなりに、色々な思いが乗っかった〝聖女の行進(パレード)〟なのだろう。


 足掻いて、藻掻いて、キャサリンなりに前に進むための一歩なのかもしれない。


(乗りかかった船か……)


 あの雨の日、キャサリンを焚き付けたのはランディとリズだ。エリーが手伝えと言わずとも、恐らく手伝っていたかもしれない。


 お人好しな自分に、自嘲気味の笑顔を浮かべたランディが、「よし。お前の気持ちは分かったぜ」と大きく頷いた。


「何よ……どうせ、馬鹿にするんでしょ?」


「するか。理由はどうあれ、乗りかかった船だからな。〝聖女の行進(パレード)〟、上手く行くように俺達も協力してやるよ」


 ぶっきら棒なランディに、キャサリンが困惑した表情を見せている。まさか敵だと思っていたランディから「協力する」などという言葉が出るとは思ってもみなかったのだろう。


「きょう、りょく?」

「ああ。今年の〝聖女の行進(パレード)〟が語り継がれるくらいに、な」


 ランディの言葉を噛み締め、ようやく理解が追いついたのだろう。キャサリンの瞳がわずかに潤んだ。無理もない。強がり一つでずっと走り続けてきたのだ。嬉し泣きを堪えるように、わずかに震えるキャサリンの唇が、それを隠すように強がりを紡ぐ。


「て、手伝わせて欲しいなら、最初から言いなさいよ」


 プルプル震える唇に、女性陣が呆れた笑いを見せるのだが……


「いや。お前は割と、結構、全然、めちゃくちゃどうでも良い。ただ、アナベル嬢の父君には世話になってるからな」


 悪い顔のランディに、「何よそれ!」とキャサリンが眉を吊り上げるが、ランディが笑顔でそれを無視。


「よっしゃ。いっちょやるか」


 手を叩いたランディに、全員が大きく頷く。


「ちょっと、リーダーはアタシだからね!」


 喚くキャサリンだが、どこか嬉しそうなその顔に、彼女を護っているレオンが少しだけ寂しそうな溜息をもらしていた。


「良かったっすね。聖女様」

「何言ってのよ。アンタも協力するのよ!」


 勝手に頭数に入れられていた事に、レオンが一瞬驚いた表情を見せるが……


「仕方ないっすね。聖女様、俺が居ないと何も出来ないっすもんね」


 と、おどけた表情を見せた。それに怒るキャサリンを見ながら、ランディ達は作戦を練るのであった。

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