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第101話 一人よりも二人。二人よりも三人。視点を増やす事が成功への近道

 ランディが屋敷に帰り着いたのは、もう陽も沈んだ頃だった。陽光の加護がなくなったヴィクトールは更に冷える。そのためだろう、ランディを迎え入れたリズなど、イヌイットかと言うくらいモコモコした格好になっていた。


 モコモコに包まれた美少女というのは、中々に可愛いものなのだが……


「どうしたんだよ、それ?」

「さっき作りました」


 家の中でもモコモコさせているのは、流石にどうなのだろう。というのはランディの感想だ。しかも寒すぎて自分で作るという始末である。侯爵令嬢が逞しくなったと思っていいのか、それともそこまでさせた自分の不甲斐なさを恥じるべきか。


 廊下を歩くランディが微妙な感想を彷徨っていると、リズが一枚の紙を差し出した。


「薄くて軽い防寒着制作用の予算です」

「え?」


 首を傾げるランディに、リズがランディなら作るだろうという前提で、予算を組み直したのだという。


「ちなみに魔の森に通す道については、ギルドにも半分は負担してもらう予定です」


 凛とした表情と、モコモコ姿のギャップが激しい。少々滑稽なのだが、笑うわけにもいかず、ランディは「さっすが……」と肩をすくめて、予算案に視線を落とした。


 厳しいながらも、何とか捻出してくれた事が分かるだけに、失敗は出来ない。


「それで、どうでしたか? 何か掴めそうです?」


 首を傾げるリズに、「ひとまず試作の試作は出来た」とランディが、服を捲し上げた。


「なんです? これ……」


 防寒着と聞いていながら、どう考えてもインナーなのだ。どれだけ薄く、軽くとも防寒着な以上、羽織ったりするイメージは抜けないのだろう。


「発熱する肌着だ」


 ランディの説明に「発熱?」とリズがランディが身につけた試作品を触っているが、それがランディの持つ熱なのか、肌着の熱なのかの判別がつかない。


「まあ論より証拠。ちょっと作って見ようぜ」


 マジックバッグから取り出した枯れ草に、リズが更に怪訝な表情を浮かべた。無理もない。発熱すると言っておきながら、出したのは枯れ草なのだから。


 だが近くに見えたリズの執務室を指差すランディに、リズも渋々頷いて二人で執務室で試作に取り掛かることに。



 ランディの指示に従い、枯れ草を繊維にしたリズがランディに視線を向けた。


「なんだ?」

「いえ……肌着に組み込むので――」

「おっと、悪い」


 慌てて外に飛び出したランディが扉の外で待つことしばらく……再びモコモコ姿で現れたリズが、「何だかチクチクしますね」と眉を寄せた。


「着心地はまあ……。でもどうだ? ちょっと暖かくなってきてないか?」

「んー……あれ、でも確かにさっきより――」


 そう言いながら、一番上の分厚い上着を脱いだリズが「あ、結構良いかもしれません」と頬を綻ばせた。


「よっし! プラシーボとかじゃねーな」


 ガッツポーズをしたランディだが、リズからしたら謎すぎる効果だ。


「どういう仕組みなんです?」

「分からん!」

「ええー」


 呆けたリズに、ランディが今からそれの検証をする事を伝えつつ、残った枯れ草を見せた。結構な量を繊維として使ってしまったが、それでもグリムベア二体を満足させるだけの枯れ草だ。検証するには十分過ぎる量が残っている。


 そして何より嬉しいのが、グリムベアが準備したということだ。奴らが持ってきたという事は、魔の森に自生している植物だということである。


「まず飯を食ってから、色々と検証しようぜ」


 ランディの言葉に頷いたリズだが「少々、お待ち下さい」と一度執務室へ戻り……しばらくしてから満足そうな顔で扉から出てきた。


「どうしたんだ?」

「着心地を良くしてきました」

「いいな。俺のも頼むよ」


 その場で脱ごうとするランディに、「ちょ、ちょっと――」とリズが慌てて顔を赤らめた。


「相撲の時に見てんだろ?」

「そうですけど、駄目です!」


 頬をふくらませるリズに、「ちぇっ」と口を尖らせたランディは、大人しく自室で肌着を脱いでからリズに手渡すのであった。





 ☆☆☆




「それでは検証を始めましょうか」


 夕食も終わり、食堂の暖炉とは反対側に集まった二人は、それぞれが自分の肌着を片手に椅子へと腰を下ろした。暖炉の近くではクラリスがノートに新しいドレスの絵を描き、その向かいではセシルが静かに読書中という、なんともノンビリとした時間が流れている。


