第99話 冬と言えばこれ。ってくらい皆持ってるよね
王太子暗殺疑惑の影響で、通常よりも早まった冬休み。教会への強制捜査や、カメラのお披露目を終え、他の生徒達に遅れながらもランディとリズはヴィクトール領へと帰って来た。
「収穫祭ぶりか……」
盛り上がった収穫祭が昨日の事のように思えるが、それから【時の塔】や竜退治、カメラに教会と色々な事が起きた。思えば学校での思い出は、七不思議の探検くらいしかない。
流石に三学期はもう少し学業にも集中せねば、と思うランディの視線の先には、見たことがない馬車があった。
「誰かお見えなんでしょうか?」
首を傾げるリタの言う通り、見たことがない馬車という事は訪問客で間違いないだろう。黒塗りで落ち着いた馬車についている紋章は……
「ギルドの紋章だな」
……ランディの言う通り、冒険者ギルドが掲げる竜と剣の紋章だ。
「ギルドのお偉方でしょうけど、何の用っすかね」
ハリスンがついたため息が薄っすらと白く染まる。冬のヴィクトールは中々厳しい寒さなのだ。
「さあな。後で親父殿にでも聞いてみるさ」
ランディのため息ももちろん白い。
「それにしても、かなり寒くありませんか?」
「私も思いました」
肩を抱くリズとリタに「そうか?」とランディが首を傾げるが、リズ達からしたら初めてのヴィクトールでの冬だ。ブラウベルグは大陸の南に位置しているので、北にある公国の冬は堪えるのだろう。
寒そうなリズに、上着をかけたランディが、「とりあえず暖炉にでもあたるか」と屋敷へリズを促した。
薄曇りの空から漏れるわずかな陽の光。寒い冬が始まる。
屋敷の中へ入った四人だが、外と気温の変化が感じられない。如何せん古く小さいとは言え屋敷だ。どうしても面積が広いため館内全てを暖かくすることは難しいのだ。
ランディからしたら慣れた物だが、リズからしたら屋敷内でも息が白いというのは初めての体験だろう。
「お、思っていた以上に厳しいですね」
「若、南育ちの私には寒すぎます!」
リズだけでなく、一緒に帰ってきたリタからも苦情が出る始末だ。確かにランディは慣れているが、そう言われてみたら寒いのかもしれない。試しにリタだけでなく他の使用人たちへの聞き取りでもしてみるか。と、急遽ランディがメイド達へ聞き取りを調査した所……
「まあ寒いですよね」
「ウチよりお屋敷の方が寒いです」
「もう少し暖かい方が、朝が起きやすいかな……って」
……出るわ出るわ。ランディの実家、寒すぎるよ問題が。何が一番問題かと言えば、やはりメイド達の実家、所謂平民の家よりも寒いという事だろう。断熱性が乏しく隙間風もあるだろう平民の家でも、この屋敷よりもマシなのだ。
普段はさほど広くないと思える屋敷でも、冬になればやたらと広くそして寒く感じるから不思議なものだ。
ただ不便を快適にする……が、新たな発明の原動力でもある。
「せっかく冬休みが長くなったし、新しい暖房設備の考案もいいかもな」
そんな思いつきに、リズとリタが賛成だと声を上げた。本音を言うなら、ランディとしては暖炉が良い。暖炉と言うか、火が燃えているのを見るとどこか安心するのだ。だが、暖炉がある場所は限られている。
廊下や風呂場などに暖炉を置くわけにはいかない。自分は暖炉の前でウトウトしている間に、寒い廊下で働くメイド達……貴族としては正しいのかもしれないが、ランディとしては少々後ろめたい。
そうなってくると、セントラルヒーティングのような設備がいるのだが……。
「まずは素材の調達からだな」
「すみません。私もお手伝いしたいのですが……」
申し訳無さそうなリズが、「一応文官としてのお仕事もありますから」と白い息を吐き出した。
「そーいやそうだったな」
天井を仰いだランディはすっかり忘れていた。もともとリズをこの領で文官として雇い入れた事を。
「……そう言えば給金って――」
「大丈夫です。アラン様がきちんと計算して、取ってくれています」
その言葉にホッと胸を撫で下ろしたランディだが、まだ帰還報告すらしていないことを思い出した。父アランは恐らく訪問客の応対中だろうが、キースに声をかけておくくらいは出来る。
「とりあえずはキースに声をかけて、親父殿手が空くのを待つか」
ため息混じりのランディに、ハリスンやリタも賛成と四人でアランの執務室を目指した。来客中なら間違いなくそこにキースもいるはずだ。
