第109話 人は過ちを繰り返して大きくなるもの。
「全く。お前たちは何をやっているんだ」
ため息混じりのアランに、「興味があったんだよ」とランディが口を尖らせた。その隣ではリズが見たことが無いほど小さくなっている。おそらく彼女の人生において、こんなやらかしは初めてなのだろう。
二人は今、リヴェルナントへ向かうために、代官の屋敷で一泊するアランに説教を食らっている真っ最中だ。
知的好奇心がうずいたとは言え、竜のブレスを再現するような設備の発明は、流石にやりすぎだと叱られても仕方がない。
「ランドルフ、エリザベス。あとはエレオノーラ殿も――」
あえてリズに〝嬢〟をつけないあたりは、アランの優しさだろう。ここでしっかりと、駄目な物は駄目だと教えるのは大人の役目なのだ。
「――お前たちの気持ちは分からないでもない。興味が赴くもの、成長、成果。それらに心が動かされるのは人としての道理だ」
アランの言葉に二人は黙ったまま頷いた。
「だが、一つだけ覚えておきなさい。力とは責任だ」
アランの真っ直ぐな瞳に、二人がわずかに俯いた。
「お前たちの力は、ともすれば世界を滅ぼせる兵器を生み出せるかもしれない。お前たちにその気がなくとも、その力を悪用する人間が、世界にごまんといる事を知らなければならない」
事の重大さにリズが更に俯いた。アランの言う通りで、ファイアーボールすら、白炎へと変貌させるあの装置は、まさしく世界を滅ぼす兵器の入口だろう。使い方次第では、この国程度なら簡単に焼け野原に出来るのだ。
加えてあのエネルギーの増加量だ。ルーンが魔素を利用する、魔法と似た現象だとしても、あのエネルギーの上がり方は異常過ぎる。場合によっては世界を滅ぼすどころか、世界ごと消滅させかねない。
だからこそ、太古の人々もルーンに制限を設けたわけだ。人々が悪用しないように、世界を壊さないようにと。普通なら解けないような制限を設けたのに、古の大魔法使いが解いてしまったのである。
流石に古代人も、それを解明する人間が出てくるとは思いもしなかっただろう。複雑に組み込んだルーンを、一から解明するなど、エリーくらいにしか出来ない芸当だ。
それどころか、魔導回路をくっつけて文字通り魔改造する人間が出てくるなど、誰が予想できようか。
とてつもない成果なのは間違いないが、その結果行き着いたのが兵器なのだから褒められた物ではない。
「私はお前たちに、兵器など作ってほしくない」
ため息をつくアランが語るのは、兵器という存在の恐ろしさだ。ランディの持つ個人の武力とは違う、道具としての恐ろしさ。己を鍛え上げ、己の意思でもって戦うのとは違う。
作り出した人間の意思を無視して、殺戮を行うのが兵器だ。その時に後悔してももう遅い。だからこそアランは兵器を作ってほしくないと言うのだ。己が戦うのとは違う。己の預かり知らぬ場所で、無辜の人々が死ぬ悲しみに押しつぶされる事のないように。
「今一度、力の使い方をよく考えなさい」
もう一度ため息をついたアランは、反省するようにと言付けて席を立った。頭ごなしに叱られるよりも、自分達がやらかした失敗を見つめさせられる言葉に、二人は大きく項垂れた。
「やってしまいました」
「いや。俺がけしかけたんだ。責任は俺にあるよ」
ガックリと肩を落とした二人が、「私が」「いや俺が」と責任の所在を取り合う事しばらく。
「でもあそこをさ……」
「いいですね。それだと――」
と二人で問題点の解決方法を話し合い始めた。怒られて縮こまっていた二人だが、気がつけばいつものように活発な意見の交換が始まっている。
確かに今回はやりすぎて失敗はしたが、だからといって転がりだした二人の興味が止まることはない。
「反省しておるのかの?」
扉の隙間から笑顔で二人を覗くヴォルカンに、「さあ」とアランが苦笑いを見せた。
「ただ力に萎縮して縮こまるよりは、良いと思いますよ」
微笑んだアランが、今度こそ二人に背を向けて歩き始めた。
「失敗する事は、若者の特権です。それを見守り導くのが我々大人の役目でしょう」
「悪戯坊主が、言うようになったわい」
ガハハハと笑い飛ばすヴォルカンに、「若気の至りですよ」とバツの悪そうな顔で、アランが頭を掻いた。
「義父上こそ、身に覚えがあるでしょう。義母上に色々と聞きましたよ」
「それこそ若気の至りじゃ」
またも笑い飛ばしたヴォルカンが、「たまには付き合え」とグラスを傾ける仕草をした。
「では一献」
微笑んだアランとヴォルカンが、楽しそうに会話を交わしながら廊下の向こうに消えていった。
☆☆☆
アランとヴォルカンが二人で静かに酒を楽しみ、何だかんだで話し込んでいた頃……
「あ、危なかったな」
「お、お主がやれと言うからじゃな」
……ランディとエリーは、立ったまま冷や汗を拭っていた。
その理由はしばし時を遡る。
アランに叱られた後、一通りの問題点を検証したランディとリズ、そしてエリーの三人は、一旦ルーンへの理解を深めようという話になった。なんせ今三人は、知識よりも好奇心が大きすぎて、大事なことを見失う恐れがあるのだ。
ならば理解を深め、知識として吸収し、見極められる目を養おうというわけである。
理解を深めるためにどうするのか……という問題に、最も簡単な解決方法として挙げられたのが、実践である。もっと安全そうなルーンを選んで、ルーンがもたらす働きや、限界などを見極めてはどうか、という事だ。
