表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

109/127

第105話 Sランクですよ? 小者っぽくてもSランクですから

 日暮れのギルドで起こった、Sランク冒険者カインとランディの煽り合戦は、カインが武器を握った事で強制終了となった。いや、ランディの狙い通りとも言える形か。


 公国における貴族と平民の関係性は、基本的には信頼関係が根底にある。貴族はノブレス・オブリージュの精神を持ち、平民は自分達の生活を貴族が支えているという感謝の念を忘れない。


 お互いがお互いに信頼し、支え合うことを推奨しているからこそ、貴族が〝無礼だ〟などという理由で、簡単に平民を罰することなど出来ない。貴族の気分一つで罰せられるとなれば、信頼関係の根底が揺らぐからである。


 だからこそ平民と貴族との間に問題がある場合は、問責制度を通じて意見を交わし、問題を解決するのが一般的だ。それでも納得がいかない場合は、協議を重ねるか、決闘を申し込むことが可能である。


 もちろんどれもこれも、法律に記載があるだけの風化した制度だ。貴族の姿勢や制度を守っている人間の方が珍しい世の中で、権力を傘に威張り散らす貴族が多い世の中で、ランディは形だけでも法律に乗っかったわけだ。


 簡易的な問責――という名の煽り合い――を経て、平民からの決闘の申し出を受けた形は、ランディによる外堀固めとも言える。


 誰にも文句は言わせない。もちろん、カインの背後にいるであろうシャドラー伯爵や、ギルドの上層部にも。


 そんなランディの思惑通り、そのまま第二ラウンドに入りそうな所に、「待った」をかけたのがアーロンだ。


 止められる可能性を考えていたランディだけに、前述した流れを口にしようと思っていたのだが……アーロンの口から放たれた言葉は、「思い切りやれる場所を紹介しよう」という、想像していないものだった。


 そんなこんなで、アーロンが許可した形で、ギルドが有する訓練場で決闘の形を取ることになった。街外れにある訓練場は、流石公国一のギルドなだけあって立派な施設だ。


 粋なことをする、とランディが喜んで訓練場へと足を踏み入れ、ようやく今から第二ラウンドが始まろうという段階なのだが……


「ギャラリーが多すぎだろ」


 ……訓練場を覆い尽くすギャラリーの数は、どう考えても酒場にいた人間達だけではない。


 胸の高さ程の壁向こうにある、申し訳程度の立ち見席は完全に埋まっているのはもちろんのこと。


 何処から持ち込んだのか椅子に乗って立ち見の上から覗く者。

 窓の外から覗く者。柵の内側に入り込み座る者まで。


 完全にキャパオーバーの動員である。


「噂好きが、何処かにいたのだろう」


 肩をすくめるアーロンだが、追い払う素振りのない彼に、「アンタ……」とランディのジト目が刺さっている。訓練場の手配から、野次馬を黙認する行動まで、どうやらアーロンにも考えがあるようだ。


 利用されているようで気に食わない、とランディがアーロンを睨みつけるのだが


「さて、折角だ。立会人は私がやろう」


 ランディの視線をやり過ごしたアーロンが、飄々とした素振りで訓練場の真ん中に立った。どうやらアーロンにも思惑があるようだが、それならばランディもその思惑を利用させてもらうだけだ、と思考を切り替えた。


 もう間もなく開始という雰囲気に、観客たちが目に見えて盛り上がる。


「ランディ、大丈夫ですか?」


 心配そうなリズに「心配すんなって」と笑ったランディが、反対サイドでふんぞり返るカインを眺めている。


「いえ。心配してるのは、やりすぎないかという事で……」


 言いにくそうなリズに、「そっち?」とランディが苦笑いを返した。


「エリーは、『殺さなければ、妾がどうとでもしてやる』と言ってますけど」


 リズの苦笑いは止まらない。どうやら大魔法使い様は、徹底的に痛めろとおしゃっているようだ。


「ま、殺さねー程度にやってくるよ……」


 ヘラりと笑ったランディだが、その瞳を細めてカインを睨みつけた。


「……次は、分かんねーけどな」


 大きく深呼吸したランディが、訓練場の中央へと進み出す。同時にカインも中央へとその歩を進めた。



 アーロンを挟んで向かい合う両者。


 身長はランディが高いが、身体の分厚さではカインもランディに引けを取らない。鍛え抜かれた肉体と、それに見合うだけの覇気は、腐ってもSランク冒険者なのだろう。


 事実ランディに向けられる威圧は、今まで出会った人間の中でもトップクラスだ……ヴィクトールの人間を除けば。


 確かに強いのだろう。それこそイアンたちAランク冒険者では、全く歯が立たないだろう事は分かる。だが正直に言えば、ランディからしたら相手にする価値もない小者だ。


 それでも小者だからと許す事はない。


 カインがヴィクトールという、〝家〟に喧嘩を売ったから。

 そしてカインが、Sランク冒険者だから、である。


 Sランク冒険者。ギルドと各国が認定する最強の冒険者の証。


 今の時代最も有名なのは、【剣聖】と呼ばれる一人の男だ。若い頃に竜を撃退した逸話を皮切りに、様々な伝説を残した男である。既に引退しているが、その強さは今でも語り草になるほどだ。


