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第104話 100話超えて、しかも断章でテンプレだってよ!

 作業員達の肌着加工は、一旦日暮れで締め切り翌日へと持ち越され……二人は翌朝、日が昇った直後から協力して残りを進めていった。ずっと吹きさらしの場所にいる彼らには、タイツなどの支給も必要だ。


 上下プラスそれぞれの洗替。加えて作業員の数は、屋敷の使用人、美容液作成の作業員と比べられない程の数だ。


 それでも前二回の経験が生きたのか、昼前には全ての作業が終了していた。その足で今度は船に飛び乗った二人は、船旅の真っ最中だ。


 侯爵家が擁する高速船舶。素材の搬入のために港入りしていた船に相乗りさせて貰う形で、ランディ達は途中のリヴェルナントという都市まで行く予定である。


「もうしばらくイグニフォリア(枯れ草の名前)は見たくねーな」


 苦笑いのランディに、「はい」とリズも力なく頷いた。ランディがずっと言い続けた、〝自分達にしか出来ないこと〟が、どれだけ足枷なのかを痛感しているのだろう。


 そうは言うが……船の上は吹きさらしで、侯爵家お抱えの船員たちが働くのを見るのは少々忍びない。彼らの肌着も加工したい、という欲求に駆られるが、リズと二人で首を振ってそれを振り払った。


 ――そもそも、もう素材がないのだが――


 線引が難しい案件なのだ。ここで彼らの服も……となれば、港に入る全ての船員の分もとなってしまう。そうなれば今度こそランディとリズは、発熱肌着作成マシーンと化すだろう。


 それだけは避けねばならない。


「紡績産業か……生産ラインを考えねーとだな」

「そうですね」


 領地の発展のためとは言え、問題は山積みだ。とにかくまずは人手と土地が欲しい。何をするにしても、機械の少ない今はマンパワーが必要だ。


「そろそろ他家に頼ってばかり……ってのも格好がつかねーしな」


 頭を掻くランディが見つめるのは、河の対岸……つまりハートフィールドだ。王国になら、大きな紡績産業地があるが、セシリアやリズの用に協力してくれるとは限らない。



「流石にハートフィールド家に、紡績事業まで起こせとは言えねーしな」


 苦笑いのランディに倣い、リズも対岸へと視線を向けた。


「この河の向こうに、セシリーの実家があるんですよね」

「そうだな。今頃何やってんだろうな」


 見えぬ対岸を眺めるランディに、「約束は守れないかもしれませんね」とリズがポツリと呟いた。休日には遊びに行くと約束したのだが、蓋を開けてみたら学園生活の方がノンビリしていた、というオチである。


「それなら呼べば良いんじゃねーか?」


 セシリアもルークも、冬休みの間は特にすることはないと言っていた。ならば呼び出して色々と手伝わせようという魂胆だ。……主にルークを。特にルークを。


 これから地中熱を利用する為の穴掘りなども必要だ。もちろん穴はエリーの魔法で一発だが、パイプを運んだりと力仕事が出来る人間は、一人でも多いほうが良い。


「ルーク様を手伝わせたい……そんな顔をしてますよ」


 ジト目のリズに「あいつも喜ぶって」とランディが肩をすくめてみせた。


「ひとまずアラン様に許可を取ってからですね」


 大きくため息をついたリズに、「だな」と頷いたランディ達の目の前には、夕陽に煌めくリヴェルナントが映っている。流石に侯爵家が誇る高速船舶なだけあって、想像以上に早い到着だ。


「早速アポ取って、宿も探そうぜ」

「折角ですし、魔道具のお店とかも見て回りたいですね」


 魔術刻印を記した古文書が見つからない可能性もある。魔石ストーブの改良なども視野に入れるべきだろう。


 そんなこんなで二人の方針が決まった頃、船はリヴェルナントの港へと接岸した。




 ☆☆☆



 大河の河口沿いに作られた公国第二の都市、と呼ばれるリヴェルナントだが、実際は最も繁栄している都市である。


 山岳地帯にある公都とは違い、大河沿いに作られた公国一の港湾都市は、古くから人・物があつまる重要な都市だ。加えてこの都市も大公家のお膝元である事が、繁栄への大きな助けになっている。


