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第115話 それは特大のトラブルでは?

 アランと別れたランディは、リズやエリー、ルークとセシリアの四人とともに、人目のない場所で王都へ転移していた。転移先はもちろん、王都にあるランディ達の借家だ。


 この家からヴィクトールへ戻ったのは、つい最近な気もするのだが、窓の外に映る景色の違いに、時間の流れが見える。


 盛り上がっていたリヴェルナントの街同様、窓の外に移る景色は、ちゃんと生誕祭仕様に変わっているのだ。所謂高級住宅街のこの一画は、家々が綺麗にデコレーションされている程度だが、大通りに出ればまた派手だろう。


「なんかテンションが上がるな。家の中もデコるか?」

「目的を忘れないで頂けます?」


 ため息混じりのセシリアに、「わーってるよ」とランディが口を尖らせた。


「つっても急に来たからな。そもそもアナベル嬢がどこに居るか、からなんだが……」


「大聖堂に行ってみましょうか。恐らく明日に向けて、準備も佳境でしょうから」


 リズの提案により、一行は大聖堂を目指すため街へ繰り出した。


 借家の周囲こそデコレーション程度と大人しいものだったが、大通りの華やかさは流石王都と言うべき見事なものであった。


 通りに軒を連ねる店は、どこも生誕祭使用に飾り付けられ、小さな〝願いの聖樹(ツリー)〟などはクリスマス感満載だ。


(うーん。流石乙女ゲー)


 妙な所で現代日本味を感じるが、見慣れた光景はランディにとっても有り難く、そして不思議とテンションが上がる。何だかんだでクリスマスの雰囲気が好きなのは、元一般市民として勘弁して欲しい。


 そんなテンションが上がる街並みを、リズやエリーと他愛ない会話を交わしながら、ランディが楽しげに歩いていく……つい小一時間程前に、Sランクの冒険者をボコボコにしたとは思えない変わり身だ。


「そう言えば、会談は上手くいったのですか?」

「まあな」


 ため息混じりのランディが、「後は政府次第、だが」と溜息をついた。とは言え流石に政府が傲慢だと言っても、あの決闘の結果を蹴るわけにはいかない。廃れているとは言え、公国における伝統だ。


 加えてランディが見せた圧倒的な力だ。Sランク相手に、殺さず無力化する。終わってみたら掠り傷しかないランディと、無力化されたカイン。相手を殺さず無力化するためには、両者の間に大きな力の隔たりが必要だ。


 それこそ、大人と子どもくらいに。


 流石の政府でも、その事に気づいているだろう。殺すつもりで魔剣まで振るったカインが、無手のランディに圧倒された事実に。だからこれ以上、無様を晒すことも、無謀な事を考える事もしない。


 それこそ国益に反する行為でしかないから。


「まあ親父殿が政府と上手くやるさ」

「ランディも他人事ではないんですけど……」


 口を尖らせるリズに、「適材適所ってやつで」と肩をすくめて、目の端に映ったアクセサリーを手に取った。もうこの話は終わりとばかりに、手に取ったネックレスを、リズへあてがい笑顔を見せる。


「これ、リズに似合いそうじゃね?」

「そんな事言って……」


 頬を膨らませながらも、満更じゃないリズがアクセサリーをランディから受け取った。






 楽しそうなランディ達を、ルークとセシリアが少し離れた場所から、微笑ましげに眺めている。


「リザが楽しそうですわ」


 嬉しそうに呟くセシリアは、去年リズが生誕祭の日も勉強をしていた事を知っている。王太子の婚約者として、様々な教育が詰め込まれたせいで、学内の勉強が疎かになっていたのだ。

 それを取り戻すため、リズは折角の生誕祭だというのに自習を選択していた。婚約者である王太子が、リズに付き合ったとは聞いていない。たった一人で、祭りの雰囲気を感じながらする自習は、さぞ寂しかった事だろう。


