第114話 最近忘れていました。これは乙女ゲーの世界だったということを
会談と決闘を終えた二人は、アーロンへの挨拶に来ていた。アーロンも闘技場には顔を出していたが、簡易的な古代語という名の日本語の五十音表を渡すついでに、顔を見せたわけである。
律儀な事だ、と苦笑いを浮かべるアーロンだが、言葉とは裏腹に素早く五十音表を受け取った姿にランディは苦笑いを返していた。(めっちゃ楽しみにしてんじゃねーか)そんなランディの感想を他所に、五十音表に視線を落としたままアーロンが口を開いた。
「本気のSランクはどうだったかね?」
不意に投げられた質問に「どう……って」とランディが先程の戦いを思い出した。魔剣の呪いだろうか、良く分からない特異体質と、場馴れした剣技は確かに今まで見た人間の中でも上位の部類に入る。
セドリックやミランダの本気は見たことがないが、感覚的に彼らよりは強かったのだろう。単純な剣技は分からないが、やはりあの魔剣の能力は、正しくチートだろう。
魔剣を操る精神力。それに見合う体力と技量。性格はまあ、アレだが強さという面で言えば、やはり上位の部類に入る。
とは言え、それはヴィクトールの外で、という話だ。ヴィクトールも含めた上でランディの正しい感想を言うとするなら
「ハリスンの方が強かったな」
という所に収まる。ヴィクトール騎士隊副隊長であるハリスンなら、あの最終覚醒したカイン相手でも問題なかっただろう。
ただそれを聞いたアランは、両手で頭を抱え、アーロンはクツクツと笑い声を上げていた。
「カインは、確かに武器と能力だよりの一面があったが……それを使いこなせるだけの、力量と精神力は紛れもなくSランクと言える逸材だった」
大きく息を吐き出したアーロンが「素行不良は、まあ……」と苦笑いを浮かべて続ける。
「どうしても国の意向が入るため、昨今のSランクは名ばかりと揶揄されることが多くてね。それでもカインはSランクの中でも、マシな部類だったのは間違いない。それこそ我々の若い頃と比べても、引けをとらないだろう」
出掛けに聞いた話では、アーロンもかつては【剣鬼】と呼ばれた凄腕の冒険者だったらしい。キースとは同年代で、出身こそキースは帝国、アーロンは公国と違うが、大陸で活躍した冒険者として交流があったとのことだ。
そんな男が、認める程度には強かったようである。伝え聞く彼らの凄さは、脚色が入っていると笑うアーロンが続ける。
「リヴェルナント郊外のダンジョンでも、深部に到達した実力だ。それこそ魔の森だろうと通用する程度には、実力は持っていた。だからこそ――」
ヴィクトール相手の戦いでも、問題ないと政府は踏んでいた。そう言いたげな視線に、ランディとしては肩をすくめるしか出来ない。確かにイアン達が魔の森で活動出来ているので、カインならある程度の深部でも活躍出来るだろう。
だが正直ランディの知るヴィクトールでは、カインは騎士隊の中で上の下くらいだ。上澄みの上澄みであるハリスン相手では、あの程度では手も足も出まい。
ランディの微妙な表情に、言いたいことを理解したのかアーロンが「フッ」と笑った。
「しばらく見ない間に、ヴィクトールが魔境になっていたとはな」
笑うアーロンに「こいつのせいですよ」とアランが、ランディの頭をワシワシと撫でた。アランよりも大きいせいで、何とも不格好な体勢で、ランディが口を尖らせて不満を表した。
「こいつが強くなっていくから、誰も彼もが引っ張られてるんです。あのキースですら――」
溜息をついたアランに「確かにアレには驚いた」とアーロンも苦笑いで頷いた。
「全盛期よりも更に強くなっているなど……どんな手品かと思っていたが。確かに弟子が強くなれば、あいつも師としてウカウカしてられなかったのだろう」
ランディが強くなるせいで、教える側のキースも常に自分を更新し続けねばならない。その結果が今のキースなのだ。
「アーロンさんはどうなんですか?」
悪い顔で笑うアランに、「馬鹿を言うな」とアーロンが肩をすくめた。
「はるか昔に追い抜かれたのだ。今更師匠ヅラして頑張るなど出来まい」