 大公家が積極的にリヴェルナントの開発を進めた結果が、この繁栄ぶりと言えるだろう。


 街中に通された水路を使い、ランディ達は目的の場所へと急ぐ。なんせ既に日が沈み始めているのだ。


 二人が急ぐ先は、もちろん冒険者ギルドだ。統括であるアーロンにアポを取るためと、おすすめの宿を紹介してもらうつもりだ。アポと宿、一石二鳥で済むのがこのルートだろうという事で、二人は小舟に揺られて街の中心部を目指している。


 張り巡らされた水路をたどり、二人が冒険者ギルドへとついたのは、既に日が沈んだ頃だった。


 ギルドからもれる明かりに混じって、大勢の人間が騒いでいる声が聞こえる。この時間は、冒険者達が併設された酒場で、それぞれの憂さ晴らしに盛り上がる時間だ。


「チッ、少しタイミングが遅かったな」


 普段はそうでもない冒険者達だが、元々が荒くれ者の気質を持った連中だ。酒が入ると、面倒に巻き込まれる……それは王都のギルドで一番最初に聞いた話だ。


 併設の酒場を閉めたこともあったそうだが、そうなると街の酒場で暴れる馬鹿が出てくるらしく……。結局何かあった場合に直ぐ止められるよう、ギルド併設の酒場を利用することを推奨されている。


「どうする? 明日にするか?」


 出掛けにヴォルカンから、シャドラー伯爵家がヴィクトールの良くない噂を流していると聞いたばかりだ。そんな状況でこの中に入れば絡まれる可能性は高い。


「いえ。今日中にヴォルカン様の紹介状を届けましょう。私達には時間がありませんし」


 大きく深呼吸をするリズに「了解。俺から離れるな」と声をかけたランディが、その手を引いてギルドの扉を開いた。




 扉が開いたことで、賑やかな声と酒精の匂いが二人を包み込む……と、同時に幾つかの不躾な視線も注がれた。


 無理もない。リヴェルナントではランディもリズも無名の若者でしかない。


 そんな不躾な視線を無視しつつ、ギリギリ店仕舞する前の受付に二人は滑り込んだ。


「……本日はどのようなご要件でしょう?」


 首を傾げる受付嬢に、ランディは声を落としてヴォルカンからの紹介状を手渡した。


「ヴィクトール子爵家の者です。統括と面会する為のアポイントを取りたくて」


 子爵家の刻印が入った手紙に、「しょ、少々お待ち下さい」と受付嬢が慌てて上役と思しき男性に、手紙を渡しながら何かを囁いている。


 しばらくして、男性がランディ達に「確認してまいります」とその場を後にした。……が、それがマズかった。どうやら男性がある意味でのストッパーだったらしく、彼が離席した途端、分かりやすくランディ達に絡む馬鹿が現れたのだ。


「よぉ、お二人さん。こっちで一緒に飲もうぜ!」


 声を上げる男性に、受付嬢が注意をしたことで一旦は収まったそれだが、ランディは面倒くささをヒシヒシと感じている。


「ランディ、暴れちゃ駄目ですよ」

「そこまで馬鹿じゃねーよ」


 ため息混じりのランディが、不躾な視線とヤジを無視しながら、受付嬢へお勧めの宿を尋ねる。そうして男性を待つことしばらく……


「まったく……血は争えんと言ったが、こうも似ていると嫌になるな」


 ……苦笑いを浮かべて出てきたのは、帰省初日に屋敷で会った鷹の様な目の老人だ。


 鷹の目の老人が出てきた事で、酒場から投げかけられていたヤジはピタリと止み、分かりやすく冒険者たちが大人しくなった。無理もない。老人から放たれる気配は、キースやヴォルカンに似て、ジジイとは思えない達人のそれなのだ。


「公国ギルドの統括をしている、アーロン・ナイトレイだ」


 差し出されたアーロンの手を、ランディが力強く握り返した。


「子爵家嫡男、ランドルフ・ヴィクトールです」


 ランディの名乗りに、わかりやすく酒場がざわついた。なんせ今公国の冒険者ギルドで、ヴィクトール子爵領の事を知らない人間はいない。今最もホットな狩り場であると同時に、低ランクの冒険者じゃ足を踏み入れられない魔境だと言われている。


