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第106話 ヴィクトール流、貴族の戦い

 Sランク冒険者をボコボコにした翌日の午後、ランディとリズは約束通りギルドの上階にてアーロンと面会していた。


「まずはギルドを代表して、昨日の不手際を詫びようか」


 頭を下げるアーロンに、「構いませんよ。私から吹っ掛けた事ですし」とランディは首を振った。正確には突っかかってきたのはカインからなのだが、ランディがそれに目を瞑っている形だ。


「ギルドへの貸し一つ……と言うわけか?」


 ため息をつくアーロンに「まさか」とランディが笑顔を見せた。


「あんな小者程度で貸しにするほど、ウチは落ちぶれてませんよ」


 肩をすくめるランディだが、Sランクを小者と言い切る彼に、アーロンは頭を抱えたい気分だろう。だが実際にランディの言う通り、カインとランディとでは、埋めようが無いほどの力の差があったのも事実だ。


「ヴィクトールは、化け物を生み出したわけだな」

「失礼な。少なくともウチには、私より強いのがいるじゃないですか」


 口を尖らせるランディに「だから問題なのだよ」とアーロンが更に頭を抱える。アーロンもヴィクトールの最強は良く知っている。良く知っているどころか、元々はアーロンの弟子だ。それがここまで大きくなるとは……師としても頭を抱えたくなるだろう。


「それで? 統括の狙い通りには進みましたか?」


 ニヤリと笑うランディに、アーロンが「概ねは」と諦めたように口を開いた。


「ウチとシャドラーの状況を知って尚、ギルドが道路建設だなんだと吹っ掛けてきた理由が、あのSランクなんでしょう?」


 首を傾げるランディに、「左様」とアーロンが頷いて説明するのは、現在の冒険者ギルドという組織の腐敗だ。


 元々国に縛られない、そんな理由で公国で誕生したのが冒険者ギルドの前身となる団体だ。名ばかりのノブレス・オブリージュに嫌気が差した民衆が起こした、組織がギルドの前身だ。


 その信念を受け継ぎ、自由な組織として冒険者ギルドが誕生したのだ。ギルドとして走り出し彼らの信条に賛同する者が増え、今や大陸全土に広がる巨大組織に成長するまでになった。


 だが組織の成長は、良いことばかりではない。


 巨大化する組織を養うだけの、資金が必要になってくる。安定した資金を調達するために、ギルドは各国と太いパイプで繋がることになった。


 国に依存しない、縛られない、そんな理想で生まれた組織が、なんの因果か各国と切っても切れない関係になってしまったのだ。


 今の冒険者ギルドの上層部は、国とズブズブの関係と言ってもいい。特にSランク冒険者の認定が分かりやすいだろう。


 本来であれば、冒険者たちに推薦され、冒険者たちの規範たる存在がSランク冒険者のはずであった。だが今は、Sランク冒険者になるのに各国の推薦がいるのだ。


 国の意向が反映される任命。それが意味する事は、全て言わずとも分かるだろう。


 その結果生まれたのが、カイン・ブラッドレイジという現在公国で唯一のSランク冒険者である。カインの生まれはシャドラー伯爵領であり、国のエネルギー産業で羽振りのいいシャドラー伯爵家の強いバックアップがあったと予想されていた。


 その予想が確信に変わったのが、昨日の口ぶりだ。シャドラーの肩を持つ発言に、貴族の家同士しか知らないはずの情報。国やシャドラーが、カインという冒険者を使って、ヴィクトールを追い込もうとしてる事は明白だった。


「いち冒険者が、どこかの権力者に加担する今の状況は、やはり間違っていると言えるだろう」


 大きくため息をついたアーロンに、「それで……」とリズが口を開いた。


「昨日ランディがカインという方と揉めた時も、止める素振りを見せなかったのですね? ランディという劇薬を利用するつもりで」


 静かに口を開いたリズだが、その言葉の端々に薄っすらとした怒りが見えている。無理もない。自浄作用を失ったからと言って、若者を巻き込んで組織に風穴を開けるやり方は、褒められたものではないのだ。


 国が推薦する冒険者が、観衆の面前で叩きのめされる。これ以上無い劇薬と言えるだろう。なんせギルドの金看板である、Sランク冒険者が叩き潰されたのだ。


 昨日の騒動と結果は、Sランク冒険者という存在への疑問を投じる一石だ。


 ともすれば、アーロン自身も立場を失いかねない行動とは言え、それにランディを巻き込んだ事は、リズにとって許しがたい事実なのは変わらない。


 静かに怒るリズの肩を、優しくランディが叩いた。


「リズ。良いんだ。俺もそれを知ってて、ギルドを利用したクチだからな」


 ため息混じりのランディの言う通り、ランディはギルドとあの状況を利用した。それに一時とは言え市民の混乱を利用したのだ。ランディに限って言えば、アーロンを責める事は出来ない。


