第111話 まあ結局決闘になるんですけどね
「ふぁ〜。ねみぃな……」
「あれだけ寝て、何を言っているんだ」
成長期なんだとあくびを噛み殺すランディに、それ以上デカくなるなとジト目のアラン。並んで歩く二人を迎え入れるのは、円形の観客席を埋め尽くす民衆だ。
「暇人ばっかりだな」
周囲に視線を向けるランディが、小さくため息をついた。とは言え今回の会談は、きっかけがきっかけだ。年の瀬で忙しいはずのこの時期だというのに、会談……とその後に続くだろう決闘を見るために、この広い闘技場跡に民衆が詰めかけている。
それだけ民衆の耳目を集めたと言えるのだろう。
「まあガス抜きだろうね」
肩をすくめるアランの言う通り、民衆にとっては会談そのものよりその後に続く決闘がメインかもしれない。
事実、アランとランディが闘技場跡に現れてから、囁かれる言葉は決闘の心配ばかりなのだ。
「たった二人だぞ」
「決闘の代理もなしか?」
飛んでくる疑問の声に、「会談なんだ。当たり前だろ」とランディが鼻を鳴らすが、民衆たちは今も二人しかいないヴィクトールに驚いている。
彼らの言う通りランディとアランは、たった二人でこの巨大な闘技場後と呼ばれる施設に来ている。リズは現在子爵領の屋敷で、ルークやセシリアと留守番だ。
理由は幾つかあるが、一番の理由はどうしてもリズ=侯爵家というイメージが拭えていないからだ。公国の民衆にとって、その辺りの難しい話は分かっていない。単純に、ヴィクトールと侯爵家が手を結んだ象徴だという認識が強い。
相手の出方をある程度シミュレートした結果、アランが今回は連れて行かないほうが無難だと判断した。屋敷にはルークにキース、そして騎士たちまでいる。それこそ竜が突っ込んできても、倒せずとも撃退させる事くらい出来る防衛力はある。
それに反してたった二人だけの現場だが、ランディもアランも会談であれば、無用な圧力は不要、と二人でここまで来たのだ。
だがその結果……
「たった二人など……諦めたのか?」
「いや、ヴィクトールの息子は強いらしい」
「強いっていっても、相手はSランクだぞ?」
「知らねえのか? 先代ヴィクトールは【破軍】って呼ばれた程の男だ」
「じゃあ今のヴィクトール卿は?」
「さあ? 入り婿らしいけどな」
……今も観客たちからもれる声に、ランディは小さくため息をついた。
「これ、会談の必要があるのか?」
「要求を広く知らしめる必要があるからね」
微笑んだアランが、闘技場の中央に設置された席へと腰を下ろした。席に乗せられているのは、マイクに似た音を拡散する魔道具だ。どうやら民衆にもちゃんと話が通るように、融通してくれたらしい。……恐らく政府が、自分達の意見を聞かせるためだろうが。
そんな事を思いながら、ランディも同じ様に腰を下ろした時、反対側から多くの人間が現れた。
政府の高官と思しき人間。
ゴルディス・シャドラー。
Sランク冒険者、カイン。
そして……
「ゴルディスが二人いるんだが?」
「オルディス・シャドラーだよ」
「マジかよ。見ねー間に年食ったな」
笑うランディに、「大人しくしておけよ」とアランがため息を返した。
「それではこれより、公国政府、シャドラー伯爵家とヴィクトール子爵家による問責会談を執り行う」
司会進行の声に、ザワザワと騒がしかった観客席が、一瞬で静まり返った。
それと同時に、正面に座っていた公国政府の人間が、今回の顛末を民衆やランディ達へ向けて語り始めた。いきなり非を認めて謝る政府に、一瞬だけ観衆がザワつくが、直ぐ静かになる。
「へぇ。意外に行儀がいいじゃねーか」
ランディは今も何かを喚いている政府の人間を無視して、観客席を埋める大観衆を眺めている。よほど今回の事件に興味があるのだろうか。
