世界書庫への道のり其の三
携帯式の通信機器を持った鹿はまず食べられるものかどうかを確認して弄ってみた。
けれど訳が分からなくて宿に着いた後に月祈に使い方を聞き、一番最初に電話をかけたのは同じく使い方を模索して一番最初に使いこなしたルカだったらしい。
『着きましたね。』
宿屋に入るとそこは綺麗ながらも変に固くなってしまうようものでは無く安心する温かさを持つ所だった。
流石ギルドの紹介だ。と一行が感心する中誰もいない受付の方から何かが起動するような音がしてくる。
『なに…?魔法陣…?自爆?』
ルカが動揺していると受付の中を湊が未だに外套を外すことがないまま覗き込む。
『魔法陣だ。これは…』
一言呟けば湊は受付からおり,少し距離をとる。程なく機械的な起動音が鳴れば受付に土が人の形を型どり,少女の形を細かく形成していく。
『遠隔錬成…!?』
『才能の域だね…これ』
『鹿の仲間か!』
『違うから。』
その様子に驚愕するルカ,感心するミナミ,楽しそうな鹿に突っ込む月祈。カオスな状態に陥るものの1つの声に掻き消される。
『イラッしゃいマセ。5メイサマですね。』
『『『しゃ,喋ったぁあああ!?』』』
『喋るだろう。』
ルカとミナミ,月祈の声が驚愕で重なる。
月祈なんて変声魔法を研究していたのにも関わらず驚いてから押し黙っている。クローンとゴーレムって作り違うけど同じ原理なの?そんな訳ないよね,魔法陣に変声魔法系統乗ってなかったしとぐるぐる考え込んでいるようだ。
『凄いな。そうだ。』
『ソレならココ。オオキイオヘヤね。代金はオクニからモラッテイル。』
『鹿の方が流暢だぞ!月祈!』
『国から…か。面白いくらい手が回っているな。ありがとう。』
カタコトではあるが喋るゴーレムに興味を持った鹿は月祈達が驚いていることに目もくれずゴーレムと自分を比べ月祈に自慢している。
その横からゴーレムに指定された部屋の鍵を湊が受け取り先に礼を言って手前の階段を登っていってしまう。
『あ!待ってー!』
一足先にそれに気づいたミナミの一言にルカと月祈もゴーレムへの集中をやめ,湊の後を追う。
階段に疲れるほど登ったところで他の階に比べて並んでいる部屋数が少ない階の一部屋の鍵と扉を湊が開ける。
その湊の腕の下をするりと抜け,ミナミは我先に入っていく。
『すごーい!ひろーい!』
『もう角出していいか…?』
『うん。広そうだし…いいよ。』
部屋の扉を超えれば扉がもう半分くらいのサイズなら入りそうなくらいの天井の高さをしている。ベッドが両端に3つずつ等間隔に合計6個並んでおり,右側のベッドとベッドの間の2箇所には扉がある。
全体的に白と木が基調の温かみのある雰囲気で広くも落ち着ける部屋だろう。
『角…?』
『う゛ぅー…痛かった…』
湊が聞き切る前に鹿の何も無かった頭上にズルりと立派な角が天を突き刺すかのように生える。縮めていたのだから元の大きさに戻したという方が正しいが。
角の周辺を抑えてうっすらと涙目になりながら文句を垂れる鹿に湊は
『…凄いな…鹿か…ん?鹿だから鹿なのか。』
と意図せずギャグを言いつつ外套のフードに手をかける。
白い手はしっかりと外套を掴み後ろへ投げ捨てるように外せば綺麗な白銀の髪が覗き,長めの前髪の間から青と金のオッドアイが輝いている。
『ど、どえれぇ美人だ…』
『どえれぇって…確かにすごい美人。』
『褒めても何も出ないぞ。』
ミナミはルカの服の裾を引っ張り湊の顔を凝視してから言う。
そのミナミの言葉に呆れながらもルカは同じように凝視して褒めの言葉を呟く。その後ろで月祈が唖然としている。
外套の中にしまわれていた顔は隠してしまうには勿体ないほど整った顔で男女という性別を考えることなく作られたような中性的で声を考えると男だが
『…女の子…』
『正解。バレたくないという訳では無いが他人にばらす意味もないのでな。宿屋まで黙っていてすまなかった。』
月祈の一言に答える湊の声は低い落ち着いた男性の声ではなくなっており,女性の優しい声色になっていた。
白い肌に金と青のオッドアイは声も相まって息でもふきかけてしまえば簡単に消えてしまいそうなほど儚い印象を持たせてくる。
『え…こんなどえれぇ美人と道を一緒にするの?え?どえれぇよ?』
『そんなに言う程でも無いだろう。それにそうだとしても道中は変声魔法に外套を被るから気にしないでくれ。』
『人間…?』
『ああ。一応は。』
同じ言葉を繰り返すミナミにルカは諦めた状態でそうだねぇ。なんて同意しながら月祈の言葉に耳を傾ける。