「まず、熱が発生する条件ですが……」


 そうして始まった議論だが、仮説がそこまで出るわけではない。


 熱。

 力。

 そして水分。


 その三つくらいである。熱や力は言わずもがな、実際にランディが握りしめたり、腰を下ろしたりでわずかに発熱しているので可能性としては高いだろう。


 唯一可能性が低いのが水分なのだが……


「もしかしたら複合的な要素があるかもしれません」


 ……リズが言うのは、洞窟内の湿気た空気が作用している可能性である。


「焚き火で乾燥させた茎が発熱しなかったのは、周囲に水分がなくなった可能性がある……か」


 腕を組んだランディが、持って帰ってきた〝失敗作〟を取り出して握りしめてみた。


「どうです?」

「いんや。暖かくは……あれ? ちっと待ってくれ」


 集中するように茎を握りしめるランディ。それを真剣な表情で見つめるリズ。何ともシュールな光景だが、本人たちは至って真面目である。


「暖かい気がする。いや、暖かい」


 ランディから別の茎を渡されたリズが「本当ですね」と頷いた。


「ますます謎だな……一個ずつ潰していくか」


 ランディの提案により、まずは圧力実験を行うことにした。ある程度の力を加えると、発熱するかどうかという実験だ。力という刺激で発熱するなら、着圧のコントロールで温度調整が可能かもしれない。


 リズが握りしめても暖かくなるという結果から、茎の上に幾つかの重しを乗せて、温度が上昇しているか検証することに。


 クラリスやセシルも手伝って、幾つかのサンプルを作り上げた。


「お兄様。この検証は必要があるんですか?」


 首を傾げるセシルに、クラリスも「そうですわ。既に暖かい肌着は出来たのでしょう?」と同じ様に首を傾げている。


「出来るには出来たが、仕組みを理解してないと、必要な量や加工方法が変わってくるからな。重要なプロセスだ」


 重しを軽く叩くランディに、「大変ですね」とクラリスが茎の先へと視線を移した。


「大変だな。だが、親父殿達がやってる農地改革や品種改良はもっと大変だからな」


 仮説を立てて地道に検証していく。気が遠くなるような努力の上に、今の生活があるのだ。


 少しだけしんみりした空気に、ランディが手を叩いた。響く乾いた音が、全員の意識を戻す。


「そんじゃまー検証って事で……」


 ランディの合図で、各々が担当する実験体に触れる。茎の先っぽに触るだけでなく、圧力をかけた部分にも触れての検証だ。


「変わんねーな」

「こっちもです」

「私も」

「はい」


 四人全員が温度の変化を感じなかったという事は、どうやら力は関係ないのかもしれない。乾いたもの、わずかに水を含ませたもの。どれもこれもが温度に変化はないのだ。


「まあ、何の変哲もない肌着に混ぜても暖かかったからな」


 ため息混じりのランディが、自分が作った試作品を見た。着圧インナーなどのようなものでなく、普通の肌着だ。もちろん繊維として組み込む時点で、引っ張られたりと外からの力がかかっている。もし力が発熱のトリガーであれば、着ていなくても暖かいだろう。


 が、触れてみても暖かいということはない。


 もちろん場合によっては熱と圧力という複合要素もあるので、完全に除外は出来ないが、一応今のところは後回しという事になった。


「次は熱と水分だな」


 そうは言うが、握って暖かくなることは実証済みである。更に言えば水分を排する事はかなり難しい。空気中にも微量に含まれている水分を取り除いて、熱だけを与えるとなると、ランディでは不可能だ。


