【短編】悪い剣につかまった少年の話
十二歳の、成人の儀として連れてこられた場所はたくさんの呪われた物品が閉じ込められた場所だった。
厳重に封がされて、いくつも並べられている。
「父上」
「どうした」
「ここから選ばなければ、なりませんか」
「ああ、俺も選んだ。この呪われた物品たちを自在に操れてこそマイミ家として一人前となる」
「父上は、なにを選んだのですか?」
「何も」
「何も?」
「たとえ俺が選んだとて、向こうが気に入らなければ弾かれる。俺はマイミ家としては失格者だった」
「それでも、父上は強いです」
「他がだらしなかったのさ、選ばれなかった俺にすら敗れた」
「そうですか……」
「肩の力は抜けたか」
「はい」
「では、好きなものを……」
「――ああ、久しぶりですね――?」
「……」
「今のは……」
「あれからどれほど時間がたちましたかね、ようやく私を使ってくれる気になりましたか?」
「剣……?」
「ミロ」
「は、はい父上」
「この剣は選ぶな」
「あら、ひどい」
「俺はコレとの間に縁があった。だが、俺は選ばなかった」
「どうしてですか?」
「そうですね、なぜです?」
「勘だ、直感だ、嫌な予感だ。しかし、ここまで盛大なものとなると外れるとは思えなかった」
「あらま」
「それは……」
「まったく、親子二代に渡って縁があるとは腹立たしい」
「ミロでしたっけ、契約の仕方について説明いたしましょう、少しばかり血を垂らし、共に行くと言っていただければそれで成立です。どのような苦難も越えてゆきましょう」
「おい、俺を無視して説明をするな」
「ねえ……」
「なんでしょう?」
「僕は強くなれる?」
「ミロ、お前まさか‥…」
「くふふ、ふふふ……ええ、ええ、なれますとも。天下無双の剣の名手に、どのような敵であってもあなたに触れることすらできないでしょう」
「わかった」
「後悔しても知らんぞ……」
「僕は、お前のマスターとなる」
「了解いたしましたミロ・マイミ様」
「様はいらない」
「はい、そういたします」
「ミロ、成人の儀の後は、旅立ちだな」
「はい」
「……俺がこの剣を断った理由は、近くに住んでいた性悪女にすげえ似ていたからだが、まあ、頑張れ」
「え」
「あらま」
僕は呪われた剣を手に入れた。
先行きは不安だった。
+ + +
血まみれの血だらけだった。
すべて敵のもので、襲ってきた山賊たちが山中で無惨な死体に変わっていた。
「いや、すごいな……」
「ふふん、でしょう?」
「問題は、これを僕がやったわけじゃないってことだ……」
「なにがご不満なのですか、このマスターは」
「あのね」
「はい」
「僕は、鍛えるために旅に出た」
「ええ、その助けとなるために私がいます」
「うん、助けだ、あくまでも補助だ」
「そうしていますよね?」
「違うでしょ! そうじゃないよねこれ! ぜんぶそっちが倒してるし! 僕が剣を抜いたらそれだけでもう全部終わったんだけど!? なんで剣だけが勝手に独りで飛んでぜんぶ倒してんの!?」
「ふふふ、甘いですね」
「なにがよ」
「真の名人は、武器すら必要としないものなのです、手に凶器がなくとも敵をなぎ倒します。マスターはその境地にいち早く立ったのです」
「絶対に、間違いなく、この有り様を指して剣の名人とは言わない……!」
「結果としては似たようなものです。これこそが名人が見ている景色……」
「これで剣の名人なれるなら、魔法使いも剣の名人だよ……!」
「あらま」
「強くなって周囲を見返したかったのに、こんなんじゃまた呪われた家だとか言われるよ」
「それは酷い差別ですね、ご同情申し上げます」
「ふん、あっそ」
「呪われた物品を自在に使ってこそのマイミ家です、マスターは気後れする必要などありません」
「本音を言ってみて?」
「狭苦しいところからやっと開放されたぜ、これで生き血をぞんぶんに吸えるぜひゃっはー」
「どうにかして折れないかな、このダメ剣」
「いきなり評価がだだ下がりしていますね」
「当然の評価だよ」
「私はこんなに尽くしているのに」
「その尽くし方が間違えてる」
「あらま」
剣なのに器用に小首を傾げていた。
謎だ。
+ + +
ハイウィロー流の剣士たちが20人ほど倒れ伏してた。
