第113話 力でしか解決しないこと
邪悪な笑みを浮かべたカインが、魔剣を構えた。
踏み切った床が弾けた瞬間、カインの姿はランディの目の前に。
振り下ろされる一撃が、ランディの肩を掠めた。
その後もカインが振り回す一撃が、ランディの頬や腕を掠め、わずかに血が滲んでいく。
「はっはー。お前の血も、いい味だな!」
更に加速するカインが魔剣を振り回す。
もはや暴風雨の如き剣舞を、ランディが辛うじて躱し続けるがその度に周囲に血が舞っている。
完全に人外の攻防に、観客も司会も言葉を忘れ、オルディスは顔を青くして息を飲んでいた。
防戦一方のランディに、カインが魔剣を振り下ろした。
ランディが脳天に迫る切っ先を前に体を左に開く。
半身になったランディの前髪を、魔剣が掠め、ランディが右足を引いた勢いで回転。
カインの側頭部に、右後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
吹き飛んだカインが、間合いの外で跳ね起きて不敵に笑っている。
再び開いた間合いに、両者がしばし睨み合う。
「知ってるか? 俺はもう一段上があるんだぜ?」
ニヤリと笑うカインが、再度自傷して闘気を色濃くした。
「これでテメエは終わりだ」
カインが放つ殺気が、空気をビリビリと揺らしたかと思えば、ランディの目の前に現れた。
振り下ろされた魔剣をランディが辛うじて躱す。
その後も繰り出される魔剣の暴風が、ランディに反撃すら許さない。
ジリジリと追い詰められていくランディ。
盛り上がる観衆。
それでも一度間合いを切ったランディが、ボロボロになった上着を脱ぎ捨てた。
「次は、テメエの番だ!」
魔剣を突きつけるカインに、ランディが「仕方ねーな」とおもむろに着ていたシャツを脱いだ。
「……何のつもりだ?」
「まあ、脱皮?」
ヘラりと笑ったランディに、カインの蟀谷に青筋が浮かび上がった。
「ぶっ殺す!」
「そりゃ無理だ……こっからは俺もちょいとマジだからよ」
小さく息を吐いたランディが、トントンと靴を鳴らす。
――トン、トン、トン、ト
音が途切れたと思ったら、ランディの姿はない。
次の瞬間には、カインの身体がくの字に折れ曲がり吹き飛んでいた。
観客も司会もそして一撃を貰ったカインすら、何が起きたか分かっていない。
それもそのはず。ランディが脱皮だと言って脱いだのは、ただのシャツではない。出掛けにリズとエリーに作ってもらった、〝抑制〟のルーン入りシャツだ。
前回のカインが弱すぎて、うっかり殺してしまわないように、手加減の必要があったわけだが……生身での手加減が難しいなら、ルーンがあるじゃないか。というランディの提案で二人が急遽作ってくれたのだ。
ゴロゴロと転がったカインが、それでも跳ね起きた。
その前には既にランディの姿が。
振り上げられたランディの拳。
慌てて腕を上げるカイン。
防御の上からでも関係なく、ランディが拳を振り下ろした。
折れるカインの腕。
叩きつけられたハンマーパンチ。
その拳がカインの身体を再度床へとめり込ませた。
衝撃で震える会場……の揺れは止まらない。
床へめり込むカインを、ランディが何度も踏みつけているのだ。
「おら、早く起きろ。【剣聖】より強いんだろ?」
何度も踏みつけたカインの頭を、ランディが持ち上げ「さっさと治してこい」と放り投げた。
投げられたカインがゴロゴロと床を転がるが、ランディはそれを追いかけることはしない。ただ黙って腕を組んだまま見ているだけだ。
別にこのまま決めてしまってもいい。だが、恐らく相手は何も分からないままだろう。折角なら、二度と歯向かう気が起きぬよう、骨ではなく心を折らねばと思っているのだ。
そんなこんなでカインを待つ間、ランディはオルディスを振り返った。
「またタッチだって」
ニヤリと笑ったランディに、オルディスが慌てて剣を片手に駆け出した。
オルディスが剣を振り上げ……ランディの前蹴りがオルディスを捉えた。
がら空きの土手っ腹に突き刺さった蹴りで、オルディスが吹き飛ぶ。
床を滑ったオルディスにランディが追いつき、その髪を掴んで顔を持ち上げた。
「お前のせいでよ……俺はあの日からクラリスに避けられてんだよ」
オルディスを睨みつけたランディが、拳を握りしめた……が、それを解いた。クラリスに避けられているのは、ランディ自身の短慮のせいだ。
