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第110話 トランポリンの裏側で――

 ランディとエリーがやらかすよりも少し前……公国政府は蜂の巣を突いたような、騒動に見舞われていた。


 ――ヴィクトール領で、閃光が打ち上がった。


 もちろんリヴェルナントや公都ハイランドから見えたわけでは無い。それでも現場近隣の村や街からは、立ち上る閃光が見えたという。


 閃光が仮に本当であった場合、その原因次第では会談どころの話ではない。故に公国政府では情報が入ってから、今の今までずっと会議が開かれている。


 会談を延期にすべき。


 という意見と、


 会談はあえて進めるべき。


 という意見が真っ向からぶつかり合っているのだ。


 あの疑似ドラゴンブレスで青空が出たのは、ヴィクトールの港湾都市周辺だけだ。だから閃光が天を焦がす程の威力だとは知られていない。


 それでも遠くで閃光が見えた、と言う事実はある。そんな閃光の原因として、会議で上がっているのが、何かしらの魔法、魔道具ではないか、と言う事だ。


 閃光を発生させる程の魔法、もしくは魔道具。どう考えても威嚇行為ではないか、というのが現在会議の主流である。


 ヴィクトールが辺境とは言え、背後に王国の侯爵家までいるのだ。公国が知らない何かを持っていてもおかしくない。


「侯爵家の融通した魔法部隊の演習ではないか? こんな状況なら会談は延期にすべきだ!」


 本当に威嚇であれば会談を延期にすべき、というのは至極真っ当な意見だろう。


 だが延期を押しきれないのは、本当に威嚇かどうか分からないのだ。ヴィクトールの監視をしていた人間も、運悪く領都周辺にいた為、閃光自体は見ていない。


 正確な情報がない中、延期派が一枚岩になれていないのが、大きな要因だ。


 延期にして非公式ルートで確認をするべき。

 王国に打診して、侯爵家の動きを確認するべき。

 ヴィクトールに正式な抗議をいれるべき。

 監視を強化して、探りをいれるべき。


 様々な意見のせいで、延期派はまとまることはない。それに比べてあえて開催する派は、ガッチリ一枚岩である。


 あえて会談を進めて、ヴィクトールに譲歩させるべき。


 今回の騒動を威嚇行動だと断定し、貴族らしからぬ行為だとあげつらい、相手に譲歩させるべきだという意見だ。


 もともと政府やシャドラーが描いていた会談の流れを要約すると、〝責任のすり替えとイメージ操作〟である。


 魔鉱石の採掘量が減った。というのは、相対的にであり、昨今の発展目覚ましいヴィクトール領での使用量が予想よりも大きいからだ。と責任転嫁をする予定であった。


 ヴィクトール領からの需要が逼迫し、供給の管理が困難になっている、と言う筋書きである。


 普通に聞けば、管理不行き届きであるし、シャドラー伯爵の責任以外の何物でもないのだが、「ヴィクトールが〜」とアラン達の責任にすり替えるつもりなのだ。


 需要が急変動したせいで、管理が複雑化していると。ヴィクトールが需要増を考慮した報告を遅らせたせいだ、と。


 無理筋に聞こえる話だが、〝発展著しいヴィクトール〟という事しか知らない市民からしたら、確かに政府やシャドラー伯爵の言い分にも、筋っぽいものが見えるかもしれない。


 その後に繰り出すのが、イメージ操作だ。


 新しいエネルギー供給調整の必要性を説き、ヴィクトールへの供給管理を強化して全体の供給安定を図る為の施策を講じる、と宣言する。


 新しい規則を「ヴィクトールのために作りますよ」と言いながら、それを持ってヴィクトールで過分に消費される魔鉱石の浪費を抑制する。とここでも魔鉱石供給不安は、ヴィクトール自身のせいだと刷り込む事を繰り返す。


 もちろんこれにヴィクトールが頷くなど思っていない。だからこそのSランク冒険者カインに「待て」をかけたのだ。


 会談が平行線に終わる場合は、お互いの名誉をかけた決闘になるからである。


 武器を持ったカインの強さは、それこそ公国政府のお墨付きだ。だからこそ、この無理筋の中に、民衆を納得させるような刷り込みを入れまくったのだ。


 カインが勝ち、政府の意見が通る時に、誰もヴィクトールに同情などしないように。


 だがここに来て、相手の威嚇と思しき行為だ。


 公国政府とて馬鹿ではない。今回の会談の筋書きを、ヴィクトールがある程度予想していることくらい想定内だ。このくらいしか道筋がないだから。


 つまりあの威嚇と思しき行動は、ヴィクトールからの警告だと勘ぐっている。無理筋を通すようなやり方には、「こうだぞ」とでも言っているかのような威嚇行為。ヴィクトールだけで、そのような事が出来るとは思わない。あそこの地は、昔から魔法とは無縁の血筋だ。ならば、背後に見えるのは王国の侯爵家しかない。


