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第103話 発想はいつだって自由

 ランディとリズが馬車に揺られること半日程……日が中天を過ぎた頃には、見たことがない立派な都市が現れた。


「……こりゃすげーな。想像以上だ」

「確かに、これは立派ですね」


 大きさこそ地方都市より小さいが、堅牢な城壁とその向こうに見える大きな塔だけでも、存在感が凄まじい。


 特に元の寂れた漁村を知っているランディからしてみたら、ビフォアアフターの差が大きすぎて、一瞬道を間違えたのではと思ったほどである。しかもまだ港が建設途中というのだから、恐ろしいものだ。


 立派な城壁を前に、ランディが本当に入っていいのか、と馬車の中でオロオロする中、ハリスンは「ご苦労っす」と顔パスで馬車を門の中へと進ませた。


『ランドルフ様、エリザベス様、ようこそ!』


 馬車の外から聞こえる威勢のいい声に、流石のランディも「ど、ども」と微妙な笑顔で手を上げるくらいしか出来ない。





「ハリスン、何だよこの立派さは!」


 城壁をくぐり抜けたランディが、御者台のハリスンへ声をかけた。


「あれ? 知りませんでした?」

「知らねーよ。そもそも前来た時は、まだ小さな港が出来たくらいだったろ?」


 眉を寄せるランディに、あの後港がドンドン大きくなり、同時に人と物が比例するように多く流入した結果だという。もちろん今のところは侯爵家が派遣した技術者や作業員がメインの街だが、都市が完成したら、周辺地域からの移住を募集するのだとか。


「実際、問い合わせが凄いらしいっすよ」


 笑うハリスンが言うには、既にヴィクトールだけでなく他の領地、更には公都からも問い合わせがあるらしい。


「スゲーな」


 想像以上の規模にランディが驚く中、馬車は真っ直ぐにメインストリートを突っ切り、代官の館へとたどり着いた。海と街が一望出来る一等地だが、そこに立てられた館は小さな要塞のようだ。


「ジジイの趣味だな」


 馬車から降りたランディが顔をしかめる。


「正解じゃ!」


 そんな要塞の扉を開いて出てきたのは、収穫祭ぶりのヴォルカンだ。


「生きてたか……」

「ひ孫を見るまでは死なん」


 豪快に笑い飛ばすヴォルカンに、「心配しなくても、玄孫くらいまで生きそうだな」とため息を返した。


「とりあえず、話してた通りだ。作業者の方々と技術者に会いたい」

「どっちも揃っておるぞ」


 頷いたヴォルカンが、建設途中の港を顎でしゃくった。どうやら今も作業中らしいが、確かに手を止めるわけにもいかないとランディとリズはヴォルカンに案内してもらう形で、今も寒さと格闘中の作業員達に会いに行くのであった。



 ☆☆☆



「こりゃまた、スゲーな」

「はい……」


 呆ける二人の目の前には、巨大な塔とその先に伸びる大きな港が広がっている。塔は城壁の向こうから、見えた塔で間違いないだろう。灯台の役目を果たすのだろうが、それにしても何もかもが想像よりも大きいのだ。


 そんな港の向こうから、二人の人物が近づいてきた。


 一人は毛むくじゃらの小さな男で、もう一人は猫耳のついた男だ。どちらも以前に漁村を訪れた時に、挨拶だけはしているので覚えている。


 技術者の長であるガストン・スミスと作業員達の取りまとめのグレン・フェングである。


「お二人共ご無沙汰してます」


 手を差し出したランディに、どちらも笑顔でその手を握り返した。


「何でも暖かくなる服を作ったんですって?」


 グレンが興味深そうに耳をピクピクと動かした。獣人ではあるが、寒さに弱いのだろうグレンは、確かに少々着ぶくれしている。


 獣人と言えどベースの獣とは違い、体毛が生えてくるわけでは無い。故に寒さや暑さに対しては、普通の人と変わらない耐性しかないのだ。


「川べりで暖かいって聞いたけど、俺達には寒すぎまして」


 頭を掻くグレンの言う通り、獣人達の多くが、その身体能力の高さを生かして、作業員として活躍してくれている。そして彼らの多くが、南の異大陸出身なのでここの寒さは余計に堪えるのだろう。


「作業員の方々を順番に連れてきてもらえますか? 直ぐに作業に取り掛かるので」


 ランディの言葉に、「それはありがたい」とグレンが駆け足で建設現場へと戻っていった。


 その背中を見送りながら、技術者長のガストンが大きくため息をついた。


「ワシには意見を聞きたい、そう聞いとりますが?」


 振り返ったガストンに「ええ。新しい暖房器具なんですが」とランディが図面を広げてみせた。


「詳しく見せてもらおう」


 そう言いながら、ガストンが図面を近くの石材の上に広げた。敬語が苦手なのか、集中すると言葉遣いが荒くなる男だが、腕は間違いなく確かだ。そして言葉遣いなど、細かいことを彼に求める人間はここにはいない。


