世界書庫への道のり
突然と旅を言い渡されたリカ,ルカ,月祈,ミナミの4人。
鹿はいつも通り森の中で獣を追いかけ回したり,花の近くに居座ったりと自由気ままにいるらしい。
『嘘ぉおおおおお!?!?!?!?あっっっりえないんだけど!?!?』
耳が壊れるのでは無いかと錯覚する程の声を張り上げミナミは目を丸くして驚く。
『どぉおおいうこっちゃゴラァ!!!!』
『ヴァンパイアがヤンキーみてぇな口調してんなよ!怖ぇよ!てか俺も今朝の手紙で知ったんだよ!』
ヴァンパイア,吸血種とも言われる種族のリオは人の皮を貫通する為の鋭い牙を持っている。
世間一般的に…一般的でなくとも作り物のように整ったリオの顔とその鋭い牙が相まった時なんとも言えぬ美の恐怖に襲われる。それこそ睨まれでもしたら足がすくんで動けなくなることが多い。
其れを胸ぐらを掴み上げられ物理的に目と鼻の先に突きつけられ平然と受け答えしている学園長ことアルリは図太いと思う。それとも長年の旅で培った耐性かはよく分からない。
『親父…そんなカッカしなくてもいいだろ…』
『私は早い方がいいし。』
『お前ら…』
そんな2人のやり取りを見続けていれば直ぐに出発だという旅の始まりが遅くなってしまう。ルカもリカも内心旅ということに浮かれている為にこんな会話サクッと終わらせてサクサクと先に進みたいのだろう。
『俺が嘆いても仕方ねぇってか…』
『そうだ。だからその掴んでる手を離せ怖ぇ。』
『ルリぃ〜』
『はいはいくっそ面倒臭いから無視するわね。』
ルカ達の旅に対する意欲に自分が何を言っても無駄だということにやっと気がついたリオはルリに泣きつくものの見事に無視を決められる。一言無視すると言われただけいいものなのかもしれない。
『長引かせても仕方ないわ。4人とも,行ってらっしゃい。』
行ってきます,と答えたものは誰一人としていなかった。旅というのは何があってもおかしくは無いものである。だから行って帰ってくる保証は無い。
いつか只今と言えた時に後悔をすればいい。これに関しては言った後悔の方が大きいと4人全員が一致して思うのだろう。
ただ各々表情が僅かに柔らかくなりその言葉を受け取った認識をしてもらう。
『…ミナミ。』
見送りの言葉を受けてある程度順序立てと荷物の確認があったりでワチャワチャとして時間を浪費しはしたが二時間は経たずに旅に出る4人が部屋を出ていく。リカ,月祈,ルカ,ミナミの順番で退室していたところミナミだけアルリの声に引き止められる。
『なぁに?がくえんちょー』
『…いや。気を付けて行ってこい』
『?勿論。変ながくえんちょー』
アルリの普通すぎる言葉に首を傾げるミナミだが,なんで、と聞き返すことはなく当たり前だと返す。
キィと気に触る音を鳴らしミナミは退出する。
『あ。いってきます!』
パタン,と無慈悲に無機質的な音を奏でた後すぐに重厚的な扉は軽々と開かれてひょっこりと顔をのぞかせたミナミが一瞬だった為に当たり前だが,同じ体制のままのアルリに笑顔で言ってまた退出する。
『…ああ。』
重くて厚い扉の先に返答も待たずに消えた明るい少女にアルリはポツリと返答する。
『まだ引き摺ってんのか?』
『引き摺らねぇ方がどうかしてるんじゃねぇか。』
『私も娘がいるから分からなくは無いけれど,もう15年よ?慣れたら?』
黙っていたリオがアルリに対して口を開いたかと思えば脈絡が全くないことを言う。それにアルリが答えれば心配したような様子でルリが言う。
『にしても,腹違いの妹なぁ…英雄の娘、息子と英雄の妹,おまけにゃ特殊なクローン才能持ち。波乱になる予感がするなぁ。』
『はぁあああ…ちゃんと帰ってこいよ…』
アルリの答えを待つことなくリオが話始める。
年季の違いか,性格の問題か,楽観的なリオに比べアルリは盛大なため息を着く。自分では無いのにぐっと締め付けてくるこの感情は心配なんかでとどまらない。不安。
腹違いの妹だとリオが言ったのは其の儘アルリの父がミナミの父であるから。腹違いの兄妹と言えどハイエルフと人間なんて不思議にも程がある。張本人であるミナミはその事を知らないようだ。
所変わって学園校門前。
『それじゃ,準備もあるでしょうし1回解散って言うことで。』
”何用意すればいいの?”概ねそんな内容が三者三様の言い方でルカに飛んでくる。
『知らないわよ…基本は買って進むことになるでしょうし,日用品は置いてくか嫌ならそういう系統の魔術でも使えるようになればいいんじゃない?』
『…父さんの書庫漁るか…覚えられるといいけど…』
『ミナミちゃんは持ってくものないもんねー!…あでも,服は着替えてくるね!』
『あ。ミナミちゃん!待って、』
ルカの言葉を聞けば直ぐに一人一言づつ呟いて去っていってしまう。またこの場所に戻ってくればいいとわかっているのだろうか。いや。分かっていそうだな。