 ……実際はランディ、リズ、エリーの三人と技術者たちの悪ふざけなのだが、誰もそんな事を予想できるわけが無い。


 だが誰も予想できない事が、政府にとっては利になっている。


 政府が予想できないのなら、民衆とて予想出来るはずがない。つまり侯爵家の影がチラつくのは、何も政府やシャドラーだけではないという事だ。


 仮に威嚇であり、それが兵器なら、侯爵家が噛んでいると民衆でも想像できるだろう。


 民衆と認識を共有できるのは、政府にとって追い風だ。ヴィクトールは、国外の勢力と結んで、公国に宣戦布告するつもりだ、というプロパガンダを作る事が出来るからだ。


 それならば、始めに政府の不手際を謝りつつ、問題を今回の威嚇行動にシフトした方がいい。


 始めに謝罪することで、相手の出鼻を挫きつつ、民衆に「謝った」「和解する気はあった」という姿勢を見せることが出来る。その上で今回の威嚇行動の責任を問う。つまり、別方向からの〝責任のすり替えとイメージ操作〟である。


 そんな意見が、気がつけば会議場にジワジワと広がっている。会談前に他国の力を借りた威嚇行為など、騎士にあるまじき行為である。そこを突いたほうが勝算がある、と。


 加えて


 閃光が上がったくらいで、尻込みするのか。

 そんな事をすれば、政府は腰抜けと笑われるぞ。

 公国の魔導部隊でも、数人で魔法を放てば閃光など作れる。


 そんな強気な発言が徐々に会場へと浸透していく。


 ルーン。

 竜の素材。

 古の大魔法使い。


 誰も知らない。誰も想像すら出来ない。だからこそ、見ていない物を自分達の物差しで測ってしまう。多分こんなものだ、と。知っていたら、政府は間違いなくシャドラーを切って、ヴィクトールに五体投地で謝っただろう。


 だが知らないのでどうしようもない。


 その結果、政府が下したのは「あえて会談を進めて、相手の不手際を突く」という作戦だ。もちろん様子を見て、元々の作戦も織り交ぜていく予定である。


 もちろんそれら全ては、後に控える決闘のための前座でしかない。政府とシャドラー伯爵家のイメージを落とさず、ヴィクトールとの決闘に臨むためのもの。


 自分達のイメージを落とさず、ヴィクトールを下げるための作戦。


 それがどう転ぶのか、今はまだ誰も知らない。



 ☆☆☆




 公国政府の方針が決まった頃、アランはヴォルカンと二人で杯を傾けていた。


 義理の親子ではあるが、付き合い自体は非常に長い。それこそアランが生まれた頃からと言っていい。グレースと幼馴染のアランにとって、ヴォルカンは父のような存在でもあるのだ。


「ランドルフが生まれてから、もう十七年か」


 懐かしむように酒を飲むヴォルカンに、「色々ありました」とアランが笑った。


「妙に利発的な子じゃと思えば――」

「変なところで抜けてますから」


 アランが苦笑いを浮かべるが、ヴォルカンが「お前の若い頃にそっくりじゃな」と悪い顔で笑った。


「あそこまで酷くないですよ」


 苦笑いのアランだが、「いいや」とヴォルカンは首を振った。


「グレースに婚約を申し込んで来た男に、『お前じゃ無理だ』と飛び蹴りを食らわしたのは、どこの悪たれじゃ?」


 ニヤリと笑うヴォルカンに、「あれは……」とアランが頬を掻いた。


 実際に飛び蹴りを食らわしたのは事実だが、あれはグレースが嫌がっていたからだ。とあるパーティに出て、上位の貴族に見初められたグレースだが、当時からアランが好きだったグレースは、貴族の申し出を断ったのだ。


 それに憤慨した貴族が、ヴィクトールまで乗り込んで、「自分と結婚しろ」とグレースに強く迫った所を、アランが飛び蹴りで吹き飛ばしたというわけである。


「あれからお前も色々あったの」

「ええ。責任をとってヴィクトールを出て……そして……色々あって帰ってきましたから」


 肩をすくめたアランに、ヴォルカンが懐かしむように笑って酒を注いだ。


「先代の大公閣下には感謝せねばならんの」

「はい。本当に……エルンスト様には、感謝してもしきれません」


 ため息をつくアランが「だからこそ……」と呟いた。自分にとって恩義のある家であるからこそ、今の公国政府と大公家に思うところがあるのだろう。


 実際アランは、ルークを大公に据えた方が、先代大公の意に沿うのでは、とすら思っている。だがそれでも先代大公の恩に報いるために、出来る限り今の公国へ尽くしてきたつもりだ。