どんな暖房器具にするか、と意見を出し合いながら歩くことしばらく。四人の目には扉の前で控えるキースの姿が映った。扉の前で睨みを効かせ、誰にも近寄らせない雰囲気は、間違いなく大事な話なのだろう。
「後にするか」
ランディが呟いた時、執務室の扉が開き一人の老人が顔を出した。年の頃は、キースや祖父ヴォルカンに近い、鷹のように鋭い瞳の男だ。
鷹の目の男は扉を出ると、キースに軽く手を挙げて近くまで来ていたランディに気がついたように、視線を向けた。
まるで値踏みするかのような、不躾な視線にランディがわずかに眉を寄せた。
「……君がランドルフ君かね? ヴォルカンの孫で、ヴィクトール卿の息子……」
唐突に開かれた口に、「ええ」とランディが訝しげに頷いた。
「なるほど。良く似ている。血は争えんな」
それだけ言うと、ニヤリと笑った男はキースに先導される形で入口へと歩いていった。
「何なんすかね?」
「さあな。とりあえず、ジジイと同類扱いは不服だな」
鼻を鳴らしたランディに、その場の全員が「いや、もろ一緒」と心の中で突っ込みを入れたことをランディは知らない。
「とにかく、親父殿の手が空いたみたいだし――」
執務室を指すランディに、全員が頷いたことで、ランディは執務室の扉をノックした。
『ランディか? ちょうど良かった』
部屋の中から響く声に、ランディは少々嫌な予感を覚えつつ、扉を開いた。そこにいたのは、書類に囲まれ笑顔に力のない父アランの姿だ。
「老けたな……」
「開口一番がやけに辛辣だな」
眉を寄せるアランに「冗談だ」とランディが肩をすくめて、机の対面にある応接用ソファへ腰を下ろした。
「まあ座れよ」
「若の部屋じゃないっすよね」
「ですよね」
ジト目のハリスンとリタは、早々に「帰還いたしました」と頭を下げて執務室を後にした。
「逃げやがったな」
眉を寄せるランディに、リズが「仕方ありませんよ」と扉を閉めてソファを挟んでアランと対面するように真っ直ぐに立った。
「アラン様、エリザベスただいま帰還しました」
優雅なカーテシーに「おかえり」とアランが微笑んでリズへソファへ座るように促した。
「全く。エリザベス嬢と比べて……どうしてこう育ったのか」
「親父殿の薫陶だ」
鼻を鳴らすランディに、アランも呆れた表情を返すだけだ。
「まどろっこしい挨拶だのは要らねえだろ。親子なんだ……それよりも――」
「ああ。待ってたという件についてだな」
頷いたアランが、机の上に積み上がった書類を一枚ランディに渡した。
「ん? 要望書ぉ?」
眉を寄せたランディが、隣のリズにも見えるようにしながら、書類の上に目を走らせた。
そこに書かれていたのは、主に夏に受け入れた技術者達からの要望だ。端的に言えば「寒すぎる」という内容だが、確かに南の異大陸から来ただろうドワーフなどにとっては、死活問題なのかもしれない。
事実まだ十二月に入ったばかりだというのに、リズの寒がり方も異常だったのだ。
「技術者だけならまだしも、住民たちからも似たような要望が届いてね」
ため息をついたアランが言うには、普段なら冬は殆ど家に籠もる住人たちも、素材の加工や美容液の生産などで職が増えたことで、寒い冬でも働く機会が多くなった。
だが夏から秋にかけて突貫で作った作業場の環境が、この冬に対応していないのだ。
「加えて、先程ギルドからも要望がきた」
ため息しか出ないアランが言うのは、先程来ていたのは、冒険者ギルドの公国統括だそうだ。なんでもヴォルカンやキースとは古い知り合いで、アランとも面識がある人物だそうだ。
そんな統括が言うには、ここ最近の魔の森ブームで冒険者もギルドも潤っているが、これから厳しい冬が来れば、魔獣の多くが更に凶暴化する。餌となる物が少なくなるので、当たり前の事なのだが、冒険者たちにとっては悪い事でしかない。
馬車の部品に関する需要は一段落したが、最近ではルシアンが新たな船の設計に魔の森産の素材を使用したりと、ドカンと大きな需要こそないが、安定した需要が見込めている。
故にギルドとしても、ヴィクトール支部に力を入れたい所だが、如何せん冬の森は厳しすぎるのだ。凶暴化した魔獣だけでなく、気温という自然とも戦わねばならない。そこでギルドの統括から、『出来れば魔の森に安心して通れる道を作ってほしい』と依頼を受けたという。
もしもの時でも、その道を走れば比較的安全に街へと撤退できる。そんな道があれば冒険者たちの生存率も上がるだろう。
