第98話 幕間 収穫祭だよ全員集合(後夜祭編)
ランディが計画から準備までを手掛けた相撲大会は、日も落ちようかという頃、予想以上の大盛況で幕を閉じていた。
第一回の優勝者は、大多数の予想に反して年若い騎士であった。
決勝戦では、Aランク冒険者イアンとの接戦を制し、見事優勝をもぎ取った。組み合わせの妙とルールも手伝ったとは言え、大番狂わせの結果に、住民たちも驚きと拍手で彼を称え、そして……
「や、やりましたよ! コリー!」
「やったねアナ!」
……大穴にかけていたアナベルとコリーは、他数人の権利者達と集まった小銀貨を分け合う事態に大興奮である。
「……いいのか、女神様」
苦笑いのランディだが、「子供たちにお菓子でも振る舞いましょう」とはにかむアナベルの様子に「いいのか? 女神様」と、あまりにも純粋過ぎるアナベルを心配してしまう程だ。
歓声に包まれた騎士が、賞金と賞品であるセレスティアンディアの肉を片手に「実は、若に憧れていまして……」とランディへ視線を向けた。
「若……是非私と戦って下さい」
頭を下げる騎士に、観衆からも「いいぞー!」と声援が飛ぶ。本来なら予定していなかった取組であるが、今も頭を下げる騎士にランディも、「良いね」と椅子から立上があった。
「そういうのは嫌いじゃないぜ」
頷いたランディが、上着と靴を脱いで土俵へと上がる。肩を回すランディを前に、優勝した騎士が、賞金と賞品を近くの人間に手渡し、大きく深呼吸をした。
「ありがとうございます」
「遠慮すんな」
笑顔で答えたランディが、ハリスンへと向き直った。
「ハリスン。エキシビションの追加だ」
頷くハリスンを見て、ニヤリと笑ったランディが、「思い切り来い」と若い騎士へと手招きをした。
「レイ! 頑張って下さい!」
土俵際から声を上げるのはクラリスだ。
騎士レイ。若いが優秀な騎士は、ここ最近クラリスの護衛に就くことが多いと聞く。まだまだ経験不足の新参者だが、限定的なルールと運が味方したとは言え、あのイアンを破った実力は、流石クラリスの護衛に抜擢されるだけはある。
「本気でお願いします」
「安心しろ。ここで手を抜くほど馬鹿じゃねーよ」
土俵の中央で拳をついて睨み合う二人。
「はっきよい――」
レイの拳がわずかに地面にめり込んだ。
「――残った!」
鋭いレイの突進。
冒険者二人が響かせた音より、激しい衝突音が周囲に響く。
……が……
「ぐっ――」
レイが歪めた顔面が示す通り、ランディはピクリとも動いてはいない。
顔を赤くし、ランディを押し込もうとするレイに、ランディが「レイ……」と小さく声をかけた。
「悪くないな」
「か、壁が高すぎますよ」
そう言いながらも嬉しそうなレイを、ランディがその場で踏み込みと同時に突き飛ばした。
土俵の外へ弾き飛ばされたレイ。
観衆の歓声は今日一番だ。
勝ち名乗りを受けたランディが、土俵際で蹲踞して手刀を切る頃には、立ち上がったレイが再度土俵へと登ってきた。
「ありがとうございます!」
頭を下げるレイに、「いい気魄だった。ありがとな」とランディも立ち上がって頭を下げた。つい最近も味わった、ヴォイドウォーカーという強者へ挑むという感覚。壁を前に乗り越えるという感覚。それの尊さに改めて気付かされたのだ。
強者へと挑む楽しさを知っているなら、レイは間違いなくもっと強くなるだろう。ならばランディももっと前へ進まねばならない。背中を見せ続ける事も、大事な役割なのだ。
「次はどんな奴と戦えるかな」
茜色の空を見上げるランディの頬を、心地よい北風が撫でた頃、広場の向こうから、歩いてくるアランとグレースが見える。
どうやらもう後夜祭の焚き上げの時間が迫っているようで、ランディも上着を引っ掴んで土俵から飛び降りた。
「イベントは盛り上がったようだね」
「何とかな」
笑ったランディが。「そーいやジジイが来てたぞ」とその笑みを苦いものに変えた。
「どうやら、そのようだね」
「しかも走りで」