自嘲気味に笑うアーロンだが、ランディは先程五十音表を手に取ったアーロンの手に、今も健在の剣ダコを見ていた。口ではそんな事を言っているが、アーロンからもキース同様強者の風格が漂っている。
彼もキースも、限界などないと成長を続ける偉大な男なのだろう。
もちろんアランもそれに気づいているのだろうが、誰もそれを口にしない。ただ黙って「そうですか」と笑みを浮かべるだけだ。
「それはそうと、Sランクの彼が倒れて、ギルドも実入りが減るのでは?」
「減るだろうが、残念ながら昨今の主流は今だ中位魔獣だ。それに……」
アーロンが意味深な笑みを浮かべた。
「ウチに道路を作れと言ってきたのは、それも含めてですか」
ため息まじりのアランに「左様」とアーロンが頷いた。カインと言う柱が抜けた穴を、ヴィクトールの魔の森に求めるつもりなのだろう。
「相変わらず、一筋縄ではいかぬお方だ」
「お互い様だろう」
笑い合い盛り上がる二人だが時間は有限だ。時計をチラリと見たアランが残念そうに眉尻を下げた。
「挨拶もそぞろで申し訳ありませんが、そろそろお暇します」
「そうするといい。明日の夜には帰り着かねばならんだろう」
笑顔で見送ってくれたアーロンに別れを告げて、ランディとアランは馬車へ飛び乗り、足早にリヴェルナントの港を目指していた。アーロンの言う通り、なんせ明日は聖女生誕祭なのだ。
正確に言えば明日はまだ聖女生誕前夜なのだが、生誕祭自体は前夜がほぼメインのようなものである。
クリスマスよりクリスマス・イブが盛り上がるアレだ。
つまり明日の夜までには屋敷に帰らねばならない。かなりの弾丸ツアーだがリヴェルナントから高速艇を利用して帰れば、明日の昼くらいにはヴィクトールの港湾都市に帰りつけるだろう。
そこからダッシュで戻れば、夜には何とか間に合うという計算である。
「何とか間に合うかな」
車窓から外を眺めるアランに、「だな」とランディが頷いた。レンタル馬車だが、振動の少ないそれは、ルシアンの売り出した馬車がここまで普及している事の証左だ。
他のメーカーも、こぞって真似をしているのだが、今のところ耐久性に加えて技術者の腕という面でルシアンが数歩先を進んでいる状態だ。
「結局暖房器具も閣下に頼ることになるとはな……」
ため息混じりのランディだが、アランが「あれは方便だよ」と笑った。
「政府は『王国の貴族でも頼れ』と言って、私は『そうします』としか答えてないよ」
「……って事は、王国のどこを頼っても良いって事か」
苦笑いのランディに「どこの、とは言ってないからね」とアランが澄ました顔で背もたれに身体を預けた。
「とは言え、ウチにそんな伝手があるわけないし、ルシアン殿経由になるだろうけど。なんせルシアン殿なら異大陸への伝手もあるからね」
ルーンの応用に研究。そしてそれの簡易化とかなりハードルは高いが、ランディとしても興味はある。それこそ異大陸のドワーフ達と研究するのは、先ほどの戦いよりも楽しそうだ。
「間違っても学園で馬鹿な実験はするなよ」
ジト目のアランに「わーってるよ」とランディが口を尖らせた。流石のランディも、そこまで馬鹿ではない。学園であんな事をしようものなら、それこそ大問題だ。
「にしても学園か……忘れてたぜ」
「……頭の痛くなる事を言わないでくれ」
肩を落とすアランだが、忘れていたのは本当なので仕方がない。とは言え、最近は楽しかったし、何だかんだで学園生活も嫌いではないのだろう。
「テストとダンスが無けりゃ、良いとこなんだけどな」
笑うランディが言うダンスは、終業式に行われるダンスパーティのことだ。本来なら、今日が終業式に当たる日だ。終業式が終わった夜に、ダンスパーティがあり、その後で帰省する生徒は帰っていく。
ちなみに去年のランディは帰省していない。北に帰るには道が険しくなり時間がかかる上、冬休み自体が短いことも相まって、ランディは去年の冬休みは帰省していないのだ。だから去年の生誕祭は、ヴィクトールも家族が集合出来なかった。
とは言えランディもランディで、
終業式のダンスパーティ。
翌日の生誕祭。
そんなリア充イベントを、ボッチで過ごしていたわけだが。
