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第102話 根底にあるもの

「どんな感じだ? 暑すぎたり寒かったりしねーか?」

「全然問題ありません! 最高です!」


 満面の笑みを見せたリタが、その場でくるりと回って見せた。嬉しそうな笑顔が、中庭に降り注ぐ太陽を受けて輝いて見える。実際に発熱肌着のお陰で、着込まずとも仕事が出来るのは、ストレスを軽減してくれているようだ。


 ランディが枯れ草を持って帰って来てから早二日。既に使用人全員に、発熱肌着が行き渡っている。


 食堂で始めた検証は、夜遅くまで続き……発熱現象は熱と水分に反応して、植物内部に残った魔素と細胞が反応しているのだろう、という結論に至った。


 その後エリーの経年劣化魔法、そしてランディによる安全実験――本当に発熱が止まるのか――も経て、早々に完成した試作品が、こうして屋敷の使用人に――テストという名の元に――配られたわけである。


 異様な速さで実践投入された発熱肌着だが、今回は状況が状況なだけに、このワンシーズンだけ持てば問題ないという突貫作業だ。


 この冬が乗り越えられる物を作り出し、それで稼いだ時間で改良をする。まさに走りながら考えるを、地で行く作戦をとっている。


 故に制作作業も、パワープレイである。ランディが素材を取りに走り、それをリズと二人で肌着へと加工しているのだ。正確には作るというより、既存の肌着への付与に近い形であるが。


 とにかくクラフトという、他の人には真似できない能力でもって、工程や人材を全て無視した突貫作業の進みは驚く程早く、そして柔軟性に富んでいる。


 サイズの大小は勿論のこと。

 半袖タイプ。

 長袖タイプ。

 ついには外仕事向けに裏起毛加工を施したものや、既存の古着を一度バラして、タイツまで作り出す始末だ。


 その結果、使用人達からは大好評で、一応の大成功と言える結果を見せていた。それどころか、昨日の時点で美容品作りを担当しているマダム達からも納品前倒しの依頼が来たくらいだ。


「本当は仕組みを完全に解明して、生産ラインも作って……が理想なんだがな」


 働く使用人を見ながら、大きくため息をついたランディに、「仕方ありません」とリズが首を振った。


「今重要なのは、直近の冬を乗り越える術ですから」


 リズの言う通り、使用人達からの太鼓判を貰った発熱肌着は、本来の目的である作業員たちへと展開する予定だ。仕組みを解明し、生産ラインを作って、としていては彼らの手にそれが渡る頃には暖かくなっているだろう。


 仕組みの解明や生産性は追々の話で、今は安全面と効能、そしてある程度の期間の発熱があれば十分だ。


「それもそうだな。とりあえずマダム達にも届けようぜ」


 もう一度ため息をついたランディの言う通り、昨日の時点でマダム達から既存の肌着を渡されていたランディ達は、既にそれを全て発熱肌着へと加工済みだ。


 あとはこれを届けて、その足で港湾建設現場に赴く予定である。


「いやはや。本当に作ってしまうとは」


 苦笑いで現れたアランに、リタを始め使用人達が立ち上がって頭を下げた。彼女達に気にすることはない、と手を挙げたアランが、再開されたメイド達の洗濯作業へと視線を向けた。


「とは言え、やはり洗濯は寒そうだね」

「お湯でも出りゃ良いんだろうが」


 肩をすくめたランディに、「お湯か……」とアランが呟いた。


「一番簡単なのはサンルームでも作って、そこで洗濯するくらいか」


 ガラス張りの部屋であれば、太陽が出ている間ならある程度の気温が見込める。室温が高ければ、水仕事も幾分楽だろう。とは言え庭仕事なども水を使うし、掃除も水を使うのだ。結局こればかりは仕方がない部分もある。


「全く……色々と思いつくな。お前には助けて貰ってばかりだ」


 楽しそうなメイド達を見ながら、しみじみと呟くアランに、「馬鹿言え」とランディが鼻を鳴らした。


「あの時『家族なんだ。気にするな』そう言ったのは、親父殿だろ? 助けてるつもりなんてねーよ。俺にとっちゃ当たり前だ」


 ニヤリと笑ったランディに、アランが驚いた表情を浮かべて……そして小さく笑った。


「覚えてたのか」

「逆に忘れると思ってたのかよ」


 それだけ言ったランディが、アランに背を向けた。


「とりあえず、リズと二人で港湾都市予定地に行ってくる。作業員の人達にも作らねーとだからな」


 ヒラヒラと手を振ったランディと、カーテシーを見せるリズ。対象的な二人を見送るアランが微笑んだ。


「あの時も、私はお前に助けられたと思ったんだがな」


 アランの瞳には、当時よりもたくましく成長した息子の背中が映っていた。



 ☆☆☆



 ハリスンが駆る馬車に揺られ、ランディとリズは港湾都市……になる予定の漁村を目指している。既に美容品制作の作業員へは肌着を納品し、使用感の聞き取りも終了している。


 かなりの好評に、満を持して港湾都市で作業する作業員への対応に当たるために、こうして馬車に揺られている。とは言え港湾建設地へ行くのは、発熱肌着を加工するだけが目的ではない。第二弾の寒さ対策の為の相談も兼ねているのだ。


