第100話 発明は偶然と失敗の連続
あったかインナーを作ると意気込み、執務室を後にしたランディだが、早速壁にぶち当たっていた。
「確か発汗を利用して……吸湿発熱とか言う仕組みだったはずだが」
仕組みは何となく知っているのだが、それを可能にする素材探しからである。そもそもが汗や水分で発熱するという仕組みが分かっていない。吸湿発熱という仕組みは、気化熱しか知らないランディからしたら、正直意味不明も良い所だ。
とは言え、寒さが厳しい魔の森で活動する魔獣の中には、似たような効果を持つ表皮を持つ個体もいるかも知れない。そう思っていたランディの目の端に、開いた扉の先にある暖炉が映った。
「暖炉……確か遠赤外線の力を使ってどうの……とかもあったよな」
こちらも仕組み自体はうろ覚えだが、繊維が体から放出される遠赤外線を吸収し輻射する事で身体が更に温まる……みたいな広告を見た覚えだけはある。そして遠赤外線と言えば、暖炉で燃える薪が出す事も知っている。
知っているのだが……
「やっぱ見えねーよな」
肩を落とすランディの言う通り、遠赤外線など肉眼で見えるはずがない。
「吸湿発熱か遠赤か。どっちでも良いが、そんな魔獣がいるかどうかだな」
ため息混じりに揺れる炎を見るランディは、「コリーがいたらな」と、豊富な知識を持つ友人を思い出した時、同時に彼と同じくらい魔獣に詳しい連中を思い出した。
「ギルドか……ウチの支部には顔を出したことがなかったな」
そうと決まれば早い。風のように駆けるランディが、上着を引っ掴んで城下にあるギルドへと急いだ。
☆☆☆
「あったかくなる魔獣ですか? そんなのが居たら私が教えてほしいですよ」
苦笑いのイアンは、ちょうど狩りを終えてきた所だ。仲間とともに獲物を担ぐ彼の言葉に「ですよね」とランディが肩を落とした。流石に公国で活動しているだけあって、リズやリタに比べれば寒さに強いイアンだが、それでも冬が寒いことには変わりない。
「それにしても、ブラックサーペントですか」
イアンと僧侶のショーンが抱えているのは、Aランクの魔獣、ブラックサーペントだ。彼らの腕なら討伐こそ難しくはないだろうが、この時期でブラックサーペントを見つけるのは難しい。
「コリー君に教えて貰ったんです。この時期は地中に潜るんだって」
笑顔のイアンに、「確かに……蛇ですしね」とランディが納得した。正確には冬眠ではなく、たまに外でも活動するのだが、活動は稀なので冬眠と言っても差し支えない。
魔獣だからと、忘れていたが、奴らも一応は生物なのだ。冬眠モドキとは言え、それに応じた生態というものがあって然りだ。
「洞窟がある場所なんかは、洞窟に逃げ込むらしいですよ」
そう話したイアンが、熱を感知出来るから、暗闇でも全く問題ないのだ、とブラックサーペントの頭を叩いた。
「これもコリー君の受け売りですけど」
「ピット器官か」
呟くランディに「ピット……何です?」とイアンが眉を寄せるが、ランディの耳には届いていない。今の会話だけで色々とヒントが見つかったのだ。
熱を感知するブラックサーペント。
そして地中や洞窟が地表よりも暖かいという事。
(ピット器官に地熱……こりゃうまくすれば、魔鉱石すら要らなくなるな)
上手く使えば、やたら体温が高い魔獣を見つけられるかもしれない。それに地中が暖かいという事を思い出した。インナーのヒントどころか、新たな暖房施設の発想まで降ってきた。
「ひとまず、その熱を感知する仕組みとかって分かります?」
イアンが分かる範囲だが、コリーの知識を得たランディは口角を上げた。
「ランドルフ様……悪い顔してる」
そんなランディに呟くのは、【鋼鉄の獅子】で魔術師をしているエマだ。
「シャドラー伯は、相手を見誤ったな」
イアンの隣でため息をついたショーンに、「だね」と斥候役のサラも頷いた。Aランク冒険者として、ヴィクトールが吹っ掛けられてる事くらい、ギルドの情報網で掴んでいる。
「まあ、政府》も絡んでるので、穏便に撃退しますが」
悪い顔を引っ込めたランディに、イアンが「ご存知だったんですか?」と驚いた表情を浮かべた。ギルドの情報網でもつい今朝方掴んだ情報なだけに、ランディが知っているとは思わなかったようだ。
『外貨で潤っているなら、国に還元すべし』
政府がコソコソと決めた方針は、今日の朝方ギルドの情報網が仕入れた情報である。
急速に発展したヴィクトールだが、今のところ公国政府に旨味は殆ど無い。なんせ手を組んでいるのは、王国の大貴族ばかりなのだ。公国政府としては、発展するヴィクトールに何とかして取り入りたい所だろう。
