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第112話 力では解決しないこと

 カインが立ち上がった事で、客席を埋め尽くす民衆のボルテージが一気に上がる。


「これを見に来たんだ!」

「期待してるぞヴィクトール!」


 そこかしこから上がる歓声は、先程のブーイングを持ってしても半々といったところか。何だかんだで公国唯一のSランクというネームバリューはあるようだ。


 ゆっくりと近づく両者が、闘技場の中央で睨み合った。


「よかったぜ。テメエの親父が頭下げた時は、どうなるかと思ったが……」


 ニヤリと笑ったカインが、ランディの後ろに見えるアランを見た。


「……腰抜け親父のお陰で、政府の連中が逆にやる気になってくれたからよ」


 ケラケラと笑うカインだが、ランディはそれを意に介せず黙ったままだ。言いたければ好きに言えば良い。あの交渉を見て、アランを腰抜けだと言うならば、それを否定した所でカインには分からないだろう。


 気に食わぬからと言って、国を相手に真正面から力で解決したとして、その後はどうなるというのだ。結局それはただの自己満足に過ぎない。


 統治も不満も、全て暴力で解決するというのか?

 それとも自己満足のために、相手を殺し、混乱する民衆を尻目に自領に引きこもって悦に浸るのか?


 ランディに言わせれば、「馬鹿馬鹿しい。ガキの喧嘩にも劣る愚行だ」である。


 己の気分のみで動くのは、ただの子どもでしかない。実際ランディ自身が幼い頃にそれで痛い目にあっている。


 後先考えず感情に任せて暴力を振るい、家族に迷惑をかけた。子どもの喧嘩ですらその結果だ。いわんや為政者をや……である。


 為政者ならば、己の選択に責任を持たねばならない。自分の短絡的な行動の結果、起きることを想像して動かねばならない。


 仮に公国政府を力で倒したとして、様々な問題がある。いや問題しかない。


 そもそも公国自体が、他国にその主権を認められた立派な国だ。つまり政府がどれだけ馬鹿だろうと、国際社会が認めている公国は今の政府と大公家である。それを内乱と言えど武力で奪えば、他国からの誹りは免れない。


 友好国ヅラした王国の介入があるかもしれない。

 漁夫の利を狙った帝国の進軍があるかもしれない。

 反感を持った他の貴族が内乱を起こすかもしれない。


 いや……確実に周辺国は動く。なんせ主権を脅かす行為だ。それを見過ごせば、自国の主権が揺らぎかねない。


 それに巻き込まれるのは、自分だけではない。公国全ての民衆だ。それが分かっているからこそ、あえて会談をし、あれだけ譲歩した提案をしたのだ。ヴィクトールにとっての日常くらいなら、政府も飲めるだろう、と。


 正規の手続きを踏み、相手に断れないように要求を突きつけ、かつ相手にデメリットばかりを与えない。


 アランが描いた絵の通りだ。


 力だけでは解決しないことがある。アランが口酸っぱく言い聞かせてきた事だ。


 それが身にしみているからこそ、こうして場を整え、なおかつ自分達に有利になるように眠たい会談まで付き合ったのだ。


 抱えているもの、責任も知らない人間に、〝腰抜け〟だなんだと言われても「はい、そうですか」としか言いようがない。価値観が違いすぎて、それらを理解させる必要性すら感じない。


 ただただ溜息が出るだけである。


 そんなため息混じりのランディに、今も「腰抜け」だと煽り散らかすカインだが、ランディに反応がないのが面白くないのだろう。


「何だ? だんまりか?」


 顔を近づけてくるカインを無視して、ランディは司会の男へ視線を向けた。


「今回要求が二個あんだろ?」

「は、はい」


 頷く司会に「面倒だしよ」とランディがため息混じりに、カインとその後ろに控えるオルディスを見た。


「二人いっぺんに相手してやるよ」


 不敵な笑みを浮かべたランディに、カインが盛大に眉を寄せるが、観衆からは大歓声が上がる。


「ふざけんな!」


 カインが叫ぶが、不利になるほうのランディが「構わねーよ」と言っているのだ、代理人でしかないカインがどれだけ喚こうとも、最終決定権は政府とシャドラーにある。


 もちろんオルディスも「侮辱するな」と憤慨しているのだが、結局はシャドラーよりも政府の意向が反映されるのは仕方がない。


「許可しよう」


 高官が頷いたことで、二対一という決闘史上初の形となった。


 盛り上がる観衆と、怒り狂うカインとオルディス。完全に会場が熱くなったころ、司会の男性が闘技場の上から降りた。


『それではこれより、政府・シャドラー家とヴィクトール家の、要望と名誉をかけた決闘を執り行います』


 盛り上がる観衆の声援を背に、向かい合う両者。


「オルディスさんよ……少し下がっててくれよ」

「チッ、仕方がない」


 二対一で良いと言うのに、相手は順番に出てくるのだという。とは言え相手の決めたことにランディがとやかく言うつもりはない。二対一にした最大の理由は、カインとの戦いで、オルディスが棄権しないように逃げ道を塞いだだけだからだ。


『ルールは古の決闘に則り、武器の使用を許可し、立会人が〝待て〟をかけるまで――』


 叫ぶ司会がどうやら立会人らしい。もう間もなく始まるだろう瞬間に向けて、両者が中央から離れて間合いを取った。


 カインは仲間から魔剣を受け取り、オルディスは闘技場の脇へ。そしてランディは、大きく伸びをして無手のまま構えた。


 武器を持たぬランディに、カインが眉を寄せ、観衆からどよめきが起きるが、ランディはそれらを一切無視。ただ目の前の相手に集中するために、大きく深呼吸をするだけだ。


 ランディが細く、ゆっくりと、息を吐き出していく……力では解決しないことがある。だが……


(力だけでは解決しないことがある。だがこっからは、力で解決させる……俺の領分だ)