ルカは思う。
”私は,昔から才能という才能がなかった。世間では珍しいと言えど無いことではなかったし特に気にする家庭環境でも無かった。
これまでが恵まれていたんだと思う。これからも,恐らくは恵まれて育っていくんじゃないだろうか。
この旅がどんなものを齎してくれるかは分からないけれど,悪いものではきっとないだろう。”
と。柄にもなく感慨に浸りながら,ほんの数分前リカが去っていった方向へ足を進める。
まだ両親は家に帰っては居ないだろう。帰ってくるまでの間,最低限の荷物を纏めておこう。旅立つ前の少しくらい家族の時間が欲しい。
一刻過ぎた程だろうか。ルカとリカの到着で4人とクローン1匹が揃っていた。
『ていのいい厄介払いに付き合わされるこっちの身にもなれ。』
着いて早々,リカはルカに悪態をつく。
『はいはい。悪かったわね,出来の悪い姉で。』
『ふん。』
いつもの光景なのだろう,全く気にとめずミナミと月祈は何を持ってきたか。なんて遠足前の初等部のように和気藹々と話し込んでいる。
『ギルドに行くんじゃないのか?早く行こう。』
『そ,そうね。』
後からふつふつと湧いてきた怒りに姉弟喧嘩が始まりそうな予感がしていたが鹿の一言で沸騰した鍋に冷水でも注いだように落ち着く。
『あんた,書庫までは来るんでしょ。』
『いや。このまま書庫とは逆に行く。』
『……は…いや!あんた一人でしょ!?何言ってんの!』
要らない確認だったかもしれない。先程家に帰った時に適当に仲間でも見つけて一人で行く,と言っていた為に多少の気掛かりではあったがこのまま一人で行くと言い出している。
それは姉として断じて見逃せないことである。人が居ないとはいえ公の場。此処で姉としての姿を出せばリカの、才能の効果に支障が出ることぐらいわかっているが,それでも言わずにはいられない。
『いつまで俺の事子供だと思ってんだよ…』
『子供でしょうが!中等部なんてまだ子供!私達だって大人じゃないでしょうに!』
『死にはしねぇよ。俺の才能馬鹿にすんな。』
『そういう話じゃ…!……っはぁ、無駄ね。あんたは昔っからそう。』
行くと言えばやると言えば昔から揺るぎないリカ。その頑固さが剣にも魔法にも現れているというのだから笑いものだ。
正直此の儘送り出すのは心許ない。この先にどんな事があるかなんて分かりはしないし母親から女神様が助けてくれるから安心してなんてぶっ飛んだことも言われたし。せめて,
『鹿。あんた,加護付けられたわよね。』
『?ああ。付けられる。それがどうした。』
『このポンコツに付けてやって。出来ることなら死なないようにするようなやつ。』
『お易い御用だ。』
ルカ自身にこれと言った才能はないし,魔法での加護もどきも限界はすぐ。だったら鹿が能力として持ち合わせている加護をつけるのが得策だろう。
リカにゴネられるかと思ったものだが案外あっさりと受け入れている。鹿がなんでそんな力を持っているのか謎だが,月祈に聞いても鹿に聞いても首を傾げるばかりで答えは得られなかったので存在しているのだから仕方ないと片付けた。
『死なないように加護をかけた。』
『ここでお別れかぁ…気を付けてね!弟くん!』
『リカだっつの。』
『加護が万能な訳じゃないから…気を付けてね…何かあったら連絡して。鹿が…助けに行けるから。』
鹿が加護をかけ,直ぐにリカは書庫とは逆方面へ踵を翻す。その背中にミナミと月祈が見送りをし,ルカは鹿の横で一歩、また一歩と踏み出していく弟の姿をどこか悲しげな表情で見送る。
『…行っちゃった…ね。』
リカの背中が見えなくなって,最初にポツリと呟いたのは月祈だった。ミナミもルカも不安で仕方がないのだろう。一言も喋らずルカに至っては心ここに在らずの様子でリカが向かっていった方向をずっと眺めている。
『……ほ…ほら!私達も行こう?リカくんなら大丈夫だよ…!』
『うん…そうね…』
そんな2人に月祈は声をかける。何かをぐっと堪えたルカは数回頷いてから何かを自分に言い聞かせたように呟く。
『……よし!寂しいと不安終わり!行くよ!ルカ!』
少しだけ息を漏らしてはミナミはパチン!と痛そうな音を自分の両頬で鳴らして切替える。ハツラツと元気な声と表情をとりもどし,ルカの手を引っ張り月祈の方向をギルドの方へ変え背中を押して進んでいく。鹿はいつも通り月祈の向かう方向に進むから心配はいらない。
『ありがとう…ミナミ。』
『いーよ!ルカ!』
ポツリと呟いたルカの謝罪のような感謝はミナミの耳にしっかりと入って,元気な声で変えされる。
ギルドの前につけば,兼業している酒場から盛大な笑い声やら話し声が聞こえてくる。ギルドの周辺は商店があったり出店が出たりしているため住むには少々お高いのだが日夜問わずこんな笑い声やら話し声が聞こえてくるとなると不当な値段な気がしてならない。