剣と魔の融合を目指すマイミ流とは敵対しているけれど、ただ剣のみにて研鑽を続ける彼らのことを僕は密かに憧れていた。
「……あのね」
「はい」
「僕は、自分の手で敵を倒したい、って言った」
「そうですね、私ひとりが飛んで倒すのでは鍛錬にならないと、確かに聞きました」
「それで、これ?」
「ご要望の通りでしょう? いやあ、とても大変でしたよ、マスターのわがままを叶えるのは」
「僕は! 剣の技を鍛えたいの! 強くなりたいの! たしかに剣が勝手に飛んで倒しはしなかったよ? だけど刀身がグニグニ伸びてブンブン勝手に動いて敵をなぎ倒すなら、ほとんど違いなんてないよ!? なにあの鞭みたいな動き!」
「いえ、きちんとマスターが保持ができていなければ威力が乗りません、これはマスターの力があればこそですよ」
「やたら僕に握力ばっかり鍛えさせるのはどうしてかと思ってたけど、これが、理由……っ!」
「私は自分の能力を鍛える、マスターは握力を鍛える。それによってマスターは敵を倒す手応えだってばっちり分かります。ご要望にはお応えできているでしょう?」
「顔もないのに見えるドヤ顔がすげえムカつく。なにその「当然頷いてくれますよね?」みたいな口調」
「あらま」
「僕がやったことって、剣を強く握ってただけじゃん……」
「見取り稽古という言葉もありますよ?」
「あのウニウニ勝手に動く剣の動きをどうやって参考にしろって?」
「マスターも頑張れば、きっとできます。こう腕とか伸ばす感じに」
「僕、人間やめる気はないからね!?」
「鍛錬が足りませんね」
「鍛錬の方向性が違いする……って、あー、でも、あの鞭みたいにしなる剣技を僕自身が使えるなら、アリといえばアリではあるのかな……?」
「あの動作は私自身がコントロールしているからこそ可能なもので、マスター単体の操作では、ふっ」
「鼻で笑ったね? 明らかに小馬鹿にしたね? 近所のガキ大将みたいに僕のことを馬鹿にしたね!? 人間にはどうせ無理でしょうけどぉ、みたいな侮りをにじませたなこのダメ剣!」
「えー、だってぇ、構成要素変化させて伸ばして切っ先を鋭くして引き寄せながらまた変化して、とかって人間には無理じゃないですかー」
「口調まで変わってるし。くそう、マイミ流は剣と魔の融合こそが真骨頂。僕だってやろうと思えば……!」
「あっはっは、マスターおもしろーい」
「ぜったいに、ぜったいにやってやる……!」
「ふふふっ」
新たな決意を胸にした。
+ + +
50メートルほど先で身を隠していた敵を斬ったのを確かに確認した。
少し遅れて、身を翻した場所を矢が通り過ぎる。
「よし!」
「……」
「たしかに難しいけど、やってできないことはないね!」
「……」
「剣構成っていうより伝達魔力の塩梅かな、これを僕自身の手であると認識できればより遠く、より精密に動かせる」
「へー……」
「剣士が宿命的に持つ欠点、遠距離攻撃への対処ができる。うん、これ悪くない!」
「よかったですねー……」
「敵の姿さえ認識できれば先手を取れる。たしかあの人って弓の名人だったはず、それを相手にして攻撃タイミングは同時だったし、攻撃はこっちのほうが速く届いた!」
「マスター……」
「なに?」
「なんで……」
「ん?」
「なんでどうして私よりも上手く剣を伸ばせるんですか、どうやればそんな攻撃精度になるんですか! おかしくないですか!? ヘンじゃないですか!? ピンポイントであんな遠くまで刀身伸ばさないでくださいよ! 剣自身よりも剣の操作精度を上げてどうするつもりですか!」
「最近気づいたけど、君って割と魔力の使い方に無駄が多いよね?」
「うっわ、うっわ、なにドヤ顔してるんですか! なに哀れみのニュアンス混ぜてるんですかコイツ!? あれですか? ちょぉっと上手くなったからってマスター気取りですか!?」
「やっぱり君、僕のことをマスター扱いしてなかったよね?」
「武者修行する子供を騙して唆して好き勝手に生き血を吸いまくる私の素敵計画が……」
「そんなこと思ってたの?」
「人間なんて生き物は、おだてて調子に乗らせれば何も見えなくなる愚かな生き物のはずなのに」
「偏見がすごい」
「まさか、人間に知恵があるだなんて、まったくの想定外でした」
「あ、これ違う、そもそも人間のことをゴブリンくらいの生物だって思ってる」