「先生、出番です」


 ランディの言葉に、眉を寄せながら現れたのはエリーだ。


「なぜか馬鹿にされてる気分なんじゃが……」

「ンなこたぁねーよ。クラシカルな呼び出し方法だ」


 笑顔のランディに「まあよい」とエリーが一つの茎に手をかざした。茎の周りに半透明の膜が出来ただけで、見た目にそれ以上の変化はない。


「触れてみよ」


 エリーの言葉に頷いたランディが、半透明の膜に触れる。


「あ。ちょっと暖かい」

「魔素を振動させ、その摩擦でもって――」


 始まるエリーの御高説だが、ほとんどランディには届いていない。実際に触れた茎は暖かいのだが、外気が暖かいせいなのか、茎が発熱しているかまでは分からないのだ。


 半透明の膜から、茎の先端をわずかに出したランディが、未だに続くエリーの御高説をバックにしばらく待つ。


 もう冷えただろうという所で、ランディが茎へと手を触れると……わずかにぬくもりを感じる。それは間違いなく、茎が熱を発しているという事に他ならない。


「――つまりこの高度な魔法は……」

「エリーもっと温度を上げられるか?」

「んん?」


 御高説を遮られた事で、わずかに眉を寄せたエリーだが、「誰に向かって言っておる」と半透明の膜に更に魔力を込めた。


 膜に触れていたランディが、上がっていく温度を感じながら、もう一つの手で茎を触り続ける。半透明の膜がかなり暖かく、それこそ夏の日差しくらいにはなった頃に、「ストップだ」とランディが温度の上昇を止めた。


 触れている茎はまだ暖かいのだが、どうも先程までの暖かさとは違う。ゆっくりと熱が引いていっている。そんな感じがするのだ。


(発熱限界か……)


 そうだとしたら速すぎる。これでは流石にインナーとして活用できない、そう思ったランディだが焚き火で干していた茎を思い出した。


「エリー、これって空気中の水分は――」

「弄ってはおらんぞ」


 流石にリズの中で聞いていただけあって、言わんとしている事は分かっているようだ。つまりこれが発熱限界という事だろう。


 諦めのため息をついたランディが、茎を半透明の層から引きずり出した。外に出ていた部分からは既に発熱を感じられない。層に入っていた部分も、今は暖かいがいずれ冷えてくるのだろう。


 茎をブンブンと振ったランディが、「後は水分で調整するくらいか」と冷えただろう茎を脇に追いやりエリーを振り返った。


「エリー、次は水分量を調整して検証をしてみたい」

「構わんが、この程度で駄目になるなら使い物にならんぞ?」


 眉を寄せるエリーに、「分かってる」と頷くが、何か突破口になる気がしているのだ。正確には何かを見落としている気がしている。


 力。

 水分。

 熱。

 焚き火。

 発熱限界。


 色々な事が頭の中を駆け巡るランディの脇で、クラリスが先程の茎を指で突きながら口を開いた。


「熱くなりすぎると、駄目になってしまうんですね」

「夏でも熱くなると、この植物も困るんじゃないですか?」


 何気ない弟妹の会話。だがそれがランディの引っかかりを解消するヒントだった。


「温度か。反応する温度に上限があるのかも」


 思い立ったランディが、先程脇に追いやった茎を握りしめた。しばらくすると「やっぱり」思っていた通りわずかに発熱したのだ。


「エリー。水分の検証の前に、温度検証だ。こいつは自己防衛のために、温度が上がり過ぎたら発熱しないような構造になってる可能性が高い」


「そんな都合の良いものがあるのか?」


 眉を寄せたエリーに「あるかもしれませんよ」と声をかけたのは、扉から現れたアランだ。


「夕食時に発熱する植物と聞いて、少々思い出したことがあってね」


 アランが手に持っていたのは、一冊の辞典だ。


「帝国製の植物辞典だ。向こうも北国で冬の寒さは厳しいと聞くからね。うちに応用できる物がないかと思って」


 笑ったアランが辞典を開き「あったあった」とランディとエリーに手渡した。そこに書かれていたのは、奇妙な形の花だ。寒い時期に開花し、同時に発熱して周囲の雪を溶かすのだという。


 発熱するのは開花する寒い時期だけで、暖かくなる時期には一切発熱することはない。つまり植物が外気に合わせて体内で熱を発生させているのだ。


「発熱の仕組みは違うかもしれないが、温度に応じて自己防衛のために発熱するタイプかもしれないね」


 本来なら呼吸などを利用し、自分である程度代謝を上げる。上がった体温(?)で茎の内部にためているエネルギーを燃やすか、化学反応を起こしていると考えられる。


 枯れ草の今は、代謝ではなく外部からの熱により、中に残っている物質が反応してる、という所だろうか。


 とにかく一定の温度までしか上昇しない。それを超えたら反応が止まるという事実だ。それが示すのは、自己発熱で反応してエネルギーを消費し続けないという事だ。


「冬の間を熊公達が凌げる程度には、保つのかもな」


 加工せずそれだけ持つなら、保温性能を高めればもっと効果は持続するだろう。


「少しは助けになったかい?」

「最っ高のアシストだぜ」


 試作の方向性に目処が立った。後は最終検証だけだとランディはリズとエリーとともに、反応温度と水分の関係の検証に移るのであった。

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