 だが【剣聖】よりも前にSランクになった男、いやSランクという規格外のランクを作った男として【黒閃】の名も挙げられる。それまでAランクしかなかったランクを、初めて破った男としてSランクの先駆者とも言われる男だ。


 そんな【黒閃】と同時期にSランクへ昇格した【剣鬼】も有名だろう。特に二人はライバル関係だったと言われており、今も初代王者はどちらかで盛り上がる程だ。


 世の冒険者達の憧れであるSランク冒険者は、ランディにとっても憧れの的なのだ。なんせ自分の師の一人であるキース・シュトラールその人が、【黒閃】なのだから。


 黒い閃光とも呼ばれた若き日のキースは、ランディにとって間違いなく憧れでもある。


 年老いたキースでも化け物じみて強いのだ。それこそ今のランディでも本気で戦わねば勝てないだろう程に強い。実際はランディが強くなりすぎるので、キースも影で必死に鍛えてるせいなのだが。


 とにかく、常に全盛期を更新し続けるキースしか知らないランディからしてみたら、Sランクという看板に胡座をかくだけの男など、鼻くそ以下の存在である。そんな存在が自分の家に喧嘩を吹っ掛けてきたのだ。


 キースや彼のライバル、そしてその後に続いた他のSランクのためにも、この馬鹿は今ここで叩きのめす必要がある。そう心に決めたランディが、また大きく深呼吸をした。


「これより、ランドルフ・ヴィクトールとカイン・ブラッドレイジとの決闘を行う。どちらかが〝まいった〟と降参するか、私が勝負がついたと判断したら終わりだ。あと殺さないこと、以上だ」


 それだけ言い切ったアーロンが、二人から数歩離れた。


 睨みう合う二人だが、どちらも何かを言うことはない。この期に及んで、口喧嘩など意味がないことくらい、カインも理解しているのだろう。


 しばし睨み合っていた二人だが、どちらともなく相手から視線を外すことなく間合いを切った。


「武器の使用も許可するが?」


 首を傾げたアーロンに「いりませんよ」とランディが肩をすくめ、カインも「なら俺もいらねえ」と鼻を鳴らした。


「……ならば……始め――」


 アーロンの合図で動いたのはカインだ。


 一瞬で間合いを詰めたカインの右拳がランディの眉間を捉えた。……かに思えた一撃を、ランディが左掌で受け止めていた。


 カインの意に反して、ゆっくりと押し戻される右拳。

 その膂力に「チッ」と舌打ちをもらしたカインが、今度は左拳を叩きつけた。


 が、カインの反撃はまたもランディの掌の中へ。


 両拳を掴まれたカインの顔がゆっくりと歪んでいく。


「ぐっ……馬鹿な――」


 折り曲げられていく手首に倣うように、カインがその身を次第に縮こめて……ついにランディの前で両膝を地面についた。


 まるで土下座させられているかのような格好に、「は、放しやがれ!」とカインが喚いた瞬間、ランディがカインの喉元を丁寧に蹴り飛ばした。


 カインの口からもれるか細い息と、開始早々「まいった」を奪うランディの行動に※、周囲の観客から「ヒッ」と小さく悲鳴が上がるが、ランディは止まらない。


 痛みに蹲るカインをランディが蹴り飛す。


 地面を転がるカインが、慌てて体制を整え跳ね起きた。

 そこに迫るランディのラリアット。


 肉と肉が打つかる激しい音とともに、カインが勢いよく回転。

 強かに後頭部を打ち付けたカイン。

 勢いよく振り上がったカインの足を、ランディが掴んで地面に叩きつけた。


 顔面から叩きつけられたカインだが、そこは流石にSランク冒険者。

 頑丈なようで、顔を上げたカインの瞳に宿る闘志は消えていない。


 本音を言えば、このまま何度も投げつけて、最後は顔面を踏み抜いて終わりにしたい。だが一応リズが見ているのだ。あまり凄惨な勝負は良くないだろう。とランディは掴んでいた足を放した。


「……ガ、ヒュ――」


 喉から漏れる声にならない吐息のカインだが、ランディの周りをゆっくりと回るカインの、顔面や身体についた傷が少しずつ癒えていく。


(自然治癒……か? 見たことがねー現象だな)