 それと同時にここ数日で、良くない噂を聞く領でもある。曰く、王国と手を結んで公国を陥れようとしているだとか。


 様々な感情がないまぜになった視線を背中に浴びながら、ランディが口を開いた。


「まさか、直ぐに会ってもらえるとは思いませんでしたよ」


 笑うランディに「まさか」とアーロンが首を振った。


「恐らく面倒事に巻き込まれるだろう、と思ってこうして馬鹿者共に釘を刺しに来ただけだ」


 アーロンの鋭い眼光に冒険者たちが一斉に目を逸らした。どうやら冒険者というものを良く理解しているようで、ランディ達が面倒事に絡まれる前に、トラブルの芽を刈り取りにきたようである。


「ご迷惑をおかけして――」

「構わんさ。君の祖父には十分過ぎるほどの借りがある」


 初めて見せたアーロンの笑みに、ランディは思わず面食らってしまった。


「とは言え、面会と要望に関しては忖度無しで受けるぞ?」


 再び戻った鋭い眼光に、「ええ」とランディが頷いた。


「結構。ならば、明日の昼一番に来るといい。幸い明日の午後はフリーだ」


 頷いたアーロンに、ランディは喜色満面でリズを振り返った。リズが「早いほうがいい」と背中を押したことで、バッチリのタイミングを抑えられたのだ。


「ラッキーだったな」

「ええ。ついてます」


 喜ぶ二人を前に、アーロンが小さく息を吐いて「では明日――」と離席しようとした時、酒場の一番奥から、「ちょーっと待ってくれよ」と声が響いた。


 ランディ達が声が聞こえた方を振り返れば、そこには仲間を従え偉そうにふんぞり返る一人の男がグラスを傾けていた。


 丸太のように太い腕。

 服の上からでも分かる鍛え抜かれた肉体。

 脇に立てかけられた巨大な剣。


 ランディと似たタイプの力自慢だろうか、ハチマキ姿の男性が音を立ててグラスを机に叩きつけた。


「ヴィクトール家と言えば、シャドラー伯爵様と魔鉱石のことで揉めてる家だろ?」


 嘲笑を浮かべる男性が、ヴィクトール家とシャドラー家の小競り合いを語りだした。


 だがその内容はとてつもなく酷いものだ。


 男曰く、ヴィクトール家がシャドラー家に、魔鉱石を値下げするよう迫っているのだとか。発展する領に普段以上に魔鉱石が必要で、まとめ買いをする分安くしろ、と。


「王国の大貴族を盾に、シャドラー伯爵に強く出てるそうじゃないか?」


 何とも馬鹿げた内容だが、男が話す言葉にギルド中が分かりやすくザワついた。なんせそれが事実だとしたら、ヴィクトール家は国賊のようなものだ。自分達だけ安くしろ、というのは冬の厳しい公国では裏切り以外の何物でもない。