現代日本で政治への無関心を良く知っているランディからしたら、これだけの人が集まり政府の話に耳を傾けているのは驚きでしかない。
今も「偉いな」と静まり返る会場を見渡すランディに、「お前も行儀よくしとくんだぞ」とアランがため息をついた。リズがいないので、アランがランディの手綱を握っておくしかないのだ。
「お前の出番は会談の後だからな」
「へーへー。それまでは黙ってりゃ良いんだろ?」
ため息混じりのランディが見るのは、政府高官の後ろに控えるカインだ。既に向こうは臨戦態勢とばかりに、ずっとランディへ殺気を飛ばしている。
「そーいや、あっちのバカ親子はどうするよ?」
カインの殺気を受け流すランディが、政府の人間同様対面に座るゴルディス、オルディス親子をチラリと見やった。そもそも事の発端は、連中なのだ。連中に責任を取らせたいと思うのは無理もない。
「さあね。あちらの出方次第、としか」
肩をすくめるアランに、「それもそうか」とランディも納得して頷いた。
ダラダラと続く政府の見解に、民衆が少しずつ聞き入っていく。風の魔法を利用した、マイクのような拡声道具の効果も相まって、気がつけばヴィクトールが反乱まがいの事を起こしたと言う話が、民衆に刷り込まれているのだ。
「暖房器具なんだが……」
流石に自分のやらかしなので、申し訳ない気持ちが勝る。頬を掻くランディに「予想通りだよ」とアランがため息をついた。
「んで、どうするんだ?」
眉を寄せるランディに、「さあ。どうしようか」とアランがおどけて肩をすくめて見せた丁度その時
「ヴィクトール卿、何か申し開きがあるかね?」
拡声器で響く声に「何が『申し開き』だ」とランディが鼻を鳴らした。だがアランは落ち着いたまま小さく息を吐いてゆっくりと立ち上がった。
「まず……冒頭に魔鉱石供給に関する不手際があった、と謝罪してくれたこと、それに相違ありませんね?」
確認を取るアランに「くどいぞ!」とシャドラーが声を張り上げた。
シャドラーを無視するアランが「今回の閃光は決して威嚇ではない」と続けた。アランが語るのは事実だ。ヴィクトール領の技術者や文官が、新たな暖房器具の開発中に起きた事故だと言うことを説明した。
もちろん竜やルーンなど、絶対に信じてもらえないような事は話さない。残念ながらそれを話せば、途端に話が嘘くさくなってしまうのだ。
それでもアランに出来る、精一杯の誠意だ。事実を事実のまま話す。相手がパフォーマンスとは言え謝罪をしたのなら、こちらも筋を通すだけだ。
「今はまだ可能性でしかない技術ですが、新たな暖房設備の開発に取り掛かっています」
自信に満ち溢れたアランが続けるのは、今新たな暖房を開発中という話と、今後のビジョンだ。公国の民として今回の暖房器具の開発を、是非公国内で進めたい、というビジョンである。政府の謝罪に対する最大限の返答でもある。
「とは言え、先に申しました通り、まだまだ未知数の技術故、今しばらく魔鉱石の安定供給を望みます。もちろん、供給を圧迫しない程度に控える事を約束します」
頭を下げたアランに、観客たちも分かりやすくザワつく。荒くれ者と呼ばれた先代ヴィクトールと違う姿に、観客たちも驚きを隠せないのは無理もないだろう。
政府の高官達も頭を下げるアランの姿に、一瞬だけ驚いた顔を見せていた。だが今は〝恐るるに足らず〟とでも言いたげな蔑んだ瞳を向けている。
そんな中、一人だけ……ランディだけはそんなアランの姿を見ずに、政府の高官達を眺めて呟いていた。
――瀬戸際だぞ、と。
ランディは知っている。アランがこの話を蹴られると分かって、頭を下げている事を。なんせ既にカインがこの場にいるのだ。
本来問責会談は、あくまでも〝会談〟がメインであり、その後の決闘を想定した代理人を会場に入れるなどありえないのだ。最初から「お前の話を聞く気はない」そう言っているのと同じなのだから。