 眉を寄せるランディの目の前で「いい気になるなよ」とカインの声が戻った。


 口元を拭いニヤリと笑うカインに、「なるか」とランディが鼻を鳴らした。


「逆に弱すぎて、テンションが下がってるくらいだ」


 嘲笑を浮かべたランディに、「テメエ!」とカインがまたも殴りかかった。


 振り抜かれるカインの右拳。

 ランディのウィービング。

 カインの右拳が、ランディの右耳を掠め――た瞬間、ランディの右手がカインの顔面を掴んで、地面に叩きつけた。


 カインの後頭部を中心に、クモの巣状に広がる亀裂。

 地面に押し付けられたカインの顔面を、ランディが踏みつけた。


 更に広がる亀裂に、カインの血が混じる。


 だがカインの血がゆっくりと逆流するように、身体へと戻って行く……のを待たずにランディがカインの脇腹を蹴り上げた。


 二度、三度バウンドするカインが訓練場を転がり、「へ、へへへ」と不敵に笑って立ち上がった。


「効かねえな」

「この程度で効いたら困る。手加減してるからな」


 鼻を鳴らしたランディに、「強がりはよくねえぜ?」とカインが迫る。


 一直線に突っ込んできたカインが、ランディの手前で踏み込んだ。

 かと思えば、その足で地面をめくり上げる。


 バラバラと飛来する礫は目潰しのつもりなのだろう。


 顔面に飛んできたそれを、ランディが掴んだその時、

「がら空きだ」

 カインがランディのボディへ右の拳を叩き込んだ。


 訓練場が揺れる程の音が響き渡る。


 およそ人が人を殴ったとは思えない音……なのだが。


「どうした? 手加減してくれてるのか?」


 ニヤリと笑ったランディが、驚くカインの右肩にハンマーパンチを振り下ろした。


 砕ける骨の音が響き渡る。

 ダラリと力なく下がったカインの右腕。

 カインへ振り下ろした左腕を腰の回転だけで、ランディがフックに変換。


 迫るランディの左拳に、ガードの出来ぬカインがバックステップ。

「悪手だ」

 笑うランディの左拳が、カインの顎先を捉えた。


 カクンと揺れたカインの脳天。

 カインの目玉が一瞬上を向き、同時にガクンと崩れ落ちるように尻もちをついた。


「て、テメ……」


 呟くカインの顎先を、ランディの左回し蹴りが捉える。

 再び揺さぶられた脳に、カインが顔を盛大にしかめた。


 なおも立ち上がれぬカインの顔面に、地を這うようなランディの右拳が突き刺さった。


 かち上げられた顎に倣うように、カインが後ろ向きにひっくり返り

 その顔面をランディがもう一度踏みつけた。


 再び入るクモの巣状の亀裂に、観客たちからは悲鳴すら上がらない。


 ピクピクと痙攣するカインの髪の毛を、ランディが掴んで引きずり起こす。

 完全に意識を失っているだろうカインを前に、ランディが右の拳を握りしめ……


「そこまで!」


 ……繰り出そうとした拳は、アーロンが発した終了の合図で止められた。


「勝者、ランドルフ・ヴィクトール」


 勝ち名乗りに、ランディが短く息を吐き出してカインを床に放り投げた。だがそれだけだ。興味をなくしたランディは、カインを一瞥しただけで、その場を離れてアーロンのいる中央へ。


「では、明日の午後に伺います」

「この状況の後始末があるのだが?」

「それはあそこの馬鹿にやらせればいいでしょう」


 ランディは背後で、仲間たちに手当されるカインを親指で差した。


「これだからヴィクトールは」


 苦笑いのアーロンが「約束した以上、仕方がない」と頷いた。


「では、これで」


 汗一つかいてないランディが、駆け寄ってきたリズに「腹減ったし飯にしようぜ」と笑いかけて、二人で訓練場を後にした。


 そんなランディの背中を横目に、アーロンは回復をかけられているカインへと視線を移した。


(Sランクを子供扱いか……)


 仲間に回復され、「俺はまだ負けてねえ」と喚き散らすカインの姿に、アーロンはため息をついた。


 確かにカインは大剣を使った戦いに定評のある冒険者だ。彼の真価は大剣【血滾りの魔剣(カーネイジ)】があればこそだ。


 カインのあの特異体質ともマッチする、呪いの魔剣。それを使えば……とカインが思いたくなるのも無理はない。


 だが……カインは失念している。ランディも同様に無手であったことを。そんな事にも気が回らないくらい、カインの怒りは激しいのだ。大観衆の前で手も足も出ずにボコボコにされた以上、汚名を雪がねばカインの沽券に関わるだろう。


 もし次に相まみえて、お互い武器を使うとしたら……


「……わざと、だとしたら。末恐ろしい青年だな」


 アーロンはもう一度、ランディが出ていった入口へと視線を戻した。


「流石にそこまでは無い、と信じたいが……」


 殺しても良い大義名分を得るために、わざと相手に「次もある」と思わせるなど、流石にそれはないとアーロンは自分の想像に蓋をした。


※現実では声を失う前に多分死にます。がファンタジーという事でご容赦を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