それに比べて今年の生誕祭は、賑やかになるだろう。久々の家族との団らんもだが、リズとエリーがいる。流石にルーク達は明日の夜には送っていくので不在だが、それでも賑やかになるのは間違いない。
あの時、ボッチで街の雰囲気を楽しんでいたのも悪く無かったが、やはり祭りとつくなら派手にいきたいものである。
「生誕祭も家族全員が揃うのは、二年ぶりだな」
「生誕祭か。そーいや……アナベル嬢が生誕祭の係がどうとか言ってたな」
思い出すのは、王都にいる小さな友人だ。教会にとっても生誕祭は重要なイベントだ。教会の地盤を整えた、二代目聖女が生まれた日と言われる明後日に向けて、王都の大聖堂には各地から多くの信者が集まるのだという。
去年の昼は〝聖女の行進〟や〝聖女の祝福市〟。夜は〝祈りの灯火〟に〝祈りの歌〟などさまざまなイベントで、都市全体が盛り上がっていたのを覚えている。
さすが聖教会の総本山と思ったものだ。特に〝祈りの灯火〟は幻想的だったと記憶している。日が沈み始めると、人々が願いや感謝の気持を込めて、灯火を灯すのだ。
灯火を手に、人々が今年の感謝と来年への祈りを空へ捧げる。その祈りの間だけ、黄昏時の王都を人々が持つ灯火が淡く照らす。その光景がとても幻想的だった事を覚えている。
車窓をぼんやりと眺めていたランディの瞳には、〝祈りの灯火〟とはまた違った、華やいだ街が映っている。
明日の生誕祭へ向けて、公国一の都市であるリヴェルナントも、先程の決闘より盛り上がりを見せているのだ。
ヴィクトールではあまり盛り上がらない生誕祭だが、やはりこうしてみると大陸規模の大きなお祭りなのだろう。
先ほど通り過ぎた、大通りの中央には飾り付けられた〝願いの聖樹〟が見えた。どこからどう見てもクリスマスツリーだが、その樹に括りつけられるのは、皆の願いという七夕仕様である。
その他にも、魔導灯で作られたささやかなイルミネーション。通りに面した店も、既に準備万端と言った具合に、生誕祭仕様に変身している。
少し変な祭りだが、皆が楽しそうなのは見ていて心が弾む。
まだ昼日中で、これだけ華やいだ雰囲気なのだ。夜ともなれば、更に華やかさ増すだろう。
「アナベル嬢は大変だろうな」
昨年の王都での盛り上がりは良く覚えている。だが今年は教会上層部があんな事をしたばかりだ。アナベル達普通の信者からしたら、色々と大変だろう。
「なんか手伝えたら良かったんだがな」
車窓から視線を逸らしたランディは、収穫祭の恩返しが出来なかったことを少しだけ悔いている。
アナベルもコリーも、積極的に祭りの準備も手伝ってくれて、盛り上げにも貢献してくれた大事な友人だ。出来れば恩返しをしたかったが、今からでは王都になど間に合うはずもない。
大きくため息をついたランディだが、それを前にアランが口を開いた。
「出来なくはないかもしれんぞ」
微笑んだアランが指す先には……
「リズ? ルーク達まで――」
……リヴェルナントの港で待つ見知った顔であった。
「お前ら、どうしたんだよ」
停車を待たずに馬車から飛び降りたランディに、「来ちゃいました」とリズが舌を出してみせた。
「明日は生誕祭ですし、ヴィクトールの人間として、収穫祭準備のお返しをと思いまして」
微笑むリズに、「そうだな」とランディが頷いた。自分のことを「ヴィクトールの人間」と言ってくれたことに、少しだけ胸が熱くなったのは内緒だ。
「ったく、遅えよ。お前なら五分で終わらせてくると思ってたのによ」
「会談が長引いたんだよ」
鼻を鳴らすランディだが、嬉しそうにルークと拳を突き合わせた。
「親父殿……」
「行ってくるといい。私は馬車とハリスンと、ノンビリ帰るとするさ」
「分かった。明日の夜には帰るよ」
微笑んだアランに、ランディは手を挙げてリズ達とともに街の喧騒へと消えていった。これから人気のない場所で転移で王都までひとっ飛びの予定だ。
そんな彼らの楽しそうな背中を見送るアランが、嬉しそうに溜息をついた。
「若いっていいっすね」
「お前もまだまだ若いぞ」
肩をすくめるアランが、馬車に戻り二人はゆっくりと目的の船を目指していった。