100年を軽々しく扱っている人物に人間かどうかを聞くのは有り得ないことであるが月祈にとって別段気にすることではなかったのだろう。アインツィヒにいる人間の従者のように長命種は人間のように寿命が長命種と比べて短い短命種と契約でき,寿命を伸ばすことが出来る。種族によっては不老にすることだって出来るやつがいるくらいだ。
『そう…』
『踏み込んでは来ないんだな。』
『貴方に失礼でしょ…?それに…聞いて欲しくないって顔…していたから。…あとはちょっとの勘。』
『…当たりだ。人に興味がなさそうだったが人をよく観察しているようだな。』
湊の肯定に月祈はそこでスパンと話を止める。湊がそれに対して聞けば月祈の考えが分かる。人に興味はあるが人を不快にすることはしたくない。
それを聞けば湊は肩を竦めて僅かに微笑み,返す。
『じゃあ私から二つだけ聞いても?』
『答えられるものなら。』
月祈と湊の会話が落ち着けばルカが横から湊に会話をなげかける。
『人は目の色素の差があると光を取り込む量が違うから目が疲れやすいと言っていたのだけど本当?これは好奇心。こっちが本題,才能は?』
ベッドに腰かけたままルカは二つ一気に質問を並べたてる。
『右は見えていないと言っても過言では無い。…固有才能は教えられないし使えない事情がある,才能は空間操作と物質操作だ。』
右の金の瞳を指さし一つ目の質問に淡々と当たり前のことを話すように答える。二つ目の質問はどう答えるか考える時間が詰まるように空いて答えが出る。
『え!空間操作と物質操作って強いってよく言うよね…え言うよね?』
『うん…』
『詳細を聞いても?』
操作系の才能は基本強いとされるのだがその中でも物理的なものを操るのは破壊力として強いと言われている。
操作系が強いと言われるのは当たり前だが人の自然の予測を逸脱した動きが出来,初見での対処が不可能となるから。
その事実は初等部の1年ですら知っていることその事実だからこそ自分の知識が不安になったのかミナミは先程まで会話をしていた月祈に正しいか聞く。鹿は知能が追いついていないのか首を傾げている。
そんな2人を横目にルカは続けて湊に問いかける。
『空間操作は視界内の空間を基本10立方cmで操るものだ。捩ったり消したり。望遠鏡も視界に入るから暗殺向きなんだ。』
『わかった!怒らせるなって話だな!』
『ある意味…?』
ずっと首を傾げていた鹿が考えるのをやめて吹っ切れたように怒らせない!と宣言すれば月祈が否定しようとするが全てを否定できないようで肯定してしまう。
『物質操作は私を中心に最大半径30kmなら触れたものを動かせるものだ。浮遊魔法の発展だと思ってくれ。』
『…ねぇルカちゃん』
『なぁんかさ,だいぶえぐい人が案内人ね。』
『だよね!』
『それは褒めてるのか貶してるのか…』
湊のざっくりした説明を聞けばミナミがベッドに腰掛けているルカにスス,とルカの後ろに湊から隠れたいように近づいては話しかける。
ルカがその意図を汲み取り諦め他人事のように言えば自分だけでは無いことに安心したのかちょっと飛び跳ねる。
『そういう君達は。』
『水支配とマーキング!マーキングはヒューでどん!ってやつ!』
『ひゅー…?』
答えたのだから質問する権利はあると言わんばかりに湊が質問し返せば我先にとミナミが答えるが説明が抽象的すぎて湊には伝わらない。
『1度傷つけた相手を覚えて必中にする才能…初見殺しよ』
それを見かねた月祈が補完する。
『成程。水支配は其の儘か。ふむ…支配に必中…私要らないな。』
月祈の補完に納得しては虚空を見つめ考えればひとつ護衛としての意義を失う湊。
『才能なしがいるから戦力が多いに越したことは無いわ。』
『リオがずっと手紙で娘が強いだの娘が可愛いだの言い続けていたものだから心配はしていないんだが…必要か?』
『…まぁ…そこまで言われてるなら…大丈夫なんじゃない』
自分への皮肉たっぷりにルカが言えば湊は今までリオが必死にひた隠しにしていたであろう事実をぶちまける。
ルカも満更では無いらしくぷいとそっぽを向きながら言葉を撤回する。
『…私?御覧の通りのクローンと宇宙…』
『宇宙…って』
『だよね…ビックバンを起こしたり暗黒物質を出したり…?』
月祈にも宇宙の才能のことはよくわかっていないようで説明の後に疑問符がくっつく。
『攻撃ができるなら問題は無いな。』
『あれ?脳筋?』
『攻撃は最大の防御なんてよく言うだろう,避ければ問題なし』
