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第108話 夢中になると目的を見失う

 公国政府から、正式な会談の場を開くことが通達されたのは、ランディとリズがヴィクトールへと帰ってから一週間後――もう間もなく聖女生誕祭も始まろうかという頃だった。


 会談の日取りは、聖女生誕祭の前日。


 リヴェルナント郊外にある、闘技場跡と呼ばれる巨大な施設で行われる予定だ。


 旧闘技場は太古の遺跡の一つである。剣闘士を戦わせていた施設と言われており、今まで何度となく、貴族同士の決闘にも使われている由緒正しい施設だ。


 闘技場跡で開催する以上、名目は会談だが決闘を見据えた物だという通達である。


 そんな会談が迫る中、ランディ達はと言うと……


「親方、どんな感じです?」

「まあ待て」


 ……港湾都市の郊外で、曇り空の下ルーンを彫った鉄のパイプを地面へと埋め込んでいた。


 アーロンから譲り受けたルーン語辞典を元に、熱を増幅させるルーンを鉄板へと彫り、それをパイプに整形して地面の中へ。


 言うは易しだが、あれから一週間経ってようやくここまで漕ぎ着けたのだ。


 ランディやリズの持つクラフト。

 ガストンの技術。

 エリーの魔法。


 それらを集結して、ようやく完成したパイプを地面に埋め込んだのが先程。


「なんか良く分かんねえまま手伝わされたけど、結局これは何なんだ?」


 眉を寄せるルークは、セシリアとともに二日程前にこの地へと遊びに来ていた……貴重な人足として。


「まあ黙って見てろ」


 ランディがルークを遮り、風を送り込むファンを起動してしばらくすると……


「おお。少し温かいぞ」


 ……噴出口に手をあてていたガストンが、子どものように楽しそうな笑顔を浮かべた。


 ルーン実験の前に、何も無い状態で空気を循環させた時は、それこそ「暖かい、かな?」程度の差だっただけに、ルーンの恩恵は非常に大きいようだ。


「親方。これ……ルーンの数を増やしたらどうでしょう?」

「採用しよう」


 悪い顔で笑ったガストンが、既にチートルーン製造機と化しているリズを振り返った。本来ドワーフの繊細な職人芸であるルーン刻印を、リズはクラフトで完全再現してしまったのだ。


 ルーンを彫る刃に込める微量な魔力を読み取り、それをエリーと二人で解析して、クラフトで完全に再現する……前人未到の離れ業で、既に何枚ものルーン刻印入り鉄板がリズの前に積み重なっている。


「……本当に恐ろしいお嬢様じゃ」


 想像以上の進捗に、ガストンが苦笑いを浮かべた。


「敬え……ドワーフの若造よ」


 カラカラと笑うエリーに、ガストンが深々と頭を下げている。気を良くしたのだろうエリーが、ランディとガストン、そして他のドワーフ達に混じり実験に加わった。


「ルーン一つで、大体2℃の上昇だ」


 今わかっているのは、ルーン無しで空気を通しても、地中ではほとんど暖められないようで、冷風が出てくる。そこにルーン入りパイプを一つ加えると、外気よりも2℃程上昇したのだ。


「なら単純に十倍にしたら20℃の上昇になるのか?」

「いや埋没箇所の温度が15℃程度だ。伝える熱を増幅したとしても、20℃を超えるのは難しいのでは?」

「埋没箇所をもっと深くしたらどうだ?」

「それよりも熱の指向性を変えてはどうだ?」


 様々な意見が飛び交った結果……


「よし。全部やってみようぜ」


 ……楽しそうなランディの一声で、全部を試してみる事になった。


 そもそも今回パイプに彫ったルーンの働きは、地中の熱エネルギーを増幅させてパイプの内部に伝えるというものだ。つまり15℃程度の地中熱では、増幅できたとしても20℃が関の山で、それ以上はパイプ内部の気温と増幅された地中熱がイコールになって変わらないのでは、という仮説だ。