 ヴィクトールが王国と手を組んで……そんな根も葉もない噂に、色がついた瞬間だ。


「統括ぅ? まさか旧知の家だからって、ギルドがこいつらに加担するつもりじゃないでしょうね?」


 ニヤニヤと笑う男に、アーロンが「愚か者め」と小さく呟いた。


「カイン。ヴィクトールとシャドラーのトラブルだが……その情報はどこから手に入れた?」


 眉を寄せるアーロンに、「さあな。だが皆知ってるぜ?」とカインと呼ばれた男が悪びれる様子もなく嘲笑を浮かべた。


「カイン。まさかとは思うが、お前――」


 瞳を細めたアーロンだが、続く言葉をランディが手を挙げて遮った。


「アーロンさん。悪いが喧嘩を売られたのは、俺……いや、俺達ヴィクトールだ」


 淡々と語るランディに、アーロンがわずかに眉を寄せるが、「そうか」とだけ言うと黙り込んだ。


 ランディとしては、このまま一直線で殴り飛ばすのが楽でいい。だが、相手は一応平民だ。貴族が有無も言わさず平民を殴り飛ばすのは、ヴィクトールの名に反する。


 それに折角相手が馬鹿を寄越してくれたのだ。ならばそれを利用させてもらおう、と少々回りくどい方法を取ることにした。


 端的に言えば、煽り、である。


「さて……そこの頭の悪そうなお前――」

「ああ゙?」


 ドスの効いた声が、ギルド中に響きわたった。


「シャドラーの馬鹿に幾らで買われた?」


 ランディの発言に、他の冒険者たちが一斉にカインと彼のパーティを振り返った。


「何の事だか分かんねえな?」


 またも嘲笑を浮かべたカインが「それよりも……」とその顔を更に悪いものへと変えた。


「伯爵を馬鹿呼ばわりか……。いいのか? ヴィクトールの小倅?」


 ニタニタと笑いの止まらないカインに、「ハァ」とランディが分かりやすくため息を返した。


「馬鹿は流石に悪かったな……。シャドラーなんかと一緒にされたら、馬鹿が可哀想だ」


 嘲笑を返したランディが、カインの返事を待たずに畳み掛ける。


「馬鹿じゃなくて、シャドラーは大馬鹿だったな。お前みたいな超大馬鹿と手を組んでるしよ」


 カウンターに肘をついてふんぞり返ったランディに、カインが「テメェ」と立ち上がった。


「誰が大馬鹿だって?」

「お前だ、お前。そもそも、お前はヴィクトールで売られてる魔鉱石の価格を見たことがあるのか?」

「ああぁん?」


 まさかの切り返しに、カインの声が上ずった。


「ウチが伯爵家に安くせびるんなら、ヴィクトールはさぞかし安くで売ってんだろ? いくらか教えてくれよ」


 嘲笑を浮かべたままのランディに、「へっ。そういう事か」とカインが落ち着きを取り戻したように口角を上げた。


「ヴィクトールで売ってる魔鉱石は高いって言いたいんだろ? そりゃお前の家が価格を吊り上げてるからだろ。住民から巻き上げるつもりで」


 勝ち誇ったように笑ったカインが「残念だったな、馬鹿が」と大声で勝利宣言をしたのだが……


「おいおい、どうした。『馬鹿』とか言い出して、急に自己紹介か? 心配すんなって。皆お前が馬鹿だって知ってるから、今更自己紹介とかいらねーよ」


 鼻を鳴らしたランディが、「正確に大馬鹿だが」と続けて畳み掛ける。


「一般商店で売ってる商品を、どうやってウチが値上げするんだよ。馬鹿なのか? ああ、悪い。大馬鹿だったな」


 反論を許さないランディが更に畳み掛ける。


「そもそもここに、シャドラーから『魔鉱石の採掘量が減って、価格を上げざるを得ない』って手紙があるんだが、この街は大丈夫なのか? 魔鉱石値上がりするんじゃねーの?」


 ニヤリと笑ったランディに、冒険者達が「何だそれ」と分かりやすく騒ぎ始めた。魔鉱石は冬を乗り越えるために必要な資源だ。それが少ないと言われれば、こんな場所で呑気に飲んでいる場合じゃない。


 出掛けにキースから渡された写しが、ここで役に立つとは。流石年の功と言いたい。


「ウチのありもしない噂は知ってるのに、シャドラー家の印が入った〝情報〟は知らないのか? そんなんで大丈夫か冒険者? ああ。馬鹿だから寒くても風邪引かねーんだな。今だけはお前の馬鹿さ加減が羨ましいぜ」


 完全にランディに言い負かされたカインが、怒りにその肩を震わせている。


「で? 何か言うことはあるか?」


 ため息混じりのランディに、「いい度胸じゃねえか」とカインが声を震わせた。


「随分と口が回るようだな。口喧嘩に勝ってさぞ気持ちがいいだろ?」


 ギリギリと奥歯を鳴らすカインに、「まさか」とランディが鼻を鳴らした。


「お前みたいな馬鹿を言いくるめても、何の自慢にもならねーよ。当然の結果で、そのへんのガキでも出来る〝ままごと〟と変わんねーからな」


 完全にオーバーキルの状態に、カインが近くにあった剣を手に取った。


「小僧。覚悟は出来てんだろうな? このSランク冒険者【血染めの暴嵐】カイン・ブラッドレイジに喧嘩を吹っ掛けた覚悟が」


 鼻息の荒いカインに、ランディがニヤリと笑った。貴族として相手が平民である以上、自分から喧嘩をふっかけるわけにはいかないが、相手から吹っ掛けられた場合は別だ。


 そのためにやりたくもない〝口喧嘩〟に興じたのだ。乗ってこられなくては困る。


「今更ビビっても遅えぞ! ボッコボコにしてやる」


 ランディの思惑など知らず、挑発に乗った哀れな仔羊の狂宴が始まる。

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