 だからまだ祭り本番ではないとは言え、ああして思いを寄せる人と回っている姿は、友人としても嬉しくなってしまうものだろう。


「少しだけ、二人きりにしてあげましょうか……エレオノーラ様もいますが」

「そうですね」


 微笑んだ二人が、リズとランディから少しだけ距離をとり、通りを行く――


 だがセシリア本人たちは失念している。自分達も男女で楽しく街を散策しているという事実を。


「セシリア様、これ――」

「まあ。素敵ですわ」


 ルークが手に取ったのは、小さな聖女人形だ。サンタクロースの代わりに、飾ったりするアレだが、可愛らしく作られた人形は、セシリアに残る少女心をくすぐっているのだろう。


 それが分かるルークも大概だが、今も二人で可愛らしい小物を前に、楽しそうに笑顔を弾ませている。




「……あいつら、デート気分だな」


 振り返って鼻を鳴らしたランディに、「いいじゃないですか」とリズが微笑んだ。


「セシリーは、去年ダリオ様と生誕祭を回られたんですが……全然楽しくなかったらしくて」


 苦笑いのリズに、「あー」とランディが微妙な声をもらした。ダリオについて詳しくはないが、話を聞くにセシリアと仲良くやれていたとは思えない。


 お互い仲良くもない相手と、街に繰り出しても苦痛でしか無いだろう。


「逆になんでその二人で出かけたんだよ……」

「さあ? 何でもダリオ様が誘いに来たとか」


 苦笑いの止まらないリズに、「一番最悪なデートの誘いだな」とランディも盛大な溜息をついた。


 親に言われたのか。それとも婚約者になる予定という義務だからか。どちらにせよ、自ら進んで来たわけじゃないデートの誘いなど、女性からしたら失礼極まりない。


 実際は当時のダリオが、勇気を出してセシリアを誘ったわけだが……思春期の男子らしいというか、妙な照れが勝り、ぶっきらぼうな態度が前面に出たのが真相だ。


 とは言えセシリアからしたら、そんな事など知らない。結果としてお互いにとって最悪なデートになってしまったというオチである。


 とにかく最悪なデートがあった過去を知っているだけに、リズは楽しそうなセシリアな姿に、自然と笑顔がこぼれてしまう。


「セシリーが楽しそうで、私も嬉しいです」


 微笑んだリズに、「そっとしといてやるか」とランディも頷いた。二人には、地中熱式暖房器具の開発を、手伝ってもらってばかりだったのだ。息抜きくらいしてもらわねば。


「ルークならセシリア嬢を楽しませてくれるだろうし」

「はい」


 頷くリズは、ルークがヴィクトールで女性に片っ端から声をかけていた理由を知っている。当時既にルークの母マーサは病に伏せていた。そんな中ルークが、女性に声をかけまくっていたのは、孤独感や虚しさ、無力感から逃れる為の行動だと。


 当時十歳そこらのまだまだ子どもだ。母親の愛情を求めるように、領の女性に片っ端から声をかけまくったわけだ。もちろん当時のルークはそれを認めなかったが。


「そのお陰で、女性の扱いは上手いからな」

「ランディよりも、ですか?」


 首を傾げるリズに「さあな」とランディがとぼけた顔をしてみせた。


 もう……と頬を膨らませるリズだが、ルークからもアランからも、ランディの浮いた話は聞いたことがない。だから軽く探りを入れたのだろうが、上手くはぐらかされた形なのだろう。