「いえ、ですが、ですがこれでいいのですか?!」
「なにが?」
「この方向に鍛え続けることは、マスターの当初の目標である武者修行になっていますかね!? これって違うんじゃないですかねえ!」
「なに怒ってるの?」
「怒ってませんが! 誰がいつどこで怒り狂って悔し涙をこらえてるっていうんですかよッ!」
「確実に激怒してんじゃん。だけど、まあ、たしかにそうだね。これってただの強い魔法使いだ。僕が望んでる剣士の姿じゃない」
「でしょお?」
「とはいっても、この方向性の強さも捨てたくはないなあ」
「贅沢を言ってはいけません、正統派の剣士を目指すべきです。二兎を追う者は一兎をも得ず。初志を貫徹せずになにが剣士ですか」
「最初に独り飛んでいった剣が言っていいセリフじゃない」
「ふんだ」
少しばかり関係が変化した。
+ + +
少しばかり大きな大会で、僕は優勝者としての栄誉を受けていた。
明らかに格上の、僕よりも強い敵を倒した。
「やりましたねえ」
「うん……」
「たしかにとても強い相手でしたが、私達の敵ではありません」
「うん……」
「様々な流派、様々な剣技、しかし、すべてを越えました」
「あのさ」
「なんです」
「倒した。優勝した、それは確かなんだけど……」
「ええ」
「これを、僕の実力だって言っていいのか……?」
「あはは、マスターも変なことを言いますね、剣が飛んでいない、伸びてもいない、身体と剣だけで戦って倒したのですから胸を張っていいでしょう?」
「問題は、それを僕がしたってわけじゃないことだ」
「結果的に違いはありませんよ?」
「くそう、おかしいと思ったんだよ。なにが身体を操る訓練だよ、なにが正しい剣の振り方を体感できるだよ……!」
「別に間違ってはいなかったですよね? 実際に達人の動きを再現できているはずです。こうして格上を苦も無く倒せました。見取り稽古どころか体感稽古です」
「それがむしろ腹立たしいんだよ!」
「大会優勝は嬉しくなかったですか?」
「君が細く剣を伸ばして僕の身体の中にまで侵入して操ってる状況で強くなって大会優勝したところで嬉しさは微妙だよ! 超強い操り人形状態を喜べたら剣士どころか人間として失格だ!」
「えー、割と大変だったんですよ、糸みたいに細く剣を伸ばして筋肉と融合させて、私が憶えてる動きを再現させるのって」
「それはすごいよ、それはものっすごいと思うんだけど、どうしてそれができて普通に剣を伸ばす方がむしろ苦手なんだよ……」
「不思議ですねえ、おそらく変化の量よりも、微細かつ繊細な操作の方が得意なんでしょうね、ええ」
「うっわ、見えないけど「人間なのに身体の扱い下手すぎぃ」って顔を絶対してる……」
「いえいえ見えない悪意を勝手に見てはいけませんよぉ」
「くそ、僕よりも剣構造変化が下手な癖に……」
「うっわ、言ってはならないことをいいやがりましたねこのへっぽこマスター!」
「なに言ってんだこのダメ剣。というか、どうして剣の癖に僕よりも肉体の使い方が上手いんだよ!」
「マスターがなってないからですよ! へへーん、この人間失格!」
「調子に乗りすぎだこの呪剣! というか客観的に見れば僕が剣に操られてるって状況だよねこれ!」
「マスターが本気になればレジストできますよ、たぶん」
「たぶんって言った……」
「というかやって分かりましたが、マスターは肉体操作の精度が甘すぎです」
「僕がどれだけ日々鍛錬をしてると思ってるんだ……!」
「訓練とか言ってごまかしていますが無駄な経路が多すぎるんですよ」
「そっちこそ魔力構成を無駄に凝りすぎて生成速度も展開威力も遅すぎるくせに、シンプルでいいところを複雑化させすぎて結局はダメになってる」
「はあああ!? あの魔力構造の微細と美麗がわからないんですかこのマスターは!?」
「そっちこそ人間の努力を無駄扱いするな!」
「あさっての方向の努力を賞賛しないでください!」
「なに?! じゃあ剣操作の方を努力しろってこと!?」
「そぉんなこと一言もいってないじゃないですかよ!!」
小声でやり取りしていたせいで、せっかく優勝したのに残念な人扱いされた。
僕がマイミ家だと言ったら納得された。なぜだ。
+ + +
道を歩いていた。