 暖房設備を作る。その上で必要なアレコレに、専門家の意見を貰いに行く目的もある。


 そんな車内ではランディが技術者達に見せる図面を、一から見直している最中だ。真剣な表情で図面とにらめっこしているランディが、図面から顔を上げずに口を開いた。


「気になる……って顔してるぞ」


 図面に視線を落としたままのランディに、「正直に言えば……」とリズが頬を掻いた。先程のアランとランディのやり取りは、いつもの気安いやり取りとは少しだけ雰囲気が違ったのだ。


「大したことじゃ……いや。大したことだな」


 大きくため息をついたランディが、図面を畳んで窓の外を眺めた。


「ドロップキック――」


 そう呟いたランディに、「幼い頃の?」とリズが首を傾げた。


「ああ。ガキの頃の……笑えねー失敗だ」


 苦笑いのランディに、リズがまた首を傾げる。なんせルークが語っていた時は、それこそ面白可笑しくといった雰囲気だったのだ。


「ルークの優しさだよ。周りが気を使わねーように、俺が気落ちしねーように、笑い話にしてくれてんだ」


 窓の外を眺めながら呟くランディが続けるのは、十歳になる頃にシャドラー伯爵の息子をぶっ飛ばしたという話だ。だがそれは武勇伝ではなく、単なる暴力事件だ。


 もちろんそれに至るまでの経緯があったのは間違いない。


 事件現場は、クラリスが五歳になる時のお披露目パーティだった。そこに来たシャドラー伯爵の息子、オルディス・シャドラーを、ランディがドロップキックで吹き飛ばしたのだ。


 原因はオルディスが、クラリスの大事にしていたノートを奪って踏みつけたからだ。あろうことか『貧乏人にはお似合いだ』と捨て台詞まで残して。


 それに怒ったランディが、思い切りドロップキックを食らわしたのだ。それこそ〝こいつが死んでも構わない〟という気持ちで。


 ランディのドロップキックを顔面に貰ったオルディスは、盛大に吹き飛んだ上に気絶。お披露目パーティは騒然となった。


 慌てる大人達。

 泣き叫ぶクラリス。

 運ばれていくオルディス。

 そして……顔面を真っ赤にして抗議してくるシャドラー伯爵。


「ガキだったんだろうな。この世界に生まれて、〝ゲームみたいだ〟って、浮かれてた。浮かれて、自分なら何でも出来ると思ってた。いや、何をしても良いと思ってた」


 その結果が、安易なドロップキックとヴィクトール家への責任問題だ。鼻を鳴らすランディが、「キャサリンと変わんねーな」と自虐気味に笑った。


「その後……どうなったんです?」


「賠償金を吹っ掛けられて、親父は貴族の証しとも言える剣を売り払った。金を払うために」


 外を眺めるランディの顔は淋しげだ。


「じゃあ、その時に……」

「ああ。『家族なんだ、気にするな』って。後は、『お前がやらなければ、俺がやってた』って。後にも先にも親父が〝俺〟だなんて、言ったのを聞いた事がねえ」


 それが意味するのは、父としてだけでなく、男としてランディに声をかけてくれたからだろう。


「そんな事があったんですね」

「思い知らされたよ。ここは現実で、俺は何の責任も取れねーガキなんだって。自分のしでかした事の責任もとれねーのに、イキってた」


 自分なら何が起きても問題ない。そう思っていたのに、結局最後の尻拭いを父にさせてしまったのだ。現実という二文字が、ランディの背中に重くのしかかった瞬間でもあった。


「まあ一番の問題は、今の俺があの時に戻っても、ドロップキックを食らわせるだろうな……って思考なんだが」


 苦笑いのランディだが、半分本当で半分は嘘だ。今なら、相手を土俵の上に引きずり出して、言い訳も、言いがかりもつけられない状況を整えた上でぶっ飛ばす。それが本音だ。


「悪い顔してますよ」

「生まれつきだ」


 肩をすくめたランディが、「馬鹿なのは生まれつきだ」とため息をついた。


「だからルークに頼んだんだよ……一生忘れねーように、時々思い出させてくれってな」


 再び窓の外に視線を向けたランディが、「笑い話にされるとは思ってなかったが」と自嘲気味に笑った。


「ルーク様の優しさなんですよね?」

「さあな。そんな事言ったか?」


 とぼけるランディに、リズが「フフフ」と微笑んだ。


「ならば今度は完膚なきまでに、相手の土俵で叩きのめしましょう」


 両拳を握りしめたリズに、「頼もしい限りで」とランディが肩をすくめた。


 ランディにとっては苦い思い出と同時に、ランドルフ・ヴィクトールとしての自覚が芽生えた瞬間でもある。その思い出を乗せて、馬車は漁村へ向かう整備された道を征くのであった。