あの日、この男をドロップキックで吹き飛ばし、ヴィクトールが危機に陥った時、クラリスは真っ先に自分のせいだと泣き喚いた。自分がランディに懐いてさえいなければ、ランディが自分のためにあんな事をしなかった、と。
そんなはずはない。
たとえクラリスに嫌われていたとしても、ランディなら間違いなくドロップキックをブチかましていたが、クラリスからしたら納得できなかったのだろう。自分が兄や父の、足枷になってしまったと感じていたのかもしれない。
それからだ。クラリスがランディと微妙に距離を取るようになったのは。
もし次に何かあったとしても、ランディがクラリスのために動かないように、とクラリスなりに予防線を張っているつもりかもしれない。
それでもこの男が、馬鹿な事をしなければ、と思わないわけではない。だから……
「お前はお前にお似合いの方法でぶっ飛ばしてやるよ」
それだけ言うと、ランディはオルディスの髪を手放した。丁度カインが吹き飛んだ辺りで、人影がゆっくりと動いているのが目の端に映ったのだ。
そちらに視線を向けると、やはり回復が終わったのだろうカインが、立ち上がっていた。
「舐めやがって!」
奥歯を鳴らしたカインが、自傷して魔剣に血を吸わせる。先ほどもう一段と言っていたのに、また自傷だ。恐らくカインにとって此処から先は、未知の領域、力のコントロールが出来ないのかもしれない。
事実カインを包み込む闘気は、禍々しさを増している。
「モウだれモ止めらレないゾ……コロス!」
闘気を纏ったカインが駆け出した。
トップスピードからの振り下ろし。
床を穿つ踏み込みが、加速の力を全て切っ先に集約する。
風切音すら置き去りにする一撃へ、ランディが右フックを繰り出した。
振り下ろされる魔剣。
その腹にぶち当たるランディの拳。
衝撃波すら発生させる衝突は、
「ば、馬鹿ナ……」
ランディがカインの一撃を弾き飛ばして終わっていた。
弾かれた魔剣に、目を丸くするカインだがランディは止まらない。
振り抜いた右を戻しつつ、左拳をカインの顔面に繰り出した。
――パァン
という何かが弾けたような音は、ストレートよりも牽制のジャブに近い。
それでも弾けた衝撃に、カインの顎がわずかに上がった。
その隙を逃すランディではない。
ゼロ距離でランディの両拳が唸る。
カインの全身にほぼ同時に衝撃が走り、血を吐いたカインへとどめとばかりに、ランディが踏込と同時に右の肘を叩き込んだ。
くの字に折れるカイン……の顔面へランディが左手で抑え込んでいた右拳を弾くように叩きつけた。
肘鉄からの裏拳。
二段階の衝撃が、カインの身体を大きく吹き飛ばす。
盛大に吹き飛んだカイン。
その手から離れる魔剣。
転がったカインと、ランディの丁度あいだに魔剣が突き刺さった。
転がり、血を吐き出すカインへランディがゆっくりと近づく。
「ば、化け物……」
「失礼な。人間だ」
鼻を鳴らすランディの前では、カインの身体がゆっくりと癒えている。
「まだまだ戦えそうだな」
ニヤリと笑ったランディが、カインの顔面を殴りつけた。
前歯が吹き飛び、鼻血が舞い散る。
ゆっくりと癒えていく身体に、ランディがもう一度顔面を殴りつけた。
鈍い音が闘技場に響き渡る。
間隔を開けて。何度も。何度も……
「も、モウ……やめテくれ――」
頭を抱えて蹲るカインに、ランディが眉を寄せた。何とも情けないその姿に、一気に熱が冷めてしまったのだ。
「チッ、しゃーねーな」
ため息混じりのランディがカインに背を向けた。こうなったらもう一人の対戦相手に、鬱憤をぶちまけよう、とようやく立ち上がったオルディスへ向けて歩き始めた。
そんなランディの後ろで、カインがゆっくりと立ち上がり――
一気に駆け出し、地面に刺さった魔剣を抜きざまにランディへ斬り掛かった。
「死ネ!」
「テメーがな」
振り返ったランディが、飛び上がったカインの腹へ右拳を叩きつけた。
回転をかけた拳がカインの腹へ静かに当たり……カインがその身体を震わせた。
「――ゴッフ……」
カインの穴という穴から血が吹き出してその場に崩れ落ちた。
「さて、どうすっかな。ぶっ殺したほうが早いんだが……」
眉を寄せるランディの目の前で、カインの身体がゆっくりと癒えていく。その時ランディは魔剣がわずかに脈動している事に気がついた。
(……特異体質の正体はこれか?)