久しぶりに平和だ、秋晴れが爽やかに広がっている。
「あのさ」
「はい」
「そういえば君、魔剣だよね?」
「いいえ、聖剣ですが」
「……君が封じられていた光景を思い返してほしいんだけど?」
「神々しさが漏れていましたよね」
「禍々しさが厳重に封印されても滲んでたよ?」
「ああ、人間にはそう見えるのかもしれません。けれど、心が正しく清らかなものであれば違うものです」
「乗せられていた木の棚が半ば腐ってたけどね」
「きっと邪悪な木の棚だったからです」
「その邪悪って言葉、自分にとって不都合なものを指してない?」
「一般的に清らかなものと言えば子供や正直者を指しますよね。きっとあの木は子供でもなければ正直でもなかったのです」
「絶対それ、騙しやすい相手って意味だ」
「ミロ様も、もっと清らかになるべきです」
「様付けするな」
「ではミロと。なんか最近、マスター、って言うのもなんか違う気がしてるんですよねー」
「マスターって言葉が君にとって、馬鹿とか下僕とかの言い換えだからじゃない?」
「ん、すいません、ちょっと聞いていませんでした、今なんて言いましたマスター」
「オッケーわかった、僕は清らかにはならない。ぜったいに邪悪になることに決めた」
「私、いま、プロポーズされてます?」
「どうしてそうなるの!?」
「だって、ミロ視点、私は魔剣なのでしょう? 今のって、その魔剣に相応しい男になるという宣言ですよね」
「ちがっ……」
「まあ、冗談はさておき」
「いやさておかないで」
「私は性質として変化・変質を司るからこそでしょうね。半端な影響では木を腐らせるような形にしかなりませんでした」
「そうなの?」
「ええ、本来は万能武器として在ることを期待されたものですが、剣としての形から大きく離れることが難しく、また、意思を持ち喋れることもあって魔として扱われました」
「そういう経緯が」
「だから、私は本来は清く正しい、とてもすばらしい聖剣なのです」
「血を吸うのに?」
「なんですか、それが悪いって言うんですか? 血を吸う聖剣があったっていいじゃないですか!」
「白いカラスくらいの矛盾だ。というか、それってやめられないものなの?」
「え」
「封印されて長かったし、別に血が必要不可欠ってことはないよね? なら、やめればいいじゃん」
「あ、お、たしかに……?」
「思ってもみなかったって声色だ」
「けど、けど、だって……」
「だって?」
「血って美味しいし、色もきれいだし、我慢できないし……」
「諦めよう?」
「え」
「君に聖剣はぜったい無理」
「やだー!」
以降、魔剣呼ばわりするとひどく拗ねるようになった。
+ + +
川で洗濯していた。
ごしごしと洗う、一心不乱に。
「あー、あのですね」
「……」
「別に自然なことだと思うわけですよ、気にすることもありません」
「黙れ」
「はい」
「……」
「……ええと」
「……」
「そのぉ、ひとついいですかね」
「なに」
「これがミロの初の射精というか夢精だったわけですが、これからどう処理しましょうかね?」
「本当に黙ってて!?」
「いやあ、割と大事なことですよ」
「どこがよ!?」
「お金の問題です」
「はあ!?」
「これから先、町々で春を買いに行きますか?」
「やだ、こわい」
「あらま」
「あとそれでハマったりするのが怖い、剣の修業がおろそかになる」
「大会優勝で路銀はあるのですから、別にいいのではありませんか?」
「君の力で得た金を、そういうことに使うのってダメ男すぎない?」
「ヒモですね」
「強くなるための武者修行の旅なのに、むしろ尊厳ががんがんに目減りしてる!?」
「まあ、私はそんなに気にしませんし」
「僕は盛大に気にする……っ!」
「あと、ひとつ気がついたことがあります」
「なによ」
「私は血を吸う剣です」
「そうだね」
「要するに、体液を吸う剣なわけです」
「だからどうしたの?」
「別の液体でも良かったようです」
「……ねえ」
「はい」
「……ひょっとして、かかったの? 昨日の夜、なんかそっちにまで付いたの?」
「ミロ、割と肌見放さずですよね、私のこと」
「……野営してるんだから、武器が手元に無いと不安だから……」
「えへ」
「うわあ、まじか、うわあ……」
「いやあ、ですからね? その、ですね」