相変わらず元気そうなヴォルカンの様子に、アランとグレースが顔を見合わせて笑った。
「義母上が亡くなられて寂しいのだろう」
「婆さんが生きてりゃ、もう少しコントロールしてくれたんだろうがな」
呆れ顔のランディに、アランとグレースが苦笑いを返した。豪放磊落なヴォルカンだが、唯一彼をコントロール出来たのがランディの祖母なのだ。
「まあ冬休みには、一度ジジイの所に遊びに行ってくるよ」
「そうすると良い。義父上も喜ぶだろう」
ランディやアランがヴォルカンの事で盛り上がっている後ろでは、舞台の解体と山車の移動が始まっている。土俵の乗った敷板を地面に下ろし、周りに置いていた山車を中央へと移動させれば完成だ。
「お父様、お母様……そろそろ――」
松明を片手に現れたセシルに、「そうだね」とアランが頷いて、ランディへ目配せして舞台があった場所に立った。
その後ろでは、ランディが騎士たちと協力して、メインの山車を舞台の敷板の上、いや正確には土俵の上に乗せている。これから行われるのも神事だ。ならば土俵の上がちょうど良いだろうというランディの計らいである。
山車三基と舞台を構成していた木材。それらが巨大な円錐状に組み上げられた頃、ちょうど日も完全に落ちた。
「火を――」
アランの掛け声で、子供たちが持った松明に火が灯されていく。余計な言葉などいらない。主催者の挨拶など、長々としたものなど要らない。大事なのは、この炎と住民たちの気持ちだけだ。
灯された松明を持つのは、クラリスやセシルだけでなく、山車に乗っていた子供たちだ。
火をもった子供たちが、ゆっくりと山車へ近づき……松明を放り投げた。
しばらくしてパチパチと音を立てて山車から火が立ち昇っていく……。このメイン会場にあるのは、三基の山車だがここで上がった煙を合図に、残り二箇所に置いてある山車にも火が放たれる運びだ。
ゆっくりと燃え上がっていく山車を前に、アランが再び口を開いた。
「これから厳しい冬が来る……どうかこの炎が、皆を春へと導きますように」
炎へ祈りを捧げるアランに倣い、その場にいた全員が大きくなっていく炎へ祈りを捧げた。
メイン会場で轟々と燃え上がる山車を、ランディはボンヤリと眺めていた。
「寂しそうですね?」
隣に腰を下ろしたリズに「ちっとな」とランディが小さく笑った。
「祭りはやっぱり準備が一番楽しいよな」
そう言いながらも、燃え上がる炎を見るランディの瞳は優しげだ。いや、炎ではなく、そこに集まる領民を見ているのだろう。
「来年はよ……実行委員会とか作って、もっと皆を巻き込もうぜ」
「実行委員会、ですか?」
「ああ」
頷いたランディが語るのは、今の収穫祭はあくまでもヴィクトール家がメインで開催している。いわば領民はお客さんでしか無い。それは今までのヴィクトール領が貧乏で、このくらいしか領民に還元できなかったからだ。
だが今は違う。少しずつ地力をつけ領民たちも余裕が出てきた。
ならば自分達が主体となって、自分達のためのお祭りを開いてもいい、とランディは思っている。
「受け身じゃない、自分達で作り上げる方が絶対楽しいからな」
「素敵ですね」
そう微笑むリズも、燃え上がる炎を見ている。
「俺じゃないと出来ない」
「私にしか出来ない」
「「そんなものは、発展とは言わない」」
綺麗にハモった言葉に、ランディが笑う。
「ですよね?」
そう微笑むリズに「ああ」とランディが頷いた。ランディやリズが作ったり、考えたりする物はあくまでも切っ掛けだ。それを皮切りに、皆が色々と工夫し、協力して大きくしてこそ真の発展だろう。
「大丈夫です。ヴィクトールはもっと大きくなりますよ」
「そうだな」
微笑んだ二人がまた、炎の前に集まる領民へと視線を向けた。
「お二人共、何を黄昏れているんですの?」
不意に現れたセシリアとルークに、ランディが眉を寄せた。
「お前ら……こんな時間までどこに行ってたんだよ」