ランディやオルディスのような当事者であれば問題ない。当事者同士がそのまま決闘を行う場合もあるが、代理人を立てる場合は、会場の外に控えさせるのが本来のマナーだ。
それを理解した上で、アランが頭を下げた理由は二つ。
一つは先代大公への義理を果たすため。
そしてもう一つは……ヴィクトールは頭を下げた、という事実を作るためだ。
残念ながら政府はそんな事にも気づかないのだろう。なおも頭を下げ続けるアランに、「話にならん」と政府の高官が叫んだ。
「先ほど、ヴィクトール領で開発しているとそう言っていたな」
叫ぶ高官に「ええ」とアランが頷いた。
「ブラウベルグを頼らずに?」
「ええ。今のところ頼るつもりはない、と両家にも連絡を入れています」
まだ手紙が届いた頃だろうが、ルシアンやアルフレッドもアランの状況は知っているだろう。だがアランの言葉に政府高官がほくそ笑んだ。奴らに断れたのだろう、と。
「話にならん!」
もう一度叫んだ高官が、自分達の席に用意されたマイクを掴み、勝ち誇ったような大声で捲し立てる。
「魔鉱石を必要としない暖房器具? しかも貴殿達だけで? それの失敗だと? 笑わせる!」
「試作品に失敗はつきものでしょう」
「失敗で閃光が上がるほどの爆発が起きる物など、怖くて誰も使わんぞ!」
鼻を鳴らした高官に、アランが「そうですか」と肩をすくめて黙り込んだ。想像通りとは言え、期待していた答えは得られなかった。で、あればアランが取る道は一つ。先程下げた頭の重さを返して貰うだけだ。
「そんなに作りたければ、貴殿を助けてくれる王国貴族にでも頼めばよいではないか!」
ほくそ笑む高官とシャドラー達を見て、アランが「では、そうします」と満面の笑みを返した。政府としては既に断られていると勘違いしているが、アランは政府の許可を取るために両家の名前を貸してくれ、としか手紙で伝えていない。
つまり、政府自ら墓穴を掘ったわけだ。
とは言え、公国政府が馬鹿過ぎるわけでは無い。暖房器具の開発の危険性や、難しさは北国である公国が何よりも知っている。だからこそ、大陸でも南に位置するブラウベルグでは……という思いがあったのだろう。
そんなブラウベルグに断られるような技術なら、政府が噛んだところで旨味などない、と。
もちろん、それを考慮していたからこそ、アランも両家の名前を借りる手紙を送っていた。政府が馬鹿だった場合、その両家の名前を出せば、「いいぞ」と墓穴を掘ると知っていて。
お墨付きを貰おうと思っていたら、向こうが勝手に出してくれた形だ。
つまり今のところ、公国がアシストを出した事以外は、アランが思い描いていた通りである。……本当は頭を下げたアランに、公国政府が折れてくれたら話が早かったのだが。
とにかく彼らは、ヴィクトール虐めを止める気はないらしい。
ならばアランが言うことは一つだけだ。
「国の開発協力は諦めました」
ため息をついたアランが続けるのは、会談冒頭に述べた要望だ。
「会談の結果私が望むのは、ヴィクトールへの魔鉱石安定供給と魔鉱石供給の透明化です」
各都市からの需要と供給、そしてその年の採掘予想を、誰でも分かるように新聞等に明示する。それだけで、今回のような騒動が起きる事がなくなる。
「エネルギーは、国の中枢を担う重要な事項です。それを盾に、第二第三のヴィクトールが出ないこと。それを望みます」
魔鉱石の需給が見えるようになれば、ヴィクトールだけ極端に少なくされるという事はなくなる。始めにも言ったが、まだルーンは実用段階ではない。発熱インナーがあるとは言え、ある程度の魔鉱石は必要なのだ。
だが、それを政府が飲むわけがない。
馬鹿にするように首を振った高官と、シャドラーが「話にならない」と繰り返した。
