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第96話 幕間 収穫祭だよ全員集合(前夜祭編)

 コリーを先頭に、ルークやハリスンが堂々たる戦利品を持って騎士たちと帰還し、日もすっかり落ちた頃……前夜祭がスタートした。


 領主の館へ続く大通りをメイン会場に、様々な場所で騎士たちが狩ってきた獲物を捌いては、領民へと振る舞う、いつも通りのスタンダードな収穫前夜祭だ。


 この日ばかりは領民も奮発し、肉とともに楽しめるお酒を沢山飲む。


 これから厳しい寒さと我慢の季節がやってくる。その前の最後のガス抜きとも言える行事だ。それでも今年はランディのお陰で、蓄えも十分に出来、領民たちの明るさもひとしおである。


 そのお陰か、ランディが祭りの警らで、通りを歩けば、そこかしこから


「若、ありがとうございます!」

「大きくなりましたね、若!」

「悪戯坊主だった若がこんなに立派に……」


 と親戚一同から、声をかけられるような状況である。嬉しくもあるが、何処か気恥ずかしい雰囲気に、ランディは少しはにかみ手を挙げて応えている。


 そんないつも通りの前夜祭だが、いつもと違うのは冒険者の面々が賑わいをプラスしてくれてる事だろう。


 騎士達に混じって、肉を獲ってきてくれた者。

 領民と肩を並べて、酒を注ぎ交わす者。


 そうして賑やかしてくれるのは良いのだが……やはり不特定多数の人が集まり、酒が入ると気が大きくなる者が出てくるのも必然で。


「なぁんだと、この野郎!」

「何回でも言ってやるよ!」


 聞こえてきた喧嘩と思しき声に、ランディが眉を寄せて騒動のもとへと駆け寄った。


 見るとそこには冒険者と思しき男二人が、取っ組み合いまで始めそうな程、顔を近づけて睨み合っているのだ。


 ランディ程ではないが、どちらも上背も肩幅もあるガタイの良い男だ。彼らを遠巻きに、領民たちが怯えたような顔を浮かべている。


 いくら魔境が近いとは言え、領民たちは非戦闘員だ。彼らに冒険者などと言う、荒くれ者の仲裁を頼むのは酷だろう。


 そんな領民たちの輪を押しのけて


「はいはい。どうしたんですか?」


 騒動に首を突っ込むランディの姿に、領民たちが「若だ」「若が来た」と分かりやすく安堵の声を挙げている。


 だがランディを初めて見る冒険者二人は、領民とは真反対だ。


「誰だテメエは!」

「ガキはすっこんでろ!」


 酒臭い顔をランディに近づける男たちに、領民の顔が青くなる。領民は知っている。ランドルフ・ヴィクトールという男が、ヴィクトールの若君が、鬼のように強い男だという事を。