『脳筋だ!!わかったのーきんだ!』
湊の言葉にルカが疑問を感じ,次の言葉でミナミが確定させる。避ければ全てよしなんて脳みそまで筋肉に侵されているものの発言でしかない。
『にしても,髪長いのね。』
雑談をしながら湊は外套と武器を外す。外套のフードを外した時はショートにしては襟足やらが長いと感じる短さだったが外套の裏には三つ編みにされたその状態でも腰の位置まである髪が顕になる。
『ああ。毛量が多くてな,半分でやっと収まるんだ。』
『月祈がよく言ってるぞ。髪の手入れが綺麗なやつは大体ジョシリョクが高いって!』
そんなこんなで雑談を交え旅の始まりなんて意識せずに時を過し夜が更けていく。個別で備え付けられていた大きめの風呂に皆で入り湊の引き締まった体を見て感心したり,枕投げがミナミの一投から始まり最終的に湊の物質操作の片鱗を見たり。
一夜でグンと距離の縮まる一行である。
爽やかな朝を告げる軽快な鳥の声がする。
『ふっ…わぁあ〜おはよぉ…』
一番に目を覚ましたのはミナミだ。昔からの生活習慣が整いすぎており一定の時間になると電源が切れたように眠りにつくミナミはきっかり7時間寝て起き,いつも同じ時間に腹がすくという正確すぎる体内時計をしている。
『んん…さむ…』
『んー!!…はっ…おはよ。』
ミナミの声にうっすらと浮上していた意識を起こしたのか月祈はより1層布団にくるまりながらボソリと言葉を零し,ルカは体を起こしてめいっぱいに伸びをする。同じ体勢で寝続けるものだから肩や首が固まるのだろう。肩や首を回している。
『…湊?』
『ここまで爆睡なことある?』
1番端で壁側を向いて丸まった湊に目をやる。一定で緩やかに刻まれる穏やかな呼吸は彼女が酷いくらいに安らかに眠っていることを明確に示している。
7時間寝ても尚他人が起き会話をしているにも関わらず眠り続けている湊はギルドで依頼を受ける冒険者かどうかを疑いたくなる。一晩でそんなに信用されている訳も無いだろうと思っている彼女らは嘘だろ…と信じられないものを見る目で見つめる。
『湊ぉー!起きてぇー!』
ば!っと湊が被っていた布団をミナミがハツラツとした声とともにひん剥く。
ミナミのそんな声と動作に湊は少し小さく身を縮めるくらいの反応だけで穏やかに眠っている。
『…私より寝る人って…いるんだね…』
そんな湊の反応に未だベッドの中にかたつむりのように篭っている月祈が呆れているような驚いたようなどちらともつかない声で言う。
『月祈上回るのは相当よ。』
ベッドとベッドの間の扉から顔を洗ってきたルカがタオルを顔に当てながら言う。扉を正面に右の扉が水周り。左がちょっとした部屋で荷物が置いてある。
『というか鹿も寝るのね。』
『私が起こさなきゃ起きないけどね…』
水周りのある扉のすぐ近くで死んだかのように微動だにせず眠っているかも怪しい鹿にルカはそんなことを呟く。それを月祈が聞けば月祈は端的に答える。
月祈の才能で作られている為月祈の休息中は意識が完全に失われるらしい。
『ねー!!!!湊ー!!!』
ルカと月祈の会話を聞くことなく湊に声をかけていたミナミだがヤケになってきたのかバシバシと湊の体を叩いてみたり激しく揺すったりマットレスを叩いたりと物理的な手段に出ている。
『ん…ミナミ…か…おはよう…』
もう諦めたようにミナミが背中から湊の上に被さったところでやっと湊が目を覚ます。
『おはよ!やっと起きた〜!』
『すまないな。寝覚めが昔から悪くてな。』
湊は乗ったままバタバタと足を動かすミナミの頭を撫でながら上半身を少し浮かせる。
『おはよう…っと…忘れてた…鹿。起きて。』
『…ルカがいる。』
『うわ…びっっっっくりしたぁ…』
湊とミナミの会話にやっと月祈がもぞもぞとベッドの中から這い出してきて伸びをしながら鹿に声をかける。
なんの事前動作もなく目を開けた鹿は顔を洗った後扉のすぐ近くだからと移動を面倒くさがって鹿のベッドに腰掛けながら髪を整えていたルカをじっと見つめポツリと呟く。
その鹿の声に驚いたルカは少し飛び跳ねて鹿を見つめる。
『私が最後か。出発までどれくらいある。』
『あと2時間ないくらい…』
『そうか。間に合うな。』
ミナミが頭を撫でられたのに満足したのか服を着替えに左の扉に入って行くのを見送り誰を指定することも無く聞く。
それに答える月祈はルカから櫛を借り自分と鹿の髪を整えている。
鹿は語る。
『あのゴーレムはやっぱり鹿の仲間だと思うんだ。月祈は作れないのか?』
月祈は言う。
『専門外。』