表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

盲目の女が醜男に嫁ぐ話(仮題)

作者: wc部

※身体的素養についての差別用語を含みます。

苦手な方はご注意ください。


軽度な性的描写があります。

詳細に語ってはいないので、R15に設定しています。


表現のため、敢えて句点を多くしていたり、湾曲な言い換えをしています。

雰囲気で読んで頂ければ幸いです。


11/4 追記

誤字報告いただきました、修正しています。

ありがとうございます。



 盲目の女に仕事は与えられない。

 裁縫も家事もできない穀潰しである。

 生家が多少裕福だったから生きてこられたものの、少しでもなにかが掛け違えていれば、真っ先にその命を奪われただろう。


 しかしながら、いつまでも家で養ってもらうばかりではいられない。

 体は大きくなり、女の(しるし)もきた、既に結婚して子がいてもおかしくない歳になった。

 このまま親が死ねば、家は潰えてしまうし、それだけでなく自身も生きていかれない。


 チヨは、少しばかり聡い女だったので、両親にその不安を打ち明けた。

 1人で抱えていても、チヨは世間を知らないから、解決策など思いつくわけがないことも分かっているし、こういう悩みは早めに共有した方がいいからだ。


 両親こそ、チヨの相談に長らく悩み、悩んで、そこからまた悩んだ末にチヨに告げた。


「お前を嫁に欲しいという家がある」


 チヨは、すぐに受け入れた。




 チヨの嫁ぎ先は、この地を治める地主の傍系一族で、生活に困りはしないらしい。

 血を絶やさないよう、嫁は欲しいが、いかんせん男の方に少しばかり問題があるそうで、どこからも嫁がもらえなかったそうだ。

 チヨは僅かな不安を抱えていた。


 今まで、盲目であることを隠さず生きてきた。

 少し外で1人になると、石が投げられたり、足をかけられたりする。

 でもチヨは犯人の顔も分からないので、訴えかけることもできず、されるがままとなっていた。

 路地裏に連れ込まれるようなことこそなかったが、新たな環境で、また同じような被害を受けないか、心配していた。


 チヨは輿入れの際、できるだけ慎重に周囲の声や音を聞いた。

 側仕えの、老齢の男の声。

 小姓の、まだ若い女の声。

 夫の親の、気を使う柔らかな声。


 夫となる男の、少しいがらっぽい、野太い声。


「俺は、醜男(ぶおとこ)だ」


「それがなにか?」


「顔はアバタまみれで、眉も不揃いだ。歯も並びが悪く、朝剃った髭が昼には青くなる」


「はあ、それで?」


「目も細いし、顔も大きい。幼子が俺を見れば、夜も眠れなくなるそうだ」


「はあ、それから?」


「……お前は、美しいのに、どうしてこんな男の元へやられてしまったんだ。お前も、詩や算術など習えば、食っていくことはできたろう。なにも、こんな男の元へ来なくとも」


「はあ」


 段々と、男の声色が気遣うものから、呆れたような声に変わって、それから笑いを堪えられないようになって、時折くぐもった声を震わせていた。

 チヨも、段々と面白くなってきて、しまいには2人とも声を立てて笑っていた。


「お前、なにか面白い話はできるか」


「それが、なんにも。私に友人はおらず、両親も割れ物のように扱うので、そういった話は知らないのです」


「そうか、俺もだ」


「では、これから見つけていきましょう。といっても、見えないのですが」


「そりゃあ、お前、メクラだろう。であれば、音を聞き、匂いを嗅いで、どうしようもなくくだらないことでも笑えるよう、俺がずっとそばにいよう」


「もっとわかりやすく伝えてください」


「俺がどこにでも連れて行くから、お前は俺のそばで、面白い時は声を立てて笑ってくれ。お前には見えなくとも、俺はお前が笑っている顔が見ていたい」


 醜男は、音を立ててチヨに近寄り、手が触れそうな位置まできた。

 チヨも、分かりやすいそれに身を委ね、手探りながら醜男の胸に触れ、そっと身を寄せた。





 醜男は、執拗なまでにチヨを連れ回した。

 見知らぬ土地で転ぶチヨを、指差して笑いながら、ひとしきり笑っては抱き起こしてやる。

 チヨも、転んだそばから大笑いしているし、たまに打ちどころが悪いのか呻いていれば、醜男がこの世の終わりとでも言わんばかりに心配してみせるので、痛みより面白さが勝てばまた笑った。