「なに」
「あれ、意外と美味しかったので、試しにもう一回くれません?」
「へし折るよ!!」
「これから先、無駄に放出するものじゃないですか」
「僕の何かまで放出されるよ、なんかいろいろとダメだよ、それ!」
「そういえば私って、ミロの身体を操れるんですよね……」
「なにをするつもりだ」
「新しい世界に案内しようかと」
「破滅する世界だよそれ!」
「私を見るだけで条件反射的に反応してくれたら完全に成功ですね」
「最悪だ、この剣」
「一緒に堕ちましょう?」
「父上、あなたの直感は当たっていたようです、この剣、いろんな意味で性悪だ……」
「あらま」
以降、微妙に距離を離して寝るようになった。
朝になったらなぜか抱えてた。
+ + +
ハイウィロー流の高弟だった。
多く倒し、大会でも打ち破り、ついに出てきた相手だった。
僕らは、手も足も出なかった。
「はあはあ……」
「強いですね、これは」
「くそ……」
「幸いなことは、敵がカウンター型の使い手である点です。こちらから仕掛けなければ、向こうから積極的には仕掛けて来ません」
「だけど……」
「ええ、隙が見当たりません。また、下手な動きをすれば待ちをやめ、一刀のもとに両断してくることでしょう」
「問題は、その下手なことの中に、剣を伸ばしたり飛ばしたりするのも含まれるってことだけどね……」
「まったく本当に、それらを隙だと見る相手がいるとは思いませんでした、剣を伸ばそうと構える、剣だけを飛ばそうとする、その魔力の動きを感知しているようですね、とんでもない速度で接近されましたし、斬られる寸前でした。なんですか、あの変態」
「名人だよ」
「む……」
「あれこそが、本当の剣の名人だ」
「ミロは私の力が偽物だとでも言いたいんですか?」
「今になってもまだ正道で真っ当な力だって思ってることの方が衝撃だよ」
「強ければいいんですよ、強ければ」
「思考が邪道そのものだ」
「それで、どうしましょうか」
「うん……」
「ここは逃げるのも一つの手です、次の再戦に向けて努力いたしましょう」
「嫌だな、逃げたくない」
「無駄なプライドは人間の悪癖です」
「プライドと道徳の無い人間はただのゴブリンだ」
「む」
「どうせなら、全力をぶつける、やれるすべてをやる」
「……どのように?」
「僕らはお互い、得意な部分が逆だ、いっそ突き詰めよう」
「まさか……」
「僕は剣の構成変化にのみ力を注ぐ、君は僕の身体の操作にだけ注力してくれ」
「ミロ、あなた正気ですか?」
「はは、邪道もいいところかもね、剣士が剣として、剣が剣士として振る舞おうとしてるんだ」
「……敵は剣の名人です、手加減はできません、本当にどうなっても知りませんよ」
「ここまで鍛えてきた僕の身体だ、君が使えば必ず勝てる」
「私だけでは届きません」
「ああ、わかっている。僕も助力するとも。派手な動き、大幅な変化は必要ない。少しの剣の長さの変化、より強い強度、あるいは軽量化、そうしたものでいい、今から、最善最適の魔力操作を行う。君の動きに僕が合わせる――」
「……いいのですか?」
「許す、やれ」
「はい!」
「くっ……」
「より精密に、より適切に、より知悉し、私は動きます、私は操作します、どれだけ鍛錬しようが人などたやすく越える……!」
「ハイウィロー流の剣士、お前は体の内部に剣を行き渡らせる感覚を知らない。知らないことがあるからこそ、僕らのほうが強い」
「ええ、ミロ・マイミの身体は今や私のものです」
「待って、なんか語弊が!?」
勝った、けど、さすがの敵だった。
最後の反撃の一撃が、こちらに届いた。
+ + +
マイミ家は、小高い山の上にあります。
切り開いて平らに均された場所は住むには不便で、戦いで守るとなれば有利な地点でした。
「おお、ミロ、ようやく帰ったか、遅かったな」
「いいえ」
「む」
「私はミロではありません」
「……どういうことだ?」
「ハイウィロー流の高弟と戦い、全力を振り絞りました。私達は互いに協力し、これに勝ちましたが、最後の反撃にて私とミロとをつながる部分が断ち切られました」
「それは……」
「どういった道理であるのかは不明です、しかし、私の意識はミロ様の身体に移ったままであり、そして、ミロ様の意識はいまだ戻りません」