そこで白羽の矢が立ったのが、ヴィクトールと因縁のあるシャドラーだ。シャドラーがヴィクトール向けの魔鉱石を不当に吊り上げたのを黙認する事で――むしろ政府が後押しした可能性もある――アランが政府に泣きつくのを待っているのだ。
ようはマッチポンプで、貸しを作りたいわけである。だがそれを公言しているわけでは無い。だからイアンはランディが、その事を知っているとは思わなかったのだ。
「公言なんて要らないですよ。こんな無茶を通すんです、政府も噛んでるのは間違いないです。あとは、親父殿が大人しかったですから」
ランディの言う通り、アランとてそれを掴んでいるから、無闇にシャドラーを突く事はない。揉めてしまえば、それこそ政府からしたらウェルカムなのだ。
シャドラー領とヴィクトール領で小競り合いが起きれば、政府が我が物顔で介入するだけの大義名分が立つ。
魔鉱石の鉱山と採掘権、そして大国との取引と、政府からしたら最高の結果になるだろう。
「でも……ヴィクトールの騎士達なら、公国の騎士団相手でも勝てる」
不思議そうなエマに、「そりゃ、勝てるでしょうけど……」とランディが苦笑いを浮かべた。
「勝てるだけです」
ランディの言葉に、四人が不思議そうに顔を見合わせた。
「戦争と、戦いは違いますから」
そんなランディが語るのは、自分達はどこまで行っても、〝最大瞬間戦力〟だという事だ。戦争をするなら、それを継続させるだけの持久力がいる。
人。
物。
飯。
何もかもがヴィクトールには足りていない。どれだけ強くとも、腹は減るし眠らねばならない。継戦能力は、結局のところその領の地力である。だからこそ〝ヴィクトールは弱小貴族〟なのだ。
「やるとしたら、大将首まで一直線でしょうが……結局、ここで騒ぎを起こしても、大義がありませんし、向こうの住民からしたら侵略者でしかないですから」
ランディはそれだけ言うと、「情報、感謝です!」と上着を引っ掴んで、来た時と同じ様に風のように魔の森へと駆けていった。
「〝足りてない〟と言ってたよな?」
イアンの言葉に、残りの三人が頷いた。
「……大義名分があれば、この国くらいなら、一日でぶっ潰せるって聞こえたんだが」
「まさか。公国騎士団にも【二つ名】持ちは沢山いるぜ?」
「いくらランドルフ様が強くてもね……」
「でも……もしランドルフ様よりも強い人がいたら――」
エマの言葉に、残りの三人が生唾を飲み込み、「――多分、公国騎士団じゃ歯が立たない……」と続いた言葉に頬を引き攣らせるのであった。
☆☆☆
魔の森へとたどり着いたランディは、イアンに教えてもらった通りに痕跡を探していた。ブラックサーペントが地中へと潜った痕跡を。
普通の蛇とは違い、自分で穴を掘るブラックサーペントであるが、その周りに小動物や魔獣の骨が落ちている事があるという。掘り返された土の跡や、わずかな凸凹など……注視したら、意外にも痕跡が見つかるものである。
「ここ……かな?」
ランディの目の前には、周りの地面とは違う色の土がある。大きさは大人がすっぽりとハマる程の大きさだ。踏んでみても硬い地面は、確かにちゃんと痕跡として注視しなければ分からないかもしれない。
【鋼鉄の獅子】の四人は、土魔法で穴を塞いでいる土を取り除いたと言っていたが、残念ながらランディに土魔法は使えない。
殴りつけてもいいのだろうが、力加減をミスしてブラックサーペントの頭部――正確にはそこにあるピット器官――を潰してしまっては元も子もない。
「しゃーねーな。掘るか」
独りごちたランディが、いつもの鉄塊を大きめのシャベルに変えた。ブラックサーペントが隠れる場所は、周りの地面と同じ様に固いとは言え、相手がランディではプリンと然程変わらない。
ランディがザクザクと高速で穴を掘り始めて直ぐ、土の下に空洞が見え……それを広げるように、真下からブラックサーペントが飛び出した。
飛び退いたランディを食い千切らんとした、ブラックサーペントの牙が空を切る。
怒り狂ったブラックサーペントを前に「低血圧だな」とランディがシャベルを放り投げて構えた。
鎌首をもたげたブラックサーペントが、ランディに迫る。
突進を脇に逸らしたランディが、その首元を抱え込んで締め上げた。
ブラックサーペントも、負けじとその長い身体をランディに巻き付ける。
お互いがお互いを締め上げる両者だが……軍配はもちろんランディへ上がった。
力なくその身体を放りだしたブラックサーペントに、ランディもようやく腕の力を緩めた。首の分からない蛇であるが、今だけはランディに締め上げられて小さく圧縮された部分が首だと言われても納得出来るだろう。
(さてさて……お目当てのピット器官を――)
