盲目の女が醜男に嫁ぐ話(仮題)
※身体的素養についての差別用語を含みます。
苦手な方はご注意ください。
軽度な性的描写があります。
詳細に語ってはいないので、R15に設定しています。
表現のため、敢えて句点を多くしていたり、湾曲な言い換えをしています。
雰囲気で読んで頂ければ幸いです。
11/4 追記
誤字報告いただきました、修正しています。
ありがとうございます。
盲目の女に仕事は与えられない。
裁縫も家事もできない穀潰しである。
生家が多少裕福だったから生きてこられたものの、少しでもなにかが掛け違えていれば、真っ先にその命を奪われただろう。
しかしながら、いつまでも家で養ってもらうばかりではいられない。
体は大きくなり、女の徴もきた、既に結婚して子がいてもおかしくない歳になった。
このまま親が死ねば、家は潰えてしまうし、それだけでなく自身も生きていかれない。
チヨは、少しばかり聡い女だったので、両親にその不安を打ち明けた。
1人で抱えていても、チヨは世間を知らないから、解決策など思いつくわけがないことも分かっているし、こういう悩みは早めに共有した方がいいからだ。
両親こそ、チヨの相談に長らく悩み、悩んで、そこからまた悩んだ末にチヨに告げた。
「お前を嫁に欲しいという家がある」
チヨは、すぐに受け入れた。
チヨの嫁ぎ先は、この地を治める地主の傍系一族で、生活に困りはしないらしい。
血を絶やさないよう、嫁は欲しいが、いかんせん男の方に少しばかり問題があるそうで、どこからも嫁がもらえなかったそうだ。
チヨは僅かな不安を抱えていた。
今まで、盲目であることを隠さず生きてきた。
少し外で1人になると、石が投げられたり、足をかけられたりする。
でもチヨは犯人の顔も分からないので、訴えかけることもできず、されるがままとなっていた。
路地裏に連れ込まれるようなことこそなかったが、新たな環境で、また同じような被害を受けないか、心配していた。
チヨは輿入れの際、できるだけ慎重に周囲の声や音を聞いた。
側仕えの、老齢の男の声。
小姓の、まだ若い女の声。
夫の親の、気を使う柔らかな声。
夫となる男の、少しいがらっぽい、野太い声。
「俺は、醜男だ」
「それがなにか?」
「顔はアバタまみれで、眉も不揃いだ。歯も並びが悪く、朝剃った髭が昼には青くなる」
「はあ、それで?」
「目も細いし、顔も大きい。幼子が俺を見れば、夜も眠れなくなるそうだ」
「はあ、それから?」
「……お前は、美しいのに、どうしてこんな男の元へやられてしまったんだ。お前も、詩や算術など習えば、食っていくことはできたろう。なにも、こんな男の元へ来なくとも」
「はあ」
段々と、男の声色が気遣うものから、呆れたような声に変わって、それから笑いを堪えられないようになって、時折くぐもった声を震わせていた。
チヨも、段々と面白くなってきて、しまいには2人とも声を立てて笑っていた。
「お前、なにか面白い話はできるか」
「それが、なんにも。私に友人はおらず、両親も割れ物のように扱うので、そういった話は知らないのです」
「そうか、俺もだ」
「では、これから見つけていきましょう。といっても、見えないのですが」
「そりゃあ、お前、メクラだろう。であれば、音を聞き、匂いを嗅いで、どうしようもなくくだらないことでも笑えるよう、俺がずっとそばにいよう」
「もっとわかりやすく伝えてください」
「俺がどこにでも連れて行くから、お前は俺のそばで、面白い時は声を立てて笑ってくれ。お前には見えなくとも、俺はお前が笑っている顔が見ていたい」
醜男は、音を立ててチヨに近寄り、手が触れそうな位置まできた。
チヨも、分かりやすいそれに身を委ね、手探りながら醜男の胸に触れ、そっと身を寄せた。
醜男は、執拗なまでにチヨを連れ回した。
見知らぬ土地で転ぶチヨを、指差して笑いながら、ひとしきり笑っては抱き起こしてやる。
チヨも、転んだそばから大笑いしているし、たまに打ちどころが悪いのか呻いていれば、醜男がこの世の終わりとでも言わんばかりに心配してみせるので、痛みより面白さが勝てばまた笑った。
チヨが匂いに眉を寄せるから、よく厩戸にも連れて行った。
急に馬が鼻を鳴らすものだから、最初はチヨが腰を抜かし、醜男はそれにも大笑いした。
チヨはその声を聞いて、危険ではないことがわかったら負けじと大きく笑ってやった。
今では、その匂いに慣れてしまったから、チヨが眉を寄せることはないが、それでも日課のように、何度も厩戸に足を運んだ。
祭にも連れて行ってやったが、人混みは苦手なのか、にぎやかな方へ歩いて行くだけで、チヨの顔は翳っていった。
しかし、人の気配こそあれど、チヨに触れるのは醜男のみで、ちょいと袖でも触り合うこともなかった。
というのも、醜男があまりにも醜いので、人が避けて行く。
醜男は、慣れたものだから、チヨにそっと耳打ちをしてやった。