 公国の一員として。

 貴族の役目として。


 確かに国外の勢力と結んで、様々な事業を展開しているが、心は公国の民である。公国の利になるよう、ルシアン達との取引の調整を行ってきている。


 政府がそれを知らないはずはない。少し調べたら金や物の流れなど直ぐに分かるはずだ。それなのにこの仕打ちである。


 少々気が滅入ったとしても、誰がアランを責められようか。


 そんなアランの微妙な心持ちを理解してか、ヴォルカンも何も語らない。しばらく続く沈黙に、二人がほぼ同時に杯の中身を一気に呷った。



「それで……どうするつもりじゃ? 昼間のアレは、確実に突かれる案件じゃが?」


 眉を寄せるヴォルカンに、「大丈夫ですよ。むしろ分かりやすくなりました」とアランが笑った。


 今回の騒動が仮に政府の耳に入っていれば、それを突かれるだろうことは必至。だが、いやだからこそアランはそれを利用して政府の要求を突っぱねるつもりなのだ。


「政府の出方は分かってます。十中八九、責任転嫁とイメージ操作でしょう。手垢のつきまくった方法です」


 吐き捨てたアランにヴォルカンが酒を注いだ。


「だからこそ、今回の騒動を『ヴィクトールの反乱』だとか言うと予想しています」


「なるほど……馬鹿どもの考えそうな事じゃ」


 頷くヴォルカンに、アランが酒を注ぎ返した。


「なので、正直に話すことにします。もちろん、竜だとか、ルーンだとかは伏せますが……」


 肩をすくめたアランが、方針とともに既にルシアン候やアルフレッド伯に、手紙を送っている事をヴォルカンに告げた。手紙が両名に届く頃には、既に会談が終わっているかもしれないが、名前を借りる事の事後承諾のようなものだ。


「全く……あの悪たれが、ここまで成長するとはの」


 ため息混じりのヴォルカンが、それでも真剣な表情でアランを見た。


「アラン。今はお主がヴィクトールじゃ。何が言いたいか分かるな?」

「ええ」


 真剣な表情で頷いたアランが、大きく深呼吸をした。


「私なりのヴィクトールを貫いてきます。政府が目を覚ませば、エルンスト様への恩を少しは返せるでしょう」


 大きく息を吐き出したアランが、窓の外を眺めた。今回の騒動で、アランは公国をどうこうするつもりはない。思うところはあれど、やはり心は公国の民なのだ。少しでも恩を返せたら、と思うだけである。


 だが……大恩ある先代大公エルンスト・ハイランド。彼が生きていたら、この事態を何と言うだろうか。と思わないわけでは無い。


(……詮無きことだ。今を生きているのは、エルンスト様ではなく我々なのだ)


 アランが自重気味に笑ったその時……


 ――ズドン


 ……と屋敷全体が揺れるような音が響いた。


 片手で顔を覆うアランに、「……やらかしたな」とヴォルカンが何故か楽しそうな笑みを見せた。


「義父上、まだあれから数時間ですよ?」


 認めたくないアランが、それでも蟀谷こめかみに青筋を浮かべている。


「あの音は聞き覚えしか無いぞ」


 ため息混じりのヴォルカンに、「ぐっ」とアランが言葉に詰まった。無理もない。ランディがまだ小さかった時に、屋敷の扉を丸太でぶち破った時から、嫌という程聞いている音だ。


「失敗は若者の権利だろう?」

「叱責は大人の特権でしょう」


 顔を歪めたアランがゆっくりと立ち上がって、若干早足で部屋を後にした。


 その背中を見送るヴォルカンは笑顔だ。


「悪たれの息子は悪たれか……カッカッカ」


 笑って酒を注いだヴォルカンが、思い切りそれを呷った。立ち上がったヴォルカンの瞳には、窓の向こうの外が映っている。疑似ドラゴンブレスのせいで、今宵は綺麗な月が見えるのだ。


「さて……あやつが帰って来るまで、月見酒でも――」


 ――ズドン


 再び震える屋敷に、ヴォルカンが一瞬目を見開き、「ガハハハハ」と盛大に笑い声を上げた。


「苦労するのぅ。アラン――」


 その日、アランが戻ってきたのは夜も遅くなってからであった。

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