 それを検証するために、ルーンを増やしたもの。

 埋没の深度を深くしたもの。

 増幅させるエネルギーの指向性を変えたもの。


 様々なパイプを埋めての検証が始まった。


 特に指向性を変えた物は、全員が面白い物が見れるのでは、と期待している。地中から取り込み暖かくなった空気を熱源に、パイプ内部で熱を増幅させて輻射させていくという試みだ。


 エネルギー保存の法則など、完全に無視したチート刻印ルーンを持ってしたら、自身の熱で自分の温度を上げる事ができるかも、という全員の期待を背に、それぞれのパイプがウキウキのエリーによって地面に埋められた。


「一体何をやってるのか、全然分からん」

「ですがお祭りみたいで面白そうですわ」


 相変わらず良く分かっていないルークに、周りのワチャワチャした雰囲気に楽しそうなセシリア。


 そんな二人が見守る中、それぞれのパイプの出口をドワーフ達が、真剣な表情で眺めたり、手をかざしたり、温度計を突っ込んだりと様々なデータを取っている。


 ルーンを増やしたもの。地中深くに埋めたもの。パイプ内部の熱を増幅させるもの。結果は三つとも……


「始めは暖かったのだが――」


 ……今は外気とほとんど変わらない、「暖かいかな?」レベルの空気が出ているだけだ。


 パイプ内部の空気が暖まる前に、押し出されている……その事に全員が気が付きガックリと肩を落としたのは言うまでもない。


 始めに暖かかった空気は、待機中に上昇した空気だろう。後から来た空気に押し出され、始めこそ暖かったものの、空気を押し出した冷たい空気は暖かくなるより前にパイプから吐き出されているのだ。


「第一弾も、今は冷たいの」


 試作機一号を触るガストンがため息をついた。


 それ以上にランディ達が気になっているのは、最初に出てきた空気も思った程熱く無かったという事である。


 そこから始まるのは、ルークやセシリアまで巻き込んだブレインストーミングだ。


 元の空気の温度に依存する、だの。

 上昇した温度が外部に逃げている、だの。

 ルーン同士が干渉し合っている、だの。


 様々な意見が出る中、セシリアがポツリと呟いた言葉が全員の注目を集めた。


「これ、ルーン自体に制約が施されているのではなくて?」


 エネルギー保存の法則を崩すような危険な代物だ。確かにその可能性はある、と全員が頷く中、ランディとリズが再びアーロンから譲り受けた辞典を開いた。


「制約……もしくは反作用だと思うんだが――」

「少し待ってくださいね……代わります」


 脳内翻訳の時間すら勿体ない、とリズがエリーと入れ替わってしばらく……「あったぞ」とエリーが呟いた。それは辞典の最後に載っていた、古代語どころか古代魔法言語で小さく書かれた注釈だ。


「なんて書いてある?」


 古代語はいけるが、魔法言語は現代ですらからっきしのランディに「まあ待て」とエリーが内容を読んで、ニヤリとした顔を上げた。


「やってくれるわい。ルーン自体に反作用が組み込まれておる」


 エリーの言葉に全員が「やっぱり」だと歓声を上げた。


「余計な真似をしおって。直ぐに書き換えてやろう」


 余計な真似などではない。普通に安全装置なのだが、全員がそれに失念している。もう単純に好奇心に突き動かされていると言ってもいい。しかもルーンを書き換えるという、普通では考えられない状況すらスルーしているのだ。


 とにかく本気になったエリーが、地中深く埋められたパイプを引きずり出し、既に彫っているルーンを書き換えていく。鉄パイプの上で赤黒く輝くルーンは、どう見ても禍々しい何かにしか見えないのだが……