不憫だ。
『ここ入るのちょっと勇気いるんだよねぇ…』
ルカのまだ引っ張られている手は解くタイミングを逃したまま。別に構いやしないが。
『ちょっとだけ待ってて…鹿。角小さくして。』
『分かった。』
『あ。そっか。ごめんごめん。待つ待つめっちゃ待つ』
月祈がギルドに入る前に止まりミナミがそう返したのは鹿の角を縮める為。鹿は自然を好む為に月祈が学園にいる間は学園の敷地内にあるちょっとした野原で駆け回っていたり,森に入っていたりしているのだ。
だから忘れがちになるが鹿の角は其の儘屋内に入ると確実に天井を擦って鹿にも建物にも悪影響を及ぼす。伸縮可能な為屋内に入る時はいつもこうして30センチほど縮めて子鬼のちんまりとした角くらいまで縮めているのだ。
角を縮めた月祈と鹿は瞳の色と少し違う声くらいでしか判断出来ないほど似ている。さすがクローンだ。
『ごめん。ありがとう…』
『いーよいーよ!謝んないで!』
『謝られる方が迷惑よ。』
『あはは…』
苦笑を漏らす月祈だがルカなりの気にするなだということはわかっている。弟の才能を守るためにずっと演じて来たものが定着仕切ってしまい本物を語ろうとしているだけ。
ルカは,それに気づくのが遅いし。最悪…いやここ最近は大抵気づかない。
何かを悪いという気もないが,何も言わないというのも筋違いなような気がして苦笑だけが無意識に漏れてしまう。
『お邪魔しまーす!』
『邪魔はしないでくださーい。』
月祈の葛藤を気に止めず我先にと外まで盛れてくる程賑やかなギルドに入ったミナミは挨拶のような一言をあげる。その声は青年の声によって打ち返される。
流石完璧しか採用されないと言われるギルド。受付嬢も従業員も顔と仕事ぶりがいい。
回転率の高い酒場と耐えず来る冒険者に滞りなく依頼を渡し新規にも学生にも丁寧な説明をする美男美女。目の保養が過ぎる。酔っぱらいでうるさくなければ誰だって何時間でも居たいところだ。
『はーい。』
『…何その返し…』
『ミナミだからな。』
『ミナミちゃんですから…』
青年も嫌味として返した訳では無いことぐらい分かっているがまさかはーい。なんて返事をして何も気にすることなく受付へ進んでいくとは思ってもいなかったルカだ。だがよくよく考えてみればそれ以外に答えなんて思いつかないしこれが正解なのか。とさえ思ってくる。
追い討ちかのように月祈と鹿は声を揃えてミナミだから…なんて言うし,半ば諦めモードに入りながらミナミの後ろに続いて受付へ向かう。
『初めまして。お話は伺っております。世界書庫まで,でしたよね。』
話が通っているとはルカは受付嬢の揺るがない笑顔から放たれる言葉に思っていた。国からのお達し,当たり障りなく虐めを抑えられるという理由,初対面の学園長から言われたこと,出発がその日,事の発端から約二週間だけという短期間でここまで来た。
そんな多数の不安要素が重なっていたが為に現実味も,行かないと言っていた意思さえも僅かに芽吹いては感情という栄養を得られなくなって儚く散っていた。
此処に立って今の言葉を聞いてやっと本物の育つ種が植えられて水をかけられた。手が震え始めている。
本当に来てしまったんだ。そんな感情が酷く自分を苦しめる。感じなければ考えなければとは思うが,どうしても一度発生した感情は中々収まってくれない。
『はい。』
良かった。返事をする声も呼吸もまだ震えていない。
ルカの安堵はほんの束の間であった。次の問題はこんな状況で説明を始められれば震えも何もかも止まらなくなってしまいそうな恐怖。
逃げ出したいような感情に包まれていると上から手の温もりなんて言う心許ないような味方に思考が掻き消される。ストン,と温かい方の手を見ると自分の手の上にミナミの手が重なっている。大丈夫だと励ますようにしっかりと握られた手は不安を掻き消してくれてありがたい。
『では。パーティの確認を。5名ですね。』
『『5?』』
『4じゃなくてか?』
ルカとミナミの声が怪訝そうに合わさり,続いて鹿が首を傾げながら疑問符を浮かべている。
鹿の場合どちらかと言えばこいつ数も数えられなくなったのか,と言ったような何かの間違いとかではなく,目の前のこいつが出来ない奴だという認識をしている表情だった。
『はい。5名です。もう1人は…あ。おかえりなさい,ミナトさん。世界書庫までの学生さん,いらっしゃいましたよ。』
森にいたら呼び戻されて旅だすぐだ。ギルドについたら角をしまえで少々御立腹な鹿。
何回も月祈のせいじゃないと思いつつも自責の癖がある月祈から生まれた鹿であるからその考えが抜けずにイライラ。お酒に逃げたいなぁ…と青年が持っていた空のジョッキ5個に思いを馳せていたようだ。