「なるほどな。つまり、暖房にも道路にも予算を割かねーと、ってわけか」
「後は、建設途中の港湾都市もだ」
「そいつもあったか」
ランディが片手で顔を覆って天を仰いだ。
港湾都市に関しては、侯爵家から資本が流れたため、ベースとなる漁村への道も水路も整備され、着々と工事が進んでいる。だが如何せんこの寒さだ。
河岸で比較的寒さはマシとは言え、工夫や技術者の多くが南の地方出身だ。寒さのせいで作業効率が低下、結果工事は少しずつ遅れてきている。何より魔の森へ道を通そうとすると、港湾都市建設に回している工夫をこちらに引き上げねばならない。
さらなる工期の遅れは、ブラウベルグ及びハートフィールドへ迷惑をかけることになる。
「なるほど。問題が山積みだな」
ソファに背を預けたランディが、もう一度天井を仰いだ。屋敷が寒すぎるよ問題どころではない。だが、それと似たような問題が幾つか起きているのも事実だ。
「だが妙だな。親父殿なら、この程度の事予想済みで、冬用の暖房費くらい余分に計上してそうだが……」
眉を寄せるランディに「もちろん計上してたさ」とアランが頷いた。何だかんだ言って優秀な男だという事をランディは知っている。それこそセドリックやルシアンに引けを取らない切れ者だとすら思っているのだ。
「していたが、ここに来て嫌がらせだ」
そう言ってアランが手渡したのは、一枚の見積書だ。
「……何だこの値段……」
眉を寄せるランディの手の中にあるのは、暖房器具に使う魔鉱石の見積書だ。薪を燃やす暖炉に入れると、より炎の温度が上がる鉱石である。
魔石ストーブなどの高級品が買えない住民からしたら、冬の必需品なのだが……
「去年より倍近い値段じゃねーか」
「魔鉱石の採掘量が減ってるのだそうだ」
盛大なアランのため息には「嘘だろうけど」と言う思いが含まれている。先程言っていた嫌がらせが、このふっかけるような値段の事だろう。
値段が上がりすぎて、燃料を買うのを躊躇している結果が、あの要望書に繋がったとも言える。
「シャドラー親子か……」
顔をしかめるランディに、「シャドラー? 隣の伯爵ですか?」とリズが首を傾げた。
「ああ。ゴルディス・シャドラー。オルディス・シャドラー。隣の領で魔鉱石の鉱山と採掘権を持ってるいけ好かねえ奴らだ」
嫌悪感を隠さないランディが、彼らが事あるごとにヴィクトールへ突っかかってくる事を話した。
「ウチが儲けてんのが、よっぽど気に食わねーらしいな」
舌打ちの止まらないランディに、「だろうね」とアランも呆れた顔でため息をついた。
「シャドラー程度、ウチの騎士隊なら数時間で壊滅させられるだろう。が……そんな事をしても意味はないし、困るのは無辜の民だ」
「まあな」
頷くランディに、「そこで、だ――」とアランが、ランディを彷彿させる悪い笑顔を見せた。
「ランドルフ……お前の突飛な発想に期待したい」
笑顔を浮かべたアランに、「突飛って」とランディがわずかに眉を寄せた。
「ただでさえ暖房予算が足りない上に、ギルドから冒険者の安全確保のお願いだ」
「冒険者の安全確保は、自分達にやらせろよ。それが仕事だろ?」
眉を寄せるランディに、「道が出来れば、更に安定して素材の供給が望める」とアランが実利を説いた。
「何をするにも、まず屋外での寒さに耐えられる事が絶対だ。作業効率の上昇は、無駄な予算を抑えられる」
アランのビジョンは、屋外で焚いている暖房で魔鉱石消費量が抑えられるだけの結果が出れば、屋内にも展開出来るだろう、というものだ。
「てことは防寒着か……」
「もしくは懐炉だな」
考え込むアランとリズからしたら、防寒着は上に羽織る重く分厚い服のイメージしかない。故に外で寒さを堪えるには、懐炉という答えにたどり着くのだが……そこは現代日本を知っているランディからしたら、いいアイデアがある。
「薄くて軽い防寒着……」
「薄くて軽い?」
首を傾げたアランとリズに、ランディが「ああ。軽くて薄い」と頷いた。前世で良く見た、ファストファッションブランドが展開している防寒インナーを思いついたのだ。
「作れるのか?」
「さあな。フワッとしたイメージだが……」
難しい顔をするランディが、「やるしかねーだろ」とランディが立ち上がった。
「リズは……」
「エリザベス嬢には、しばらく予算とにらめっこしてもらいたいのだが」
苦笑いのアランに「かしこまりました」とリズが頷いた事で、ランディは一人あったかインナーを作るために動き出した。