顔を近づけるランディに、「散歩ですわ」とセシリアが首を傾げた。確かに衣服にも髪にも乱れはない……本当に散歩だけだというのか、とランディはルークに視線を向けた。
「散歩だっつってんだろ」
眉を寄せたルークが「この助平が」とランディを睨みつけた。
「誰が助平だ。大体散歩っつっても、ヴィクトールの何処を――」
「まあ散歩はついでだ。こいつを取りにな」
そう笑ったルークが、背後に見える荷車を指さした。そこに積まれていたのは……
「リュート? アコーディオン?」
……様々な楽器だ。ルークやセシリア曰く、せっかく祭りに参加するならと、こっそりとセシリアが実家にお願いして持ち込んでいたらしい。
「せっかくの後夜祭と焚き上げだからな。賑やかに行きたくてよ」
笑顔のルークがリュートを片手に、美しい音色を響かせた。
不意に響いてきたリュートの音色に、領民たちが振り返り、そしてルークのリュートに合わせるようにセシリアがアコーディオンで音色を奏で始めた。
華やいだ雰囲気の音色に、その場にいた冒険者の一人も「アタシも」と荷車に積まれたリュートを片手に即興の演奏会に参戦。
少しずつ増える音色に、楽器の弾けない領民たちは燃え上がる山車を中心に踊り始めた。貴族の舞踏会とは違い、ルールも何も無い拙い踊りだが、心の底から楽しんでいることだけは分かる。
既にアナベルとコリーは踊りに参戦し、ウズウズしていたクラリスが「お、お姉様。踊りましょう」と興奮気味にリズの手を取った。
「え、えっと……」
「いいんじゃねーか? 楽しく踊ったら」
笑顔のランディに見送られ、クラリスに手を引かれたリズは、アナベルやコリーに迎えられて、領民たちと一緒に炎を取り囲んで踊りの輪の中へ。
「お兄様。今年の収穫祭は楽しかったです!」
腰掛けたセシルに、「そりゃ良かった」とランディが笑顔でその頭を撫でた。
「来年はもっと楽しくしようぜ。そうだな……お前ら子供たちが仮装して、家々を回って『トリック・オア・トリート』なんてのはどうだ?」
笑顔のランディだが、「トリック?」とセシルには良く分かっていない。
「ま、来年はお前も色々意見を出してくれよ。皆で盛り上げようぜ」
「はい!」
セシルが笑顔で頷いた時、踊りの輪の中から二人を呼ぶ声が響いた。
「セシル! お兄様も踊りましょう!」
「そうです! ランディも」
手を差し出すリズは、炎をバックに輝いて見える。揺らめく炎に映されたリズは、幻想的でどこか神々しさすら感じられる。
――もう少ししたら、ウチの領で収穫祭があるぞ
――行ってみたいです
――行くんだよ。俺達が行かねーと始まらねーからな
ランディの脳裏に響くのは、いつかの村で交わしたあの約束。
「ランディ!」
炎に照らされ、自分を呼ぶリズの声は心底楽しそうだ。あの日の約束は、多分これからもまた形を変えて二人で叶えていくのだろう。いや……エリーも入れて三人で。
「しゃあねーな。俺の神がかったダンスを見せてやるぜ」
隣のセシルに「行くぞ」と笑いかけたランディも輪の中へと飛び込んだ。
例年に無いほど盛り上がりを見せたヴィクトール領収穫祭は、こうして最高の盛り上がりを見せて幕を閉じたのであった。
「ランディ、なんか変ですよ?」
「あれは呪いの舞踏じゃな」
「若の踊りがおかしい!」
「身体能力オバケなのに!」
「どこがだ! 完璧なダンスだろうが!」
……ランディは踊りが下手だという、新たな発見とともに。
※長々と続いた幕間は終わりですが、次回からは四章に入る前の冬休みのアレコレを断章という形でお届けします。
断章『冬のヴィクトール』
いつもより早めに入った冬休み。
ヴィクトールへ帰省したランディとリズにエリー。だが休みだからとゆっくりもしていられない?
領の発展。
聖女生誕祭。
年越し。
彼らの前にはやることが盛りだくさん。襲い来るイベントを消化しきって、冬休み期間中に、ヴィクトールを強く発展させる事が出来るのか。
四章、三学期編へ続く、そしてヴィクトールの未来に続く彼らの冬休み。
どうぞお楽しみ下さい。