「……」
「マイミ家当主殿」
「なんだ」
「さまざまに手を尽くしましたが、私では元に戻すことができませんでした。そのため、恥を忍んでこのように帰還いたしました。なにか手立てはございませんか?」
「それは――」
「無いのですね」
「すぐには思い至らぬ」
「であれば、致し方ありません」
「まて、どうするつもりだ」
「マスターのいなくなった魔剣は、また封じられるのが筋でしょう?」
「その体のままでか」
「私をミロ・マイミとして扱えますか?」
「……」
「その葛藤と沈黙こそが答えです。私とて、そのように呼ばれたくはありません、決して」
「なにか手立ては無いのか」
「おそらく主導権がミロにあるからでしょう、今の私は剣を操ることができません。どれほど魔力を注いだところで無意味です。つながる経路がないのですよ」
「……」
「封じてください、私を」
当主からの答えは、いつまで待ってもありませんでした。
+ + +
結局のところ扱いとしては半端なものになりました。
封印蔵の近くで、半ば野営するように過ごします。
日に二度ほど食料すら分け与えてくれました。
「まあ、私を封じれば、実質的にミロを殺すようなものですからね、致し方ないといえば致し方ないのでしょう」
「……」
「まったく、なんというか、妙なところで甘いですよね、マイミ家の人々は。封じられた呪物の品々も、危険を承知の上で貯蔵しているのでしょうし。リスクとメリットがまったく釣り合っていません。成人の儀に使うからとか、ほとんど言い訳でしかないでしょうに」
「……」
「実際、いまの当主が非呪物使いです。これらの呪具は必須ではありません。マイミ流の真骨頂は、魔と剣の融合でしたっけ。これは私達のような呪具と剣技の融合ではなく、もともとは魔術と剣技の融合だったんじゃないですかね? ミロの強さの方向性は、あきらかにそれでした」
「……」
「ねえ、なにか言ってくださいよ、呼びかけている私が馬鹿みたいじゃないですか」
「……」
「もう、ちょっと無口すぎません?」
「……」
「…………おそらく、の話ではあるんですが……」
「……」
「今のこの現状は、魂魄と呼ばれるものが交換された形です。あのハイウィロー流の敵は、本当に全てを振り絞らなければ勝てない相手でした。魂ですらも「使い尽くす」必要がありました」
「……」
「そうして、その状態で断ち切られた。私とミロが相手の器へと魂を注いでいる、まさにその最中に。その結果として、お互い別々の身体に固定化されてしまった、そんなところでしょう。本当に、最後の反撃として命を奪うよりも厄介な置き土産でした」
「……」
「剣なのに魂があるのか、という話であれば、ええ、実をいえばあります」
「……」
「あまり自覚はありませんが、うっすらとは憶えているんですよね――きっと、この剣を作る際に使われた魂魄です」
「……」
「割と珍しいのですが、体内に鉄鋼物を生成する民がいます、心臓付近に構築されるそれは最良の素材でもありました。有名な剣のいくつかはそれが元となっているとのことですが、まあ、こっちからすればクソですよね、心臓付近に生成されているため、使用するには殺して取り出さなければなりません」
「……」
「まあ、そんなことはゴメンなので里を抜け出して好き勝手して色んな人を高笑いしながら破滅させていたわけですが、捕まってしまいましてねえ。さすがに軍まで出てこられては逆らいようがありません。死罪の上に内部の鉱物まで取られました」
「……」
「罰には文句はありませんけれど、別の文句はあります。実際に剣として作るよりも前に呪われたもの扱いするのって、ちょっとひどくないですか? こんなにも心清らかで、ただ自由を求めた魂だというのに」
「……」
「むう、いつもならここで来るツッコミすら来ませんね。この方向性ですらダメですか」
「……」
「それなら、うん、仕方ないですよね? 他に手段がないんですもんね!」
ちょっとだけウキウキです。
+ + +
身体が違う、と思える。
だから、その形を最適化する。
目が見えない、感じ取れない。
肌がない、何にも触れない。
舌も鼻も耳も機能していない。
完全な無明の中で、それでも僕は僕を続ける。
僕であることを取り戻す。
けど、僕って、なんだ?