綺麗に割れた鏡餅のように、だとか、チヨの触ったことのあるもので、分かりやすく人の群れを例えるので、チヨもお囃子に負けないくらいの声で笑った。
夜は、すさまじかった。
醜男は、醜男であるがゆえに女に触れたことがなかった。
柔肌に指を這わせ、舐ることに緊張していたのは最初だけだ。
チヨは声を上げることこそ恥じらったが、体を隠すことはなかった。
焼き付けるように見つめながら、己のものだと主張するように、それでも宝物を愛でるよう優しくするものだから、チヨも全てを受け入れてやった。
しかし、チヨの足ほどの大きさであるそれを、チヨに触らせたものだから大変だった。
人間の体にはとても入らないと、チヨが大騒ぎしたからだ。
今でも、子を為す行為は行われていないが、だからこそ醜男はチヨがくたびれて、意識を遠くへやるまで、面白がって愛でているので、そう遠くないうちに子は産まれそうだ。
しかしある時、醜男の家に、聞き覚えのない若い声の男がやってきた。
人より少しばかり鋭いチヨの耳は、その男の語り口までそっくり聞き取っていた。
「あのメクラの女、器量だけはいいから、嫁にもらってやってもいい」
「それは困る、ようやくうちにきた嫁だ」
醜男の親、チヨの義父が精一杯の抵抗を見せている。
しかし若い男は、少しも威勢を削がれないまま、嘲りさえ浮かんだ声で続ける。
「メクラの嫁が欲しければ、その辺の女の目を抉ればいいだろう」
チヨは目眩のする思いで、その言葉を聞いた。
小姓が首を傾げながら、チヨの体を支える。
小姓には聞こえていないのだろう。
あまりの言葉に、チヨは聞いておられず、耳を塞ぎたかったが、チヨの今後に関わるので、なんとか踏ん張って耐える。
深いため息が聞こえた。
少し鼻を鳴らすような、そういうため息は、醜男のものだ。
「であれば、俺がチヨの顔に傷でも付ければ、チヨに用はなくなるのか」
「できるものか。お前にそれだけの肝の太さはなかろう」
バン、ドスドス、バン、と大きな音が寄ってくる。
まるであの日の顔合わせのように、寄ることを言葉ではないもので伝えるように、醜男がチヨの部屋にやってきた。
なんだか懐かしい気持ちになって、チヨはからから笑う。
「チヨ、すまん、お前の顔を」
「ええ、ええ。どうしてくれましょう」
小姓が狼狽えている。
チヨは、懐の扇を取り出して、開いてから折った。
尖った木片を、指で触って確かめる。
「では」
「ああ」
空にあげた扇は、醜男がそうっと取り上げた。
それから、顔に、それも鼻のあたりに、熱い痛みがやってきて、そのあまりの勢いに、チヨは気を遠くにやってしまった。
目が覚めたチヨは、まず、敷き布の手触りから、部屋が変わってないことを確かめた。
新品のような硬さはなく、今まで使ったもので、それから、部屋の香りも胸いっぱいに吸う。
「チヨ、チヨ」
鼻の辺りが、ズキズキと痛む。
醜男の、無骨で、でこぼこした指が、決して鼻に障らないよう、頬を撫ぜた。
鼻汁が喉まできたような、情けなく震える声が、嗚咽にまみれながらチヨを呼ぶ。
チヨは、それもおかしくなって、けらけら笑った。
「ここまで美しい醜女も、なかなかおりませんでしょう」
「チヨ、チヨ。お前は、ずっと、美しい。お前の、その全てが、俺の全てなんだ」
鼻には触らぬよう、醜男が強く抱きしめる。
いつまでも鼻を啜るものだから、それがチヨの鼻にもうつった。
2人して、ずび、と鼻を啜って、いつまでそうしていただろう。
声を殺すようにして、笑い始めたのは、どちらが先だったろう。
「ところで、あのお方は?」
「本家の若いのか、あれは、すぐに本家の当主に引きずられていった。傍系の、しかも、もう人の嫁になっている女を、無理にでも娶ろうとしたから、本家の恥だと言われている」
「でしたら、私の顔は」
「ああ、それは、鼻の血が出るくらいに手を張ったから、傷にはなっていない。今も、痛むか?」
「少しばかり、つきつきと。でも、せっかくなら、二度と消えぬ痕でも残してほしかったのに」
チヨがくすくす笑うと、醜男が首に噛み付いてきた。
吸い上げられたチヨの首は、チヨには見えないが、真っ赤にうっ血する。
「これを、そうしよう。けして消えぬよう、日毎に吸ってやれば、二度と消えることはなかろう」
「それはまた」
ついに、声も殺されぬよう笑い始めたチヨに、醜男はやっと、ほうと息を吐いた。
その数年後、チヨは子を産んだ。
ずいぶんとかかったが、一度子が出たからには怖いものなどないと、チヨが腹を括ったおかげで、醜男は一族の中でもっとも多くの子を持った。
のちの時代に、化け物と身を結んだ女が、いかに幸せな生を過ごしたかを語る民話が、根強く残っている。
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、ご評価のほどよろしくお願いします。