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一、僧侶の男

人の縁と神の怨。明治そこらの怪奇話。

お寺嫌いな風来僧侶は国の任務で今日も征く。

村の人間の言葉はみな同じだ。


「あの山のてっぺんだ」


なにかの間違いであればなあと男は思った。

なにせ、急勾配にそびえ立つ山のてっぺんには、薄く雲がかかっていて見える気配はない。

男はもう一人だけ聞いて違う場所だったらと賭けに出てみたのだが、やはり答えは一緒だった。

頭をボリボリと掻いて、村人に礼を言った。


(山登りなんてまっぴらごめんだが…。

しかし目的地になってしまったのなら仕方ねえ……………うん。明日にしよ)


村の唯一の宿に赴いてみたものの、ふと自分の袖口にほつれができているのを見てしまい、小さく「あ。」と言うと、ため息を付いた。

男の着ている袈裟はボロボロで、髪もいつから洗ってないのかギトギトしている。

そういや路銀も持たないんだった…。

宿の前で掃除をしていた女が不思議そうにこちらをみていたが、なんだか喋る元気もないので、ヘラリと笑って踵を返した。


村の端っこの小高い丘に木立ちがあった。

木に錫杖を立て掛け、ほどよい木陰でゴロリと横になる。

明日登らなくてはならなくなった山を見ながら、右手だけはそのへんの草をつまむ。

ジトッと湿度の含む風が吹いている。


「…なんだか見覚えがあるようなんだよなあ」


既視感という言葉がある。

初めて見たものなのにも関わらず、一度見たことがあるような感覚に陥る。

男はじっと山のてっぺんを見た。


「あの…」


女性の声がして男は振り返る。

瞬時に営業スマイルが出来るのが男の特技である。


「なんですかな、お嬢さん」


よく見ると、先ほど宿の前で掃除をしていた女だった。

お嬢さんと言われ齢40ほどの女はもじもじと目を伏せながら、か細い声で言う。


「そのお姿、僧侶様ではないですか?…もし宜しかったら私の母の三回忌になるのですけれど、あまりお金もなく…一晩お止めいたします代わりに、と言ってはなんですが、読経をお願いできま……」


「よろこんで!!!」


それはもう食い気味に返事をした。



読経のあと茶菓子とお茶が出た。

むぐむぐと水気のない饅頭を頬張ると、案の定むせた。

ぐいっとお茶で流し込むと息を整えた。


「本当に、ありがとうございました」


宿の女は3年前まで、息を引き取る直前まで働き続けた母と、村の唯一の宿を切り盛りしていたそうだ。

現在は、一人になって四苦八苦していたところを、別の街に出稼ぎに行っていた夫が帰って来てくれ夫婦で宿を営んでいるとのことだった。


「こちらこそ、路銀が尽きてしまいこれも修練と思いましたが、まさかこのようなお声がけがありますとは…感謝のつくしようがございません」


「いえいえ、こちらこそ、諦めていた読経をいただけるとは思わず天の母も喜んでおります、お名前をいただいても?」

「トウキョウの方にある壇宮寺という寺の、名を永世と申します、本当にありがとうございました。」

「こちらの方こそ遠いところを旅されている折に、ありがとうございます」

しばらく、感謝のしあいが続いたところで、薪火を見ていた夫からお湯がわいたとの一言があり、ありがたく風呂をいただくことにした。



風呂につかるとどっと来るものがある。

数えてはないが、湯船に浸かるのは2ヶ月ぶりあたりではないだろうか。

湯船に浸かるとき「あ゙あ゙〜」と、変な声が出たくらいだ。

さっぱりとした体に久しぶりの満腹、そして寝具。

幸せを噛みしめつつ床につく。





ごうと水が流れる音が聞こえた気がして、目が冷めた。

(雨か?明日の山登りは延期が得策か?)

ゆっくりと障子を開けギシギシと音がなる廊下を右手に行くと中庭だった。

中庭には庭園になっていて、松らしきものが見えている。

(煌々とした月明かり。先程の水の音はなんだったのだ?)

何事もなかったのを確認し布団に戻る。

数日ぶりの布団を堪能したいのに、体はというと、数年の野宿の間に硬い土の上でも眠れるよう進化したのか、残念ながら熟睡できなかった。





あくる朝。

あまりに美味い朝のご飯に、正直山に登らずここにしばらくいたいと思った。

夜ご飯もうまかったし、実に腕の良い奥方だ。


「どうしても登るんですか?」


聞いてきたのは夫だ。

村の幼馴染だったそうで仲の良い夫婦である。隣でうんうんと妻が頷いている。


「はい。仕事なのでね、最近特に悪さしていないと聞いてはいますがね、お祓いをしにいかねばならぬのですよ」

ずずっとお茶を飲みながら、自分に言い聞かせている。

本当あんな崖みたいなとこ登りたくない。


「子を喰らう鬼がいると聞きますよ、お一人で大丈夫なのですか…と聞いても私はお付き添いできるわけではないのですが…」

「まあ私はね、基本一人で動いてるもんで。他は同僚なんかが一緒ですが。村の人らはあまり話したがらなかったから詳しくお聞きできませんか、その…」

「かみごおり」

妻が眉を寄せて言う。


「噛子澱と言って、何もしなければ村の子供を全部食ろうてしまうので、この辺の村では毎年一人。これは言っていいのか…ここだけの話、あまり村に馴染もうとせぬ大人を生贄に差し出すのです」

「かみごおりね…鬼か神か」

(ふむ。生贄を出す選択の仕方は村八分された者…いい厄介払いくらいに考えているのか。いずれにしろあまり良い考え方とは言えぬな。恐怖心だけの選別とは違い、悪鬼輩の力となりうる人間の蔑みや憎悪が混じる…。山の主は強大となっている可能性も高いわけか)

腕を組み考え込んでいると、妻がじっと見て言う。


「えっと…もしかして違っていたらすみません、この話十年くらい前にもしませんでしたか?」


びっくりしてしまい、食後に出ていた饅頭を掴みそこね落としてしまった。

「いやいやいや、すみません。あー私はこの任務は初めて受けたのでここにも訪れたのは初めてで…」

「以前に来られた方と佇まいが似ているような気がしていたのですが、二人でおいでだったと思うのですが…」


すると夫の方が思い出したように、

「川の…」

とまで言うと、妻も大きく口を開けた。

「あったねえ!」

二人でうんうんと頷きあう。本当に仲が良い夫婦だ。いいね、うらやまし。

なんか行きたくない気持ちも、吹っ飛んだ。

お仕事頑張ろ。うん。


「ごちそうさまでした(色んな意味で)」

と言って男は立ち上がる。

山はたいそう危険ですよ、とも言われたが支度をする。

土間先でわらじを履き、もう一度お礼をと振り返ると、もしよかったらと、数日分の握り飯や漬物を渡してくれた。

夫婦は心配そうに見つめてくるので、営業スマイルでお任せを!と胸を叩いてみせた。


いや、まじ本当はね、めんどくさい。


この夫婦と宿に幸あれという気持ちで手を合わせ、宿の入口に一礼した。





山登る前の準備ってすき。

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