 チヨが匂いに眉を寄せるから、よく厩戸(うまやど)にも連れて行った。

 急に馬が鼻を鳴らすものだから、最初はチヨが腰を抜かし、醜男はそれにも大笑いした。

 チヨはその声を聞いて、危険ではないことがわかったら負けじと大きく笑ってやった。

 今では、その匂いに慣れてしまったから、チヨが眉を寄せることはないが、それでも日課のように、何度も厩戸に足を運んだ。


 祭にも連れて行ってやったが、人混みは苦手なのか、にぎやかな方へ歩いて行くだけで、チヨの顔は翳っていった。

 しかし、人の気配こそあれど、チヨに触れるのは醜男のみで、ちょいと袖でも触り合うこともなかった。

 というのも、醜男があまりにも醜いので、人が避けて行く。

 醜男は、慣れたものだから、チヨにそっと耳打ちをしてやった。

 綺麗に割れた鏡餅のように、だとか、チヨの触ったことのあるもので、分かりやすく人の群れを例えるので、チヨもお囃子に負けないくらいの声で笑った。


 夜は、すさまじかった。

 醜男は、醜男であるがゆえに女に触れたことがなかった。

 柔肌に指を這わせ、舐ることに緊張していたのは最初だけだ。

 チヨは声を上げることこそ恥じらったが、体を隠すことはなかった。

 焼き付けるように見つめながら、己のものだと主張するように、それでも宝物を愛でるよう優しくするものだから、チヨも全てを受け入れてやった。

 しかし、チヨの足ほどの大きさであるそれを、チヨに触らせたものだから大変だった。

 人間の体にはとても入らないと、チヨが大騒ぎしたからだ。

 今でも、子を為す行為は行われていないが、だからこそ醜男はチヨがくたびれて、意識を遠くへやるまで、面白がって愛でているので、そう遠くないうちに子は産まれそうだ。




 しかしある時、醜男の家に、聞き覚えのない若い声の男がやってきた。

 人より少しばかり鋭いチヨの耳は、その男の語り口までそっくり聞き取っていた。


「あのメクラの女、器量だけはいいから、嫁にもらってやってもいい」


「それは困る、ようやくうちにきた嫁だ」


 醜男の親、チヨの義父が精一杯の抵抗を見せている。

 しかし若い男は、少しも威勢を削がれないまま、嘲りさえ浮かんだ声で続ける。


「メクラの嫁が欲しければ、その辺の女の目を抉ればいいだろう」


 チヨは目眩のする思いで、その言葉を聞いた。

 小姓が首を傾げながら、チヨの体を支える。

 小姓には聞こえていないのだろう。

 あまりの言葉に、チヨは聞いておられず、耳を塞ぎたかったが、チヨの今後に関わるので、なんとか踏ん張って耐える。


 深いため息が聞こえた。

 少し鼻を鳴らすような、そういうため息は、醜男のものだ。


「であれば、俺がチヨの顔に傷でも付ければ、チヨに用はなくなるのか」


「できるものか。お前にそれだけの肝の太さはなかろう」


 バン、ドスドス、バン、と大きな音が寄ってくる。

 まるであの日の顔合わせのように、寄ることを言葉ではないもので伝えるように、醜男がチヨの部屋にやってきた。

 なんだか懐かしい気持ちになって、チヨはからから笑う。


「チヨ、すまん、お前の顔を」


「ええ、ええ。どうしてくれましょう」


 小姓が狼狽えている。

 チヨは、懐の扇を取り出して、開いてから折った。

 尖った木片を、指で触って確かめる。


「では」


「ああ」


 空にあげた扇は、醜男がそうっと取り上げた。

 それから、顔に、それも鼻のあたりに、熱い痛みがやってきて、そのあまりの勢いに、チヨは気を遠くにやってしまった。




 目が覚めたチヨは、まず、敷き布の手触りから、部屋が変わってないことを確かめた。

 新品のような硬さはなく、今まで使ったもので、それから、部屋の香りも胸いっぱいに吸う。


「チヨ、チヨ」


 鼻の辺りが、ズキズキと痛む。

 醜男の、無骨で、でこぼこした指が、決して鼻に障らないよう、頬を撫ぜた。

 鼻汁が喉まできたような、情けなく震える声が、嗚咽にまみれながらチヨを呼ぶ。

 チヨは、それもおかしくなって、けらけら笑った。


「ここまで美しい醜女(ぶす)も、なかなかおりませんでしょう」


「チヨ、チヨ。お前は、ずっと、美しい。お前の、その全てが、俺の全てなんだ」


 鼻には触らぬよう、醜男が強く抱きしめる。

 いつまでも鼻を啜るものだから、それがチヨの鼻にもうつった。

 2人して、ずび、と鼻を啜って、いつまでそうしていただろう。

 声を殺すようにして、笑い始めたのは、どちらが先だったろう。


「ところで、あのお方は?」


「本家の若いのか、あれは、すぐに本家の当主に引きずられていった。傍系の、しかも、もう人の嫁になっている女を、無理にでも娶ろうとしたから、本家の恥だと言われている」


「でしたら、私の顔は」


「ああ、それは、鼻の血が出るくらいに手を張ったから、傷にはなっていない。今も、痛むか?」


「少しばかり、つきつきと。でも、せっかくなら、二度と消えぬ痕でも残してほしかったのに」


 チヨがくすくす笑うと、醜男が首に噛み付いてきた。

 吸い上げられたチヨの首は、チヨには見えないが、真っ赤にうっ血する。


「これを、そうしよう。けして消えぬよう、日毎に吸ってやれば、二度と消えることはなかろう」


「それはまた」


 ついに、声も殺されぬよう笑い始めたチヨに、醜男はやっと、ほうと息を吐いた。




 その数年後、チヨは子を産んだ。

 ずいぶんとかかったが、一度子が出たからには怖いものなどないと、チヨが腹を括ったおかげで、醜男は一族の中でもっとも多くの子を持った。

 のちの時代に、化け物と身を結んだ女が、いかに幸せな生を過ごしたかを語る民話が、根強く残っている。



お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ご評価のほどよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