 ☆☆☆




「一体どうなっている? ヴィクトールの田舎者は、魔鉱石無しで冬を乗り切るつもりか?」


 呆れたため息を漏らしたのは、ヴィクトールの北側に位置するシャドラー伯爵領領主のゴルディス・シャドラーだ。カイゼル髭と撫でつけたような金髪。鋭い眼光が見つめる先は、窓の外に見える巨大な山脈だ。


 魔の森の北側から、王国の北端、そして帝国南部へと伸びる巨大山脈にシャドラー伯爵家が有する魔鉱石の鉱山がある。幾つもの火山があった山脈であるが、死火山となった今も、膨大な熱エネルギーを秘め、魔鉱石を生み出し続ける金の山でもあり、シャドラー伯爵家の金看板でもあるのだ。


 だがここに来て、その金看板に陰りが見え始めている。


 隣のヴィクトールが、様々な事業でもって非常に力をつけてきたのだ。重要なエネルギーとして魔鉱石の価値が下がったわけでは無いが、魔鉱石一つで他家に優位に立っていたシャドラー伯爵家としては面白くない。


 最近ではどこに行っても、「ヴィクトールが……」と聞きたくもない名前を聞くのだ。


 七年程前に、ヴィクトールの嫡男(ランディ)がシャドラー伯爵の長子であるオルディスにドロップキックを食らわせた事は、今でも鮮明に覚えている。


 なんせ当時相手が十になるかどうかなのに対して、オルディスは既に十五だったのだ。それだけの年の差がありながら、ドロップキック一撃で昏倒させられたという醜態を、息子のオルディスも忘れていないだろう。


 あの時は、子ども同士の喧嘩を大事にして、ヴィクトール子爵に賠償金を吹っ掛けた。その結果、貴族の誇りとも言える剣を手放させたのだ。賠償金を払いにヴィクトール子爵が来た時には、事の重大さに涙を堪えるヴィクトールの嫡男も見ていた。


 家同士の争いで見れば、シャドラー伯爵家の勝ちと言っていいだろう。


 だがここに来て、牙を抜いた筈の子爵達が勢いを盛り返してきたのだ。


「痩せ我慢か、はたまた王国に尻尾を振ったか」


 呟くシャドラー伯爵の耳に、扉をノックする音が響いた。


『父上。オルディス、ただいま戻りました』


 扉の向こうから聞こえてきたのは、オルディスの声だ。中に入るよう促すと、扉が開き、大きく成長したオルディスが姿を表した。


「また大きくなったな」

「騎士団で鍛えられてますから」


 ニヤリと笑うオルディスは、現在公国の騎士団に出向という形で日々研鑽に励んでいる。それもこれも、あの日|ヴィクトールのバカ息子ランディに蹴り飛ばされてからだ。いつか復讐するために、こうして日々鍛錬を積んできたわけだ。


「何やらヴィクトールが我慢してるらしい、と」

「どうやらそのようだ」


 鼻を鳴らしたシャドラー伯爵が、ヴィクトール領から届いた〝注文取り消し〟の発注書を見せた。


「これは……」

「奴ら、何かを企んでいる」

「王国の補助があるのでは?」

「やはりそう思うか?」


 ため息をつくシャドラー伯爵が、「とは言えまだ調査中だ」と大きく背もたれに身体を預けた。調査の結果、国外から何らかのエネルギーを輸入している場合は、明確な公国法と王国法違反だ。


 エネルギーの輸入が必要な場合は、基本的に国が主体となって取り組むことになっている。そうでなければ、各々が秘密裏に力を蓄える事が出来るからだ。


 それに反しているなら、魔鉱石の値段吊り上げなど小さい嫌がらせどころの話ではない。


「ヴィクトールをそのまま潰せるかもしれんな」


 ほくそ笑むシャドラー伯爵に、オルディスも口角を上げた。二人共知らないのだ。いや先入観が強いと言うべきか。


 ヴィクトール=ドロップキック


 その先入観が、ヴィクトールは短絡的な人間という認識へと結びついている。


 もちろんアランが、上手くランディの活躍を隠しているのも大きい。辺境とは言え、婚約者のいないランディだ。あまり目立てば、中央から強引な婚約話が舞い込んでくる可能性がある。


 それを良しとしないアランが、上手くブラウベルグ侯爵家とハートフィールド伯爵家の手柄にしつつ、ヴィクトールは魔の森からの素材供給係に見せている部分も大きい。


 とにかく、シャドラー伯爵の中ではヴィクトールは短絡的な人間だと言う認識だ。そんな短絡的な人間が、まさか発熱する肌着や新しい暖房設備を開発しようとしているなど、思いも寄らないのだ。


 そしてただ凶暴なだけだった獣が、今や知識と強かさを兼ね備えた〝戦鬼〟と呼ばれるほどに成長しているなど……想像すら出来ないのだ。

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