 冒険者二人が挽き肉になる事を想像した、領民たちの耳に、「ちょ、ちょっと待った!」と別の男の声が響いた。


「イアンさんだ」

「【鋼鉄の獅子】だ」


 ルシアンの護衛を経て、いち早く魔の森に挑んでいた【鋼鉄の獅子】イアンは、このヴィクトールではちょっとした有名人である。


 曰く、高位冒険者なのに腰が低い。

 曰く、非常に良識があり、誰にでも別け隔てなく優しい。


 何とか場を収めてくれそうな人物の出現に、住民がホッと胸を撫で下ろす中、イアンは「お前ら、この方は――」とランディがヴィクトールの嫡男だと説明している。


「ケッ、んなもん知らねえよ」

「そうだ。貴族が怖くて冒険者が出来るかよ」


 完全に酔っている冒険者達には、貴族の嫡男という看板だけでは何の効果もなかった。


「馬鹿かお前ら。前にも言ったが、この人はただの貴族じゃなくて……【紅い戦鬼】と呼べるくらいの――」


 必死に冒険者をなだめるイアンは、背後にランディの圧を感じてビクリと肩を震わせ、ゆっくりと振り返った。


「ラ、ランドルフ様……ちゃんと言い聞かせるので、少々お待ちを――」


 引きつった笑いのイアンに、ランディが黙ったままゆっくりと首を振った。その行動にイアンも領民も、誰もが冒険者達が助からない、と息を飲んだ瞬間……


「いいですね。後ろのオジサン二人、ちょいと明日のイベントに出ません?」


 ……ランディは笑顔で、イアンの後ろに見える冒険者二人に声をかけた。


「は?」

「イベント?」


 唐突に投げられた質問に、冒険者二人が困惑した表情を見せるが、「そ。イベントです」とランディは構わずに続ける。


「それに出れば、オジサン達も合法的に私の事を痛めつけられますよ」


 満面の笑みのランディに、「上等だよ」「貴族がなんぼのもんじゃい」と男二人がニヤリと笑った。


「じゃあ、早速登録してきて下さい! 場所は、デカい舞台って分かります?」

「おお。あのバカでかいやつだな」


 と一人の男が頷いた。


「じゃあ、そちらで『明日のイベントに参加する』と受付の騎士に言って頂ければ」


 嬉しそうなランディに、「いいだろう」「明日逃げんなよ」と男たちがヤジを飛ばしながらその場を後にした。


「いよっし。参加者ゲットだぜ。騒動を起こす奴らに、片っ端から声をかけたら――」


 ブツブツ呟くランディに、「ら、ランドルフ様?」とイアンが目を白黒させている。


「あ、イアンさん。ご無沙汰です」


 会釈するランドルフに、「こ、こちらこそ」とイアンが深々と頭を下げた。


「へぇ……イアンさん、結構腕を上げましたね」


 イアンから溢れる気配にランディが頷き、「そうだ――」と同時に明日のイベントへの出場を打診する。参加者は多いに越したことはない。しかもイアンは中々の強者だ。盛り上がる事間違いなしだろう。


「い、イベントですか? ランドルフ様を合法的に痛めつけられると言ってましたが……」


 苦笑いのイアンに、「出来れば、ですけど」とランディがニヤリと笑った。


「とは言っても、私はエキシビションしか出ませんけどね。本番には出ません」


 肩をすくめたランディに、イアンが「どんなイベントか聞いても?」と興味を示した。


「興味あります?」


 そうして始まったランディの説明に、イアンも面白そうだと頷いてその足で参加の登録をしに駆けていった。


「若、一体何をするんです?」

「あの冒険者さん達、挽き肉にするんですか?」


 不安そうな領民に、「誰がそんな事するんだよ」とランディがため息を返した。


「まあ、明日になれば分かるさ」


 それだけ言って、ランディは近くに置いてあった酒を一気に呷った。


「くぅー美味えな!」


 口元を拭うランディに、「あーあ」と領民がため息を返した。なんせその背後には……


「坊ちゃま。お姿が見えないと思ったら、このような場所で油を売っておいでですか?」


 ……気配なくキースが現れたのだ。


「ば、違う。ちゃんと騒動の収拾と――」

「では、その手のコップは何でしょう?」


 笑顔のキースに、「少し喉が乾いて……」とランディの顔が引きつった。


「坊ちゃま。お祭りで羽目を外したい気持ちは理解いたします。ですが――」


 そうして始まったキースの説教は、この日はヴィクトール家が、領民を全力でもてなす大事な日だと語るものである。アランやグレースはもちろん、クラリスや幼いセシルに至っても、各々が各々の役目をしっかりと果たしている。


 それはヴィクトール家だけでなく、それに仕える使用人達もだ。


 騎士やメイド達が肉を焼き、警らに出て、迷子がいないか捜索している。


 もちろんリズも、今頃主催者のアランにくっついて様々なサポートをしている事だろう。


「坊ちゃまだけが、このような場所で油を売っているとは……。このキース、教育係として――」

「わーった。わーった」


 キースの説教を遮ったランディが、「それで?」と眉を寄せて口を開いた。


「わざわざここまで来て、それっぽい説教をした理由はなんだ?」


 キースがこんなに無駄な話をする時は、大体大きな話を持ってくる事が殆どだ。キースならば、ランディが油を売っていたワケではない事くらい知っているだろう。それなのに、ヴィクトールの役目をこんこんと説いた理由は、何かしらランディに頼みたい事がある時だ。