 カインを煽る時に見せた証文。シャドラー家から渡された〝採掘量の減衰〟は、間違いなく今頃街を揺るがす騒動になっている事だろう。


 もちろんこの騒ぎ自体は、国のお触れですぐに収まると見ている。実際は採掘量に減衰などないからだ。買い占めによる一時の混乱はあるだろうが、国の説明と追加投入される現物が市民の不安を払拭すると考えている。


 騒動は収まる。だが市民の頭に疑問は残る。


 ならばなぜシャドラー伯爵家は、ヴィクトール子爵家に採掘量が少ない等と言って、値上げを迫ったのか、と。


 普段であれば、貴族家同士のイザコザに市民が関心を持つ事など無い。仮に何処かの家にだけ値上げを迫っても、それは貴族同士の争いなのだ。だがそのせいで、自分達が翻弄されたとなれば話は別だ。


 わずかな間と言えど、混乱させられた事実をシャドラー、ヴィクトールへ求めるのは必至。それが今は形骸化しているとは言えど、貴族と平民の信頼関係を揺るがす事態であるからだ。


 加えてその騒動の火中に、国が推薦したSランク冒険者もいるのだ。国にも説明責任が出てくる。わざわざランディが、面倒な段階を踏んでまで小者との決闘に挑んだ理由の一つでもある。


 国やシャドラー家が、逃げられないように土俵を準備した。今回の騒動は、ランディ流の……いやヴィクトール流の貴族の戦いだろう。あのカインという冒険者は、それの呼び水に過ぎない。


 そんな打算があっただけに、リズの真っ直ぐな怒りはランディにとってもカウンターだ。


「ありがとうな、怒ってくれて」

「そんな事言われたら、もう怒れないじゃないですか」


 微笑むランディに、リズが頬を膨らませた。


「とまあ、この通り。利用したのはお互い様ですし、気にしてませんから」


 肩をすくめたランディに、「助かる」とアーロンが安堵のため息をついた。アーロンとしても、利用されているとは知っていただろうが、ランディが身体を張って戦った事実は変わらない。


「では、面会の本題に入ろうか」


 話題を切ったアーロンだが、ランディとリズから形式的に出された要望書を前に、「条件をのもう」と微笑んだ。


 それは魔の森へ通じる道路建設における、予算負担の要望書だ。


「君も言ったが、そもそもヴィクトール卿を呼び出す為の、口実のようなものだ」


 小さく笑ったアーロンが、「まさか化け物を寄越すとは、思わなんだが」と苦笑いでランディを見た。


「本来なら、ヴィクトール卿自らに来てもらう予定だったのだよ」


 苦笑いのアーロンが言うのは、予算の話し合いにアランが直談判に来ると思っていたのだ。その時アランを利用する形で、冒険者ギルドへの風穴を開けるつもりだったらしい。


「ヴィクトール卿であれば、最高の結果を見せてくれただろうから」


 肩をすくめるアーロンに「うーん」とランディが唸った。アランが優秀な事は理解しているが、あの状況でどう決着をつけるかはランディには想像が出来ないのだ。


 かと言ってアランがランディのように、相手を煽り散らかすとも思えない。


「君は存外自分の父親についてあまり知らぬのだな。彼は私が知る中で、最も優秀な男だよ」

「そりゃ、親父殿が優秀なのは知ってますが」


 渋々頷くランディに、「息子に見せぬ一面、というのもあるものだ」とアーロンが楽しそうに笑った。


「道路の建設については、もちろんギルドとしても最大限の協力をしよう。冒険者の安全確保は、ギルドの命題でもあるからな」


 要望書を受け取ったアーロンが「ただし」と二人を見た。


「ギルドはどこかの家に加担する事はない。ヴィクトールとシャドラーの争いは、君たちだけで解決することだ」

「言われずとも」


 笑顔を見せたランディに「結構」とアーロンも頷いた。


「要望ついでなんですが、一つお願いがありまして」


 貸し借りなしと言った手前、「古文書を見せてくれ」というお願いに微妙な後ろめたさを感じつつ、ランディがそのお願いを口にした。


「古文書……? 確かにいくつか蒐集しているが」


 眉を寄せるアーロンだが「いいだろう」と素直に頷いた。


「貸し借り無しという話だが、若者を巻き込んだツケくらいは払わせてもらおう」


 笑顔のアーロンが、自分にとってもその方が気分が良いと続けた。相手の要求を受け入れることで、罪悪感を和らげたいのだろうが、ランディとリズからしたらラッキーだと言えるだろう。


「では、行こうか――」


 アーロンについていく形で、二人は部屋を後にした。

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