 頬を膨らませるリズの頭に手を置いたランディが、「ま、お前らの想像通りだよ」とだけ伝えて、もう一度ルーク達を振り返った。


「そういう事にしておきます」


 渋々頷いたリズもランディ同様、セシリアを振り返った。不意に視線がかち合った四人が、妙に照れたように微笑んでまたお互いの会話へと戻っていく。






 そんなお互いの気遣いで、微妙な距離を保ったままの二組が、時間をかけてようやく大聖堂へと辿り着いた。


 大聖堂の前は、集まった信者でかなりの賑わいを見せている。


「あんな事があったつーのに、信心深い連中が多いんだな」

「聖女様と教会上層部とは別ですからね」


 リズの言う通り、教会という組織を私物化していたのは上層部で、教会の教えや聖女、そして女神に対する想いとは全く別なのだろう。加えてキャサリンの聖女イベント消化が、ここに来て結実しているとも言える。


 特に王都周辺の町や村では、キャサリン人気は馬鹿に出来ないものなのだ。


「明日は、この大聖堂前広場で、〝聖女の祝福市〟が開かれるんです」

「でっけーバザーだったか?」

「有り体に言えば」


 頬を掻くリズの言う通り、この広場は明日には巨大バザーの会場になるのだ。ギルドや貴族などから寄付された、骨董品や素材、そして孤児院の子供たちが作った品々まで。


 様々なものが売り出される〝聖女の祝福市〟は、教会が主催するイベントの中でも大きなものだ。特に孤児院の子供たちの作品は、それの売上がダイレクトで孤児院へ入るため、寄付の証として人気がある。


 なんでもその日の夜に枕元に飾っておくといい、という迷信まであるくらいだ。まるでサンタのプレゼントを待つ靴下のようだが、理由はどうあれ孤児院の子供たちが潤うなら、いいことなのだろう。


 特に今年は腐った上層部も一掃されたことだし、子供たちも安心して新年を迎えられそうだ。そう思えば、人々の信心深さも捨てたものではない。のだが……


「これだけ人がいると、アナベル様を探すのも大変ですわ」


 流石にこの人の多さは、人探しには向いていない。


 キョロキョロと周囲を見回すセシリアが「どうしましょう」と眉を寄せる姿に、「多分、大丈夫です」とリズが笑った。確かにこの人混みの中アナベルを見つけるのは大変だが、こちらにはランディがいる。群衆から頭一つ抜け、目立つ紅髪。知り合いであれば、遠目にも一発でランディと分かるだろう姿は……


「み、みなさーん!」


 ……少し遠くから駆けてくる、アナベルの目印にもなったようだ。


「ほら?」

「なるほど」


 ランディに視線を向けたリズに、セシリアが納得した頃、息を切らしたアナベルが現れた。


「ど、どうしてここに?」


 頬を上気させるアナベルが、リズとセシリアの手を握ってピョンピョンと跳ねている。七不思議の一件からヴィクトールの感謝祭と、アナベルと二人は何だかんだでかなり親交を深めた仲だ。


 そしてもちろんそれは、ランディとルークの二人もである。


「何か手伝える事がねーかと思ってな」


 力こぶを叩いたランディが、以前ヴィクトールの収穫祭を手伝ってくれたお礼に来た事を説明する。始めこそ恐縮だと縮こまるアナベルだったが……


「実は今、トラブルに見舞われてまして……」

「トラブル?」

「はい……」


 言いにくそうに俯いたアナベルに、全員が顔を見合わせた。流石にトラブルを、こんな不特定多数の人間がいる場所で口にするわけにはいかないのだろう。


 アナベルを伴って、ランディ達が人混みを避けて大聖堂の影へと辿り着いた。


「んで、トラブルって?」

「明日、〝聖女の行進〟というイベントがあるのをご存知でしょうか?」


 首を傾げるアナベルに、全員が頷いた。その昔、何代目かの聖女が不毛の大地を訪れた時、彼女の歩いた場所が豊穣の地へと変わった事に由来している行進だ。


 聖女の行進は、この地の汚れを祓い、来年も健やかな一年になるよう願いを込められたパレードである。


「そのパレードがどうしたんだ?」

「実は……聖女キャサリン様が行方不明なんです」


「「「「は?」」」」


 四人の疑問符が、綺麗に重なって風に消えていった。

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