「パイプと……これは、ポンプか?」

「ええ」


 頷いたランディが、別の図面を手渡した。


「こっちは……加熱器のようだが」


 呟くガストンに、ランディが詳細を説明する。


 これは地中熱を応用した暖房器具の部品だ。


 ブラックサーペントが冬眠モドキのために地中へと逃げる事をヒントに、ランディが前世の知識を思い出したのだ。地中の温度は年間を通してある程度一定だという事を。


 前世で言えば、地中熱ヒートポンプシステムに近いかもしれない。地中に埋めた配管の中で不凍液を循環させ、熱交換パイプで空気を温めるというアレだ。


 とは言え地中熱を利用するのは、そんなに簡単な話ではない。


 一〇メートル以上の穴を掘る必要もだが、それ以外にも課題は多い。


 熱交換パイプ用素材の選定。

 パイプの中を走らせる不凍液の選定。

 循環させるポンプの作成。

 断熱材の選定。


 と大きな課題だけでも山積みなのだ。実際に走らせ始めたら、細かい問題は出てくるだろう。


 それでも今回はランディもリズも、発熱肌着同様、自分達の力を前面に押し出して作業する予定だ。


 自分達にしか出来ないものなど意味がない。そんな信条の二人だが、今回に限っては、それに蓋をしている。この冬の間に形にして、相手の企みを叩き潰すのが目的でもあるのだ。


 だから普段なら考える工程設定や人員などを全て無視した、パワープレイで突き進んでいる。地中熱循環システムも、出来上がってから工程や人員を考えるという流れだ。


「なるほど。中々面白いな。確かにワシらドワーフも、地中に都市を作る故、地中の温度が一定なのは知っている」

「どうでしょう? 出来そうですか?」


 首を傾げたリズが、ガストンに手渡したのは一枚の紙だ。そこに書かれていた複雑な数式に「わぉ」とランディが、目を丸くした。


「一度地中の温度を測ってみました。地中の温度を元に、不凍液……がまだ未定なので水を上昇させるだけのエネルギーと時間、必要なパイプの長さを計算しました」


 差し出された計算式に「ふむ」とガストンが視線を落とすが、ランディは黙って見守るしか出来ない。なんせ何が書いてあるか全く分からないのだ。


「いつの間に準備したんだ?」


 囁くランディに、「昨晩。計算したら楽しくて」とリズが微笑むが、ランディには笑えない。ランディには数字の羅列だけで頭が痛くなるのだが、リズはそれが「楽しい」と言い、今もウキウキが隠せないのだ。


 あったかインナーのお陰で、日中であれば着込まずとも活動出来るのも大きいのだろう。行動力が上がった事を喜ぶべき、とランディが心の中で自分に言い聞かせた。


「お嬢様。断熱材と不凍液はどうするおつもりで?」

「そうですね。そちらは現物で試さないと駄目ですし、そもそも素材のアテがないのが問題ですね」


 大きくため息をつくリズの言う通り、今のところ断熱材と不凍液として使用する素材にアテがないのだ。屋敷を覆うだけの素材だけでなく、作業場にも展開するとなると入手が簡単で多く入手出来る事が条件だ。