そうと決まれば安全に使えるルーンが無いかと色々探していた結果、〝反発〟という面白そうなルーンを発見したのだ。
安全に使える物を探していたはずなのに、この思考である。もう面白そうという発想自体が駄目なのだが、面白そうなので仕方がない。
これをソファにかければ、面白い事が起きるんじゃね? というランディの馬鹿な発想で、エリーがソファーにルーンを刻む事になった。
本来ルーンはドワーフの秘技によって〝彫る〟ものだが、彫る対象が柔らかくても彫る事が出来る。彫るというよりも描く、刷り込むに近い技術だが、それすら習得しているのがリズとエリーのチートコンビなのだ。
ちなみにランディは全く出来ない。ルーンも魔導回路も、何もかもお手上げである。なんせどちらにも、超高度な魔術理論が使用されているのだ。
高度な魔術理論にくわえて、描く、刷り込むには様々な制限がある。一番大きな制限は正しい触媒が必要なことだろう。だがそこはそれ。古の大魔法使いからしたら、触媒の選定など朝飯前である。
そうして、ソファにルーンを施すことが決まったわけだが。もちろん最初はリズがそれに反対をしていた。怒られたばかりなのに、そんな事をしてはアランに顔向けが出来ないと。
だがランディが囁いたのだ。別にソファーの座り心地を良くするだけなら、いいじゃないかと。
確かにそれは一理ある。代官の屋敷ということで、ある程度いいソファが使われているが、これから街が大きくなる事を考えれば、高級ソファ並の座り心地は必要だろう。
それにソファの座り心地を良くする事と、兵器とは全く結びつかないのだ。しかもソファの座り心地がよくなれば、ベッドの寝心地を良くすることが可能になるかもしれない。
ベッドの寝心地が良くなるのは、リズとしても魅力的過ぎる提案だったのだろう。
結局ランディとエリー二人による、外と内からの説得により、リズが「座り心地を良くするだけですよ」と折れた形なのだが……
「これ、もっと強くしたら跳ねる遊具みたいに遊べるんじゃね?」
「面白いの。やってみよう」
兵器じゃないしセーフだろ。という二人の暴走により、再び魔改造されたルーンがもたらしたのは……
「ランディ……だ、大丈夫か?」
……天井に頭から突き刺さるランディの姿であった。
反発が強すぎて、勢いよく飛び上がったランディが、頭から天井に突っ込んでしまったのだ。
慌てて頭を引っこ抜き、エリーと二人で、クラフトを使ってかけらを繋ぎ合わせて天井を修復したのがつい先程。
そして……
「あ、危なかったな」
「お、お主がやれと言うからじゃな」
……と言う馬鹿みたいな会話に続くわけである。
「……めちゃくちゃ怒っておる」
「でしょうね」
苦笑いのエリーが言うのは、リズの事だろう。あれだけ自重するように言われていたにも関わらず、この体たらくなのだ。
「きょ、今日のところは、ルーンの実験は止めた方がよさそうじゃな」
「うん。そうだな」
二人が同時に頷いた。理解を深めるどころか、好奇心が止まらない。さっきの今で、超反発ソファを爆誕させてしまった二人が、ようやく今日は大人しくしようと、辞典を閉じたその時
「ランドルフ……」
扉の向こうに、満面の笑みを浮かべるアランが現れた。間違いなく、ランディが天井に突っ込んだ時の音を、聞きつけて来たのだろう。なんせ笑顔なのに蟀谷に青筋が浮かんでいるのだ。
「ちがっ、今のは――」
「くっ……リズが逃がしてくれん!」
慌てる二人に、扉を開いたアランが笑みを称えたまま近づいてきた。
「エレオノーラ殿も……私の話を聞いていましたか?」
「き、聞いておったとも。じゃから、今回は危なくないように――」
しどろもどろのエリーは珍しいな、とランディが一人冷静になった瞬間、アランがそれを察したようにランディを振り返った。
「まさかたった数時間で、私との約束を破るとは」
にじり寄るアランに、「いや、今回のは不可抗力で」とランディが、ソファの座り心地がよくなれば、ベッドの寝心地も良く出来る。それは母グレースや、クラリス、セシルも喜ぶ平和的な使用方法なのだ、と声を大にして今回の実験の有用性を説いた。
「確かにやりすぎたが、限界を調査するのは大事なプロセスだろ?」
先の失敗もそうだが、〝ここまで出来る〟という確認は、やはり重要な事である……ただ、ルーンを魔改造してまでやることではないが。
とにかくランディの口八丁で、「確かに」とアランが少しだけ、その怒りをおさめた。
「それで? 結局座り心地は――」
「あ、親父殿――」
ソファに腰掛けるアランを止めようとしたが、時すでに遅し。
ソファにアランの尻が触れた途端
――バイーン
そんな音とともに、アランが勢いよく天井へ向けて飛び出したのだ。
ランディがぶち破った穴――直してはいるが――のすぐ横に突き刺さったアランの足がプラプラと揺れるたび、天井からパラパラと欠片が落ちてくる。
「わ、妾は知ーらぬ」
そそくさと逃げ出すエリーに、「あ、おまっ!」とランディが声を上げた瞬間、その肩にアランの手が乗せられた。
「ランドルフ……」
「いや、俺は止めただろ!」
「話がある。座りなさい」
首を振ったアランによる説教は、その日の夜遅くまで続いたという。
その後超反発ソファは元に戻させられ、代わりに座り心地が良くなるルーンを施させられたのはまた別の話。