「よっしゃ! これで限界に挑戦できるな!」

「まあ待て。風を送り込んだ時の問題が解決しておらん」


 ……既に目的が変わってきている技術者集団に、ストップをかける存在はここにはいない。


 再び始まったブレインストーミングは、それはもう盛り上がった。


 蓄熱材を利用した熱交換の導入。

 地中熱とルーンで暖まった蓄熱材により、送風された空気を瞬時に暖める方法。


 パイプ埋没距離の延長。

 単純に距離を増やし、空気が暖まる時間を稼ぐ方法。


 複数パイプを利用した抽出交換型システム。

 パイプを複数導入し、一番の空気が入れ替われば二番、二番が入れ替われば三番、と順番に暖まった空気を押し出す方法。


 一部空気再循環パイプの導入。

 出口に通じるパイプを上下に分け、下部を通る冷たい空気は再度入口側へと繋がり循環させて暖める方法。


 どれもこれもが、確かに温度の低下には抗えるだろうが、規模が大きくなりすぎる。


 そんな中、リズが提唱した案に全員が食いついた。


「ルーンを改造してみませんか?」


 何とも恐ろしい事をサラッと言ってのけたのだ。なんでも大元のルーン自体は無理だが、それに魔導回路を付け加える事は可能らしい。


「なので、ルーンを利用した加速度的熱増幅装置を作るとか……あとは摩擦熱を取り込むルーンとか……」


 もうランディとルークには何が何だか分かっていない。分かっていないが、一つだけ分かることがある。それは……楽しそうだ、という事である。


「よし、やってみようぜ」


 再び工事責任者ランディの一存で、世紀の魔改造が施されたルーンがパイプへと刻まれていく。紫黒のオーラを放つ禍々しい鉄パイプだというのに、全員が女神からの贈り物かのような眼差しでそれを見つめている。


 そんな禍々しい鉄パイプが、今……地面の中へと埋め込まれた。


「風を送るぞー」


 送風係のドワーフが、ソワソワしながらファンのスイッチを入れる……と


「あっつ!」

「やばいなこれ!」


 吹き出し口から出てくる熱風に、全員がテンションマックスでゲラゲラと笑っている。いつまで経っても下がらない温度に、全員が喜びを爆発させているのだ。


 実験は大成功なので、無理もないのだが……このタガが外れた技術者達というのはタチが悪い。


「これ、パイプにもっと熱い空気とか入れたらどうなるんだろうな」


 ランディの馬鹿な発言に、その場の全員が乗っかったのだ。セシリアとルークが「流石に」と止めるが、頼みの綱であるリズも完全に興味が先行している。


 なんせ、「行きまーす」と言ってウキウキで熱い空気――と言う名のファイアーボールを放つのは、リズなのだ。


 ファンを外したパイプへ向けて、リズがファイアーボールを放り込む……が、全員が遠巻きに見守る噴出口が吐き出したのは、ちいさな黒い煙だった。


「ンだあれ?」

「さあ?」


 首を傾げたランディとガストンが、リズにお願いして、埋めていたパイプを引きずり出すために魔法で地面を掘ると


「あーあ。溶けとるぞ」

「耐えられなかったんだな」


 二人の言う通り、ドロドロに溶けた鉄パイプが地面の中で黒く固まっていたのだ。


「流石に鉄では無理だったようじゃな」


 腕を組むガストンが、「耐熱性のあるものなら良いんじゃが」と唸っている。


「もう終わりで良いのでは?」


 首を傾げるセシリアに、「駄目だ。限界を知らねーと」とランディがそれっぽい事を言っている。


 ちなみに全員失念しているが、これは限界を見極める為の実験ではなく暖房器具の運用テストである。だが誰もその事を覚えてはいない。目の前に面白そうな現象があれば、試してみたくなるのが技術者という人間だ。