魔剣に血を吸わせて強くなる。そう思っていたが、どうもこの自然治癒自体が魔剣の力っぽいのだ。
(エリーがいたら、分かるんだろうが)
わずかに脈動する魔剣を、ランディがため息混じりに一瞥。そしてマジックバッグから一本の大剣を取り出した。それは竜の角を剣の形に整えただけのアレだ。
まだちゃんとした剣ではないが、それでも竜の角である。
「おい。これ、ちぃとぶっ壊してもいいか?」
ランディの質問に、「や、やメロ――」とカインが初めて慌てた顔を見せた。どうやらカインの心を折るなら、これが一番なようだ。
持ち上げた大剣をランディが、【血滾りの魔剣】の腹に突き刺した。
音を立ててヒビ割れた【血滾りの魔剣】から、無数のモヤが立ち昇り……「あ、ああああ!」と悲鳴を上げるカイン目掛けて飛んでいく。
無数のモヤは不気味な声とともに、カインの身体を通り抜け消えていった。
残ったのは、身体がしぼみ何とも無惨な姿になったカインであったものだ。
辛うじて胸は動いているが、あの身体では以前のように偉そうにする事も出来まい。
「呪い……っぽかったけど。まあいいか」
完全に興味を失ったランディの瞳には、一人顔を青くしたオルディスが映っている。
「まだ、『待て』じゃねーんだって?」
後ろで固まっている司会を、ランディが悪い顔で指さした。
「は? え?」
呆けるオルディスに向けて駆け出し……そしてドロップキック。
顔面を捉えたランディの両足が、オルディスを場外まで吹き飛ばした。殺さないようにインパクトをズラしたが、なかなか上手く決まったようだ。
壁にめり込んだオルディスが、ピクピクと動いている。
それを見たランディが、再びゆっくりとオルディスに近づく。
観衆も息を飲み、司会すらその仕事を忘れてただただ黙ったままだ。
オルディスに一歩一歩近づくランディに、ようやくゴルディスが我に返った。
「た、立会人!」
その怒声で「そ、そこまで!」と、ようやく仕事を思い出した司会が声を張り上げた。
「しょ、勝者、ヴィクトール家!」
勝ち名乗りと遅れてきた歓声をを受けたランディが、「まあまあかな」と自身の立ち回りを反省しつつ、アランのもとへと帰ってく。
割れんばかりの歓声の中、お通夜状態の政府へ向けてアランが微笑んだ。
「では、我々はこれで。明日は生誕祭ですから、早めに御暇させていただきます」
頭を下げたアランが、続ける。
「お約束いただいた件、何卒よろしくお願いします……これからも同じ国の一員として公国を支えられたら、と」
それだけ言うと、アランはランディを連れて振り返る事なく闘技場を後にした。いつまでも鳴り止まぬ大歓声を背に。
※ランディやアランが、ずっと芋引いているみたいに映っていたかもしれません。その事をお詫び申し上げます。
一応彼らも小領とはいえ、領地を預かる身ですから、色々と制約がある中での行動だとご理解いただけましたら。今回の冒頭で、彼らの抱える物の一端が少しでも伝わりましたら、と存じます。
力とは責任。
アランの言葉が少しでも皆様に伝わりましたら、幸いです。
とはいえ、様々な意見があって然りですから、お好きに評価していただいて構いません。