「断熱材は……まあワシの方で色々とアテがありますが――」

「さっすが専門家」


 実際にそこを期待して来ていた節がある。建物やパイプの断熱に関しては、専門家に意見を聞いた方が早い、と。


「だが流石に不凍液は思いつかんぞ」


 ランディへと視線を戻したガストンに、ランディがわずかに肩を落とした。地中に都市を作るドワーフなら、案があるかと思っていたのだ。


 だが無いと言うのであれば、自分達で探すしか無い。


「不凍液か……最悪地下水を利用するのはどうだろう」

「地下水ですか?」


 首を傾げるリズとガストンに、ランディが「こんな感じで」と絵を書いた。地下から汲み上げた水を利用して熱交換器でエネルギーに変換して水はまた地下に戻す。


「それだと、地下水脈を見つける必要がありますね。後は氷点下の時の問題も……」

「そうなんだよなー」


 空を仰ぐランディの瞳には、晴れ渡った冬空が広がっている。川に向けて吹き抜ける風が、図面の端をピラピラと揺らした。


「空気循環では駄目なのか?」


 不意に口を開いたのは、今まで黙っていたヴォルカンだ。腕を組み、眉を寄せたまま「空気を直接温めればよかろう?」とランディ達を見回している。


「空気循環型ですか」

「それは難しいですな」


 リズとガストンが苦い顔をするのも無理はない。空気循環は一番最初にランディが提唱して、リズがNGを出した理論なのだ。空気の熱伝導率はかなり低い、と。


「ならば間に魔石ストーブを改良して、こう……」


 一度地面に送った空気を、大型の魔石ストーブに通して更に暖かくする。地中である程度暖かくなっているので、魔石のエネルギー消費量を抑えられるという構造だ。


「発想自体は面白いが、不凍液を温めるほうが効率が良いですぞ」

「どのくらいのエネルギーがいるか、計算しましょうか」


 なぜか楽しそうなリズが、転がっていた石筆を片手に地面に計算式を書き始めた。行儀が悪い行動だが、今ここにはランディ達しかいない。集中するリズを邪魔しないように、ランディとガストン、そしてヴォルカンは静かにそれを見守る事に。


「空気循環……やはりかなりのエネルギーがいりますね」


 ため息をついたリズだが、不意に小首を傾げ……その気配をエリーと入れ替えた。


「ドワーフの若造よ……」

「お嬢様、どうしちまったんだ?」


 眉を寄せるガストンに「ちょっと、トランス状態みたいな……」とランディが苦笑いを見せた。


「ドワーフなら、魔術刻印があるじゃろう」


 何とも刺激的な響きにランディが目を輝かせたのも一瞬、それを否定するようにガストンが頭を振った。


「よう知ってなさる……と言いたいが、今はもう失われた技術だ」

「なに?」


 眉を寄せるエリーに、魔石を利用した簡易的な魔道具の普及で、魔術刻印は廃れたのだとガストンが話した。


 魔術刻印は、素材にルーンと呼ばれる刻印を彫ることで、狙った魔力を増幅させる技術だ。

 熱なら熱。

 風なら風。

 と狙った物のエネルギーに作用して、それを増幅してくれる技術であるが、その上昇量は技術者の腕とベースの素材に大きく依存する。加えてルーン自体が複雑で、しっかり彫らねば効果が出ないどころか、半減したり消滅したりする高度な技術でもある。


 その結果ルーンを簡易化した魔術回路が生まれ、誰でも使える、大抵のものに使える、魔石や魔鉱石を利用した道具が誕生したわけだが……その道具が魔術刻印を駆逐したのは皮肉とも言えるだろう。


「古文書でもありゃ、刻印に必要なルーンが記載されてるんでしょうが、如何せん誰も古代語が読めませんから」


 肩をすくめたガストンに、「古文書か……」とヴォルカンが口を開いた。


「古文書なら、アーロンのやつが持っておるはずじゃ。やつは骨董品の蒐集家でもあるからの」

「アーロン? 誰だよそれ」

「儂の旧い馴染じゃ。今は公国の冒険者ギルドを統括しとる」


 豪快に笑うヴォルカンに「あの人か」とランディが、帰省初日に出会った老人を思い出した。


「ちょうどいいな。ギルドに予算の直談判ついでに、古文書も見せてもらおうぜ」


 やる気が先走るランディに、ガストンが「まあ待て」と肩を叩いた。


「魔術刻印が出来たとしても、馬鹿高くなるぞ」


 首を振るガストンに、「少し思ったんですが……」とランディが思いつきを口にした。


「ルーンを彫るんですよね? なら例えばルーンを型どった鋳型とかプレス機みたいなの作ったら駄目なんですか?」


 オーダメイドの魔術刻印ではなく、既製品の魔術刻印を作る。今回はパイプに魔術刻印を施すのだ。ならばプレス機で刻印を施して、それをパイプへと加工すれば良い。


 そんなランディの発言に、一瞬だけ目を見開いたガストンだが、「無理じゃ」と首を振った。


「ルーンは全て均一に掘らねばならん。だからこそ技術が……」

「その鋳型かプレス機に、〝均一に圧力をかける〟みたいなルーンを彫ったら?」


 その言葉にガストンが今度こそ大きく目を見開いた。それこそ目が落ちるのではないかと言うほどに。


「……考えてもみなかった」

「そりゃ、技術者は己の腕で彫ってこそでしょうから」


 笑みを浮かべるランディに、「よし、早速試すぞ! 早く古文書を――」とガストンがワクワクしだすのだが……


「二人共、その前に解決せねばならん問題があるぞ」


 ため息をついたエリーが、「発熱する服じゃ……」と港を指した。そこにはグレンを先頭に、こちらへ向かってくる沢山の作業員達の姿があった。


「……エリー。まずはアレを片付けるぞ」

「妾の出番は終わりじゃ。後はリズに任せよう」


 パワープレイで行くと決めた以上、退くわけにはいかない。日が暮れるまで二人は一心不乱に彼らが持参した肌着を加工するのであった。

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