 そしてランディもリズも、そういった面では技術者顔負けの好奇心を持っている。


 ランディは魔法という超常現象に。

 リズはエリーに触発された単純な知的好奇心で。


 それに巻き込まれる形のセシリアとルークだが、この集団を前に良心が二つではどうしようもない。


 誰も止める者がいない。

 そして今この時だけは、自重を止めたランディとリズがいる。


 その結果導かれたのは……


「竜の鱗、とかどうでしょう」


 ……リズのアイテムボックスからヌルっと出てきた竜の鱗だ。


 なぜ竜の鱗がこんな所に、などと驚く技術者連中を無視して、リズがルーンを刻みランディが小さめのパイプを拵えた。流石に竜の鱗の希少性は分かっているので、あまり大量に使用するつもりはない。


 クラフトで素材に戻せるとはしても、最悪鉄パイプのように溶けるかもしれないのだ。


 変な部分で冷静な二人が、もっと冷静になっていたら、この後起きる悲劇は止められただろうが、今二人の頭の中にあるのは単純な興味だ。


 これをやったらどうなるのだろう。


 そんな興味の赴くまま竜の鱗製パイプを設置した二人が、顔を見合わせて頷いた。竜の鱗。超耐熱性の素材。つまり既に地中熱などというエネルギーでは、太刀打ち出来ないそれは、単純に先程の鉄パイプが耐えられなかった、加速度熱増幅装置の実験でしかない。


 そして……誰も止めるものがいないまま、リズが、ファイアーボールをパイプへと……放り込んだ。


 耳鳴りのような甲高い音の後に、空に向けた噴出口から放たれたのは、天を突く火柱だった。


 高温を示す真っ白な炎が、わずかに曇っていた天を穿ち辺りは一瞬で青空へと変貌した。


 天候すら変えてしまう、とんでもない結果に、全員がようやく冷静になった。


 ……これはマズイと。


 だが時既に遅し。遠くからハリスンが率いる騎士隊が、その鎧をガシャガシャと鳴らして走ってくるのだ。

 どうやらタイミングが最悪だったらしい。


 リヴェルナントへ向かう、アランを乗せた馬車が近くを通っていたようだ。


 駆けてくるハリスンが「何事っすか?」と見たことが無いくらい慌てた表情で、ランディ達へ詰め寄った。


「いや……その――」


 言えるはずもない。ルーンの実験が楽しくなって、とんでもない兵器を作り出してしまったんなどと。言い淀むランディに、ハリスンが何となく事態を察したようで、周囲の技術者達への聞き取りにシフトした。


 だが流石に技術者達も悪ノリしていただけに、詳細を話せるはずもなく俯くだけだ。


「いいっすよ。なら全員お館様の前で、尋問するっすから」


 呆れ顔で放ったハリスンの言葉に、「あいつです」とルークがランディを指さした。


「てめっ、裏切ったなルーク!」

「馬鹿か。俺はお前に手伝わされただけだ」

「お前も楽しそうにやってだろ!」


 ランディが反論するが、他の技術者達も「流石に竜は……」とここに来て掌を返す始末だ。


「お、お前ら……」


 顔を引きつらせるランディに、「若。知ってましたよ」とハリスンがため息をついて肩を叩いた。


「あ、あの……私も悪ノリして」


 リズが顔を赤くして進み出るのだが、ハリスンが何とも悲しそうな顔で首を振った。


「エリザベス嬢……優しさってのは、時に叱るもんっす。かばっちゃ駄目っすよ」


 日頃の行いのせいか、ランディを庇っていると思われるだけで、誰も取り合ってくれない。


「若、行くっすよ。あんまり遅くなると、お館様に怒られるっす」


 ハリスンに手を引かれ、「納得いかねー」とぶつぶつ呟くランディを見送った一同は、苦笑いで顔を見合わせた。


 今この場を切り抜けたとて、後でお叱りがあるだろう。だが今はこのやらかしの後始末をせねばならない。


「か、片付けましょうか」


 上ずったリズの声に、全員が黙って頷いて片付けが始まった。先程までのテンションが嘘のように、粛々と進む片付けは晴れ渡った青空とは正反対であった。


 もちろんこの後、全員仲良く怒られたのは言うまでもない。

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