『それでは……始め――』


 司会の合図で、カインとランディの姿が消えた。

 かと思えば、カインが闘技場の中央に叩きつけられていた。


 会場全体を揺らす音は、カインが石畳に叩きつけられた音か。

 それともランディのハンマーパンチが、カインを捉えた音か。


 とにかく高速で交わった両者は、カインの魔剣より早くランディが右拳を相手の頭に叩きつけていた。


 水平移動していたカインが、垂直に叩きつけられる。

 そのエネルギーが、カインの身体を床にめり込ませた。


 ピクピクと動くカインの指に、司会も観衆もただただ目を丸くして言葉を失っている。


「これで終わりじゃねーだろ。待っててやる」


 ため息混じりのランディが、カインの回復を待つ間に、とオルディスの方へと歩きだした。


「よぉ。隅っこで縮こまってねーで、昔みたいにプロレスで遊ぼうぜ」


 ニヤリと笑ったランディに、顔を引きつらせたオルディスが「ぷ、ぷろれす?」と声を上ずらせた瞬間、ランディの姿が消えた。


 次にランディの姿が現れたのは、オルディスの鍛えた首元にラリアットを食らわした瞬間だった。


 肉と肉が打つかる音が闘技場を震わせ、オルディスが勢いよく後方に回転する。


 盛大な音を立ててひっくり返ったオルディスに、「よしよーし」とランディが悪い笑顔を近づけた。


「ちっとは鍛えてんじゃねーか。昔みたいに一撃で終わったら、どうしようかと思ったぜ」


 ランディの笑顔を前に、呼吸の整わないオルディスが「はっ、はっ」と酸素を求めて口をパクパクと動かしている。


「ヴィクトーォオオオル!」


 聞こえてきた咆哮は、カインのものだろう。


 振り返る先に、顔を憤怒に染めたカインが立っていた。


「ぶっ殺す!」


 突っ込んでくるカインの速度が、先程よりも上がっている。

 迫るカインの横薙ぎ。

 ランディのウィービング――から打ち下ろすようなフック。

 ランディの右拳がカインの顔面を捉える。


 めり込む拳。

 舞う唾液。

 吹き出す鮮血。


 それらを残して、カインが大きく吹き飛んだ。


 床を跳ねて転がったカインが、即座に飛び起きた。

 流れる鼻血が、カインの魔剣に落ちる……と、魔剣が怪しく輝いた。


「すげえだろ。【血滾りの魔剣(カーネイジ)】は、俺の血を吸って、俺の力を増幅させる相棒だ」


 ニヤリと笑ったカインが、魔剣で己の身体を傷つけた。流れる血を吸った魔剣が、更に輝く。


(残りHPが少なくなるほど、攻撃力が増す……みたいな感じか?)


 ゲームだとダメージを受け瀕死になると強くなる。だが現実だと血を吸って、になっているとの予想だ。


(自己治癒と相性がいいようで)


 ランディの感想通り、血を吸わせただけ強くなるなら、怪我がオートで治る特殊体質のカインには相性のいい武器なのだろう。もちろんあまり血を与えすぎると貧血になるかもしれないが。


「血の気の多いお前にはピッタリだな」


 鼻で笑うランディに、「いつまで余裕でいられるかな」とカインが再び接近。


 先程よりも速度も鋭さも上がった魔剣が、ランディを襲う。


 振り下ろし。

 返す切り上げ。

 袈裟斬り。


 間合いを切ったランディを、逃さぬ鋭い踏み込み。

 それに合わせてランディも踏み込んだ。


 魔剣の間合いを潰す、無手の間合い。


 だが詰まった間合いに、カインが魔剣の柄を繰り出した。


 額に迫る柄頭に、ランディが膝を抜く。

 カクンと落ちたランディの頭に、柄頭が空を突く。

 と同時にランディが左拳をカインの脇腹へ。


 突き刺さった拳に、カインが「グッ」と声を漏らした瞬間、ランディが叩き込んだ左拳でカインの腕を取って反転。


 低い姿勢のランディが、カインを一本背負い。

 背中から叩きつけられたカイン。

「か…ハッ――」

 肺の空気を全て吐き出したのだろう、カインの口が酸素を求めるように――


 ズドン


 その顔面をランディが踏みつけた。


 再び痙攣するカインを尻目に、ランディは鼻を鳴らしてオルディスに向き直った。


「タッチ、らしいぞ?」


「タッチ? は?」


 呆けるオルディス目掛けてランディが駆け、飛び上がった。

 オルディスの頭をランディの両足ががっしり掴み。

 ランディが後方に一回転。


 ――ティヘラ。


 超変則的なプロレス技に、オルディスが対応出来るはずもなく。


 その頭頂部を強かに地面に打ち付けた。


「ぐぁあああ」


 頭を抑えてオルディスが転がった頃、どうやらカインが回復したようで再び立ち上がった。


「ヴィクトール……ヴィクトーォオオオル!」


 目が完全にキマったカインが、「本気で行くぞ」ともう一度自傷して魔剣に血を吸わせた……立ち上る漆黒の闘気が、剣だけでなくカインも包み込む。


「この姿になった俺は、【剣聖】よりも強いぞ」


 邪悪な笑みを浮かべたカインが、魔剣を構えた。

 踏み切った床が弾けた瞬間、カインの姿はランディの目の前に。


 振り下ろされる一撃が、ランディへ迫る。

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