「我々政府とシャドラー伯爵が求めるのは、貴殿の無意味な威嚇行為への謝罪と、魔鉱石浪費の改善である」
未だに威嚇行為だと決めつける政府に、アランも「話になりません」と笑顔で首を振った。
「ならば、決闘だ」
「ですね」
頷いたアランが、ランディに出番だと視線を向けた瞬間、シャドラーが口を開いた。
「先ほど安定供給に寄与するために、ヴィクトールでの需要を見直すと言ったが、もちろん謝罪だけでなく、それもやるのだろうな?」
ニヤリと笑うシャドラーに、隣の高官も大きく頷いた。
「言うからには、出来るのだろうな?」
勝ち誇った高官の一言に「出来るから、言ってるんです」と鼻で笑ったアランが、司会の男に一枚の肌着を差し出した。
「なん、です? 肌着?」
首を傾げる司会の男に、アランが「ウチの発明です」と笑顔でそれを着るように促した。訝しげな男だが、高官やシャドラーの「着てみたまえ」という言葉に、渋々ながら一度その場から立ち去った。
「あんな薄い服一枚で?」
ヘラヘラと笑う高官達を他所に、ランディとアランは黙ったまま席に座っている。普通に考えれば、アランもランディも、屋外にしては薄着だと気付きそうなのだが。この吹きさらしの闘技場跡で、薄着の二人を前に、何も疑問に思っていない。
つまり彼らは最初から、ヴィクトールという地を侮っていたのだろう。それが彼らの敗因かもしれない。
そんな事を考えていると、司会の男が驚いたような表情で戻ってきた。
「これ……これは凄いですよ! 暖かいです!」
司会の男の声で、観客たちが大きくザワついた。何の変哲もない肌着なのに、今も興奮する男が、自分の仕事も忘れてその暖かさを雄弁に語っているのだ。
「ヴィクトール卿! あれは何だ?」
「ウチの発明ですよ。発熱する肌着です」
事も無げに言ったアランの言葉に、その場の全員が騒ぎ出した。肌着が発熱するとはこれいかに。だが誰もその疑問に答える事など出来ない。
「な、なんだそれは! 聞いていないぞ」
「聞かれてなかったので」
悪びれる様子もないアランに、高官の蟀谷に青筋が浮かんだ。
「さ、先程の謝罪要求は、政府からだ。シャドラー家が決闘に求めるのは、貴殿が開発中の技術全てだ!」
発熱する肌着を前に、先程までアランが言っていた暖房器具の開発にも何かしらの旨味を見出したのだろう。
何とも自分勝手な発言に、民衆から分かりやすくブーイングが起きた。なんせ先程まで勝ち誇っていたと思えば、今は手のひら返しで自分達が定めたルールすら破るのだ。
決闘は一度決めた内容を変えられない。
だと言うのに、恥ずかしげもなく決闘内容の変更を要求する政府とシャドラーへの反感は止まらない。
鳴り止まぬブーイングだが、アランがそれを収めるように手を挙げた。
「構いませんよ。二回とも勝てばいいだけですから」
笑顔のアランが更に続ける。
「うちはそのまま、安定供給と透明化をお願いします」
相手の変更を認めつつ、自分達の要求は変更しない。完全に器の差を見せたアランに、高官が奥歯を鳴らした。
「……余裕のつもりか?」
「つもり、ではなく。余裕なんですよ」
鼻を鳴らしたアランが、「知りませんでした?」とランディそっくりの悪い笑顔を見せた。
「ウチは、口よりも腕っぷしが強い人間が多いんです」
その言葉に、ランディが「待ちくたびれたぜ」と立ち上がった。
「さあ、やろうか。シンプルな解決方法をよ」
手招きするランディに、「いい度胸だ」とカインとオルディスが立ち上がった。
※おかしい。本来は国のエネルギー事情を責任転嫁する政府と、外国勢力を巻き込み、政府の圧力を主張しつつ、政府介入の危険性で反論するというバリバリな政治の流れにするはずだったのに。
ランディのやらかしのせいで、公国政府がただの馬鹿になってしまったこと、お詫び申し上げます。