分解ではなく、小刀で丁寧にピット器官と神経、そして瞳とその視神経をより分けた。分解ではそれぞれが別になりそうな気がしたのと、後は単純にピット器官がどうなるか不明だったからだ。
とにかく丁寧により分けた材料を、今度はクラフトで形にしていく。瞳と頭蓋でメガネを作り、ピット器官と神経をグラス部分と接合したら……
「完成だ。赤外線感知メガネ!」
メガネの上に謎のセンサーっぽいものが乗った、見た目的にはダサいものだが今は実用性が重要だ。
(では早速……)
メガネをかけるランディだが、残念ながら何も映らない。
(まあ気配もないしな)
近くに生物の気配を感じないし、なにより薄い陽光が発する赤外線が、阻害している恐れもある。
(確か近くに洞穴があったな)
思い出したランディが、洞穴へと足を向けた。冬の山籠りで、何度かお世話になった洞穴だ。大体グリムベアが巣食っているが、寒さを凌げるのと同時に食料も付いてくるので、かなり重宝する場所でもある。
ウキウキで洞穴にたどり着いたランディは、中に二つの気配を感じている。
「よしよーし。赤外線メガネ装着!」
一人しかいないので、一人で盛り上げるしかない。そんな虚しい努力とともに、洞穴へと入ったランディだったのだが……
「見えねえ!」
半ば八つ当たり気味に、グリムベアを二体、殴り飛ばしていた。生温かい洞窟内部に、血の臭いが広がっていく。
「くっそ……こんな時に、〝試作が上手くいかない〟とかいらねーよ」
ため息混じりのランディが、生活魔法で灯火――この程度なら使える――を作って、近くの枝に火をつけた。明るくなる洞窟内には、グリムベアが用意した寝床だろうか。枯れ草が敷かれたベッドの様な岩場が見える。
(そーいや昔もこんな草が敷いてたな)
何度かここを利用する度、グリムベア達は各々で寝床を整えていた事を思い出した。あの頃は寝袋を持参していたから、使うことはなかったが、今は寝袋を持ってきていない。
岩の上よりはマシだろう、とランディがその枯れ草ベッドの上に腰を下ろした。
「何とかならねーかな……」
ブツブツ呟くランディが、何度も赤外線メガネを弄っては、バラして。バラしては作り直して、を繰り返した。
何度か繰り返したものの、灯る炎の光に変化はない……が、尻が微妙に暖かい事に気付いた。それに気がついたランディが、枯れ草ベッドから飛び降りて、敷かれている枯れ草を良く観察する。
(良く見りゃどれも同じ植物か?)
葉っぱの形状。小指くらいの太さの特徴的な茎。どれもこれもが同じ植物だ。その中の一本を握りしめてしばらく……
(ほんのり暖かい……)
それを確認したランディが、今度は茎を剥く。中身も別に真っ赤だとかいう事はない。一本の茎を全て剥き、今度はそれを優しく握りしめる……
(あ、さっきより暖かい)
それを確認したランディが、集まっていた植物を急ぎ分解で表皮と柔組織へ分け、柔組織を丁寧に焚き火の上で干す。こんな時にエリーがいたら、時間経過の魔法で一気に乾燥させられるのだろうが、ここは炎の力を借りるしかない。
とは言え既に枯れ草だ。乾燥させるのに然程時間はかからない。
「そろそろいいか……」
昼食代わりにグリムベアの肉で腹を満たしたランディが、焚き火の上に干していた茎を手に取った……が、残念ながら先程のように暖かくはない。
(なんで?)
首を傾げたランディだが、焚き火がパチパチと音を立てたことで「熱……俺は馬鹿か」とがっくり膝をついた。体温に反応して何らかの熱を発生させるなら、焚き火の熱にも反応するだろう。
何らかの化学反応が起きているのか、それとも魔素の影響か。とにかく熱を発する以上、それは何かのエネルギーを消費している事に違いないのだ。
だが悪いことだけではない。発熱機能に有限がある事は確認できた。つまり、服の耐久性と発熱機能の耐久性を出来るだけイコールにしておかなければならない。
(これは必要な失敗……繊維自体の発熱で、発熱限界にいかないよう工夫もいる、と)
自分に言い聞かせたランディが、尻の下に敷いていた別の枯れ草を分解し今度はそのまま繊維へと加工した。柔らかくしなやかな繊維がある程度出来た所で、「いけるか?」とその場で自分のインナーと融合させてみた。
そうしてしばらく……
「あったかい気がする。暖かいのか? おお暖かいぞ!」
一人騒がしいランディは、「いやプラシーボ効果の可能性も」と洞穴の中に声を響かせている。
(とりあえず他の人間の意見も聞くか)
傾き始めた外の光に、ランディはその場にあった枯れ草を全て回収して洞穴を後にした。
怪我の功名とでも言うべきか……赤外線を感知するメガネは作れなかったが、この発見がシャドラー伯爵親子と公国政府に対する一の矢として放たれる事となる。