 それを理解しているランディが、「何かあったんだろ?」と眉を寄せたままキースを見ている。


 後ろで手を組んだままのキースが、「緊急事態にございます」とランディにそっと耳打ちをした。


「緊急事態?」


 声を落とすランディに「はい」とキースが頷いた。


「山車に不備がございまして……」

「不備だと?」


 眉を寄せるランディに、キースが「こちらへ……」と住民たちから離れた場所へランディを誘導した。


「それで? 山車がどうしたって?」


 腕を組むランディに、「はい」と頷いたキースが、落ち着いた様子で口を開いた。


「想定以上に子供が多く……」

「山車が耐えられねーってか」


 ため息混じりのランディに、キースが黙ったまま頷いた。


 そもそも山車とは、前夜祭のメインのようなイベントだ。ヴィクトール領の子供たちを乗せた山車が、領都の入口からメインストリートを通って、ヴィクトールの屋敷まで進む。


 小高い丘を昇る山車は、子供たちの健やかな発展と成長を祈る縁起物であり、同時に後夜祭でも必要なアイテムでもある。


 その年に取れた様々な作物や、魔獣の素材で飾った素朴な山車は、後夜祭でそれを燃やすことで、山の神への奉納にもなる重要な物である。


 女神が崇拝される、聖教会が広がるより昔からある、土着の神への信仰だ。


 ある意味で祭りの象徴とも言える物だけに、その山車に不備があるというのは非常にまずい。


「山車の耐久度が……ってんなら、俺に補強しろってことか?」

「いえ。そちらは既にエリザベスさんに取り掛かって貰っております」


 確かにリズの方がクラフトは得意なので適材適所と言える。が……


「なら俺ん所まできた理由は……素材の調達ってことだな」

「はい。夜の森へ狩りに行って頂きたく」


 なるほど。確かに自分にしか無理な案件だ。とランディは頷くのだが……


「お前、昔っから用件を直ぐ言わないのは、悪い癖だぞ」


 ……前半の説教はどうも納得が出来ない、とランディが口を尖らせた。一々ヴィクトールの心構えなど、言わなくても良いではないか、と。


「それは昔から坊ちゃまが、『えー? なんで俺が……』と仰っていたせいでございます」


 澄ました顔のキースに「ぐっ」とランディが言葉に詰まった。確かに昔から、事あるごとに反発するランディに、〝貴族の役目〟を説いてきたキース。


 それに説得され、渋々役目を果たしてきた少年時代があるだけに、キースの中では未だにランディは〝坊ちゃま〟のままなのだろう。


「まあいい。直ぐに行ってくる」


 それだけ言うと、ランディは風のように駆け出した。その背中を見送るキースがそっと呟いた。


「いつまでも、我儘坊ちゃま……ではないのですな」


 少しだけ寂しそうな、でも嬉しそうな笑顔をランディに見せるのはまだまだ先だろう。




 ☆☆☆




「リザお姉様、大丈夫ですか?」


 セシルが覗き込むのは、魔導ランプの明かりを頼りに一心不乱で図面を引くリズだ。


 ここは街の入口近くに作られた、山車に乗る子供たち用の天幕だ。本来ならここで子供たちが出番までお菓子を食べ、お喋りに興じる場所だが、今はリズにとっての戦場になりつつある。


「大丈夫ですよ。ランディが、立派な魔獣を仕留めてくるはずですから」


 既にキースがランディの元に走ったと聞いている。ならばリズの役目は、ランディが取ってくるだろう大物を加味した、立派な山車の設計図を書く事だ。




 リズが設計図を引き始めて暫く、天幕の入口付近がにわかに騒がしくなった。入口を守る騎士たちが、「若だ」と騒がしく走り回っているのだ。


 そんな騎士たちの声に紛れて、何かを引きずる音が響いて「待たせたな」とランディがリズ達の待機する天幕へ現れた。


「お兄様!」


 嬉しそうに駆けるセシルに、「おお、セシル」とランディがセシルの頭を撫でた。


「お前が乗る山車だからな。ちっと奮発したぞ」


 天幕の外を指すランディに、セシルが天幕から顔を出し……


「すごい! テラゴンです!」


 ……目をキラキラと輝かせて天幕へと顔を戻した。


「でかトカゲか……」

「かなり奥まで行ったんすね」


 呆れ顔のハリスンとルークは、他の騎士たちと一緒に山車を引っ張る係だ。


「リズ、かなりデカイが……いけるよな?」

「当たり前です。計算済みですよ」


 腕まくりしたリズが、ランディと二人がかりでテラゴンを分解し、その素材で山車をバージョンアップしていく。


「よし。トカゲの頭をメインにしようぜ」

「駄目ですよ。住民の皆さんが作った山車です。改造はあくまでも、足回りと土台の補強だけです」

「む……確かに」


 二人でリズの設計図を元に、山車を補強してしばらく。見た目には最初とあまり変わらないが、一回り大きくなった山車が数基完成した。サイズが大きくなった分、ところどころにテラゴンが見えるのは御愛嬌だが。


「よっしセシル。ちょうど時間だな。ブチかましてこい」


 サムズ・アップするランディに、大きく頷いたセシルが、ハリスンの助けで山車へと上った。セシルがメインの山車に乗ったことで、それぞれの山車を騎士が引いてメインストリートを進み始めた。


 遠くなっていく山車。

 そこかしこから上がる人々の歓声。


 それを眺めていたランディが、ホッと安堵のため息をついた。


「助かったぜ」

「ヴィクトールの文官ですからね」


 笑顔を見せたリズに、「そうだな」とランディが頷いた。


「俺らもセシルの勇姿を見に行こうか」

「はい」


 微笑んだリズを伴って、ランディもセシル達が乗った山車を追いかけるように歩き始めた。


 いつも通りの収穫祭。だがいつも以上に賑やかなそれは、まだまだ始まったばかりだ。

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