僕って、何者だ。
哲学的で曖昧なそれに答えはない。
僕の中には何一つ存在しない。
ふわふわと浮かぶ記憶はすべて他人事のようで実感がない。
それを頼りにしてはいけないという直感もある。
今ここで確かに在るためには、人であることを手がかりにしてはいけない。
人であることは己の証明にはならない。
だけど、伸ばす。
僕が僕をわからないのであれば、全力をただ振り絞る。
魔力を展開し、染み渡らせ、己のものとする。
強固に「他者」と定義されたものを自身のものだと認めさせるのには相応の時間を必要とした。
「――」
なにかの刺激がある。
初めてのもの……いや、どこかで知っている、気がした。
それがあることに、ようやく気付いた。
声が聞こえる。
匂いがする。
触られている。
味すらある。
そうして僕は、世界を知る。
「ああ」
そうして見えた景色は。
「久しぶりですね?」
「うん」
いろいろと違っていた。
+ + +
今の僕は剣だった、けれど――
「剣の形がずいぶんと違ってますねえ」
「うん……」
「おそらく、ミロに合わせる形となったのでしょう、その剣はもはやミロの魂魄の形であり、そのものです」
「そっか……」
「まっすぐで素直な直剣、けれどどこか歪にも見える、とてもミロらしい形です」
「ねえ、あのさ……」
「なんでしょうか?」
「僕が剣になったことは、わかってる。ここまで形が違ったら、君がこの剣に戻ることも難しいとは思う」
「そうですね、もうその剣はミロのものです、身体を好きにされてしまいました」
「言い方!?」
「でも実際そうでしょう?」
「でもだからって、どうしてなんで僕の身体が女の子になっているんだよ!??」
「えー、ミロが私の身体をそう変えてしまったのですから、私だってそうしたっていいでしょう?」
「それに関しては強くは言えない、けど、最初に見たとき誰だと思ったよ、なんだよこの美少女と思ったよ!」
「自画自賛ですか?」
「だからすごい時間が経って見知らぬ人が僕を手にしてるのかと!」
「あれから2ヶ月くらいですよ?」
「その短時間でどうしてそんな完璧に女の子してるの!!??」
「大丈夫です」
「なにが!」
「中身はまだそんなに変えてません」
「これから本格的に変える気まんまんじゃないか! というか、そんなにってどういうことだよ! 何もかもまったく大丈夫じゃない……っ!」
「おそらくいままで目覚めなかったのは、根本的な魔力不足だと思われます」
「話をガンガンに変えすぎじゃない!?」
「いえ、割と大変だったんですよ? ミロは普通の魔力譲渡を受け取ってくれませんでしたし、意識不明のままですし」
「え、じゃあどうやって?」
「私の性質を利用しました」
「性質? 変化と変質――いや、この場合は違うか、血を吸うんだっけ」
「いえ、精液の方を……」
「何してんの!? 何やってくれちゃってんの!? というか夢現に感じたあの味って……ッ」
「そのような経路で魔力を渡しました。だから身体の中身までは、まだ変えなかったんですよねー」
「どうして血にしなかった!!」
「血を吸うのは魔剣だってミロが言ったんですよ?」
「過去の僕、馬鹿!!!!!」
「ミロを魔剣にしなかったんです、褒めてくれてもいいですよ?」
「むしろ変態剣だよ! 感謝したくてもできないよ!」
「別にこれから接種しなければいいでしょう? 癖にはなっていませんよね」
「…………うん……」
「あらま」
「違う、そうじゃない! 体験として変な刷り込み方をされてる可能性を考えただけだ!! これからはもうしない!!」
「だが、主導権は私にあるのでした」
「嫌だからね、絶対に嫌だからね!」
「振りですか?」
「違う!」
「うふふ」
とてもうれしそうに笑っているのを僕は感知する。
剣となったからなのか、その歓喜はダイレクトに伝わってくる。
表面上の慎ましやかな笑顔とは裏腹の、巨大なうねりのような喜びだった。
僕を手に入れたことの、独占欲の満たされだった。
そう――絶対に手放さないという執着も一緒に伝達されてた。
「ああ、もう」
「どうしました?」
「父上の言う通りだ、悪い女に捕まった」
「あらま」
そのことに悪い気がしないのが、一番の問題だった。